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3巻

3-2

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「ごめんなさい。私の魔力、足りなかったですか?」
「ううんー。なんかね、ここにいるとー、いつもより疲れるのかもー」
「うーん……もしかして闇魔法の使い手が多いので、影響を受けてしまっているのでしょうか……?」

 ラーノさんの魔力消費が激しいのではなく、私たちがラーノさんを消耗させていました⁉
 びっくりしましたが、確かにそうなのかもしれません。私とヨル、それから青藍。竜胆さんを除いて、集まっている人の半数以上が闇魔法の使い手ですから。

「そうなってくると光華国へ行くのも、光華国の中で動くのも、時間に制限がかかってしまうのです」

 光華国でなにが起こっているのか分からない以上、不安要素は増やしたくありません。

「リリアさん。光華国への出発前にもう一度、ラーノさんに魔力を分けてくれませんか?」
「それはもちろん良いですけど……」

 出発ギリギリまでリリアさんに魔力補給をしてもらって、最速で光華国へ向かって……出来る限り早くレオン王を捜して……
 光華国の中での行動を考えていた私に、声をかけたのはリリアさんでした。

「もしよかったら……私も一緒に付いて行って、キュラス国王にお会いできるまで、ラーノさんに魔力をお渡ししましょうか……?」

 リリアさんの提案は、私にとってはありがたいです。けど……

「光華国で何が起こっているのか分からないのです。そんな場所に行くのに、リリアさんまで巻き込むのは……」
「大丈夫ですよ。私ならちょっとした怪我も治せますし、ユナさんの助けになれるなら、付いて行きたいです」

「それに」と言って、リリアさんは微笑みながら続けます。

「少し怖いですけど、ユナさんが一緒だったら、きっと大丈夫って思えますから」

 優しく手を握られながら囁かれたら、同性の私でもキュンとしてしまいます。

「私は攻撃魔法をほとんど使えないので、結局守ってもらうことになっちゃうと思いますけど……いざとなったら、助けてくれますか?」
「もちろんですの!」
「ラーノもねー、リリアのこと守ってあげるー。リリアの魔力、美味しいから好きー」
「ありがとうございます。ラーノさんも頼りにさせていただきますね」

 ぴったりとリリアさんにくっついたラーノさんが「ここが一番落ち着くのー」と言いました。
 な、なんか……今まで闇魔法使いばっかりで集まった上に、全然気が付かなくてごめんなさいですの……


   ◆ ◇ ◆


 光華国行きのメンバーが集まって、着々と出発の準備を整える中、ノルディア様から「光華国行きの許可が下りた」という連絡が入りました。
 冒険者ギルドのライラックさんからも「ギルマスの件、正式な依頼として受理されたから出発しても大丈夫だ」と言われたので、竜胆さんやリリアさんに連絡を取って集まることにしました。
 集合場所は冒険者ギルドの前。ノルディア様が連れてくる騎士の人数が少なかったら、そこからヨルに鳥型になって飛んでもらって、光華国に向かおうと思います。
 ノルディア様からは「少数精鋭で向かう」と言われましたので、多分大丈夫でしょう。ノルディア様が認める精鋭なんて、どんなすごい人なのでしょう……
 ワクワクしながら向かった集合場所。
 そこにいたのは、以前にも見たことのある男性の騎士でした。

「初めまして、騎士のランタナです。こっちが同じく騎士のノルディア。冒険者の皆さん、本日はよろしくお願いするッス! ……って、あれぇ? 君、この前の女の子じゃないッスか」

 灰色の髪に、ヒョロリと細長い体。特徴の見当たらないぼんやりとした塩顔の男性は、ダンジョン内にフェンリスヴォルフが出現する事件があった時、共闘したランタナさんです。

「な、なんか失礼すぎること考えてないッスか?」

 ランタナさんはヒョロヒョロの見た目通り、戦闘力は皆無ですが、念話魔法テレパシーという魔法が得意で、人が考えていることを読み取ることができる珍しい人です。
 情報収集に特化したランタナさんに、戦闘力に特化したノルディア様。騎士団は本当に最小の人数で、最大の戦力を光華国に投下したようですね。

