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3巻

3-3

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「常日頃から連携を取れるように訓練している騎士とは違って、冒険者は普段は個々で動く。有事の際にまとめ役は必要不可欠だ」
「……けど、それだとオリヴィア副団長の負担が減らないッス」
「俺が居ないだけで機能しないような、腑抜けた騎士団に育てた覚えはない。副団長のオリヴィアがいれば、騎士団はどうにかなる。ランタナは俺と一緒に光華国に残れ。交渉するのにお前がいた方が良い。ノルディア達はルーファスと一緒に帰って、オリヴィアの指示を仰げ」

 淡々と下されるチェスター団長の判断は、確かに一番、理にかなっている気がします。
 ただ……残っている問題がもう一つあります。レオン王とすぐに会えないとなると、ラーノさんの魔力不足が解決しないことです。

「ちょっと待って下さい。急ぐ気持ちはわかるのですが、出来ればレオン王に会ってから、全員でユーフォルビアに帰りたいのです」
「……ああ、ラーノ様のためですね」

 精霊に詳しいルーファス先生は、何が言いたいのか察してくれたようです。話が早くてありがたいですね。

「キュラス国王の契約精霊と思われる精霊が、ユナのところにやって来ました。現状はこちらのリリア様に魔力を供給してもらっていますが、契約者であるキュラス国王と会えなければ、弱っていく一方かと思います」
「私に魔力がもう少しあれば良かったんですけど……ごめんなさい……」

 私の言葉の続きを説明したのはノルディア様でした。私が言いたいことを察して説明してくれるなんて、本当に気が利いて素敵です。
 リリアさんはしょんぼりとしていますが、リリアさん以外、ラーノさんに魔力を補給出来る人がいないので、そんなに落ち込まないでほしいです。むしろラーノさんの生命維持という大役を一人で担っているリリアさんは本当にすごいのですから。

「一度契約を交わした精霊が、契約者と離れて過ごすのは異常なことです。キュラス国王の身に、異常事態が起きているとしか考えられません」

 精霊マニアのルーファス先生が、いまいち状況が分かっていなさそうなチェスター団長に説明をしてくれます。

「基本的に契約している精霊は、契約者の人間から譲渡される魔力によってその命を維持しているんです。契約をしていない精霊は、自然界にある魔石から漏れ出る魔力や、空気中に漂っている魔力、人間や魔物が魔法を使用する際に散らした魔力を得ている場合もありますけど。契約することが可能な、意思疎通もできる程成長した精霊にとって、そういう部分で手に入る僅かな魔力など、生命の維持には到底足りないものです」

 ノルディア様の故郷の雪山にいた氷の精霊さんは、かなりの力を持つ精霊でありながら契約者を持っていない珍しい存在です。ただ、あの氷の精霊さんの場合、ノルディア様の故郷に住む村人たちが、氷の精霊さんに魔力を捧げていましたから結構レアなケースだと思います。

「他にも自然界の……例えば火の精霊なら火山。氷の精霊なら氷山。闇の精霊なら日光の入らない洞窟の奥底など。それぞれの性質の魔力が溜まりやすい場所に、精霊が存在するケースはありますが、一度人間と契約を交わした精霊は、余程のことがなければ契約者から離れて行動することはありません」

 ルーファス先生の止まらない精霊話に、チェスター団長は顔をしかめます。

「難しい話はよく分からねぇな。つまりあれか? キュラスの国王に異常があったっつう認識で良いか?」
「ええ、推測ではありますが。概ね合っていると思います」

 一気にまとめたチェスター団長は「なるほどな」と呟いてから、腑に落ちないといった表情で首を傾げます。

「あのキュラスの国王が追い詰められるなんて、想像できないんだがな。うちと戦争をしていた時なんて、あの小僧の魔法で何人の仲間がやられたと思ってる」
「……光華国には〈結界〉っていう伝承魔法がある。それを使ったなら、実力者だろうが関係なく無力化される」

 チェスター団長の疑問に答えたのは、それまで黙っていた竜胆さんでした。

「〈結界〉は光魔法の一種だ。光華国の中でも、ごく一部の王族しか使えない。発動に時間が掛かるのがデメリットだが、一度発動させた〈結界〉の中は、発動者の意のままの世界だ。〝魔法を使えなくする〟だったり、〝魔力を封じる〟なんて効果を付けられた〈結界〉の内部に閉じ込められたら、精霊を助ける為に逃がすこともあるんじゃないか」

