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第五章

24.闇は増大し…、そして皇太子との邂逅

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 ロズファンバルグ帝国皇太子ハインツ=ペイル・ロズファンバルグの名でマールディア王国への公式謝罪と国交樹立の申し出があった。
 その証としてプリム皇家令嬢ルイーゼの嫁入の話も出た。マールディア王家というよりセレナ王妃の了承を得て、ルイーゼと第2王子ユリアンとの婚約が決まったのである。

 秘密裏の約束。ロズファンバルグからの申し出によりユリアンとルイーゼを婚約させる。アリスが計り、了承の条件としてセレナ王妃が出した「ロズファンバルグからの申し出」。ハインツは条件を全て呑み、叛徒とはいえロズファンバルグ貴族の兵がマールディア王国に攻め込んだ事の謝罪をしてみせた。その上で両国王家の婚姻を申し出てきたのである。

 当然マールディア王国では紛糾した。
 謝罪の受け入れはスンナリいった。あくまでも叛徒、一部暴走貴族の侵攻であり、こちらの貴族の私兵も呼応していた。またハインツ皇太子は直様討伐軍を組織し国境付近まで差し向けていた為宰相ガーランド公爵も「過酷な賠償を望まぬ」と明言しセレナ王妃も同意した。
 が、ユリアンの婚約は貴族の反発を生んだ。

 ユーリル王太子は宰相家公爵令嬢アリスと早々婚約している。元々ユーリル王子が立太子の為に公爵家の後ろ盾を必要としていた。
 前世の恋人同士というのは当人同士しか知らぬ事である。が、どちらにしても宰相家に喧嘩を売れる貴族はマールディア王国にはいなかった。

 それだけにユリアン王子の婚約は年頃の令嬢がいる貴族達にとって己が家の繁栄に必要と色々アプローチしていた矢先だったのである。サイナス伯爵家の格はそれ程でもなく、伯爵令嬢フローラがユリアンと恋仲であろうとも上位貴族の推し1つでどうにでもなる、と侯爵家等は思い込んでいた。
 そのフローラがロズファンバルグ皇族令嬢ルイーゼであり国交樹立の証としてマールディア王家に輿入れする。宰相は勿論セレナ王妃の同意もあるとなるとユリアン王子の正妃の座は最早望むべくも無い。サイナス伯はルイーゼの養父の立場を得ており、地方の小伯爵が国政の中央に来る事になる。伯爵の爵位は上がる。田舎貴族と馬鹿にしていた上位中央貴族にとって我慢ならない事態になっていた。

「妾が決めた事です。陛下も宜しいですわね」

 結局セレナ王妃が強権を発動した。しかも政敵の筈の宰相ガーランド公爵が全面的に賛成した。
「私は常に王妃殿下と反対の立場にいる訳では無い。都度是々非々を判断している」
 元妃派で第1王子派であるホーブロゥ侯爵に詰られたバルト=ガーランドは受け流す形でそう答えた。確かにバルトがセレナ王妃に賛同する事等珍しいと言える。
 だが、元々これは愛娘アリスの企みだ。
 娘を溺愛するバルトは、アリスの策に2つ返事で同意したのだ。無論この事が国益に叶うというのが大前提ではあったが…。

 後から思えば、アリスはこの辺理想論に走ってしまったキライがあった。

「こんな事が…、間違っている…」


「うん。この世界は間違っているよね。フフ」

 人の闇、暗き想いに思いあたらなかったのは、矢張りアリスがまだ子供としての明るい未来しか持ち得なかったから。が、これは仕方ない。
 光の精霊リーンの警告も、この時はまだ胸騒ぎの域を出ていなかった。

 寧ろ光の上位精霊ソルバードと契約している『光の御子』と呼ばれたリオン=アルザード辺境伯次男の方が闇の精霊の動きを分かっていた。

「そんな…、ぼ、僕にどうしろって?僕に何が出来る?ぼ、僕はアリスとは、ガーランド公爵令嬢とは違うんだ!」

 ソルバードは只「クォン」と鳴くのみだった。

 リーンと違い、個の名を持たないソルバードが人語を話す事は無い。いや、アリスの他の精霊、大地の上位精霊ガイエルフェンと炎の精霊フレイコングも人語を話さない。アリスが個の名を付けて契約したのにも関わらず。
 リーンの、光の精霊フェアティアという種族名はゲームでも殆ど出てこない。ゲームでヒロインの相棒に近い光の精霊は、普通にヒロインと会話していた。チュートリアル説明も兼ねていたからと言うのもあるが、アリス自身、リーンの存在をそういうものと思ってしまっていた。

