手紙が届く日

鷹栖 透

文字の大きさ
上 下
1 / 1

手紙が届く日

しおりを挟む
友達も少なく、灰色に染まりがちな島の生活の中で、翔太からの手紙だけが唯一の楽しみだった。17歳の海香は、小さな木造の郵便局で、いつもの水色の封筒を待っていた。

都会に住むペンフレンドの翔太からの手紙は、海香の心に差し込む一筋の光だった。二人は会ったことはないが、手紙を通して互いの夢や悩みを共有し、深い友情を育んでいた。

翔太は海洋学者になるのが夢で、いつか海香の島へ行き、一緒に海を調査したいと語っていた。絵を描くのも得意で、手紙にはいつも可愛らしいイラストが添えられていた。

彼は、海香が送った夕焼けの絵を特に気に入っていて、いつか一緒にその夕日を見たいと綴っていた。

しかし、その日届いたのは、冷たく白い、見慣れない封筒だった。

差出人は翔太の母親。心臓が凍りつくような予感がした。

震える手で封を開けると、活字が波打ち、歪んで見えた。

「翔太は…もういません」。

交通事故。突然の訃報に、海香の心は深い海の底に沈んでいくようだった。呼吸が苦しく、胸に重たい石が乗っているようだった。何も考えられない。ただ、涙だけが止めどなく溢れ出た。

数日後、海香のもとに一通の手紙が届いた。翔太の字で書かれた、いつもの水色の封筒。まるで、彼がまだ生きているかのような錯覚に陥り、心臓が激しく鼓動した。それは、彼が最後に書いた手紙だった。

「海香へ。元気?今度、君の島に行こうと思っているんだ。綺麗な海を見て、君と直接話したい。ずっと手紙でしか話せていないけど、本当は…君が描いた夕焼けの絵、すごく好きなんだ。いつか、一緒にあの夕焼けを見たいな…それに、僕たちが好きなあのバンドの新曲、聴いた?すごくいい曲だよ。今度、君にも送るね。」

手紙はそこで途切れていた。翔太の思いが、届かなかった言葉が、鋭い刃物のように海香の胸を突き刺した。熱い涙が頬を伝い、嗚咽が漏れた。彼の絵が好きだったこと、一緒に夕日を見たいと思っていたこと、好きなバンドの新曲を共有したかったこと…海香は何も知らなかった。

もっと早く、自分の気持ちを伝えていれば…。後悔の念が、彼女の心を締め付けた。

数週間後、海香の元に小包が届いた。翔太の遺品だった。中には、彼が手紙の内容から想像して描いた海香の似顔絵と、小さな貝殻、そして、彼が言っていたバンドの新曲が入ったMDが入っていた。貝殻には、「いつか一緒に海に行こう」と小さな字で書かれていた。海香は冷たい貝殻を握りしめ、声を上げて泣いた。

まるで、小さな貝殻が翔太の温もりを伝えているようだった。MDを再生すると、懐かしいメロディーが流れ出し、二人の思い出が走馬灯のように駆け巡った。

海香の似顔絵は、手紙の中で彼女が語った好きな色のワンピースを着て、海を背景に微笑む姿だった。翔太は、彼女の言葉を一つ一つ大切に受け止め、想像の中で彼女を描いていたのだ。

一年後、海香は18歳になった。彼女は初めて島を出て、翔太の住んでいた街を訪れた。彼の家、彼の通っていた学校、彼が手紙に書いていた公園。全てが翔太との思い出で溢れていた。潮の香りと、かすかに香る金木犀の匂いが、翔太との記憶を呼び覚ますようだった。

夕暮れ時、海香は翔太が手紙に書いていた海岸に立った。穏やかな波音が、翔太がささやく声のように聞こえた。空には、鮮やかなオレンジ色とピンク色が混ざり合った、美しい夕焼けが広がっていた。彼女は空を見上げ、呟いた。「翔太、聞こえる?私、ここにいるよ」。

その時、潮風が優しく海香の頬を撫で、一輪の青い花が、彼女の足元に舞い落ちてきた。それは、翔太が手紙によく描いていた、彼の故郷に咲く花だった。

まるで、翔太が彼女に触れているかのように。海香は涙を拭い、微笑んだ。翔太は、もういない。でも、彼の言葉、彼の思いは、海香の中で生き続ける。

そして、いつか、虹の橋の向こうで、二人は再会するだろう。その時まで、海香は翔太との約束を胸に、生きていくと決めた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

隣の席のヤンデレさん

葵井しいな
青春
私の隣の席にはとても可愛らしい容姿をした女の子がいる。 けれど彼女はすっごく大人しくて、話しかけてもほとんどアクションなんか起こらなかった。 それを気にかけた私が粘り強くお節介を焼いていたら、彼女はみるみるうちに変わっていきました。 ……ヤンの方向へと。あれれ、おかしいなぁ?

