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驚異の潜水空母
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トラック環礁。
第1次世界大戦後、国際連盟決議を経てドイツ植民地から大日本帝国委任統治領となった環礁は、国際連盟脱退、そしてワシントン海軍軍縮条約失効に伴い日本軍の南洋拠点として基地化が進み戦略上の要衝となっていく。
特にアメリカとの関係が悪くなった昨年より対米戦の後方基地としての役割が大きくなり、飛行場や通信施設、燃料貯蔵庫や港湾施設の整備建設が一気に進んでいった。
訓練を重ねながらイ- 400がトラック環礁へ到着したのは12月2日の事である。対駆逐艦戦、特に爆雷を喰らった経験のある者は、南田艦長の課す猛訓練の意図を十二分に呑み込んでいたが、初めて乗り込む者や戦場での体験が無い者にとっては、しごきとも思える過酷さに音をあげる者もいた。時には疲労困憊のまま訓練となり、ハッチから転落して骨折した者も現れたのである。
「こんな激しい訓練が必要なのでしょうか?」
「どこが?こんなのぬるいよ」
航海士の斉藤少尉の不満を、話にならない感で矢上が応える。
「ぬるい?怪我人まで出たのにですか?」
「本番ならばボカスカ爆雷がなってる。下手すればナットとか飛んでくるし、壁に叩き付けられる事もある。その上で駆逐艦と我慢比べだ。酸素薄くなって頭が割れそうに痛んでも、浮上が自殺行為って状況だ。それに比べるとぬるいとしか言い様がないな」
横で運用長の甲本も頷く。
童顔のせいでガキっぽくみえる矢上が、大尉で航海長である所以だ。そんな修羅場を潜り抜けて、矢上は艦長や先任が負傷し発令所にいた士官として艦の指揮を取り、イギリス駆逐艦カマーゼンを撃退して横須賀まで帰投したのである。
見た目は甲本少尉の方が髭面で貫禄があるし実は歳も上だ。だが甲本は、同じイ- 76で必死になって指揮を取る矢上を補佐し、その指揮ぶりを見てきた。一蓮托生で死線を潜り抜けてきたから、甲本は矢上と共に転属命令を受け入れたのだ。
斉藤も矢上の経歴は知っている。
若手ながら凄腕の潜水艦乗り。
前原先任が鍛え上げた、彼が自慢する程の後輩。
最初の潜航の時も一部ベント弁が開かず、ふらつき傾いての潜航になってしまった時、矢上は冷静に「ベント弁チェック」と指示した。
「全て開いてる筈です。何か艦体に不具合が有ったのでは?」
「ベント弁だ。再チェック!急いで」
結果、一部ベント弁が閉じたままになっており注水出来ていない状況だった。それで艦が平衡状態を保てずふらついていたのだ。
殆ど人を褒める事の無い南田艦長も「成る程、前原君が推薦する訳だ」と賞賛し、前原も「でしょう」とドヤ顔になり、当の本人は恐縮しまくって。
ふらつく艦内で、南田艦長や前原先任は勿論だが、矢上航海長や甲本運用長も倒れ込む事もなく立っていられたのも斉藤等には熟練さを感じる事となった。
その意味でも前任の航海長と違うと、性格的な事もあったが実力的な事でも科員の尊敬を集めていた。
トラック環礁は直径約100km程の世界最大の環礁だ。約50の島が環礁を形成し約40の島が環礁内にある。環礁を形作っている島々の間には珊瑚礁が浅く連なり、艦船は東西南北4つある水道を通るしか入る道はない。
イ- 400は西水道から環礁内に入った。
環礁入口には哨戒艇が対潜哨戒にあたっている。
「艦名を尋ねてきています」
「返信。『我、伊号第400潜水艦なり』」
「再び信号。『我に続け』」
「返信。『了解』」
水道には防潜網が張り巡らされている。案内がないと例え友軍艦であっても引っ掛かってしまう。
環礁の東、四季諸島の夏島に潜水艦投錨地がある。そこには第4艦隊第7潜水戦隊の呂号潜水艦が数隻と特殊戦略潜水戦隊のイ- 500とイ- 401が停泊していた。
呂号の横にあるからか、イ- 500の大きさが際立っている。
「潜水艦投錨地じゃなくて、向こうの巡洋艦投錨地にした方がよかったんじゃないのかよ」
吉永見張員の呟き。小さく、無駄口とは言えない程のものだったが南田艦長は咎めた。
「見張員、無駄口叩くヒマがあるのか」
「いえ。申し訳ありませんでした」
内心、ちゃんと見てます!とは思ってるが…。
吉永も初乗組という訳ではなく、それなりの経験を持っている。尤も南田は幹部士官でも叱っているが。
「イ- 501が居ませんね」
艦長の後から司令塔へ前原が上がってきた。
「402は明日到着予定とは聞いていましたが」
「訓練に出たか、もう作戦行動中なのか」
基地内も慌ただしい。
