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ようこそ、デッドマンズブーツへ

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 およそ1時間後、ヒューゴに案内された冒険者たちは。
ヒューゴの自宅、つまり村でただ一つの酒場、死者の長靴デッドマンズブーツの前まで来ていた。
 店の扉には、看板の代わりに黒い革の長靴が釘で打ち付けられていた。
 「ヒューゴ、ここが君のお父さんのお店かい?」
 アルフォンスがヒューゴに確認した。
 村に着くまでに、お互いの自己紹介は一通り済んでいた。
 「なかなか立派なお店じゃないか、ヒューゴ」
 「本当に、王都の市街地にある酒場や宿屋と比べても見劣りしないわね」
 ディオゲネスとアーシェラが店を誉めたことが、ヒューゴは純粋に嬉しかった。
 「へへっ、そうだろ。グィードは昔、王都の盗賊ギルドの幹部だったから、退職金をいっぱい貰って、それを元手に母さんとこの死者の長靴デッドマンズブーツを始めたんだ」
 ヒューゴは胸を張る。
 「そうか、それは大したものだな」
 そう言って、アルフォンスがヒューゴの頭を撫でた。
 すぐ横に並ぶとアルフォンスの身長は、ヒューゴより頭一つ高かった。
 それで一見すると大人と子どものようにも見えるが、じつはヒューゴもそれほど身長は低い方ではない。
 むしろ、アルフォンスが高すぎるのだ。
 ディオゲネスは、ヒューゴとほぼ同じくらいの身長であるが、もっと華奢な身体つきをしていた。
 また肩まで掛かる緩やかなウェーブの金髪が、彼の女性的な雰囲気をさらに引き立たせていた。
 アーシェラは寡黙で、どこか達観した雰囲気を持っていた。
 それもそのはずで、彼女はエルフであるから、間違いなく3人の中では最年長者なのである。
 背中までかかろうかという美しい銀髪と、切れ長の目の奥にある翡翠色の瞳が印象的であった。
 ヒューゴはアルフォンスに頭を撫でられたことを、子ども扱いされているようにも感じたが、不思議とそれほど嫌ではなかった。
 恐らくアルフォンスの持つ人間的な温かさや懐の広さが、すでにヒューゴを魅了していたからであろう。
 また何よりも、アルフォンスはヒューゴの憧れる冒険者であり、それも一流の冒険者であろうとヒューゴは推測していた。
 今朝、グィードと旅立ちのあいさつを交わしたばかりであったから、ヒューゴは少し気恥ずかしい気もしたが、勢いよく店の扉を開いた。
 「グィード、ただいま!」
 カウンターの中からグィードが驚いたような、しかし、あふれる喜びを隠しきれないという表情で言った。
 「いったいどうしたんだ、ヒューゴ。もう寂しくなって帰って来たのか?」
 「そんなんじゃないよ。森で冒険者の皆さんにあったんだ。それでこの村に用があるからって、案内を頼まれたんだ。」
 「そうかそうか、とにかくこっちに来て座れよ。ゆっくり話を聞こうじゃないか」
 そう言いながら、グィードは自慢の美髯びぜんを撫でている。
 グィードは、とにかくヒューゴが帰ってきたことが嬉しくて仕方ないというようすであった。
 「どうも、はじめまして。俺たちは王都アラヴァスタの冒険者ギルドから派遣されて来た者で、俺は一応、このパーティーのリーダーでアルフォンスと言います。こっちの優男はディオゲネス。こっちは見ての通り、エルフのアーシェラです。おたくの息子さんには、森で大変お世話になりました」
 ヒューゴの後に続いて店内に入ったアルフォンスが、そうあいさつをした。
 その後ろで、紹介されたディオゲネスとアーシェラが軽く会釈をした。
 「そうかい、そうかい。ようこそ、死者の長靴デッドマンズブーツへ。それであんたらは、この村にはいったいどんな用事で来たんだい?」
 グィードは、相好を崩しながらアルフォンスに尋ねた。
 グィードはひたすら上機嫌であった。
 なにしろ、これでしばらく離れ離れかと諦めていた、愛する一人息子ヒューゴと、グィードは再会できたのである。
