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【四章】魔王が望んだのは、少女との穏やかな日々

初めての感情、敵わない相手【魔王視点】

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【今回の話は魔王視点になります】



「魔王サマは流れ星って、見たことがあるー?」

 ある日、唐突にアメリアに問いかけられた。

 流れ星。
 俺は頭の中で、アメリアの言葉を繰りかえす。

 俺は魔法のことには詳しいが、それ以外のことは疎い自覚がある。
 魔王として生きるために、魔法以外の知識は必要が無いものだから。

 故に、アメリアの言葉は、すぐに頭の中に浮かばなかった。
 少し考えて、似たような意味を持つ魔法があったことを思い出す。

 たしか、夜間の空を走る光の筋のことを、人間はそう呼ぶのだったか。
 記憶を振り返れば、何度か見たことがあったような気がした。

「……ああ」
「本当!? 流れ星、魔国からでも見えるの!?」

 頷いた俺に、アメリアは目をキラキラさせた。

「私ね、流れ星を見るのが夢だったのー!」

 そんな些細な夢を、アメリアは語った。

 空を走る光を見て、何がそれ程おもしろいのか。
 俺には理解が出来なかった。
 出来なかったくせ、俺はアメリアの「一緒に見に行こうよ」という誘いに頷いていた。

 分からない。
 自分のことなのに、訳が分からない。
 星なんか見ても見なくても、魔王という役割に影響はない。
 見なくても良いもの。
 そう分かっているのに……

「やったぁ! 流れ星、魔王サマと一緒に見れると良いなぁ」

 アメリアが喜ぶだけで、俺も同じように嬉しい気持ちになってしまう。
 ふと気を緩めれば、笑ってしまいそうになる。

 温かいアメリアの手に触れられる。
 アメリアに笑いかけられる。
 それだけで、俺は心までぽかぽかと温かくなってしまう。

 感情なんて、魔王には必要のなかった機能なのに。
 アメリアと居ると、必要のなかった機能ばかりが増えていく。



  ◇  ◆  ◇  



 アメリアと、流れ星を見ると約束した日。
 夜の闇が深くなる時間に、俺とアメリアは外に出た。

 暗い魔国の夜は、星がよく見える。
 これならアメリアの望む流れ星も、見れるかもしれない。
 そんなことを思いながら、空を眺めていた俺の視界の端で、アメリアが転びかけていた。
 恐らく、木の根に足を取られたのだろう。
 魔国の夜は暗いから、足元の地面ですら見えにくい。
 俺は咄嗟に手を伸ばして、アメリアの体を掴んだ。

「魔王サマ、いつも助けてくれるねー。ありがとう」

 アメリアは俺に掴まれたまま、安心しきった表情で笑う。
 何一つ、危険なものは無いと思い込んでいるかのようだった。

 ……アメリアの体を掴んでいるのは、魔王おれの手なのに。

 一振りで人も町も壊してしまう魔王おれの手を、アメリアは何も気にせず触れてくる。
 「やっぱり魔王サマの手は冷たいのね」なんて。
 緊迫感のかけらも無いことを言いながら。

 アメリアが俺の手を引いて、そのまま歩き出した。
 アメリアのふわふわとした髪が、歩くたびに揺れていた。
 暗い夜の闇の中、アメリアの黄色の髪だけがよく見える。

「流れ星が見えたらー、魔王サマは何を願うの?」

 アメリアの髪を見つめていたら、問いかけられた。
 願いなんて、今まで考えたことも無かった。

 願っても良いのだろうか?
 魔王の俺が、何かを願っても、良いのだろうか?

「流れ星はねぇ、願いを唱えながら見るのよー」

 当たり前のように、アメリアは言う。
 「魔王サマ、知らなかったの?」と、首を傾げながら、アメリアは疑うような素振りもなく、俺の願いを問うていた。

「私はね、美味しいものが食べれますようにって、願おうかなぁって思ってるの! 魔王サマは? 何を願うの?」

 そんな風に、問いかけられると……
 俺はまるで、自分が魔王でなくなってしまったような気すらしてくるのだ。
 魔王なんかではなく、唯の俺として、願っても許されるような気がしてしまって……

「俺は…………お前と……」

 俺の口から、願望が零れ落ちる。
 その、刹那。

「うわぁ……」

 歩いていた森が開けて、夜空が広がった。
 アメリアが感嘆の声を漏らす。

 俺とアメリアは、小高い丘の麓に立っていた。
 木々の少ないその場所からは、星空が見渡せた。
 濃紺の空に、瞬く星々が散らばっている。
 アメリアが声を上げるのも納得するくらい、美しい光景だった。

「すごい、すごく綺麗!」

 空を見上げすぎて、アメリアの口が半分開いてしまっている。
 間抜けな表情に、うっかり笑いそうになってしまう。 

「ねぇ、魔王サマ。とっても綺麗ね!」

 アメリアが、星空から俺へと視線を移す。
 満面の笑みが浮かぶアメリアに、「そうだな」と答えた。

 アメリアと出会う、ずっと前から星は空にあった。
 けれど、それを綺麗だと思ったことなんて無かった。
 星空を、綺麗だと思わせたのは……きっと、隣にアメリアが居るから。

「でも、流れ星は見えないねー」

 丘に登って、星空を眺めて。
 アメリアが少し残念そうに言った。

「……そんなに見たいのか?」
「うん。見たかったなぁ」

 眉を下げて笑うアメリアに、俺は考える。
 流れ星とは異なるかもしれない。
 けれど、似たようなものを、魔法で作ることはできる。

 Πολλά αστέρια数多の星々
 Απαντήστε στην κλήση呼びかけに応じろ
 Μαζευτείτε και πέστε集え、落ちろ

 詠唱を始めた俺に、アメリアは「魔王サマ?」と呟いた。
 もしかしたら、怖がらせてしまうかもしれないと、不安になった。
 この魔法は、過去の時代の魔王が、世界を滅ぼすために作り出した魔法だから。

 ーーμετέωροメテオ

 不安になりながらも、詠唱が終わる。
 一拍の沈黙の後……星空を、流星が埋めつくした。

「うわぁぁぁ!!!」

 かつての魔王は、この流星を地上に落としたそうだが、俺の魔法は空を彩るだけ。
 なんの意味もない魔法。
 ……だが、アメリアは嬉しそうだった。

「魔王サマの魔法!? すごい! 流れ星がたくさん!」

 少し変えれば、人類を滅ぼしてしまうような力を、アメリアは綺麗だと喜んだ。
 願いを叶える力なんてない魔法に、アメリアは何度も「すごい」と言って、空に向かって何かを願った。

 俺も、アメリアにつられて、心の中で願ってしまう。

 ーーもしも、願っても許されるのなら……
 ーーアメリアと、この先も共にある未来を……

「ねぇ、魔王サマ」

 アメリアが、俺の名を呼ぶ。
 星が落ちる夜空の下で、どんな星よりも綺麗に見えり、満面の笑みを浮かべながら。

「ずっと一緒に居れれば良いのにね」

 俺が口にできなかった言葉を、アメリアはいとも容易く口にする。
 それが、どうしようもなく嬉しいのだから。
 最強の魔王である筈の俺は、最弱の人間のアメリアに、どうしたって敵わないのだと思ってしまった。

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