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2巻

2-2

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 こっそりと腕のヨルに聞いてみると、ヨルも気が付いていたみたいです。
 まさか本当に私だけ気が付いていなかったなんて!

「それに村に残っている家の中。建っている家に対して、暮らしている人も少ないですね」

 密かにショックを受ける私を置いて、話は進んでいきます。
 後頭部に付いている青色の猫耳をピクピクと動かしながら、切り出したのは青藍でした。獣人として優れた聴力を持つ青藍は、私が聞こえる以上の様々な音が聞こえているのでしょう。

「生活音の一切ない家。そちらに住んでいた住民の方は、どちらに行ってしまったのですか?」

 強張った顔のノルディア様と、険しい表情の青藍。二人に問い詰められたホオズキさんは、乾いた笑い声をあげて、「二人とも凄いな……」と呟きました。
 笑っているはずなのに、ホオズキさんの声はか細くて。今にもその場にしゃがみこんでしまいそうなほど、弱々しいものに見えました。

「ノルディアが王都に行って、しばらくしてからだよ。キュラス王国の方面から来る人間が増えたんだ。村までは入ってこないが、いつも数人が隠れて様子を窺っている」
「何の目的でキュラス王国の奴らが?」
「わからない。けど、それを不気味がって、住まいを移す村人が増えた。せめて出て行った人たちの帰る場所だけでも守りたかったんだけど、俺にできたのは家の掃除くらいだよ……」

「悪かった」と言って項垂れたホオズキさんの肩を、ノルディア様はバシリと強い力で叩きました。

「俺こそ悪かったな、大変な時に居てやれなくてよ」
「いや……」

 やり取りを聞いていた青藍は、口元に手を当てて何かを考え込んでいます。

「青藍? 何か引っかかることがあるのです?」
「そう、ですね。キュラス王国の人間が国境を越えて動いているのに、ユーフォルビアの騎士団は、なぜ動かないのかと考えていました」

 青藍の言葉に、ホオズキさんは首を横に振ります。

「前にキュラス王国と戦争が終わって、しばらくは見回りなんかで来てくれていたけど、最近は全くだ。何度か街に降りて話したけど、騎士団は話を聞くだけで動いてはくれない」
「……考えたくはないですが、もしかすると騎士団の中に、キュラス王国に内通している者がいるのかもしれませんね。早急に対処しなければいけませんが、私たちだけで動くのは危険過ぎます」

 青藍は一瞬だけ私を見て、それからノルディア様に視線を向けました。
 言葉には出していませんが、きっと青藍は「ユナ様がいる状態で、危険なことはするべきではない」と伝えたかったのでしょう。
 ノルディア様も頷いて「最悪の場合、小競り合いから戦争に繋がるからな」と言うと、青藍は安心したように小さく息をつきました。

「この情報を入手できただけでも有益かと思います。一旦王都へ戻り、アルセイユ公爵様から国王様へ報告を上げていただくのが最善かと思います」
「……村を助けてくれるのか?」
「王都でも問題が起こっていて、もはやこれはこの村だけの問題ではありません。十中八、九、国王様は動いてくれると思います」

 青藍は「助ける」とは言いませんでした。けれど淡々と事実のみを告げる言葉に、ホオズキさんは泣き出しました。

「良かった……これで出ていった奴らも戻ってくるかもしれない……」

 薄い赤色の目が、溶けてなくなってしまうのではないかと心配になるくらい、ホオズキさんはボロボロと涙を零します。
 きっと長い間、一人きりで不安を抱え込んでいたのでしょう。
 あまりにも痛々しいその姿に、ノルディア様も奥歯を噛みしめるような顔をしていました。
 ノルディア様のご友人を傷つけて、ノルディア様にもこんな顔をさせるキュラス王国。許せる気がしません。

「ユナ様。お願いですから、今回はキュラス王国に乗り込んだりしないでくださいね。絶対に絶対に、ぜっっったいに駄目ですからね!」
「……わかっているのです」

 私が怒っているのを感じ取ったのでしょう。青藍が「信用できません」といった眼差しを向けてきました。


「もし良かったら夕飯を食べて行かないか? 久しぶりだし、王都の話も聞かせてくれよ」

 一通り泣いて、落ち着いたのでしょう。泣きやんだホオズキさんが、夕食に誘ってくれました。

「食べていくか?」
「せっかくなので、いただきたいですの! ノルディア様の故郷の料理も気になるのです」
「なら俺の家からいろいろ持って来るから、ちょっとだけ待っていてくれ」

