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【三章】 魔王を振り回すのは、たった一人の少女

魔王サマと怖いもの

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「ねぇねぇ、まーサマ。まーサマったら、重いでしょう?」
「重くない」
「嘘だー。だってそんなに大きいのに」
「お前ほど非力ではない」

 市場から離れて行く魔王サマを、私は追いかける。
 魔王サマはきっと重いはずなのに、二つもある袋を、私に渡そうとはしてくれない。
 それでも魔王サマに向かって手を伸ばしていると……

Αλλαγή βαρύτητας重さよ、変われ

 ……魔王サマは袋を渡す代わりに、小さな声で魔法の呪文を唱えた。
 キラキラと輝く魔力が、麻袋えお包み込む。

「魔法で重さを変えた」

 魔王サマが私に言ったのは、それだけだった。
 大きな袋を二つ抱えたまま、それ以上の説明はなかった。
 はてなマークを浮かべる私を置き去りに、魔王サマは歩き続ける。
 前を歩く魔王サマの背中を追いかけながら、私は考えた。

 魔法で袋の重さを変えたから、心配しなくても良いって伝えたかったのかなぁ?
 多分、そうだよね。

「まーサマ」
「……人通りが少なくなってきた。もうまー……その、間抜けな呼び方でなくても良い」

 魔王サマの言葉に、辺りを見渡す。
 確かに人が減ってきた。
 魔王サマが、人通りの少ない方向に向かって歩いているからね。

「魔王サマ。ふふ、やっぱり魔王サマの方が、しっくりくるねー」
「それで」
「うん?」
「何か、言いかけていただろう」
「そうだった!」
「何だ?」

 魔王サマは私を見ないまま、問いかけた。
 興味も無いような雰囲気。
 なのに、魔王サマの声は優しい気がするの。
 だって魔王サマは、ちゃんと私の話を聞いてくれるから。

「あのねー、ありがとうって伝えたかったの」

 私の言葉に、魔王サマは少しだけ黙ってから「何のことだ?」って私に聞いた。
 本当に心当たりが無さそうな魔王サマに、私は指を折りながら、魔王サマがしてくれたことを伝えていく。

「えっとねー、お塩が欲しいって言葉を覚えててくれたのと、この町に連れてきてくれたのと、お金も出してくれたのと……それから、今も荷物を持ってくれてるでしょ? いっぱい良くしてくれて、ありがとう」

 考えれば考えるほど、魔王サマは私に、沢山のことをしてくれている。

「……大したことはしていない」
「ううん、魔王サマに会えなかったら、私は一つも出来なかった事ばっかりだもん?」

 私の言葉に、魔王サマは立ち止まった。
 振り返って、私を見つめる。

 気がついたら、辺りはもう陽が沈みかけていた。
 青かった空が、今は夕暮れのオレンジ色に染まっていた。
 海まで全部、鮮やかなオレンジ色。
 そのオレンジ色の風景の中、魔王サマが私を見つめていた。

「アメリア、お前は……」

 魔王サマは夕暮れの中、私の名前を小さな声で呼んだ。
 私は名前を呼ばれたことが嬉しくて、笑いながら「なぁに?」と聞き返した。

 潮の香りを含んだ風が吹いて、魔王サマの被っていた外套のフードが外れた。
 綺麗な黒い髪が、風でふわりと広がる。

「……お前は俺が、怖くないのか?」

 すごくすごく小さな声で、魔王サマはそんなことを言った。
 風の音で掻き消えちゃいそうなくらい、小さな声だった。

 怖い? 魔王サマが?
 こんなに優しくて綺麗な魔王サマの、どこを怖がれば良いんだろう??
 綺麗過ぎて怖いってことかなぁ?

