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【三章】 魔王を振り回すのは、たった一人の少女

魔王サマと海の町

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 よくよく考えたら私、塩も砂糖も作り方知らない。
 せっかく魔王サマが考えてくれてるのに、どうしよう……

「えっと、えっとねぇ……」
「……良い。人間の町に行けば、手に入るだろう」

 私があたふたしていたら、魔王サマは少し遠くを見つめながら言った。
 その瞳は、綺麗な金色に輝いている。

Στο μέρος που θέλετε望む地へ

 魔法を使うのかな?
 私がそう思った次の瞬間、魔王サマが小さな声で呟いた。
 


 ――途端、暗い魔国が光に包まれる。



「ま、ぶしいっ!」

 私は思わずぎゅうっと目をつぶった。
 目を開けていられないくらい、強い光が溢れていた。
 クラクラする視界の中、私の背中に何かが触れた。

 しばらくすると、光が弱まった気がした。
 ザァン、ザァンと遠くから音がする。
 何の音だろう?
 柔らかく吹く風の香りが、深い森の香りとはまったく別のものになっている。
 土の香りが全然しない?
 そろそろと瞼を持ち上げれば……目の前には、大きくて青い海が一面に広がっていた。

「う、わぁ!」

 雲一つない青空に、空の青が溶け込んだかのような海。
 太陽の光を反射して、キラキラと輝く海の上には白波が幾つも立っていた。
 海からザァン、ザァンと音を立てて、淡黄色たんこういろの砂浜まで波がやって来る。
 砂浜の先には、真っ白い壁の家々が立ち並んでいて。
 まるで本の中の世界みたいに、美しい町が広がっていた。

「綺麗! すっごく綺麗ねー、魔王サマ!」

 こんなに綺麗な場所を見たのは初めてだった。
 私は嬉しくなって、魔王サマに話しかけた。
 背後に立っている魔王サマを見上げたら……思っていたよりもずっと近くに魔王サマが居た。
 見上げた私の顔と、魔王サマの顔がとっても近い。
 魔王サマもびっくりしたみたいに、パチパチと瞬きをしていた。

「私ね、海なんて本の中でしか見たこと無かった! 魔王サマと一緒だったら、どこにでも行けちゃうのね」
「……そうだな」

 一瞬、魔王サマが笑ったような気がした。
 本当に一瞬で、もしかしたら私の見間違いかもしれないけど。

 魔王サマの笑顔にびっくりして、ピシリと固まった私から、魔王サマがそっと離れていく。
 私の背中に触れていた「何か」も、同時に無くなった。
 無くなってから、私はその「何か」が、魔王サマの手だったことに気が付いた。
 多分、私のことを支えてくれてたんだよね?

「魔王サマ……」

 「ありがとう」と言おうとした時、私は周りが騒がしくなっていることに気が付いた。

「今日は良い天気ね」
「本当に。洗濯日和よね」
「夕方から一雨くるって話よ?」
「やだぁ。溜まっていた洗濯物、全部洗っちゃったのに~!」
「あら、あんな小道に人が……ねぇ、あの髪」
「黒の髪?」
「あれって……」

 久しぶりに聞く、魔王サマ以外の人の声。
 振り返った先には、茶色の籠を抱えた女の人達が居た。
 私たちを見て何か囁いている。
 「黒の髪」っていう言葉だけは聞き取れたけど……?

「……行くぞ」

 女の人達の話を聞く前に、魔王サマが歩き始めた。
 女の人達とは逆方向へ進む魔王サマを、私は慌てて追いかける。

「魔王サマ?」
Σχηματοποίησης望むものを

 しばらく歩いた後、魔王サマは魔法を使った。
 ポワンと淡い光の中から出てきたのは、深い青色の外套だった。
 魔王サマはそれを羽織って、付いていたフードを深く被った。
 まるで、黒い髪が見えなくなるみたいに。

「魔王サマ、どうしたのー?」

 せっかく綺麗な魔王サマの黒い髪が、青い布に覆われて見えなくなる。
 それがなんだか寂しいけど……それ以上に……

「何でそんなに、悲しい顔をしてるの?」

 ……それ以上に、魔王サマが悲しい顔をしているのが気になった。
 どうしてか、魔王サマが悲しい顔をしていると、私まで胸が痛くなるみたい。

「私ねー、魔王サマが悲しい顔をしているの、なんだか嫌みたい」

 魔王サマに笑ってほしくて、手を伸ばした。
 魔王サマの顔に触れようとして……

「何をするつもりだ?」

 ……魔王サマに、止められた。

「えー!? 触ったらだめなのー?」
「何で俺に触ろうとする?」
「触りたかったから? かなぁ?」
「……意味が分からない」
「あのね、あのねー、魔王サマ。魔王サマが嫌なことからは、私が守ってあげるからねー!」
「お前が?」
「うん! 魔王サマの髪はとっても綺麗だけど、魔王サマは注目されたくないんでしょー? だから私が前に立って、魔王サマが注目されないように隠してあげるよー!」

 良い考えだと思ったのに、魔王サマが眉をひそめただけだった。

「俺の髪を綺麗などと言うのはお前だけだ」
「そんなことないよー!」
「……もう良い。早く塩とやらを手に入れて帰るぞ。付いて来い、アメリア」

 本当はもっと魔王サマに、魔王サマの髪の綺麗さを伝えたかったんだけど……
 魔王サマが「アメリア」って呼んでくれたことが嬉しくて、それ以上の言葉が出なかった。

「はーい!」

 嬉しくて、私は大きな声で返事をして、魔王サマを追いかける。

「……けほっ」

 走ったからか、咳が出た。
 魔王サマが歩きながら、私をちらっと見た。
 心配してくれてるのかな?
 嬉しいし、優しいなぁ。

「魔王サマ、楽しいねー!」
「……ここは魔国ではない。魔王と呼ぶな」
「えー? じゃあなんて呼べば良いの?」
「好きに呼べ」
「うーん……まーサマ?」
「まっ……!」

 好きに呼べって言ったのは魔王サマなのに、呼んだ瞬間絶句して固まっちゃった。
 ……まーサマ、そんなに嫌だったのかな?









 ===================

<あとがき>


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