 青藍はまだ、私が勝手に動かないか心配しているのでしょう。早く帰りたそうにしていましたが、私の決定を聞くと、遠くを見つめるような目になってしまいました。

「帰りましょうよ……ユナ様がキュラス王国に突撃してしまったら、どうすれば良いんですか……」

 小さな声で呟いていた青藍ですが、ホオズキさんが食材を持って帰って来てからはとうとう諦めたようです。
 ノルディア様に「少し外を確認してきます。ユナ様から絶対に目を離さないでくださいね」と言って、ホオズキさんと入れ替わりで出て行ってしまいました。

「外は寒いですよ? 家の中でゆっくりしていたほうが……」
「大丈夫です。魔法で体を温めながら動きますので」
「そうですか。でしたらせめて、外套だけでも使ってください」
「ありがとうございます」

 借りた外套を羽織って出て行った青藍を見送って、ホオズキさんは「雪、少し強くなってきたな」と呟きました。

「きっと体を冷やして帰ってくるだろうから、食事は温まるものにしようか」
「手伝うか?」
「いや、良い……というか、ノルディアは料理なんてできなかっただろ」
「切るのは得意だ」
「一応聞くが、何で切るつもりだ? 剣に手を掛けるな。大人しく座ってろ」

 一緒にキッチンに入ろうとしたノルディア様を追い返して、ホオズキさんは持ってきた食材を並べていきます。

「これは何ですの?」
「雪うさぎの肉に、街に行った時に買っておいた牛の乳。それから山で採れる野草だよ」
「シチューを作るのです?」
「そう。食べれそうかな?」
「美味しそうですの!」

「良かった」と笑って、ホオズキさんは料理を始めました。
 具材を鍋の中に入れて、香草も追加して煮込むようです。
 暗くなってきた室内を照らすため、ホオズキさんが持ってきてくれた蝋燭に火をつけた頃、ようやく青藍が戻ってきました。

「さ、むい……! もう無理です」

 体に付いた雪をはたいて落としながら、青藍は火魔法を使って体を温めていました。

「大丈夫ですの?」
「はい。少し休めば大丈夫です。どれだけのキュラス兵が周辺に居るのか見て来ました。キュラス王国へ続いている獣道も見つけたので、どの辺りから来ているのかも大体把握できたかと思います。ご飯をいただいたら、すぐに屋敷に戻って報告を上げられます」

 青藍は真っ青な顔になって、震えながら言いましたが……流石さすがに頑張りすぎです。
 私も火魔法で温かい風を作って、青藍に吹きかけてあげます。

「ありがとうございます……? この部屋、何かいているのでしょうか?」

 温風を浴びた青藍は、クンと鼻を鳴らして、不思議そうな顔で部屋を見渡しました。
 そう言われれば、何か花のような香りがします。甘い雰囲気の良い香りではあるのですが、ちょっと香りが強い気もします。

「ああ、ごめん。少し埃っぽかったから、香り付きの蝋燭を使ったんだ」

 青藍がスンと鼻を鳴らして視線を向けた先には、先ほどホオズキさんが火を点けた蝋燭がありました。
 ホオズキさんの「匂い、気になりますか?」という言葉に、青藍は首を横に振りました。

「良かった。あと少し煮込んだらシチューができあがるので、それまでゆっくりしていてください」

 ホオズキさんは青藍に毛布を手渡してから、再びキッチンに戻ってしまいました。

「ユナ様、お言葉に甘えて休みましょうか」

 渡された毛布にくるった青藍が、私の座っている椅子の隣に座りました。普段、青藍は私の背後に立っていることが多いのに珍しいですね。そんなことをぼんやりと考えていると、だんだん眠くなってきました。

「ユナ? 寝るのカ?」
「寝ない、のです……」

 ヨルの言葉に返事をしながらも、瞼は閉じていってしまいます。
 シチューを食べて、お家に帰らないといけないのに……何でこんなに、眠たくてたまらないのでしょう……


   ◆ ◇ ◆


 コトコトとシチューを煮る音がしている。
 懐かしい料理の香りと、嗅ぎ慣れない花の香料の混ざった部屋の中で、ノルディアはまどろみの中にいた。
 気を抜けば夢の世界に落ちそうになるのなんて、普段だと鍛錬をし過ぎた日ぐらいなのにおかしいな。