 皆の視線を一身に受けた竜胆さんは、「光華の機密事項だな」となんてことない様にさらっと呟きます。

「〈結界〉だ? ンなもん聞いたことがないぞ。ランタナ、知ってるか?」
「いや、聞いたこともないッス」
「信じられないって言うならそれでも良いさ。けど、キュラス国王が〈結界〉に閉じ込められているとしたら、一筋縄ではいかないよ。情報を知っているアタシや、魔力の制限に関係なく動けるノルディアをユーフォルビアに帰すのは、良い案じゃないと思うけどな?」
「本当に〈結界〉なんて魔法があるとして、他国の人間……それも王族に使うもんッスか?」

 ランタナさんの疑問に、青藍が「光華の人間なら使うと思います」と答えました。

「私はもともとあの国で……殺しの道具として使いました。ホワイトリーフ公爵家の方に救われて国を出ることができましたが、人を人と思わない光華国が、〈結界〉なんて便利な魔法を使わないはずがありません」
「キュラスの国王を取り返して、それから皆でユーフォルビアに帰るって計画の方が、アタシは良いと思うけどね」

 竜胆さんはニッと笑って言いました。いつもの竜胆さんと同じ、勝気な表情です。ただ……なんとなく、いつもの竜胆さんとは、様子が違う気がします。

「……分かった。どの道キュラス国王を連れ帰らないと、キュラス国とこじれるからな。このメンバーのまま光華国と交渉して、状況によってはキュラス国王の奪還を進めるとしよう」

 チェスター団長は何か含みのありそうな竜胆さんを怪しみながらも、一旦は竜胆さんの提案に乗ることにしたようです。

「手が空いてる奴、光華国に至急、交渉の場を設けてほしいと言って来い。ランタナ、ノルディア。お前らは船内の騎士を集めろ。光華国から動きがあるまで、作戦を練るぞ」
「アタシらは作戦会議には入れてもらえないのかい?」
「ああ。光華の内部に詳しすぎるアンタを、今の段階で信頼し過ぎることは危険だ。悪いが嬢ちゃんたちと待っててくれ」

 そう言って、チェスター団長は、ノルディア様とルーファス先生、ランタナさんを連れて船内に行ってしまいました。
 ランタナさんが去り際に「大人しくしてるッスよ! 盗み聞きしたらダメッスからね!」と叫んでいましたが……ノルディア様から言われた訳ではないので、大人しく聞く必要もないですね。

「ヨル、ちょっと聞き耳を立てに行くのです」
「エー、今ダメだって言われたばっかりだヨ?」
「ノルディア様はダメと言っていなかったのでセーフですの」
「ウーン、そうなのかナァ……」

 渋るヨルを連れて、私は〈影移動シャドウムーブ〉の魔法で影の中に潜ります。繋げる先の影はノルディア様……だと、なんか勘でバレそうな気がするので、ノルディア様から少し離れた場所に置いてあった木箱の影にしました。
 影の中から出ないようにして、ノルディア様たちの会話に聞き耳を立ててみます。


「ランタナ、竜胆の思考から何か読めたか?」
「光華国に対する強烈な嫌悪感ッスかね。光華国に好意的な感情は見られないので、スパイとかの可能性は皆無ッス。……ただ、あそこまで心が光華国への刺々しい気持ちで埋まっているとなると、これを機に壊滅を目論もくろんでいるとかはあるかもしれないッス」

 チェスター団長の問いかけにスラスラと答えるランタナさん。普通に会話をしながら念話魔法テレパシーで思考を読んでいたのでしょう。魔法の発動も、誰にも気付かれなかったようですし、本当に情報収集は得意なんですね。

「ホワイトリーフの嬢ちゃんは……まぁ、ノルディアがいるから味方なのは間違いないだろうな」
「そう……と言いたいところなんスけど、ユナさんは闇の精霊と契約しているからなのか、心が読みにくいッス。表面的な部分だけ読んだ感触では裏表は無さそうな気がするんスけど……」

 へぇ、私って心が読みにくいんですね。初めて知りました。

『オイラのおかげだヨ! オイラがネ、あいつがユナの心に触りそうな時ニ、あっち行けって弾いてるんダ!』

 影の中だから姿は見えませんが、どこか自慢げなヨルの声が、念話の状態で聞こえてきました。

『ヨル、私が知らないところでも頑張ってくれているんですね。えらいです』
『ウン! オイラ、偉イ!』

 褒めてあげると、影の中の闇が一層濃くなったような気がします。ヨルが褒められて嬉しくなって、黒いもやの体をまき散らしていたりするんでしょうか……?