いよいよ開戦が近付いていた。
第1次世界大戦後、国際連盟決議を経てドイツ植民地から大日本帝国委任統治領となった環礁は、国際連盟脱退、そしてワシントン海軍軍縮条約失効に伴い日本軍の南洋拠点として基地化が進み戦略上の要衝となっていく。
特にアメリカとの関係が悪くなった昨年より対米戦の後方基地としての役割が大きくなり、飛行場や通信施設、燃料貯蔵庫や港湾施設の整備建設が一気に進んでいった。
訓練を重ねながらイ- 400がトラック環礁へ到着したのは12月2日の事である。対駆逐艦戦、特に爆雷を喰らった経験のある者は、南田艦長の課す猛訓練の意図を十二分に呑み込んでいたが、初めて乗り込む者や戦場での体験が無い者にとっては、しごきとも思える過酷さに音をあげる者もいた。時には疲労困憊のまま訓練となり、ハッチから転落して骨折した者も現れたのである。
「こんな激しい訓練が必要なのでしょうか?」
「どこが?こんなのぬるいよ」
航海士の斉藤少尉の不満を、話にならない感で矢上が応える。
「ぬるい?怪我人まで出たのにですか?」
「本番ならばボカスカ爆雷がなってる。下手すればナットとか飛んでくるし、壁に叩き付けられる事もある。その上で駆逐艦と我慢比べだ。酸素薄くなって頭が割れそうに痛んでも、浮上が自殺行為って状況だ。それに比べるとぬるいとしか言い様がないな」
横で運用長の甲本も頷く。
童顔のせいでガキっぽくみえる矢上が、大尉で航海長である所以だ。そんな修羅場を潜り抜けて、矢上は艦長や先任が負傷し発令所にいた士官として艦の指揮を取り、イギリス駆逐艦カマーゼンを撃退して横須賀まで帰投したのである。
見た目は甲本少尉の方が髭面で貫禄があるし実は歳も上だ。だが甲本は、同じイ- 76で必死になって指揮を取る矢上を補佐し、その指揮ぶりを見てきた。一蓮托生で死線を潜り抜けてきたから、甲本は矢上と共に転属命令を受け入れたのだ。
斉藤も矢上の経歴は知っている。
若手ながら凄腕の潜水艦乗り。
前原先任が鍛え上げた、彼が自慢する程の後輩。
最初の潜航の時も一部ベント弁が開かず、ふらつき傾いての潜航になってしまった時、矢上は冷静に「ベント弁チェック」と指示した。
「全て開いてる筈です。何か艦体に不具合が有ったのでは?」
「ベント弁だ。再チェック!急いで」
結果、一部ベント弁が閉じたままになっており注水出来ていない状況だった。それで艦が平衡状態を保てずふらついていたのだ。
殆ど人を褒める事の無い南田艦長も「成る程、前原君が推薦する訳だ」と賞賛し、前原も「でしょう」とドヤ顔になり、当の本人は恐縮しまくって。
ふらつく艦内で、南田艦長や前原先任は勿論だが、矢上航海長や甲本運用長も倒れ込む事もなく立っていられたのも斉藤等には熟練さを感じる事となった。
その意味でも前任の航海長と違うと、性格的な事もあったが実力的な事でも科員の尊敬を集めていた。
トラック環礁は直径約100km程の世界最大の環礁だ。約50の島が環礁を形成し約40の島が環礁内にある。環礁を形作っている島々の間には珊瑚礁が浅く連なり、艦船は東西南北4つある水道を通るしか入る道はない。
イ- 400は西水道から環礁内に入った。
環礁入口には哨戒艇が対潜哨戒にあたっている。
「艦名を尋ねてきています」
「返信。『我、伊号第400潜水艦なり』」
「再び信号。『我に続け』」
「返信。『了解』」
水道には防潜網が張り巡らされている。案内がないと例え友軍艦であっても引っ掛かってしまう。
環礁の東、四季諸島の夏島に潜水艦投錨地がある。そこには第4艦隊第7潜水戦隊の呂号潜水艦が数隻と特殊戦略潜水戦隊のイ- 500とイ- 401が停泊していた。
呂号の横にあるからか、イ- 500の大きさが際立っている。
「潜水艦投錨地じゃなくて、向こうの巡洋艦投錨地にした方がよかったんじゃないのかよ」
吉永見張員の呟き。小さく、無駄口とは言えない程のものだったが南田艦長は咎めた。
「見張員、無駄口叩くヒマがあるのか」
「いえ。申し訳ありませんでした」
内心、ちゃんと見てます!とは思ってるが…。
吉永も初乗組という訳ではなく、それなりの経験を持っている。尤も南田は幹部士官でも叱っているが。
「イ- 501が居ませんね」
艦長の後から司令塔へ前原が上がってきた。
「402は明日到着予定とは聞いていましたが」
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基地内も慌ただしい。
いよいよ開戦が近付いていた。
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