「確かに少数精鋭ですの。ランタナさんの戦闘力は皆無ですが」
「酷くないッスか⁉ 戦闘力皆無とか、心の中でだけひっそり思っていれば良くないッスか⁉ なんで直接言うッスか⁉ というか、なんで子供が二人もいるッスか」

 ……ちょっとうるさいのです。

「アッ、黙るッス……」

 騒ぐランタナさんを心の声で黙らせます。念話魔法テレパシー、結構便利な魔法ですね。

「ノルディア様、久しぶりですの」
「悪いな、準備に時間が掛かった。……ところで、なんで師匠がユナと一緒にいるんだ?」
「よっ、ノルディア。アタシも里帰りついでに連れて行ってもらうことにしたんだ」

 ノルディア様に視線を向けられた竜胆さんは、私のことを後ろから抱きしめながら「姫さん達の護衛は任せな」と言いました。
 ちなみに竜胆さんの身長は、女性にしては高めなので、抱きしめられると私の頭の上に、竜胆さんの豊満な胸が乗っかってしまいます。

「うわ、すごいッスね……」

 竜胆さんの胸を思いっきり眺めていたランタナさんに、青藍が「最低ですね」と氷点下の眼差しを向けながら呟きました。

「ええ……今のは罠ッスよ。男なら見ちゃうッス……」

 落ち込むランタナさんに、リリアさんが「大丈夫ですか?」と声を掛けましたが、青藍は「リリア様、あまり近寄らないほうが良いです」と冷たい態度です。

「師匠、暇なのか?」
「たまには一緒に仕事ができて嬉しいくらい言ったらどうだい? 可愛くない弟子だね」
「可愛くなくて結構。ほら、いい加減ユナを離せ」
「なんだい、婚約者を抱きしめられるのが不服かい? 嫉妬深い男は嫌われるって言うけどねぇ」

 ノルディア様は竜胆さんと言い合っていますし……なんか、出発前から連携が不安になってきますね……

「ユナ、オイラたちは仲良くしようネ」
「そうするのです」

 一番安心感のあるヨルと約束して、ヨルに鳥の姿に変身してもらいます。
 普段は猫の姿をしてるヨルですが、本来の姿は黒いもや。自由自在に形を変えられるヨルにかかれば、大きな鳥の姿になって光華国まで飛んでいくことなんて朝飯前です。
 全員が乗れるほどの大きさになったヨルの前で、私はパン、パン! と手を叩きます。全員の視線を集めて……

「お話は移動しながらでも出来るのです。〈影移動シャドウムーブ〉はラーノさんの負担が大きいので使えません。早く光華国へ向かうのです」

 そう伝えると、ようやく出発できるようになりました。
 まったく、やれやれですの。

「ヨル、負担を掛けてしまいますが、光華国まで頑張ってほしいのです」
「任せロ!」

 全員を乗せたヨルが、力強く羽ばたいて空に浮かび上がります。空を飛ぶことに慣れていないリリアさんやランタナさんは不安そうな顔をしていますが、ヨルが落ちることはないので安心してほしいです。

「初対面の奴もいるから、光華国に着く前に一応自己紹介はしておくか」

 ヨルの背中に何度か乗ったことのあるノルディア様は慣れた様子です。

「そ、そうッスね。得意なことなんかも話しておいたほうが、連携も取りやすいッスからね」

 ランタナさんは遠くなってゆく地面を見下ろし怯えながらも同意して、そのまま自己紹介を始めました。

「自分は一応騎士団に所属しているランタナと言うッス。騎士だけど戦闘は得意じゃないので、いざという時は頼りにしないでほしいッス。得意なことは情報収集。今回は光華国との交渉役として来ているッス」
「俺はノルディア。剣が得意な騎士だ。護衛役として参加している」

 ランタナさんの次に自己紹介をしたのは、ランタナさんの隣に座っていたノルディア様でした。流れ的に次はノルディア様の隣に座っている私の番でしょうか。

「私はユナ・ホワイトリーフ。こっちは私の契約精霊のヨルですの。闇魔法と氷魔法が得意なのです」

 私に名前を呼ばれたことに気付いたヨルが「よろしくナ」と、羽ばたきながら挨拶をしました。

「青藍と申します。ユナ様の侍女兼護衛です。闇魔法が得意です」

 私の隣に座っていた青藍の自己紹介に、反応したのは竜胆さんでした。

「青藍? 名前の響きからして、光華の国の生まれかい?」
「はい」
「そうか……闇魔法持ちであの国の生まれか。大変だっただろう。すまないね」
「いえ、竜胆さんに謝って頂くことではありませんから」

