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驚異の潜水空母
18.
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「率直な意見?ですか?」
?マークが2つになったのは、あまりにも珍しく、そこで声が裏返ってしまったからであり、そういう南田を前原は初めて見た。
「そうだ。南田君、君の目からイ- 402は単艦行動がとれるか否か。率直な意見を聞きたい」
迅鯨からの帰り際、自艦に戻ろうとした南田と前原は、有田に呼び止められたのだ。
柴と日高はいなかったから、有田は1人で南田達を待っていたのだろう。
「否、です」
「やはり」
出航入港時の動作ややり取り、停泊中の動向。
有田の目も充分に細かく厳しい。
「だが太平洋は広い。アメリカ西海岸沿岸もしかり。5隻でも少ないのだ。晴嵐が有るとは言え」
「多少索敵範囲が狭くなりますが、401との距離を少し縮めてはどうでしょう」
前原の妥協案。それくらいしか手は無い。
「その分、晴嵐には頑張ってもらうしかないか」
この妥協案は、結局実らなかった。
未熟者呼ばわりは真下艦長以下402の反感を買い、「絶対にやり遂げてみせます。大丈夫です」と強行に主張されてしまう。
確かに決定権は司令たる有田にあるが、上位者の柴少将からも「やらせてみよう」とやんわり言われては、有田も頑なに否定する訳にはいかなかった。
出航準備中に、この事を聞いた南田も無言で天を仰いだのである。
「艦長?何か気になる事でも」
艦橋から発令所へ向かおうとしていた矢上が、南田の浮かない表情に気付く。
「いや、本艦の事では無い。フム、これ以上は要らぬ世話かもしれんな。出航準備は」
「整っております。今、順番待ちでイ- 500が出航する処です」
「先に行かして欲しかったですね。水道で500はかなりもたつきますよ」
戦艦も通る水道だ。巨体といっても潜水艦のイ- 500が通り難い訳がないのだが。
「感を掴むまではやり難いと思いますよ。熟練の潜水艦乗りならば尚更です」
矢上が同情する感を出して言う。
「破格の大きさだしな。山崎艦長も飛田航海長も」
「生粋の潜水艦乗りです。先任の小島砲術長は巡洋艦乗りでしたけど」
「それはそれで。先任が潜水艦を知らな過ぎて困るって早坂運用長がぼやいてましたよ」
先任の前原のせいか?
艦内の明るい雰囲気は良いのだが、少し砕け過ぎの気が…。
とは言え、南田はやはり苦虫を噛み潰した様な表情で「このまま待機」とだけ言うと司令塔へ登っていった。
発令所へ入った矢上に、茂野操舵長が「まだですか?」と問いかけてくる。
「まだだ。今イ- 500が出航してるって」
「先に行かせて下さいよ」
甲本運用長も同じ事を言い出す。
「山崎艦長も、少し慎重だからなぁ」
やがて、エンジン音が響き出す。
「そろそろだぞ」
「発令所!準備は?」
「10回もチェックしましたよ」
艦長からの問いに、聞こえぬ小声で茂野が呟く。
矢上も、その声が入らない様マイクを手で押さえており、それに気付いた茂野が苦笑いして手を合わせた。
「準備よろし」
「出航。微速前進」
エンジン音が少し鈍くなり、イ- 400はゆっくりと動き出した。
水上航行なので司令塔に艦長、当直哨戒長の神田機関長と見張員3名がいる。結構手狭だ。
「機関室、調子はどうだ」
今日は当直の為司令塔にいるが、神田機関大尉としてはやはりエンジンの調子が気になる。
「機関、調子よろし!」
機関室からの伝声管で伝令が応える。
「ならば低圧通風に切り替える。どうも詰まってるみたいで、水道を抜けるまで速度は要らん様だ」
「了解しました」
イ- 500は思った通り水道内でもたついている。
どうせ機関出力を上げられないのならばと、ファンを使って通風口からディーゼル機関に空気を送り込む高圧通風ではなく、ハッチからの通風で送る低圧通風に切り替え、電池の電力を節約するのである。
「切り替え!」
「切り替え、完了‼︎」
水上航行中はディーゼルエンジンを回すので、どうしても煙突から煙が出てしまう。が、今は調子が良いので、それ程目立つ煙の色ではなかった。
