100 / 116
友情は未来へのドアを開く~理久side~
1
しおりを挟む色々とイレギュラーな婚姻ではあったが、アルバートとイーディスはそれなりに平穏といえる日々を送っていた。
王都にあるタウンハウスでの生活で生活することになり、オルコット侯爵家夫妻とは敷地内別居という形で新築の可愛い屋敷に二人で住んだ。
そもそもオルコット侯爵であるイーディスの父親も、オルコット伯爵夫人である母親も仕事優先の絵にかいたような王族の家臣だ。
滅多に屋敷に帰ってこない上に、育児にも子育てにも興味がない。そんなわけで娘が誰と結婚しようとも、おめでとうと言って後は仕事に戻っていった。
彼らが仕えているのはダレルの前の国王夫妻だ。今はダレルを陰から支え世代交代に力を入れており実質上は王権を渡しすでに権力を失っている。
若くして王位を継いだダレルは、とても苦労人でありそれを支えてきたイーディスだったが、結婚によるごたごたで現在は無職……ではなく屋敷を管理する女主人だ。
自分の屋敷を管理するついでに実家の方も管理業務をしていると、いつの間にか魔法学園へと通っているはずの妹が帰ってきて、しばらく帰省することにしたと実家に住みついた。
現在、どういうわけかその妹と、アルバートが向かい合っていた。イーディスの部屋で。
イーディスは、そのうち打ち解けるだろうと思っていたので、ルチアの止まり木と、そこに止まった彼に給仕が出来るように置かれている一人用のソファーに座ってルチア用のリンゴをつまんでは与えていた。
「それでお姉さまとは、どこで出会ったの?」
「……まだ寒い時期の舞踏会で」
「どうやってお姉さまを口説いたの?」
「どちらかというと、イーディスから積極的に来てくれたというか……」
妹のダイアナはこうして先ほどから、アルバートに根掘り葉掘りなれそめについて聞き続けていた。それをアルバートはぎこちなくなりながらも答える。
ダイアナは魔法学園に入学してからは、それほど接点もなくあまり距離が近いわけではないが、仲のいい姉妹だ。
妙なことは言わないと思うが、出会って間もなくの質問責めにアルバートは参っている様子だ。
……どうしようかしら。
考えていると部屋着のナイトドレスの裾をくちばしで引かれて「あら、ごめんなさいね」と声をかけて、ルチアにリンゴを運ぶ。
それを機嫌よくルチアはくちばしで加える。
それからぴょんぴょんと止まり木を移動して、一番高い場所で、足を使って器用にリンゴを齧る。
可愛らしい姿に、後でたっぷり魔力をあげようと思いつつ、視線を戻すとアルバートがイーディスに横目で必死に視線を送ってきていた。
……救援要請ね。
立ち上がって、イーディスは彼らの方へと行く。どちらの側に座ろうか迷ったけれども、あまり距離を詰めてもよくないのでダイアナの隣に座って、彼女に話しかけた。
「ダイアナ、会って日も浅いのに、質問責めにされたらアルバートだって困るわ」
「……それは、分かってるわよ」
たしなめるように言うと彼女は、納得いかないという様子で、じとっとアルバートの事を見る。そんなダイアナにアルバートは視線をそらして顔を青くさせる。
そんな彼の様子を見ていると、先日の毅然とした態度は幻だったのだろうかと思うが今はそんな事を考えている場合ではない。
アルバートの事よりも、目のまえにいる彼女の事だ。
「じゃあどうして、そんな風にするの? 自分の結婚相手が見つかるか不安なら、私が話を聞くわ」
可能性として身近で結婚したイーディスたちから学びを得て、男性がどんな女性を好きになるのかと考えた結果、そうしてアルバートの意見を求めているのかと思った。
しかし、ダイアナはイーディスとおそろいのチョコレート色の髪を靡かせてフルフルと頭を振る。
それから観念したように、イーディスを見据えて言うのだった。
「……だた……魔法学園に通っているうちに急にお姉さまが結婚してしまって……王族の方ではないし、変な人にお姉さまが捕まっていたら大変、と思ってしまって」
「変な人?」
「そうよ。例えばお姉さまが従者職だからと言って、常日頃から、付き従うように言ったり」
イーディスが聞くとダイアナは人差し指を立てて、例え話を言う。その言葉に、イーディスの頭には一人の男性が思い浮かんだ。
「後は、暴力をふるうような、気の短いところがある人だったり、そういう変というか危ない人につかまっていないか心配で……急な結婚だしお姉さまは、お母さま達みたいに仕事が好きだから、男性の良し悪しがわからないのではないかと思ったのよ」
……たしかに、男性の良し悪しは私一人では気がつかなかったわね。
さすが妹、よくイーディスのことを見ている。
あの時、気がつかなかったら一生、気にしてなかっただろう。そしてその危ない人とは一応縁が切れているので安心してほしい。
