君が心に入りこんできたから。

勇黄

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やってしまった

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4thシングルのプロモーションで生番組に出演するためにテレビ局に到着して挨拶回りをしてから楽屋で打ち合わせをして呼ばれるのを待っている間に僕はMuyTVアプリを開いて見てみることにした。

(ふーん…。こんな感じに見えているんだ…。)

ちょうどサンが自分のごはんを作っているところで何かを一生懸命話している。

イヤホンを取り出して聞いてみるとチャーハンを作っているらしい。

『レシピに通りに用意しました!これから炒めます!』

手早くチャッチャと炒めていきあっという間にチャーハンが出来上がった。

『ライのぶんも、残しておきます!たぶんお腹すかせて帰ってくるから!ではいただきます!』

(……バカじゃないの?。ふふ。)

自然と笑っている自分に気づいて戸惑いを隠せない。



新堂雷音しんどうらいおんさんスタンバイお願いします!と声がしてイヤホンを置いて立ち上がり、気合を入れて生本番に挑んだ。









はずだったのに。

僕はありえないミスをした。
番組から急にお願いされて、普段はめったにやらない口パクでの新曲披露。

僕の口はまったく違う歌詞を紡いでいた。流れている曲とあわない口元。2番の歌詞を歌ってしまっていて…。すぐ気づいたが後の祭り。

(やってしまった………。まだ生歌なら間違えても謝れたのに…なんで今日に限って…。)




そのまま僕の出演時間は終わってしまい、よしマネさんが飛んできた。

{ちょっと!雷音らいおんなにやってんの!?}

「………ごめんなさい…。」

{生番組だし、終わったことはもうしかたないけど…。…もうネットの反応は来はじめてる。どうする?雷音らいおん…。} 

(どうする、つったって…。)





「FCのSNSでライブ配信やっていい?そこで謝るよ…。告知してくれる?」

{でも雷音らいおん…。口パクは番組のほうからの希望だった、って言えないよ?}

「…うん。わかってる。」







よしマネさんの車の後部座席に乗り込み、SNSでのライブを開始する。

「………こんばんは。雷音らいおんです。急な告知にも関わらず、たくさんのかたにSNSライブに来てもらってありがとうございます。今日の番組見てくださった方もいるかと思いますが…。最初に謝らせてください。申し訳ありませんでした。………ちょっとだけ僕の喉の調子が悪くて、直前にリップシンクで、とお願いしました。僕は間違えて2番の歌詞を口にしてしまい……。間違いに気づきましたが謝ることも出来ずに放送が終わってしまいました…。なのでマネージャーに頼んでこのSNSライブをさせてもらい謝罪の場とさせてもらう事にしました。楽しみに見てくださった皆様、たまたまご覧になられた方、本当にすみませんでした。今後またがんばりますので応援よろしくおねがいします。では。ありがとうございました。」





ライブを終了し、ふーっ、と息を吐き出すとよしマネさんがお疲れ様、と労ってくれた。

「いや、本当に申し訳ありません。」

{口パクや歌詞間違いくらいでこんなに謝らなきゃならないなんて…。それにオケで歌うはずだったのに口パクに変更、って向こうが頼み込んできたのに…。しんどい世界よね…。ごめんね。}



首をゆるり、とふって僕は座席に沈む。







「……………ただいま。」


『ライ!おつかれさま!
…………お風呂お湯張ったから今日はゆっくり浸かってきて!ね。』

「…………ありがとう。」

生放送、SNSライブと見ていたのであろうことがサンの態度でわかった。サンの目を僕は見ることができないでいる。何も言ってこないことに安堵してバスルームに入って温かい湯に体を沈めて目を閉じた。










リビングに行き冷蔵庫から水を取り出すとサンがチャーハン食べる?と言ってこちらを見てくるのでそれに頷き返してなんとなくキッチンスツールに座る。


レンジで温められたチャーハンが目の前のカウンターに置かれた。

「………見てたんだ。」

『え?』

「………サンが作ってるとこ。」

『あ、え?…ご、ごめん。』

「なんで謝るの?」

『…いやぁ。まさか見てると思ってなくて。お腹すかせて帰ってくるよ、なんて言っちゃったから。』

「………うん、だから今から食べる。いただきます。」


『っ…。うん、どうぞ。』




もくもくと咀嚼している様をサンに見られているのはわかっていたけれどわざと無視して食べ進める。





「………美味しかった。ごちそうさま。ありがとう。」

『おそまつさま。』

「…ふ。サンってなんか言葉遣いがおじさんみたい。」

『え?………あーおじいちゃんが育ててくれたからかな?』

「そっか。」





洗い物までサンに甘えて僕はそのままボーッと座っていた。

『ライ、明日のスケジュール、俺と一緒だって聞いた。』

「…うん。雑誌の取材と撮影だね。」

『…よろしくお願いします!』

「………ふふ。うん。」




じゃあ、おやすみ!とサンは部屋へ帰っていき、僕はしばらくそこで気が抜けたように座っていたが歯を磨いて部屋へと入ってベッドにダイブして目を閉じた。
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