 なぜか謝る竜胆さんは、青藍の返事に困ったように眉を下げて、一瞬視線を落としました。なんとなく悲しそうな表情に見えます。ただ、それもすぐに笑顔に変わりましたけど……

「竜胆だ。アタシも光華国の生まれでね、中のことには詳しいから付いてきた。剣と風魔法が得意だよ。可愛い女の子たちはアタシが守るから、野郎どもは自分で頑張りな」
「そ、そんなぁ……自分のことも守ってほしいッス……」

 ランタナさんの反応にケラケラと笑う竜胆さんは楽しそうです。一瞬悲しそうに見えたのは、私の勘違いだったのでしょうか。

「私はリリア・ジャスミンです。えっと、回復魔法が得意です。ラーノさんに魔力を補給するために付いてきました。よろしくお願いします」
「ラーノだよー。光魔法が使えるよー」

 最後にリリアさんとラーノさんが自己紹介をして、全員が話し終わりました。

「ジャスミンって……ジャスミン侯爵家のご令嬢ッスか⁉ なんで貴族様が一緒に来ているッスか⁉」

 リリアさんの名前を聞いたランタナさんがびっくりしていますが……この人、私が公爵令嬢ってことは忘れているのでしょうか? 

「いや、忘れてるわけじゃないッスよ? なんかユナさんは別枠っていうか……貴族ってより化け物みたいだし……」
「誰が化け物ですの?」
「ヒィッ、殺さないでほしいッス」
「殺さないのです」
「なら良いッスけど……」
「今は」
「今は⁉ いつかは殺すつもりッスか⁉」

 冗談で言ってみたのですが、予想以上にランタナさんが怯えてしまいました。

「今じゃなくても殺さないでほしいッスけど……でも、精霊に魔力を補充するだけなら、ユナさんがやれば良いじゃないッスか。わざわざ危険な場所に、ご令嬢を連れてこなくても……それか最近孤児院に、無償で回復魔法を使ってくれる聖女のような人がいるって噂もあったッス。そっちの人に依頼しても、良かったんじゃないッスか?」
「私の魔力は、ラーノさんとは相性が悪いのです。あと、噂の聖女様は……」
「私です。魔法の練習がしたくて、孤児院に通っていました」
「ええええ⁉」

 ランタナさんが叫んでいる間に、ヨルはユーフォルビア王国の外れ、シーラスの町の上を飛び越えていきます。ここから先は海上を飛んでいくことになります。

「ヨル、疲れは大丈夫ですの?」
「大丈夫だヨ。でも潮風が強いかラ、ここから先は進みにくいかモ」

 ヨルの言葉に、竜胆さんが「風ならアタシに任せな」と言って魔法を使います。

「風魔法〈風道かざみち〉」

 魔法の呪文が聞き慣れないのは、光華国の魔法だからでしょう。竜胆さんの魔法が発動すると同時に、ヨルの進む先に風で囲まれた道ができる。その道の中は、無風になっていて快適です。

「光華国に入る前に、一応今回の目的をまとめておかないッスか? みんな聞いて来ているとは思うッスけど、いざという時に足並みが揃わないのは致命的ッスから」
「それもそうだな」

 ランタナさんの言葉に頷いたのはノルディア様です。
「今回一番の目的は、キュラス国王の奪還だな」と確かめるように言ったのですが……続けてノルディア様は、驚くことを言いました。

「ただ、騎士団のほうで確認は取ったんだが、現状でキュラス国王が光華国に捕らえられたという報告は上がってきていない」
「そうなのです?」
「ああ。光華国には、騎士団からチェスター団長、冒険者ギルドからルーファスギルドマスター、隣国からキュラス国王。それから数名の騎士と一緒に向かったらしい。現地から、話し合いが長引いている旨の報告はあったらしいが、それ以外では緊急を要する報告はなかったっつう話だ」
「話し合い……確か、国境付近の海賊の処分についてでしたっけ?」
「そこんところが微妙で……捕らえた海賊はほぼ光華国の人間で確実だって話だ。だからユーフォルビアとしては処分の相談ってより、光華国も海賊に対応してほしいっていう要請的な話がメインだったらしい。だから考えられるのは光華国がごねて、話し合いが長引いてるって説だが……それだと、キュラス国王の契約精霊が逃げてきたことへの説明がつかない」