「よし、良いな」

 キッチンの方からホオズキの声が聞こえる。
「料理を運ぶのを手伝ってやらないと」と思うのに、眠気に包まれた体はすぐに動くことができない。

「ノルディア、できたぞ? 青藍さん? みんな寝てるのか……」

 青藍さんも寝てるのか? 珍しいな。あの人はユナの護衛を任されているからと、いつも気を張っているイメージだったから。ユナの側で眠るなんて想像もできない。
「ふぅ」と溜め息を吐いたホオズキが蝋燭の火を消したらしい。室内がふっと暗くなる。

「ノルディア、お前が居なくなってから、この村は変わったんだ」

 暗い室内の中、ホオズキが俺に向かって話しかける。

「最初はただ、キュラス王国の方向から、旅人が来る程度だったんだ。来客なんて珍しいから、みんな喜んでた。でも村人の何人かが旅人に付いて街へ遊びに行って、そのまま帰って来なかったんだ。『街暮らしが気に入ったらしい。仕事を紹介したから、戻ってこないならきっと大丈夫だ』なんて旅人に言われて、俺は馬鹿だから信じたんだよ。旅人が……キュラス王国の兵隊だったって気が付いた時には、もう何人も、村から人が消えていた……」

 ホオズキは俺が眠っていると思い込んでいるらしい。返事をしなくても話を続けていた。
 起きている時に話せば良かったのに……とは思ったが、ホオズキの声が泣いているように震えていたから、俺は「起きている」と言い出すタイミングを失ってしまった。

「お前が来るほんの少し前からキュラス王国の奴らに脅されているんだ。『言う通りにしないと、さらった村人を殺す』って。村の中を自由に使わせろ。ユーフォルビアの騎士に報告をするな。……闇の精霊とその契約者をさらえ、だなんて…………俺はお前みたいに凄い人間じゃないから、こうしないと村を守れないんだ」

 部屋の中が強い光で照らされた。
 外の誰かに、何かを伝えるかのようにチカチカと光が点滅する。

「許してくれよ、ノルディア」

 ホオズキがそう言って、ユナに向かって手を伸ばした。
 俺が立ち上がって、ホオズキの手を止めようとした刹那……

「そこまでです」

 ……テーブルに伏せて、眠っていたはずの青藍さんの姿が最初からなかったかのようにふわりと消えた。代わりに現れたのは〈幻影イリュージョン〉の魔法によって姿を消し、ホオズキの背後に控えた青藍さんの姿だった。

「ユナ様への手出しは私が許しません」

 すでに短剣を抜いているのだろう。
「動いた瞬間に首を切ります」という青藍さんの声と、ホオズキの息を呑みこむ声がした。

「どうして、蝋燭の眠り香で寝ていないんだ?」

 信じられないといった様子で尋ねるホオズキに、青藍さんは「あいにくと毒や薬の類いは効かないように、体を慣らしてありますので」と短く答えた。
 貴族の護衛っていうのは、そこまでするものなのか? 
 いや、今はそれどころじゃねェな。
 眠り香は王都の道具店でも売っている、嗅ぐと眠ってしまう香りを出す魔道具だな。腕に自信のない冒険者が魔物に使っているのは知っていたが、俺は実際に使ったことがないから気が付かなかった。

「彼女を一人渡せば、村の人質を返すとキュラス王国の兵士が約束してくれたんだ。もちろん、ノルディアや君には手出しはさせない。今からでも眠っていてはくれないか?」
「私に、ユナ様がさらわれるのを見過ごせと?」
「あぁ。これからキュラス王国の兵士がこの家にやってくる。大勢のキュラス兵相手に、一人で何ができる? 見なかったことにすれば、全部丸く収まるだろう」
「ノルディアさんにはどう説明をするつもりで?」
「ノルディアならわかってくれるさ。子供一人と、何人もの人質の命、どっちが大切かなんて理解できるはずだ」
「……だそうですが、ノルディアさん。どう思いますか?」

 いつ話に加わるべきかと考えていた俺に、青藍さんが話を振った。
「起きているのはわかっていますよ」と言わんばかりの問いかけに、苦笑しながら顔を上げる。

「気付いてたなら言えよ」
「こんな魔道具に、リージア様の魔道具とユナ様のピアスの加護が、負けるはずありませんから」

 青藍さんに言われて、手首につけていたバングルと耳元のピアスが淡い光を発していることに気が付いた。
 ユナと婚約をした時に、ユナの兄であるリージア様からもらったバングル。それから、ユナからもらった、魔石で作られたピアス。装飾品であり魔道具でもあるその二つの防護があったおかげで、俺は眠り香の効果を受けなかったのだろう。