「ユナのことは大丈夫だ。俺が保証する」
「他は……青藍さんも少し危ないッスかね……」

 ヨルのことを気にしている間に、話は進んで行きます。

「青藍さんが光華国の話をする時、怯えや恐怖の感情が出てるッス。竜胆さんみたいに何をしでかすか分からないって事は無いッスけど、いざという時にすくむ可能性があるッス」
「青藍さんはユナの護衛だ。怯えたとしても、ユナが近くにいれば動く」
「ええ。彼女は大丈夫でしょう」

 ランタナさんの懸念に対して「青藍は大丈夫だ」と答えたのは、ノルディア様とルーファス先生ですね。ノルディア様はともかく、ルーファス先生まで青藍を信じているのは意外です。青藍が信じられないという訳ではなく、ルーファス先生と青藍は、あまり関わりがなかったはずですが……

「冒険者ギルドで青藍さんの仕事ぶりは見ています。とても真面目で責任感も強い。ですが、こなせない仕事を引き受けるほど、自分の力を見誤ることはありません。そんな彼女が、今回の仕事はこなせると思って付いて来ているのなら、大丈夫だと思いますよ」

 なるほど。ルーファス先生は、冒険者ギルドで私やノルディア様と一緒にいる青藍を見ての判断だったのですね。それにしてもたくさんいる冒険者のことを、ルーファス先生はよく見ているのです。

「分かった。ならホワイトリーフの問題児と護衛は一括ひとくくりだな。ジャスミン家のご令嬢と竜胆もまとめておけばいいか。本当は全員、船に置いていきたいくらいだが……」
「ユナを置いていくことはおすすめしません。勝手に付いてきますから、最初から仲間に入れておいたほうが、まだ制御できます」
「ラーノ様とリリア様も、置いて行くのは不安ですね。不測の事態が起こって魔力不足に陥った場合、最悪ラーノ様が消滅する可能性があります」
「そうなると……竜胆さんだけ船に残すのもちょっと……一人にしたら、何をしでかすか分からないッスよ……」

 全員の話を聞いたチェスター団長は、「厄介な奴しか集まらねぇな」と呟きました。ゆっくりと目を閉じて、面倒くさくて仕方ないとでも言うように長い溜息を吐いた後、チェスター団長は「だがまぁ、戦力的には十分すぎるくらいか」と言いました。

「こっちの手駒は反則気味の念話魔法テレパシーに、最高の剣術、最高の魔法。それから器用貧乏。この時点でもう完璧だ」

 念話魔法テレパシーと言いながらランタナさんを、剣術でノルディア様を、魔法でルーファス先生を指差して、最後にチェスター団長は自分を指差しました。
 前半は分かりますが、最後の器用貧乏って何でしょう……?

「まずは光華国との対話を狙うぞ。大人しくキュラス国王を返すのなら、それで平和的に解決だ。キュラス国王の身柄を確保できた時点で帰国を優先する。当初の予定だった海賊の件は、最悪保留にしても良い。交渉役はランタナ、いつも通りにお前がいけ。俺とルーファスが護衛につく」

 作戦を告げるチェスター団長ですが、その中にノルディア様の名前がありません。
 仲間外れは良くないのです。

「話し合いで解決しなかった場合は、戦闘になってもキュラス国王を取り返す。そうなった場合に備えてノルディア、お前は冒険者組をまとめて上手く城の中に侵入しておけ。交渉が成立したら、その時点で全員撤退だ。逆に交渉不成立の合図が出たら、好きに暴れて良い。どんな手段を使ってもキュラス国王を捜し出せ」
「……厄介なの、全部俺のほうに集まってねぇか? 良いですけど」
「仕方ねぇだろ。ホワイトリーフの問題児はお前しか制御できない。期待してるからな」