捨てたいキミ、拾いたい僕。

ふじのはら
青春
“知り合い”と呼ぶにはその存在は大きすぎ“友だち”と呼ぶには知らないことが多過ぎた。 普通に過ぎて行く高校生活。オレ達はあの頃どれほどお互いの存在に支えられていただろう。 病気で高校を留年した川原朋紀と、命を投げ出そうとした和倉誉は偶然出会った。相手の存在が自分を救う。そんな不思議な関係を築きながら短い高校生活はあっという間に過ぎてゆく。 2人の出会いと別れが2人を少し強くする。男子高校生が紡ぐ心の絆の物語。

ほつれ家族

陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。

おもいでにかわるまで

名波美奈
青春
失恋した時に読んで欲しい物語です。 高等専門学校が舞台の王道純愛青春ラブストーリーです。 第一章(主人公の水樹が入学するまで)と第二章(水樹が1年生から3年生まで)と第三章と第四章(4年生、5年生とその後)とで構成されています。主人公の女の子は同じですが、主に登場する男性が異なります。 主人公は水樹なのですが、それ以外の登場人物もよく登場します。 失恋して涙が止まらない時に、一緒に泣いてあげたいです。

🍞 ブレッド 🍞 ~ニューヨークとフィレンツェを舞台にした語学留学生と女性薬剤師の物語~

光り輝く未来
青春
人生とは不思議なことの連続です。ニューヨークに語学留学している日本人の青年がフィレンツェで美しい薬剤師に出会うなんて。しかも、それがパンの歴史につながっているなんて。本当に不思議としか言いようがありません。 でも、もしかしたら、二人を引き合わせたのは古のメソポタミアの若い女性かもしれません。彼女が野生の麦の穂を手に取らなければ、青年と薬剤師が出会うことはなかったかもしれないからです。 ✧  ✧ 古のメソポタミアとエジプト、 中世のフィレンツェ、 現代のフィレンツェとニューヨーク、 すべての糸が繋がりながらエピローグへと向かっていきます。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

恋愛アプリを使ってみたら幼馴染と両想いになれました

釧路太郎
青春
宮崎泉は誰もが認める美少女である。彼女は容姿だけではなく天使のような心も持ち合わせている正に女神と呼ぶにふさわしい存在だ。ただし、勉強は人並み以上に苦手としていた。 奥谷信寛は演劇部に所属する容姿端麗で運動も得意で後輩からも慕われている。くしくも、宮崎泉と同じように勉強は苦手のようだ。 山口愛莉は常に一人で行動をしているような生徒である。本人は全く気にしていないのだが、昔からいじめ被害に遭っている。ただ、本人は割と強い精神の持ち主なのでいじめに屈することは無かった。そして、この高校で誰よりも頭が良い生徒であった。 宮崎泉と奥谷信寛と山口愛莉は幼稚園の頃からずっと同じ学校に通っているのだが、高校三年生になるまでお互いに深く関わることも無かったのだ。 宮崎泉は奥谷信寛の事が好きだったのだが、奥谷信寛は宮崎泉の気持ちには気付いておらず、気付いていたとしてもその気持ちに答えることは無い。 周りの生徒や後輩たちは宮崎泉と奥谷信寛の美男美女が付き合えばいいのにと思ってはいるのだが、その思いは奥谷信寛にとっては余計なお世話でしかない。 その時、中高生の間で流行しだした「恋愛アプリ」を使うことによって自分の気持ちに素直になる三人。好きな相手の名前と生年月日と血液型を登録することによって相手と相互関係になることで両想いと認定されるのだ。両想いの相手とアプリを通してやり取りをすることによって貯まったポイントは普段の買い物でも使うことが出来、何かとお金のない中高生にとっては無くてはならないものであった。何より、その性質上、素性のわからない相手とは両想いにならないという点は安心感を与えたのである。 三人の素直な気持ちが「恋愛アプリ」によって思わぬ方向へと進んでいくのだが、その結末は必ずしも幸せであるとは言い切れないのかもしれない。 この話は「小説家になろう」「ノベルアッププラス」「カクヨム」にも投稿しております。

野球小説「二人の高校球児の友情のスポーツ小説です」

浅野浩二
青春
二人の高校球児の友情のスポーツ小説です。

処理中です...