「ノルディア……」

 俺が眠っていないと知って、ホオズキは一瞬呆然とした。けれどすぐに、ハッとした顔で俺に縋りつく。

「ノルディア、ノルディアはわかってくれよ。この子を差し出すだけで、村が救われるんだ。みんな戻ってくるんだ。なぁ、どっちが正しいかなんて、わかるだろ?」
「俺は青藍さんに付く。この子ユナは俺の婚約者だしな。目の前でさらわれるのを許すはずがないだろ。……それに、誰かを犠牲にしないと得られない平和なんて、俺は正しいとは思わない」

 期待の視線を向けるホオズキに向かって言えば、ホオズキは目を伏せた。

「そうは言ったって何ができる。たった二人で、本当にどうにかなると思ってるのか!?」

 食って掛かるホオズキの姿に、少し悲しい気持ちになった。
 ホオズキは優しい男だったのに。俺が村を出て行くときも、心配をしてくれるような奴だったのに。それが、こうも変わってしまうなんて。それほど、キュラス王国に追い詰められていたのだろう。

「……青藍さん、二人ならキュラス兵を全員倒せると思うか?」
「問題ないかと。それに……」
「オイラも居るかラ、三人だナ!」

 眠り続けるユナの腕の中から、ピョコンとヨルが顔を出す。

「オイラ、ユナが寝たから寝てたけド、呼吸が必要ないかラ、魔道具全く効いてなかっタ!」

 自慢げに笑ったヨルは、その体を猫の形から黒いもやへと形を変えていく。精霊本来の姿に戻ったヨルはかわいらしさが薄れて、代わりに威圧感が増した。
 同時に、家の周囲に人の気配が集まりだす。緊張感が走る中……

「オイラが敵を全員倒したラ、ユナ褒めてくれるかナ」

 ……すでに倒した後を考えているヨルだけは、「クフフ」と幸せそうな笑い声をあげていた。
 玄関のドアをコンコンとノックする小さな音が響く。
 気が付けば、青藍さんの姿は消えている。多分、迎撃するために〈幻影イリュージョン〉の魔法で姿を消したのだろう。
 ギィとドアが開いて、最初に動いたのはヨルだった。

「闇魔法〈影縛りシャドウバインド〉」

 眠っているユナをさらいに来たキュラス兵の姿が見えた瞬間、ヨルは闇魔法で黒い影の手をいくつも作りだした。
 ドアの向こうに見えたキュラス兵の数は三人。誰も家の中から攻撃があるとは思っていなかったのか、全員がヨルの魔法に拘束された。

「生け捕りにできそうなら殺すな。後で騎士団に引き渡すぞ」
「わかっタ! ……ア、青藍が外に居ル! 全部オイラの獲物なのニ!」

 ギリギリとキュラス兵の体を締め上げるヨルが、何かに気が付いたように窓の外を見て声を上げる。ヨルの視線の先には、外に隠れていたであろうキュラス兵が、次々と倒れていく光景があった。
 俺の目には勝手にキュラス兵が倒れているようにしか見えないんだが……多分、〈幻影イリュージョン〉の魔法で姿を隠した青藍さんの仕業なんだろう。

「オイラも外に行って来ル!」

 慌てて出て行ったヨルと、〈幻影イリュージョン〉で姿を隠したまま、キュラス兵を一方的に攻撃をしていく青藍さん。

「お前の影、動いてないか?」
「影が動くなんて……ぐぅっ! 影が、締め付けてくる!?」
「き、斬られた! 姿が見えない敵がいるぞ!」
「雪の足跡を追え! 姿を隠しても足跡は消えない!」
「そんなことを言われても、動きが速すぎて……!」

 外に隠れていたキュラス兵は、二人の動きに翻弄されるばかりだった。
 次々と倒れていくキュラス兵。残っているのは数えられるほど。
 ……これ、三人も必要ねェな。ユナが風邪をひいても厄介だし、室内に戻っていようかと考えた時。