「魔王サマは確かに綺麗だけどねー、怖くはないよ?」
「綺麗?」
「綺麗な人は、怖く見えるって聞いたことがあるもんねー。大丈夫よ、魔王サマは綺麗だけど、怖くないもん」
「……違う」
「えー、違うの?」

 じゃあ、何だろう?
 魔王サマの怖いところって?
 考えていたら、魔王サマは小さく口を開いた。

「俺は、魔法でなんでもできる」
「うん、魔王サマはすごいもんね」
「それが、怖くはないのか?」

 魔王サマはなんでも出来る。
 それはそうかもしれない。
 けど、それがどうして怖がる理由になるんだろう?

 コテンと首を傾げた私に、魔王サマは一度言葉を飲み込んだ。
 まるで何かを言いかけて、躊躇ったみたいに。

「お前が綺麗だと言う俺の黒色は、魔力が満ちている証だ。その魔力をほんの少し使うだけで、息をする程度の魔法を使うだけで、お前は死んでしまうかもしれないんだぞ」
「そうだねー」
「……怖くはないのか?」

 魔王サマの言葉に、私はもう一度首を傾げた。
 確かに魔王サマの魔法はすごい。
 なんでも出来ちゃうし、私なんか簡単にどうにか出来ちゃうんだろうなぁ。
 でも、怖いかって言われたら……

「怖くないよ?」

 ……怖くは無かった。

「だって魔王サマ、魔法で私を殺そうなんて、一回もしたことないもん」

 魔法で魔国から追い出そうとしたり、魔法で怪我を治してくれたりしたことはあった。
 けど、それだけ。
 魔王サマの魔法は、いつだって優しかった。
 だから、そんな魔王サマの魔法が、それを操る魔王サマが、怖いなんて、私は一度も思わなかった。
 「それにね」と、私は続ける。

「魔王サマがとーっても強いのと同じくらい、私はとーーーっても弱いのよ?」

 私の言葉に、魔王サマはきょとんとした顔をした。
 そんな表情も綺麗なんて、魔王サマの顔は本当に整っているのね。

「魔王サマでも、魔王サマじゃない人でも、攻撃されたら死んじゃうよー? 私が勝てるのなんて、年下の子供くらいだもん」

 笑いながら言った私の横を、小さな子供が走っていった。
 「く、黒色の髪の人がいる! 怖いよ~!!」なんて、半泣きだった気がしたけど、よく分からないくらい速かった。

「……子供にも勝てないかもしれない」

 子供って早いのねぇ。
 私なんかじゃ、捕まえることも出来なそう。
 それに捕まえられても、ダメージを与えることも出来ないよね。
 だって魔法は使えないし、剣も重くて持てないし。
 あれ? もしかして、勝てないかもじゃなくて、勝てない??

「大変、魔王サマ! 私、子供にも勝てないみたい!」

 ガーンとショックを受けていると、「ふ」という声が聞こえた。
 何の音だろうって、見上げた先にあったのは、魔王サマの笑顔だった。

「ふ、ふふ。何を深刻そうな顔をしたかと思えば、子供にも勝てないなど……」

 魔王サマの笑顔、初めて見れた!
 くつくつと笑う魔王サマは、私の視線に気が付くと、片手を上げて口元を隠しちゃった。
 けど、それでも隠しきれないくらい笑っている。

「や……ったぁ! 魔王サマの笑顔、初めて見れた!」
「さっきまで落ち込んでいたのに、もう笑うのか」
「えへへ、笑うよー! だって魔王サマが笑ってくれて、嬉しいんだもん」
「……お前と一緒に居ると、悩んでいることも馬鹿らしくなってくるな」

 そう言って、魔王サマは私に「帰るか」って言った。
 魔国に「行くか」でも、「戻るか」でもなくて、「帰るか」って。
 私も、魔国を帰る場所にしても良いんだって思って、嬉しくなった。

「うん、帰ろう! 魔王サマに買ってもらったお砂糖とお塩でね、何か美味しいもの作りたい!」

 「魔王サマも食べる?」って聞いたら、魔王サマは少しだけ考えて、小さく頷いた。
 それが嬉しくて……


 嬉しくて……
 嬉し過ぎたのかなぁ?

 なんだか、胸がぎゅうっとしたんだけど……


 考えないことにして、魔王サマの隣に立った。











 ===================

<あとがき>


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