不完全燃焼だと、遠方からでも目立つ黒煙になってしまい居場所がバレバレになる。その意味でもエンジンの調子が良い事に神田は胸を撫で下ろしていた。
イ- 400のディーゼルエンジンは4機。合計出力は7,700馬力だ。巡潜甲型と呼ばれる伊号潜水艦がエンジン2機で12,400馬力あるので、機関出力も速度にしても強力とは言えない。
これは、伊号第400型が対艦戦闘ではなく、要地攻撃を目的としているからだ。速度よりも航続距離を求めた機関出力となっている。水上速度は18.7ノットが最大速度で、甲型が23ノット出せる事を考えると遅い。その分水上航続距離は約7万キロあるので、何処の洋上でも無給油で到達出来る。
発令所もかなり手狭だ。
航海長矢上大尉、運用長甲本中尉、航海士斉藤少尉、操舵長茂野兵曹長に潜舵員と横舵員、空気手4名、油圧手2名の計12名が詰めている。
「変針160度」
伝声管で司令塔からの命令が伝わってくる。
「針路160度です」
環礁内の水道。ここは大ベテランの茂野兵曹長が操舵をとる。発令所からは外が見えないから司令塔からの命令だけが頼りとなる。
尤も、茂野にとっては慣れた道と言ってもいい。
「それにしても、またゆっくりですね」
「前にイ- 500がいるからなぁ」
応答を返し伝声管を閉めているとわかっているからか、珍しく茂野が軽口を叩く。生真面目な斉藤航海士が目を剥くが、航海長矢上大尉が軽口で返した為何も言えない。
「だから先に出るべきだったんですよ」
矢上よりも歳上で髭面強面の甲本中尉が、再び言ってくる。貫禄とか年長とかで言えば甲本が最上位に見えるが実際は矢上だ。非番の時であろうとも甲本は矢上に対し決して砕けた口調を取る事はない。
「それは山崎艦長もだけど、何より柴司令が面白くない」
「成る程」
前原の1番弟子よろしく、矢上も明るい雰囲気を出しているから、発令所も出撃という悲壮感はなかった。
だが、今度からはアメリカも自分達を待ち構えている。その意味では、適度な緊張と覚悟は持っていたのである。
?マークが2つになったのは、あまりにも珍しく、そこで声が裏返ってしまったからであり、そういう南田を前原は初めて見た。
「そうだ。南田君、君の目からイ- 402は単艦行動がとれるか否か。率直な意見を聞きたい」
迅鯨からの帰り際、自艦に戻ろうとした南田と前原は、有田に呼び止められたのだ。
柴と日高はいなかったから、有田は1人で南田達を待っていたのだろう。
「否、です」
「やはり」
出航入港時の動作ややり取り、停泊中の動向。
有田の目も充分に細かく厳しい。
「だが太平洋は広い。アメリカ西海岸沿岸もしかり。5隻でも少ないのだ。晴嵐が有るとは言え」
「多少索敵範囲が狭くなりますが、401との距離を少し縮めてはどうでしょう」
前原の妥協案。それくらいしか手は無い。
「その分、晴嵐には頑張ってもらうしかないか」
この妥協案は、結局実らなかった。
未熟者呼ばわりは真下艦長以下402の反感を買い、「絶対にやり遂げてみせます。大丈夫です」と強行に主張されてしまう。
確かに決定権は司令たる有田にあるが、上位者の柴少将からも「やらせてみよう」とやんわり言われては、有田も頑なに否定する訳にはいかなかった。
出航準備中に、この事を聞いた南田も無言で天を仰いだのである。
「艦長?何か気になる事でも」
艦橋から発令所へ向かおうとしていた矢上が、南田の浮かない表情に気付く。
「いや、本艦の事では無い。フム、これ以上は要らぬ世話かもしれんな。出航準備は」
「整っております。今、順番待ちでイ- 500が出航する処です」
「先に行かして欲しかったですね。水道で500はかなりもたつきますよ」
戦艦も通る水道だ。巨体といっても潜水艦のイ- 500が通り難い訳がないのだが。
「感を掴むまではやり難いと思いますよ。熟練の潜水艦乗りならば尚更です」
矢上が同情する感を出して言う。
「破格の大きさだしな。山崎艦長も飛田航海長も」
「生粋の潜水艦乗りです。先任の小島砲術長は巡洋艦乗りでしたけど」
「それはそれで。先任が潜水艦を知らな過ぎて困るって早坂運用長がぼやいてましたよ」
先任の前原のせいか?