「あは、すっごいことになってますねぇ」

 ふと、視界に見覚えのあるピンク色を見つけた。
 ふわふわと柔らかそうなピンクの髪に、間延びするような話し方。着ている服こそ以前と異なるものの、その姿はかつてフェリスの横に居たメイドと同じもの。
 自国の第一王子であるフェリス・ユーフォルビアの暗殺未遂をした女、ミルフィがすぐ近くにいた。

「ミルフィ!」

 咄嗟に剣を抜いて放った斬撃を最小限の動きだけで避けて、ミルフィは「酷いですぅ」と涙を浮かべる。
 一見強そうには見えない彼女だが、その眼差しには一寸の隙も見当たらなかった。
 ヨルがミルフィの姿を見つけて叫んだ。

「闇魔法〈闇の槍ダークスピア〉!」
「か弱い女の子を寄ってたかっていじめるなんて、やめてくださいよぉ。……火魔法〈爆発エクスプロージョン〉」

 スンスンと鼻を鳴らしてわざとらしい泣き真似をしながら、ミルフィはヨルの放った闇魔法に向かって魔法を放った。
 闇魔法の〈闇の槍ダークスピア〉……漆黒の槍がミルフィに到達する直前、ミルフィの前方に、ちょうど〈闇の槍ダークスピア〉を弾き飛ばす位置で爆発が起こる。

「あは、綺麗な闇魔法ねぇ。精霊って本当に素敵。さらって閉じ込めたいわぁ」

 ヨルの闇魔法を防ぎ、爆発の余波で服と髪をはためかせながら、ミルフィは姿を隠しているはずの青藍さんに視線を送る。

「〈幻影イリュージョン〉を使う獣人なんて、珍しいわねぇ」
「……気が付かれているのなら、隠れる意味もありませんね」

 攻撃のタイミングを窺っていたのであろう青藍さんが、〈幻影イリュージョン〉の魔法を解いて姿を現す。

「三人だけなんですねぇ。ふふっ、それならほかの兵士たちが役立たずでも問題なさそう。良かったですぅ」

 俺とヨル、青藍さんを見つめながら、ミルフィは余裕の笑みを浮かべていた。
 周囲には倒れたキュラス兵が何人もいるというのに、気に留める様子もない。

「ずいぶん舐められてんな」
「舐めてなんかいませんよぉ。ところでホオズキさんは? もしかして殺しちゃいましたかぁ?」
「ミルフィさん! ここに! すみません、失敗をしてしまって!」

 ミルフィの呼びかけに、家の中に居たホオズキが慌てて外へと飛び出してきた。

「生きていましたかぁ。元々期待もしていませんでしたから、今回の失敗は許してあげますぅ」

 取り乱すホオズキにミルフィは柔らかい笑みを向けて、それからスッと目を細めた。

「その代わりぃ、早く精霊と契約者を奪ってください。人質がどうなっても良いんですかぁ?」

 ホオズキの側に立っていた俺には、すぅっと息を呑み込む音が聞こえた。

「ノルディア。なぁ、わかってくれよ……」
「いい加減目を覚ませ、ホオズキ。お前はキュラスに利用されてるだけだ」
「それでも、そうしないと人質の皆が……」
「ユナを渡しても、村の奴らが帰ってくる保証はねェ」
「その子を渡せばみんなを返すと、ミルフィさんが契約魔法で約束してくれたんだ!」
「……その“みんなを返す”ってのは、か?」

 俺の言葉に、ホオズキは表情を凍り付かせた。そんなこと、考えてもいなかったのだろう。顔面を蒼白にしたホオズキを前に、ミルフィはクスクスと笑った。

「さぁ、どっちでしょうねぇ」

 たとえば市場でリンゴを一つ選ぶような、そんな軽い口調だった。
 彼女は生きているとも、死んでいるとも答えなかったけれど、その曖昧な言葉で、ホオズキは人質となっていた人々がどうなっているのか察してしまったのだろう。

「俺の、やってきたことは、全部無意味だった……?」

 積もった雪の上に崩れ落ちたホオズキに、ミルフィは「案外役に立っていたのに、壊れてしまいましたねぇ」と残念がった。
 笑みを浮かべ続けるミルフィに虫唾が走る。
 こいつはフェリスを殺そうとした。何の目的かはわからないが、ユナとヨルもさらおうとした。ホオズキを傷つけて、俺の村に手を出した。
 いろいろなことをひっかき回しておいて、こんなふざけた態度……!
 怒りのままに剣を振るおうとした瞬間、ドサリと何かが倒れるような音が鳴った。


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