上 下
23 / 27
第四章

23. 戦後処理と甘いオシオキと

しおりを挟む
 ロズファンバルグ帝国軍野営地。

 補給部隊が山賊の襲撃を受け、兵糧が奪われてしまったと報告が来るのに暫しの時間が経過した。
 それを阻止すべく救援に赴いた軽騎兵団も冒険者風の少女2人に追い払われてしまったとの報告が入った時、帝国の侵攻兵団の総指揮官アレス=ザレスは独断で侵攻を諦め、兵糧が尽きる前に撤退、つまり再び国境を越えようと考えた。
 まだ深く侵攻しておらず、国境線はそれ程遠くなかったからなのだが、目前のフォルティス辺境伯の別荘地にマールディア王国軍が集結しつつあると聞くと
「手遅れ、万事休すか」
 直ぐに降伏を決めてしまった。

 元々アレスは交戦派の貴族の陪臣で騎士団長の身分でしかない。
 交戦派の急先鋒はトラブニス公爵だが、先の皇太子襲撃にしてもそうだが、詰めが甘いというか博打打ちの度胸がからっきしと言っていい程無く自分の近衛騎士団も陪臣も全く侵攻兵団に出してこなかった。過激派とも言える交戦派ギムルソン伯爵の騎士団が主力であり、アレスもその第2騎士団長である。
 主家の命に忠実ではあるものの、アレスは基本的には超リアリストであり、この侵攻の馬鹿馬鹿しさをしっかりと認識していた。

「お前を逃した女冒険者は、例の王太子婚約者だと思える。そうだったな」

 自身は肩を射抜かれ、弓兵を無力化された軽騎兵の隊長、騎士ケリー=コラリーは2人の冒険者の内、明らかに判断を下していた方を思い浮かべて頷いた。
「15~6くらいの少女で金髪碧眼。東方剣技の使い手でしたので、まず間違いないかと」
「ウム。金髪碧眼で東方剣技の使い手…。確かにそんな少女は2人と居まい」
「それに大地属性魔法と風属性魔法を使っていたようですので」
「大地上位精霊ガイエルフェン…。その上で貴様等を捕虜とする事に難色を示す、か。おそらくハインツ皇太子と何らかの繋がり?密約か?出来ているのだろう。となると、ここでマールディアの兵と戦う事は無駄…、無意味と言えるな。ここは矢張り降伏の一手しかないな。尤もロイド第3騎士団長は反対するだろうが」

 あの男は降伏よりも玉砕を選ぶ。
 マールディア王国を見下すガチガチの国粋主義者で、交戦派ギムルソン伯爵の過激な信奉者ロイド=ワイルダー。
 大極を見ない近視眼的脳筋の為に、ギムルソン伯爵ですら侵攻兵団の総指揮を執らせる事を躊躇ってしまい、自身に否定的で、苦言さえ呈するアレスに兵団長を任せざるを得なかった。
 この辺ギムルソンは過激派ではあっても軍人として決して無能では無く、退却や降伏を選択肢の1つとして普通に持てる度量を持っていたのである。


「こ、降伏だとぉ?」
「状況を見るに他に手は無しと思えるのだが?」

 野営地の本陣たる天幕にロイドを呼び出したアレスは、今後の打開策として敵陣降伏の意思を伝えた。

「我等はまだ負けてはおらぬ!」
「だが勝てる要素も皆無だ。その上例のマールディア王太子妃候補たるガーランド公爵令嬢の態度を見るに、何かハインツ皇太子と密約が有るようにも見える。だとすれば、このまま戦っても我等は叛逆罪に問われかねない。ならばこそだ」
「バカな。我等が叛逆?」
「皇族の意向を伯爵が意に解さぬと思うてか?」

 本来アレスとロイドは同格である。伯爵家の騎士団長同士だ。が、天幕の中、アレスが急造の執務机で席につき真向かいにロイドが立っている。
 この兵団の総指揮官がアレスであり、その下についている事をロイドも納得しているのだ。脳筋であっても軍秩序は流石に弁えていた。