 ノルディア様の視線がラーノさんに向く。リリアさんに掴まって空を眺めているラーノさんは、レオン王が捕らえられた瞬間のことを、あんまり覚えていないと言っていました。
 光華国の中で突然体が重くなって、レオン王が「逃げろ!」と叫んで、魔法を使ってラーノさんだけ逃がした。ラーノさんが覚えていたのは、それくらいでした。

「レオン王も実力者ですの。本当に捕らえられていたとしても、反撃もできずに捕まるのはおかしいのです」
「ひとまず、先に光華国に入ってる奴らと合流して、状況の確認が必要だな。本当にキュラス国王が捕らえられているのか確認して……必要であれば光華国に殴りこむ」

 ノルディア様の話に「ちょ、ちょっと待つッス」とランタナさんが割り込みました。顔を青くするランタナさんは「殴りこむって、そんなの聞いてないッスよ⁉」と叫んでいます。

「言ってねぇからな」
「言ってないじゃないッスよ! 自分、自慢じゃないッスけど、段差で転んだだけでも骨が折れるような非力ッスからね⁉ 戦闘なんて無理ッスよ!」
「本当に自慢じゃないな」

 騒ぐランタナさんに続いて、おずおずと手を上げたのはリリアさんです。

「私も……戦うとなると、足手まといになってしまうと思います。ごめんなさい」
「そうッスよね! 戦いは極力避けたいッスよね!」

 騒ぐランタナさんを眺めている内に、少しずつ海の向こうに島影のようなものが見えてきました。まだ遠いからかもしれませんが、思っていたよりも小さな島のようです。 
 三日月のような独特の形をしている島国を前に、青藍の体が震えています。

「青藍、今なら帰ることもできるのです」

 青藍だけであれば、〈影移動シャドウムーブ〉でユーフォルビア王国に戻すことは簡単です。
影移動シャドウムーブ〉は影と影を繋ぐ魔法なので、どんなに距離が遠くても関係ありません。

「大丈夫です。一緒に行きます」

 ぐっと握り拳を作った青藍に、ランタナさんが「大丈夫ッスか?」と聞きます。……と思ったのですが、ランタナさんが声を掛けていたのは青藍ではありませんでした。

「……ん? アタシに言ったのかい?」

 ランタナさんが見ていたのは、竜胆さんでした。
 右手で刀のつかを触っていた竜胆さんは、ランタナさんの問いかけに驚いたような表情を浮かべて……それからクスリと笑いました。

「アタシだって冒険者の端くれだ。今更海を越えるくらいで緊張なんてしないさ」
「……気を悪くしてしたら悪いッスけど、そんなに殺気立っていたら流石さすがに気になるッス」

 殺気なんて気がつきませんでしたけど……念話魔法テレパシーの使えるランタナさんが言うのなら、本当なのでしょうか……?

「殺気なんてないさ」

 答える竜胆さんは笑みを浮かべているというのに、何故かピリリと空気が張り詰めた気がしました。

「……ん? なんだあの黒鳥。あんなデカい鳥……まさかとは思うが、ホワイトリーフの問題児か?」
「まさか……いえ、この魔力はユナ様のものですね……」
「おいおい、嘘だろう」

 二人に声を掛けようか迷っていた時、ヨルの下……海の上に浮かぶ船から、なにやら声が聞こえてきました。船にはユーフォルビアの象徴である白い花のマークが描かれています。ということは多分、あの船の上にはルーファス先生がいますね。
 私の予想に答えるかのように、魔法によって生み出された風が吹いて、長い紫色の髪の魔法使い……ルーファス先生が空にのぼって来ます。

「ユナ様! 何故ここに? それにリリア様まで」

 吹き上げる風で髪の毛をはためかせながら、ルーファス先生は私とリリアさんを交互に見つめています。その近くで、赤色と青色の光が瞬きました。
 ルーファス先生が契約している水の精霊ラナリアさんと火の精霊アザレアさんは、ラーノさんとは違って弱っている様子はないですね。とりあえず一安心です。