 チェスター団長にポンと肩を叩かれたノルディア様は、なんとも言えない顔をしていました。
 チェスター団長に期待されて嬉しい反面、内容が微妙で喜びにくい、といった表情です。
 話し合いを終えた四人が、部屋から出て行ってしまったので、私も船上のほうへ戻ることにします。


 素知らぬ顔でノルディア様に「おかえりなさいですの」と言ってみたのですが、「盗み聞きはするなってランタナに言われてただろ?」と返されてしまいました。なんでノルディア様にはバレてしまうのでしょう?

「やっぱり愛の力は偉大ですの」
気配けはいで分かるからな」



   第二章 打倒光華国! 作戦は「ガンガン行こうぜ!」です



 光華国の中で、一際ひときわ大きな建物の中。他国とは異なる、石瓦いしがわらで造られた屋根が特徴的な王城の一室。

雛菊ひなぎく様、少々よろしいでしょうか」

 黒髪の少女……「雛菊」と呼ばれた若い光華国女王は、部屋の外からの呼びかけにしかつらをして、「なんぞ」と呟いた。

「失礼します」

 スゥと引き戸が薄く開いた先の廊下で、従者の女が深々と頭を下げていた。

「雛菊様、恐れ入ります。ユーフォルビアの国の者が、雛菊様と謁見したいと申しております」

 女の言葉に、雛菊は「しつこい国め」と忌々いまいましげに吐き出した。

「雛菊は会いとうない。いつものようにそう告げよ」

 雛菊の白い手の先には、寝台に横たわるオレンジ色の髪の青年……レオンの姿がある。レオンの目はぴったりと閉じていて、起きる気配は微塵みじんもない。

「ユーフォルビアの人間が、この花を持ってきました。雛菊様に渡して欲しいとのことです」

 そう言って扉の間から差し込まれたのは、小さな赤い花。何も知らない者が見れば、見たことも無い珍しい花だとしか思わないだろう。だが、その正体は光華国でしか作れない中毒性が極めて強い毒草……栽培方法が特殊な赤鈴蘭あかすずらんという名前の花だった。
 雛菊はしばし黙り込み、それから「何故ユーフォルビアが?」と小さく首を傾げる。
 何故ユーフォルビア王国が赤鈴蘭を持っているのか。なぜ赤鈴蘭を、雛菊の元まで届けさせたのか。

「なぜ……? 光華国由来の物と知って持ってきたのか? 知っているとしたら、どこまでの情報を知っている?」

 考えを巡らせた雛菊だったが、すぐに止めてしまう。雛菊はあまり物事を考えるのが得意ではなかった。何があろうとも、誰が来ようとも、雛菊の〈結界〉の前では無力なのだから。考えるだけ無駄だろう。

「気が変わった。雛菊がうてやろう。ユーフォルビアにそう伝えよ」
かしこまりました」

 赤い花を指先でいじりながら、雛菊はそれを口に含む。

「雛菊様⁉」

 驚愕の声を上げる女を無視して、雛菊は寝台に眠らせていたレオンに口付けた。雛菊の艶のある黒髪が一筋、レオンの体に落ちていく。眠るレオンの口内へ、口移しで赤鈴蘭を入れると、その体がピクリと動いた。ゴクリと喉が動くのを確認して、雛菊はレオンの唇から離れる。

「ふふ、い。これで雛菊の元から離れられない」

 眠るレオンを見つめて、雛菊は満足気な笑みを浮かべた。
 しかし、続く従者の言葉で、雛菊の機嫌は一変してしまう。

「……ユーフォルビアは、キュラス国王との顔合わせも希望しています。いかがなさいますか?」
が雛菊のモノと知っての言葉か?」
「いえ、ですが……」
「化けるのが得意な獣人ケモノがいるだろう。獣人ソレを会わせればい」
「承知しました」