「ロイド、私とて納得出来ない。だが叛逆者の汚名等死んでも御免蒙る。だからだ。降伏して皇太子殿下の意に沿う形で帰国するのがマシなほうだと思えるのだ」

 皇太子の意に沿う形。
 結局、アレスのこの読みは正しく、降伏し捕虜となったギムルソン伯爵の騎士団はマールディア王家とハインツ皇太子主導のロズファンバルグ皇家とのやり取りで身柄の引き渡しが実現する。
 
 その1ヵ月後、正式に両国に国交が樹立された。


「胸騒ぎ?は?どういう事?」
「何か漠然と不安感があるの。でも何が引っかかっているのかがピンとこないの」

 ロズファンバルグ帝国侵攻兵団が降伏して、その身柄をフォルティス辺境伯が確保した。アレスは降伏したものの軍律を正し、秩序を保っていたので、辺境伯の騎士団も捕虜を騎士として扱い、丁重に王都へと護送したのである。
 それを見届けてアリスとクラリスはコッソリと王都に帰った。が、捕虜尋問のせいで2人が密かに何をしてきたか、王室にバレてしまったのだ。
「自分が預かる」
 ユーリル王太子が言い切り、王妃や宰相の説教は回避出来たものの、全くアリスは安心出来なかった。

 ユーリル王太子の私室に連れ込まれる。
「さて、何が言いたいか分かるよね」
 無邪気に見えての黒笑みがユーリルの気持ちを物語っていて、流石にアリスも言い訳出来なかった。
「えーと、申し訳ありませんでした、殿下。もうしませんので…」
 迫られて壁にドンと手を突かれて。
「うわぁ、現実の壁ドン?あの、ユーリル殿下?その、ね、ワッキ、ゴメン」
 ユーリルは無言で圧力を掛けつつ迫って来る。
「ね、その…、ち、近い…よ、あ、うぅん」
 アリスの小さな柔らかい唇を、ユーリルは己が口で塞いだ。
「あん、うぅん」
 割と長く塞ぎ、たっぷりと甘い口づけを堪能して、
「怒ってる。だから、先ずはオシオキ」
「きゃあ、ちょ、ちょっと、殿下!? その、あ、あん」
 ユーリルは身体を密着させると、アリスの頬から耳元へ口づけを這わす。壁を押さえていた右手は、今度はアリスを押さえ付ける。それも胸元を。撫でる感じから、やがて鷲掴みになり、その弾力を堪能し始めた。

 結局、アリスは婚前交渉とも言えそうなオシオキを受けてしまう。最後の一線を超えない寸止め状態の愛撫は、ユーリルの自爆とも言えたのだが。

「これで全て上手くいった…んだよね?そう思ったんだけど」
「は?上手くいったんだろ?何がある」
「妙な胸騒ぎがあって」

 不安が分からないままアリスはユーリル王太子と共に、ロズファンバルグ帝国との国交樹立調印式に臨む。


 王都では、少しずつ闇の精霊が力を蓄えつつあった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【連載版】異世界に転生した少女は異世界を満喫する

naturalsoft
恋愛
読書様からの要望により、短編からの連載版になります。 短編では描き切れ無かった細かい所を記載していきたいと思います。 短編と少し設定が変わっている所がありますがご了承下さい ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ ふと目が覚めると赤ちゃんになっていた。Why?私を覗き込む金髪美人のお母さんを見て、あ、異世界転生だ!と気付いた私でした。前世ではラノベを読みまくった知識を生かして、魔力?を限界まで使えば総量が増えるはず! よし、魔力チートを目指してエンジョイするぞ♪ これは神様にあった記憶もない楽天家な少女が前世の知識で異世界を満喫する話です。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

精霊に好かれた私は世界最強らしいのだが

天色茜
ファンタジー
普通の女子高校生、朝野明莉沙(あさのありさ)は、ある日突然異世界召喚され、勇者として戦ってくれといわれる。 だが、同じく異世界召喚された他の二人との差別的な扱いに怒りを覚える。その上冤罪にされ、魔物に襲われた際にも誰も手を差し伸べてくれず、崖から転落してしまう。 その後、自分の異常な体質に気づき...!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...