艦内の明るい雰囲気は良いのだが、少し砕け過ぎの気が…。
とは言え、南田はやはり苦虫を噛み潰した様な表情で「このまま待機」とだけ言うと司令塔へ登っていった。
発令所へ入った矢上に、茂野操舵長が「まだですか?」と問いかけてくる。
「まだだ。今イ- 500が出航してるって」
「先に行かせて下さいよ」
甲本運用長も同じ事を言い出す。
「山崎艦長も、少し慎重だからなぁ」
やがて、エンジン音が響き出す。
「そろそろだぞ」
「発令所!準備は?」
「10回もチェックしましたよ」
艦長からの問いに、聞こえぬ小声で茂野が呟く。
矢上も、その声が入らない様マイクを手で押さえており、それに気付いた茂野が苦笑いして手を合わせた。
「準備よろし」
「出航。微速前進」
エンジン音が少し鈍くなり、イ- 400はゆっくりと動き出した。
水上航行なので司令塔に艦長、当直哨戒長の神田機関長と見張員3名がいる。結構手狭だ。
「機関室、調子はどうだ」
今日は当直の為司令塔にいるが、神田機関大尉としてはやはりエンジンの調子が気になる。
「機関、調子よろし!」
機関室からの伝声管で伝令が応える。
「ならば低圧通風に切り替える。どうも詰まってるみたいで、水道を抜けるまで速度は要らん様だ」
「了解しました」
イ- 500は思った通り水道内でもたついている。
どうせ機関出力を上げられないのならばと、ファンを使って通風口からディーゼル機関に空気を送り込む高圧通風ではなく、ハッチからの通風で送る低圧通風に切り替え、電池の電力を節約するのである。
「切り替え!」
「切り替え、完了‼︎」
水上航行中はディーゼルエンジンを回すので、どうしても煙突から煙が出てしまう。が、今は調子が良いので、それ程目立つ煙の色ではなかった。
不完全燃焼だと、遠方からでも目立つ黒煙になってしまい居場所がバレバレになる。その意味でもエンジンの調子が良い事に神田は胸を撫で下ろしていた。
イ- 400のディーゼルエンジンは4機。合計出力は7,700馬力だ。巡潜甲型と呼ばれる伊号潜水艦がエンジン2機で12,400馬力あるので、機関出力も速度にしても強力とは言えない。
これは、伊号第400型が対艦戦闘ではなく、要地攻撃を目的としているからだ。速度よりも航続距離を求めた機関出力となっている。水上速度は18.7ノットが最大速度で、甲型が23ノット出せる事を考えると遅い。その分水上航続距離は約7万キロあるので、何処の洋上でも無給油で到達出来る。
発令所もかなり手狭だ。
航海長矢上大尉、運用長甲本中尉、航海士斉藤少尉、操舵長茂野兵曹長に潜舵員と横舵員、空気手4名、油圧手2名の計12名が詰めている。
「変針160度」
伝声管で司令塔からの命令が伝わってくる。
「針路160度です」
環礁内の水道。ここは大ベテランの茂野兵曹長が操舵をとる。発令所からは外が見えないから司令塔からの命令だけが頼りとなる。
尤も、茂野にとっては慣れた道と言ってもいい。
「それにしても、またゆっくりですね」
「前にイ- 500がいるからなぁ」
応答を返し伝声管を閉めているとわかっているからか、珍しく茂野が軽口を叩く。生真面目な斉藤航海士が目を剥くが、航海長矢上大尉が軽口で返した為何も言えない。
「だから先に出るべきだったんですよ」
矢上よりも歳上で髭面強面の甲本中尉が、再び言ってくる。貫禄とか年長とかで言えば甲本が最上位に見えるが実際は矢上だ。非番の時であろうとも甲本は矢上に対し決して砕けた口調を取る事はない。
「それは山崎艦長もだけど、何より柴司令が面白くない」
「成る程」
前原の1番弟子よろしく、矢上も明るい雰囲気を出しているから、発令所も出撃という悲壮感はなかった。
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