 不機嫌な雛菊の苛立ちをぶつけられては敵わないと、従者は頷くと、足早に部屋を出ていった。ふすまが完全に閉められるのを待って、雛菊は眠るレオンを抱きしめた。

「ようやっと二人きりぞ。もう二度と、誰にも雛菊のものを奪わせない」

 憎々し気に呟く雛菊の瞳は、気の強そうな猫目。その瞳は……竜胆のものと、よく似ていた。


   ◆ ◇ ◆


 光華国から「面会の場を設ける」という返事をもらった後……

「初めまして。私はユーフォルビアの騎士団を束ねる、チェスター・アイビーと申します」

 光華国女王である雛菊を前に、チェスターはうやうやしく頭を下げていた。チェスターの背後には同じように頭を下げるランタナとルーファスがいる。

「御多忙の中、謁見えっけんの場を設けていただき光栄至極に存じます」

 心の中では『このクソアマが。今までさんざん無視してくれやがって、よく顔を出せたなぁオイ』と思っているチェスターだが、表情に出さない程度の堪え性はある。
 今までチェスターの謁見えっけんの申し出を何度も断ってきた雛菊は、ユナが渡すよう言ってきた小さな赤い花を見た途端、手のひらを返すように「会うてやろう」と伝えてきた。
「シーラスの町で暴れていた海賊が持っていたのです」とユナに渡された花は、光華国由来の毒草らしい。いざという時はそれを証拠として「光華国の海賊がユーフォルビア王国に攻めてきた」と抗議して、海賊の問題を解決させようとチェスターは考えていた。

「ふむ。海賊の件だったか。雛菊はユーフォルビアに望むことはない。好きに処分するがい」

「ここまで会うのを渋るほどだから、話し合いは当然難航するだろう」と考えていたチェスターの予想に反して、雛菊は興味の欠片かけらも無いというように吐き捨てる。
 ピクリ、とまぶたを動かしたチェスターは、後ろに控えるランタナに向かって小さく手で合図した。ここに来る前、ランタナには光華国側に何か企みがあるのなら、心が読めた時点で伝えるようにと指示していた。
 しかし、チェスターの合図で念話魔法テレパシーを使い、雛菊の心を読んでいるはずのランタナは動かない。ということは、雛菊の言葉に嘘はないということだ。

「では、以前に光華国が主張していた、海賊の出身がユーフォルビアだった場合の賠償金の件や、海賊が所有していた財宝の配分等の要求は取り下げると受け取ってもよろしいでしょうか?」
「何ぞ。そのような事を申し付けていたのか。雛菊の望んだことではない故、好きにするがい」

 様子見も兼ねて投げかけたチェスターの問いに、雛菊は不思議そうな表情をしながら首を縦に振る。雛菊の背後に立っていた、光華国の男が「雛菊様」とたしなめるように名前を呼んだ。

「そちがそのような要望を出していたのか?」
「海賊の被害には、我が光華国も散々悩まされていたのですよ。それを賠償も放棄するおつもりでしょうか」
「ならば、光華が海賊の対処を行えば良かっただけのこと。さすれば財宝なんぞ、独りめ出来ただろうに。そうすることもせず、金銀だけは寄越せなぞ浅ましいにも程がある」

 自国の人間にピシャリと言い放った雛菊は、反論したそうな顔をする男に「黙っておれ」と命じた。

「しかし……」
「雛菊は黙っておれと命じた。まさか聞こえなかったのではあるまい?」
「い、いえ。失礼いたしました」

 尚も続けようとした男だったが、雛菊がギロリと睨みつけた事で、そそくさと後ろへ下がった。悔しそうな表情をしているところを見るに、本意ではないのだろうが、女王である雛菊に逆らえないのだろう。

「話を中断させてしまったが、これで海賊の事は解決でかろう。……ところで、そちは何処であの赤き花を?」
「赤い花、というのは先日送った物でしょうか? あれはユーフォルビア王国を襲った海賊が持っていた物です。何らかの手掛かりになれば、と思い送らせて頂きましたが……あの花がどうかしましたか?」

 海賊の件が片付いたなら、わざわざ問題を増やす必要も無い。そう判断したチェスターは、赤い花の事は知らないフリをした。

「……いな。見た事もない花と思い、興味を持っただけだ。知らぬのならもうい。そちはユーフォルビアへ帰るがい」

 話は全て終わったと言わんばかりの雛菊は、チェスターの返事を待たずして立ち上がる。そのまま出ていこうとする雛菊に、チェスターは「お待ちください」と声を掛けた。


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