「ルーファス先生、説明は一旦後ですの。レオン王はどこにいるのです?」
「キュラス国王は光華国の王城へ入っています」
「いつ戻って来るのです?」
「……直ぐに戻ってくるとおっしゃっていましたが、入城してから既に五日が経過しています」
「そうですの……」

 レオン王の名前が出たことで、リリアさんの肩に乗っていたラーノさんがピクリと反応します。その姿を見たルーファス先生が「何故ラーノ様がこちらに」と、異常事態に気が付いてくれました。

「なるほど。だからユナ様がいらっしゃったのですね。分かりました。一度船で話しましょう。闇の精霊であるヨル様の姿を見られたら、攻撃されるかもしれません」
「こ、攻撃をされるッスか? 何も悪いことしていないのに……?」
「あの国ならやりかねないですね」
「光華は闇の属性に厳しいからな」

 穏やかではない事を言うルーファス先生ですが、光華国出身の青藍と竜胆さんは、当たり前のように頷いています。光華国って本当にどんな国なんでしょうか……
 上空で攻撃されては堪らないので、ひとまずルーファス先生の言う通りに、船の上に降りることにしました。
 船の上にはダラリと姿勢を崩し、船の手摺てすりに寄りかかってこちらを見上げている髭面ひげづらの男性がいます。

「よォ。ノルディアにランタナとは、オリヴィアも随分思い切った戦力を投入してきたな」

 だらしない雰囲気の漂う人だと思っていると、ランタナさんが「チェスター団長~!」と叫びました。チェスター団長……? 
 ということはこの人、騎士団長ってことですか!? 

「お前らが来るってことは、ユーフォルビアでなんかあったのか?」

 騎士団長だと思って見ると、眼光が鋭く切れ者感がありますが……何も言われなかったら、お昼寝から起きたばかりの船員さんだと勘違いしてしまいます。

「オリヴィアでも対処出来ないっつうのは、かなり厄介な事だな。報告しろ」
「実は魔王ハルジオンの忠臣……フェンリスヴォルフが王都付近のダンジョンに現れたッス。ここにいるユナさんの協力を得て退けたッスけど、いつ戻って来るかも分からない状況ッス」

 報告をしたランタナさんに、チェスター団長は長い溜息を吐き出します。

「なんだって百年も前に死んだはずの生き物が、今更になって生き返ってきやがった。面倒くせぇ」

「参ったな……」とボヤいていますが、チェスター団長からは恐怖や不安などといった感情は読み取れません。この人がいれば大丈夫。そう思わせるような余裕が、チェスター団長にはある気がします。
 さすがノルディア様の上司。だらしないだけの人じゃなくて良かったです。

「フェンリスヴォルフ、魔王の牙と恐れられた生き物ですね。確かに厄介ですが、一度は勇者に敗れて姿を消したのですから、きっと勝機はあるはずです」

 ルーファス先生もいつもの様に優しい笑みを浮かべながら、優しい口調を崩しません。いつも通りに「私達が居ない時に、よくユーフォルビアを守ってくれましたね」と私の頭を撫でてくれました。
 穏やかなルーファス先生は、いるだけで精神的支柱となって皆の心を支えてくれます。
 チェスター団長とルーファス先生。この二人がユーフォルビア王国に戻れば、フェンリスヴォルフが再び現れたとしても、きっとどうにかなるでしょう。
 そう思ったのですが……

「……だが、俺かルーファス、どちらか一方はまだ帰れないな」
「そうですね」

 チェスター団長とルーファス先生は、ユーフォルビア王国への帰国に首を振ります。

「先程も告げた通り、キュラス国王が光華国から戻って来ません。光華国に謁見えっけんの申し込みもしていますが、許可が出ない状態です。キュラス国王を置いて行けば、今度はキュラスと揉める原因になってしまいますので……私かチェスター様のどちらかが残らなければなりません」
「……まぁ、俺が残って光華国と交渉を続けて、ルーファスが戻るのが順当だな」

 チェスター団長は「ルーファスに残ってもらえれば心強いのは確かだが」と前置きをした上で続けます。


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