「アリス、ねぇアリス。伝えたい事があるの。私を召喚して」

 1度契約してしまうと、契約者から喚ばれないと精霊は実空間に現れる事が出来ない。だが必要以上の召喚は精霊の機嫌を損ねる行為というのが常識だ。特に光の精霊は気紛れであり機嫌を損ね易い存在だった。

 ゲームでの、悪役令嬢アリス1人の怨みによる闇の精霊召喚とは違い、多くの人々の怨嗟が王都に集いつつあった…。


 ロズファンバルグ帝国との国交樹立の式典。
 両国国境、ビズエル平原の中央にあった国境警備城砦を、式典様に内装を整備したマールディア王国は、ここにロズファンバルグ皇太子ハインツを招聘する。今まで仇敵とも言える帝国の皇族が初めて国境を越え、正式に国賓として迎え入れられた。

「この様な形で会える事を嬉しく思う、ハインツ皇太子」
「全く同感だ。そしてガーランド公爵令嬢、貴女のお陰で我々は新たなる歴史を歩み始める。帝国を代表して貴女に最大限の感謝を」
「いえ。元々皇太子殿下の和を望む想いがルイーゼ様を、そして私を動かしました。帝国の在り方、マールディア王国との関係を何とかしたいというお考えを持つ方が帝国皇族にいらっしゃいました事。私共こそ殿下に最大限の感謝を致したく存じます」

 帝国全権として来たハインツ皇太子と王国全権として迎えたユーリル王太子。その婚約者であり戦後和平の立役者としてアリスが見守る中、ハインツとユーリルがしっかりと手を結ぶ。
 揺るぎないガッチリとした握手は、両国の和平の意思の固さを物語り記念式典の象徴となった。


 アロンが拘束されていたのは王都近衛兵舎の地下牢。日もあまり入らず、ある意味闇の者に居心地の良い空間になっていたのは偶然であり最悪の状況だった。
 タランの勾留場所はまだ日の当たる特別房だったし、子爵家嫡男と陪臣家次男では待遇に天と地程の差がある。家にも絶縁された絶望感はあったものの逆に諦め切っていて、この世への不満を持ち得なかった。その為闇の精霊の誘惑が届かなかったのである。

「この世界を壊したいんたよね?手を貸してあげるよ。ボクの力を使えば、この世をキミの思い通りに変えられるよ?」
 誰もいない筈の地下牢。闇の奥より聞こえてくる声に、アロンは、我意を得たりとばかりに応じてしまう。
「さぁ、ボクをまずは受け入れて…。ウフフ」
「あ、ウゥ、ぐ、ぐげっ!」
 闇がアロンを包み込む。夢心地のアロンが、急に苦しみ出し、まるで根を張るが如く闇が身体に浸透していく。
「う、うぁあああ」
 身体中に浮き出る黒き血管?闇が新たな血脈を作っている?
「うん、これでボクは実空間に定着出来た。ありがと。さぁ、世界を作ろう。ウフフ」

 脈動する黒き血管。アロンの瞳は深淵とも言える黒に染まる。

「光と闇は表裏一体。どちらも無くす事は出来ない。でも主体が入れ替わる事は可能だよ?影として存在するのではなく、闇の中の一条の光。これからそんな世界に変わるのさ」

 地下牢から発して、暗き影の場所が色濃くなっていく。
「もうすぐ。もうすぐ世界は変わる」


 学校が長期休暇となっていた為、リオンは辺境伯領に帰っていた。だからこそアリスもルイーゼも自由に動けた訳だが、王都に光の精霊持ちが不在という偶然にも最悪の事態となる。
「急がないと。何が出来るかわからないけど。闇が、闇が大きくなっていく」
 矢も盾もたまらずリオンは王都への道を急ぐ。

 アリスには、まだ胸騒ぎ程度の感覚しかなかった。
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