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【四章】魔王が望んだのは、少女との穏やかな日々

とある王国の斥候の葛藤【斥候視点】

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【今回の話は「とある王国から魔国の監視を任されている斥候の男トグル」視点です】


 最初、魔国に現れた少女を見た時。
 得体の知れない生き物を見たような気分になった。

 だって、そうだろう?
 小さな子供にしか見えない生き物が、世界を滅ぼす力も持つ魔王の隣で笑っているのだから。

「ねぇ、魔王サマ! 魔王サマったらー……聞こえないのー?」

 魔王のことを微塵も恐れない少女の姿が理解不能で、恐ろしくて……
 しかし、少女のことを観察していくうちに、抱いていた恐怖感は薄くなった。

 遠目から観察した少女は、何も企んでいるようには見えなかったから。
 少女はただ、魔国で楽しそうに過ごしているだけだった。
 まるで、自宅の庭先で遊ぶ子供のように。
 そして、そんな少女といる時の魔王は、とても穏やかな顔をしていた。

 少女と出会う前の魔王は、いつだって無表情で。何にも興味のないような雰囲気をしていたのに。
 少女が魔王を変えたのだ。俺はそう思った。そしてその変化が、良いもののように思えた。
 もしかしたら少女は、魔国と人間の国を繋ぐ、かけ橋のような存在になるのではないか。
 そんな淡い期待を、俺は抱いてしまったから。

 多分、俺は少女に絆されてしまったのだと思う。
 無邪気に笑うばかりの少女を、出来ることならこのまま見守りたい。
 いつの間にか、そんなことを思うようになっていた。

 ……しかし。

『魔の国に人間の形をした生き物がいるだと!?』
『人間に擬態した魔物ではないのか?』
『魔王とコミュニケーションをするだと!?』
『もしも、それが魔王の不興をかって、人間の国が魔王に滅ぼされたら……』

 少女の姿を直接見ていない、俺の国のお偉いさん方の考えは違った。
 魔国に少女が居ると報告を上げた俺に下された命令は、『少女それを殺せ』というものだった。

 その考えに、理解が出来ない訳ではなかった。
 俺だって、少女のことを一度は怖いと思ったのだから。
 吉となるか凶となるか分からない賭けには出たくない。
 その気持ちも理解できた。

 しかし理解は出来ても、少女は殺したくなかった。
 けれど、それは俺の感情でしかない。
 俺は騎士で。国からの命令は絶対で。
 俺の感情なんかよりも、国や世界の平和の方がよっぽど大事で……

『トグル・ベック』
『はっ』
『その生き物を、殺してこい』
『……はっ』

 俺は、少女を殺すことを決めた。
 決めたのだけれど……


 ◇  ◆  ◇


「大丈夫? 具合、悪そうだから」

 俺が刃を向けたはずの少女は、俺に向かって、そう言った。
 無害そうな笑みを浮かべながら。
 少し触れただけで折れてしまいそうな細い首を、コテンと傾げながら。
 まるで、つい今しがた、俺に殺されかけたことなんて、完全に忘れてしまったかのようだった。

 呆けながら「君は人間か?」と問うた俺に、少女は言った。
 自分は唯の人間だと。
 魔王も使えない、人間の少女なのだと。

「私はねー、人間よ。魔法もほとんど使えない、ただの人間のアメリア」

 幼子のような口調で言うアメリアに、俺は絶望した。
 いっそ彼女が魔物だったなら、どれほど良かったことか。
 だって俺は、人間の少女を殺さないといけないんだ。
 悪人でもない少女を、アメリアを。
 人間と分かった上で、殺さなければいけないのだから。

 けれど……
 それが最善なのだと、俺にはもう、信じられなかった。

 殺したくない。
 けれど、殺さないといけない。
 世界の平和のために。
 魔物に守られているアメリアを殺せるか?
 分からないけれど、やらなければいけない。

 ……本当に?
 ただの人間の少女を。
 戦う術などない無力な存在を。
 殺すことが、本当に正しいことなのか?

「……今なら、俺が君を助けてあげられる。君を殺したことにして、君の故郷に戻してあげられる。俺と一緒に、来てくれないか」

 葛藤の中、俺が選ぶことが出来たのは、その言葉だけだった。
 アメリアを遠くへ逃がすか、殺すか。そんな二択だけ。

 アメリアは俺の言葉に、パチリと瞬きをした。
 薄水色の瞳が、一瞬左右に揺れる。
 迷っているような、そんな動きだった。
 俺の手を取ってくれと、祈る様な気持ちでアメリアの言葉を待った。
 
「私は、魔国に居たいの」

 けれど……
 アメリアが放った言葉は、俺の望むものではなかった。
 アメリアは困ったような顔で笑った。
 少しだけ眉を下げて、どこか申し訳なさそうな笑みだった。
 大人びた表情で、アメリアは言う。

「魔王サマの傍に居たいの」

 そんな、俺には到底理解できないことを。

「殺しても良いよ? 魔王サマと離れて生きるくらいなら、ここで死んじゃうほうが、きっと幸せになれるから」

 その言葉に、俺は何も言えなくなってしまった。
 アメリアの肩に置いていた手を、ゆっくり持ち上げる。
 細い首に、手をかけて……

「……できない」

 ……アメリアを殺すことが、俺には出来なかった。
 手に少し力を入れれば、アメリアを殺すことなんて簡単なのに。
 簡単なことが出来なかった。

「なぜ、魔王なんだ。」

 アメリアの首に手をかけたまま、俺はそう聞いた。
 アメリアが口を開く。そんな気配に気を取られて……俺は気が付かなかった。
 今の俺の格好は、背後から見ると、まるでアメリアを抱きしめるような格好になっていて……

「……何をしている?」

 ……俺の背後に、魔王が立っているなんて、まったく気が付かなかった。
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