 グィードは子煩悩を通り越して、ヒューゴを溺愛していた。
 それはそのまま、今は行方知れずになっている妻スカーレットへの愛情の深さでもあった。
 とは言え、元盗賊ギルドの幹部として、抜かりなく3人の冒険者たちを冷静に観察することもグィードは忘れない。
 剣士とエルフと魔術師、その3人が手練れの冒険者であることを、グィードはすぐに見抜いた。
 エルフの娘の年齢は不明だが、残りの2人は恐らく、20代後半から30代前半くらいだろうとグィードは当たりをつけた。
 アルフォンスと名乗った長身の剣士は、良く見ればなかなかの男前であった。
 やや茶色掛かった黒髪と、野性味を含んだ堀の深い顔は、どこか狼のような印象を与える。
 アルフォンスが狼だとすれば、ヒューゴはまるで山猫のようだ、それは外見もそうであるし、性質もまたそうだ。俊敏さではどちらが勝るだろうか、グィードはふとそんなことを考えた。
 「じつは俺たちは、人を探しに来たんです」
 アルフォンスがグィードの質問に答えた。
 「へぇー、そうかい。そいつはなんていう名前なんだ?試しに言ってみな」
 そう尋ねながらも、グィードにはある予感があった。
 「こいつは面白いことになって来やがった」と心の中でつぶやく。
 「本名は解らないんですが、かつて死の天使アズラーイールと渾名された凄腕の暗殺者アサシンがこの村に移り住んでいると聞いて、その方を王都アラヴァスタへお連れするようにという依頼です」
 「やっぱりそうか」
 「ご存じなんですか?」
 アルフォンスもまた、ある確信を持っていた。
 「白々しい言い方だな。とっくに気がついているんだろう?」
 グィードは相変わらず、相好を崩している。
 「え、どういうことだ?」
 これまで黙って聞いていたヒューゴが、口を挟む。
 「ああ、小っ恥ずかしい話だが、死の天使アズラーイールってのは、俺の昔の渾名なんだよ。ただ、ヒューゴ、誤解の無いように言っておくが、暗殺者アサシンというのは冒険者としての能力特製から来る呼び名であって、文字通り人殺しを生業にしていたというわけじやない。そこのところを勘違いしないでくれよ。俺は盗賊スカウト系の最上級職マスタークラスの一つである暗殺者アサシンなんだ」
 一人息子に人殺しだとは思われたくないという必死さが、痛々しいほどであった。
 そのあまりの必死さに気圧されながらも、アルフォンスは続ける。
 「やっぱりそうでしたか。ヒューゴ君から話を聞いて、もしかしてそうじゃないかと思ってはいました。それに、店の扉に張り付けてあった長靴ブーツ、あれは魔法の品ですよね?」
 「へぇー、それにも気づいていたか?なかなかやるじゃないか。あれは猫足の長靴ケットシーブーツと言ってな、その昔、俺が実際に履いていたものなんだが、素早さだけじゃなく運も良くなる代物なんだ。酒場の看板にはぴったりだと思わないか?」
 確かに、なかなか洒落が聞いていると、アルフォンスは関心する。
 「それにしても、死者の長靴デッドマンズブーツとは、うまい名前を付けたものですね。あなたは世間では、すでに死んだことになっている」
 「ああ、俺が生きているとわかると、枕を高くして眠れない連中がたくさんいたんでな。一度、死んでみたんだ。それでギルドが今さら俺に何のようなんだ?」
 「さあ。俺たちはただ、あなたを丁重に王都アラヴァスタまでお連れするようにと、依頼を受けただけですから」
 「それがいったい、どれくらい骨の折れる仕事なのか、知っていて依頼を受けたのかい?」
 「いいえ。俺たちは依頼を断れる立場にはなかったので」
 「そうか、それはご愁傷さまだったな」
 グィードはアルフォンスたちに、心から同情するようにそう言った。
 ギルドの強引さは、身に染みて知っていたからだ。
 「それでグィードさん、私たちと一緒にアラヴァスタまで行ってくださいますか?」
 「一緒に行くのは構わない。ただ一つだけ条件がある。というよりは、その前に片付けなくちゃならない問題があるんだ」
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