そう思いながら何と言えばいいのか考えていると、くすくすと笑う声が聞こえてきて、イーディスは視線を向かいの彼にやった。
「あたし、何もおかしなことを言ってないと思うんだけれど! アルバート様!」
「あ、ごめんね。馬鹿にしているわけではないんです。ただ、姉思いの良い妹だと思って、そうだよね、イーディス」
彼が笑っている理由はイーディスにもわかった。
イーディスと同じでウォーレスの事を思い浮かべているのだろう。あれほど身分が保証されていて、ダイアナはまったく気がついていない様子だが、あの人こそ危ない人だ。
そんな彼から離れるきっかけになってくれたアルバートがそんな風に疑われているのも確かに可笑しい。
しかしそれを言うにはダイアナに契約結婚のことまで説明しなければならないだろう。それでは、大変だ。
イーディスは「そうね」と彼に同意して同じく少し笑った。それにダイアナは顔を赤くしてプンスカという表現がちょうどいいぐらい怒るのだった。
「何よ。ただ心配なだけなのに!とにかく、私は、アルバート様の事、きちんと良い人だってわかるまで学園には戻らないから!」
言いつつも彼女は羞恥心もあるのかそのまま立ち上がって、部屋を出ていこうとする。それにイーディスは声をかけた。
「夜も遅いわ、敷地の外には出ないで自室に戻るのよ」
「わかってます」
「……ダイアナさん、気を付けて帰ってくださいね」
「わかってます!」
イーディスとアルバートの声に投げやりに答えて、ダイアナは出ていき、これから隣にある実家の自室に戻るのだった。
部屋に彼女がいなくなると、アルバートはほっと息をついて、いつもよりもさらにしょぼくれる。それにイーディスは気になって、彼に聞く。
「……妹がごめんなさい。でも一つ気になっていたんだけれど、あんなに偉そうというか……怖い雰囲気のあるウォーレスにはあまり気後れしていなかったのに、どうして私やダイアナに……その、困った様子というか……」
聞きつつも、どちらともなくルチアの元へと戻る。
夕食が終わったこの時間は、アルバートたっての希望で、ルチアの給仕を二人でしている。彼は魔獣が好きらしく、ルチアを見ていて安心するらしい。
アルバートはリンゴを一つ手に取ってから「カァ」と鳴いている、ルチアに差し出した。
「……不甲斐なくて、本当に申し訳ないとは、思ってる」
「違うわ。謝ってほしいんじゃなくてアルバートの事を知りたいの」
並んで立つとこんなに背も違って力ある男性なのに、すぐに謝罪をして申し訳なさそうにイーディスに言う。
それにイーディスは持ち前の気さくな笑みで返して、元気を出してほしくて「不甲斐ないなんて思ってません」と続けた。
すると彼は気合いを入れるようにふうっと息を吐いて、それからすっと背筋を伸ばして眉をきりりとさせる。
「実は、若い女性に対して少し、恐怖心があるんです。男性には普通に接することが出来るんだけどね」
しかし話し終わるときにはしょぼんとした顔に戻っていて、相変わらずくるくると変わる表情が少しだけ面白い。
……女性に対してというと……元婚約者との関係がすごく悪かったようだし、そういう部分があって苦手なのね。それなら、あまり無理はしないで欲しいわ。
「……そうだったの。ダイアナにはもう少しきつく言っておくわ」
「あ、それは、気にしないで。貴方の家族なんだから俺は仲良くしたいです」
「私の……家族だからですか」
つい、そう口にして、それからそれは契約結婚をちゃんと遂行するために必要なことだからという意味か、それとも少しはイーディスの事を好意的に思ってくれていて、そうしたいと言ってくれているのか、なんておこがましい事を考えた。
2
お気に入りに追加
215
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
蕩ける愛であなたを覆いつくしたい~最悪の失恋から救ってくれた年下の同僚に甘く翻弄されてます~
泉南佳那
恋愛
梶原茉衣 28歳 × 浅野一樹 25歳
最悪の失恋をしたその夜、茉衣を救ってくれたのは、3歳年下の同僚、その端正な容姿で、会社一の人気を誇る浅野一樹だった。
「抱きしめてもいいですか。今それしか、梶原さんを慰める方法が見つからない」
「行くところがなくて困ってるんなら家にきます? 避難所だと思ってくれればいいですよ」
成り行きで彼のマンションにやっかいになることになった茉衣。
徐々に傷ついた心を優しく慰めてくれる彼に惹かれてゆき……
超イケメンの年下同僚に甘く翻弄されるヒロイン。
一緒にドキドキしていただければ、嬉しいです❤️
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる