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2巻

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   プロローグ 攻略対象その5の故郷に向かうのです


 見渡す限りの雪景色。
 真っ白い雪がひらひらと降る、幻想的な景色の中。
 私……ユナ・ホワイトリーフは、相棒の闇の精霊であるヨルの背中に乗って、空を飛んでいます。
 闇の精霊で決まった体の形を持たないヨルは、今は鳥の形態になって、勢いが増していくばかりの雪の下を気にした様子もなく進んでいますが……

「さ、流石さすがに寒いのです!!」

 ……精霊であるヨルは気にならなくとも、ただの人間の私にとって、それもまだ子供の体にはなかなか辛いです!

「ユナァ、大丈夫カ?」
「だから今日はやめましょうって言ったんですよぉ……ご友人のフェリス王子が心配だとしても、暗殺未遂事件の調査や防寒具の用意など、やりたいことは山のようにあったんですからね」

 ガタガタと震える私に対して、心配の言葉を掛けてくれたのがヨル。
 恨めしそうな視線を向けてきたのが、私を護衛する青藍でした。
 猫獣人の青藍は寒さに強いのか、あまり寒がっている様子がありません。

「出立前にせめてお屋敷の誰かに、ユナ様がお出掛けされることをお伝えしたかったです……火魔法〈炎の吐息ファイヤブレス〉」

 青藍は悲壮感たっぷりに呟きながら、私に火魔法で温めた空気を送ってくれました。
 き、器用ですね。
 私たちがこんな雪の中に居る理由。
 それは私の友達であり、この国の第一王子でもあるフェリス・ユーフォルビアを暗殺しようとした犯人を捕まえるためです。
 ……けれど、寒さ対策もせずにこんなにガタガタと震えている原因は、私が後先考えずに飛び出してしまったからなのです。正確には「後先考えられなかった」と言いますか……
 私が後先考えられなくなってしまった原因。それは……

「大丈夫か? ここから先はずっと雪なんだが……」

 私のことを心配そうな表情で見つめる、世界で一番格好良くて、世界で一番可愛くて、世界で一番素敵な婚約者!! 私の婚約者!! ノルディア・カモミツレ様の故郷が、暗殺未遂事件の調査地の近くにあると聞いてしまったからなのです!!
 私の最推しであり、前世から愛し続けたノルディア様を育んだ土地があると聞いたら、体が勝手に動いて止まらなくなってしまいました!!

「ほら、これを着てろ。防寒の魔術が縫い込まれてるから、少しはマシになるだろ」
「ノルディア様のマントですの!? スンスンスンスン……いい匂いがするのです……じゃなくて、ノルディア様が寒くなってしまうので、借りられません!」
「俺は慣れてるから大丈夫だよ。ほら、体に巻いとけ」
「まだ体温が残っていて、暖かいですの!! ノルディア様の体温……前世でゲームを楽しんでいた時に、この体温を感じたいと何度ディスプレイを撫でては絶望をしたことでしょう……!」

 前世……そう、私には前世の記憶があります。
 ――『君と紡ぐ千の恋物語』
 ファンたちの間では『君紡きみつむ』の略称で呼ばれ、大人気になっていた乙女向け恋愛ゲーム。
 前世の私は、そのゲームの攻略対象だったノルディア様を一目見て好きになって、ノルディア様と同じ空気を吸いたい! ノルディア様のいる世界に行きたい! と願い続けていました。
 春夏秋冬、三百六十五日。神様に願い続けたのが良かったのでしょう。
 私は見事、ノルディア様のいる世界、『君紡きみつむ』のゲームの中で悪役令嬢だったユナ・ホワイトリーフに転生できたのです。
君紡きみつむのユナ・ホワイトリーフ』はどの攻略キャラクターのルートでもヒロインさんをいじめて、最後は断罪されてしまうのですが……私という異物が入った今のユナは、ノルディア様以外、ほかの攻略対象にまったく興味がありません!!
 乙女ゲームの舞台となる学園生活が始まるのは、今から九年後。私が十五歳になってからですが、学園にヒロインさんが居たとしても、その恋路を邪魔するつもりはありません。ヒロインさんが誰とくっつこうが、私には関係のないことですから。
 私という婚約者がいるにもかかわらず、ノルディア様を狙うような非常識な人がヒロインさんだったら話は別ですが……

「ユナ。ほら、変なこと言ってねェで、早く巻けよ」
「はわわわわ! ま、まだ心の準備ができていないのです!! ノルディア様のマントなんて至高の一品を味わうにはもう少し時間が必要ですの! ……これ、後で同じものを買うので、もらったら駄目ですの?」
「あんまり綺麗じゃねェから、後でちゃんと返せよ」

 その言葉にしょんぼりとしながらノルディア様のマントを借りた私に、ヨルが呆れたような口調で言います。

「ユナ、楽しそうだけド、最初の目的忘れてなイ?」

 最初の予定? ノルディア様の故郷を巡る旅ですよね? 
 これは言い換えれば聖地巡礼。忘れるはずがありません。

「フェリスの暗殺未遂ノ、犯人を捕まえるんじゃなかっタ?」
「そうだったのです!」
「忘れてたんダ……」

 呆れたようなヨルの眼差しの中、真っ白だった雪景色に変化が出てきました。
 白一色だった景色の中、ぽつぽつと黒い点のようなものが見え始めています。

「お、見えてきたな。あれが俺の故郷だ」

 ノルディア様は懐かしそうに呟きました。
 高い雪山の麓にひっそりと存在する、美しい雪が降り積もる小さな村。
 村の真ん中にある池すら凍り付くほどの寒さなのに、今まで感じていた寒さが和らぐような気がするのは、どうしてでしょうか?

「名前がつくような大きくて立派な村じゃねェんだが……周辺の村からは、氷の精霊が眠る村って呼ばれている」

 小さい。けれど、どこか幻想的な雰囲気の村は、「氷の精霊が眠る村」という名称に相応しいほどに美しい場所でした。



   第一章 攻略対象その5の故郷を巡ります


 雪の降り積もる地、ユーフォルビア王国の最北端。
 標高の高い雪山の麓に、ひっそりと存在する小さな村。
「氷の精霊が眠る村」という名前に相応しく、どこか幻想的な美しさを感じるこの場所がノルディア様を育んだ偉大な大地だったのですね。
 そう言われて見れば、この雪空もなんだか尊いもののように見えてきます。

「あの山の脇に道があって、その先がキュラス王国との国境付近に続いているんだ」

 ノルディア様の説明を聞きながら村を眺めていると……

「ひ、ひぃ! 化け物みたいな鳥が飛んでる!?」

 ……なにか、悲鳴のような声が下から聞こえてきました。聞き間違いでしょうか?

「誰が化け物ダ!」

 空耳かと思ったのですが、「化け物みたいな鳥」と言われたヨルも怒り出したので、聞き間違いではないみたいです。
 ヨルの体から身を乗り出して眼下の村を見れば、山吹色の髪の男の人が、何やら慌てた様子で走っていました。

「は、早くみんなを避難させないと!」

 山吹色の髪の男性は、ヨルに怯えながらも村の中を走り回っています。
 雪の中でもけっこう速く走れるんですね。
 私が感心して見つめていると、ノルディア様もその人物に気が付いたようです。
「あれは……」と小さく呟いてから、ヨルの体の上から身を乗り出しました。

「ホオズキ! 俺だ、ノルディアだ!」

 大きな声で叫んだノルディア様の声が聞こえたのか、走っていた人物……ホオズキという名前なのでしょう……彼が足を止めて、キョロキョロと辺りを見渡しました。

「ノルディア?」

 ホオズキさんの声は聞こえませんが、なんとなくノルディア様の名前を呼んでいるような口の動きをしました。
 ヨルが気を利かせて高度を下げたのですが、ホオズキさんは大きな黒鳥の姿のヨルが迫ってきているのを見ると、再び怯えたように逃げ出そうとします。

「ホオズキ! こいつは悪い奴じゃねェ! 襲わないから大丈夫だ!」

 ノルディア様が再度叫んで、高度の低くなったヨルの背中の上から飛び降りました。
 地面に積もった雪をクッション代わりにして、ノルディア様はホオズキさんの目の前に降り立ちます。

「うわぁ! ……って、お前……まさか……」

 ホオズキさんの赤い目……ノルディア様の目の色とよく似た、けれど少しだけ薄い赤色の目がみるみるうちに大きく見開かれます。

「久しぶりだな!」

 どことなくノルディア様に似た虹彩を持つホオズキさんに、ノルディア様は嬉しそうな顔で笑って片手を上げました。

「本当にノルディアか……?」
「おう」
「お前、王都に行ったはずじゃ……いや、何で連絡の一つも寄越さなかったんだ! 王都にちゃんと辿り着いたのか、お前が村を出て行ってからずっと心配してたんだぞ!」
「わ、悪かったよ……」

 ホオズキさんの勢いに押されて、ノルディア様がたじろぎながら謝りました。他人に押されているノルディア様なんて珍しいです。それほど二人が親しいということなのでしょう。

「騎士になるのは諦めて、村に帰ってきた……って感じじゃないみたいだな」

 ホオズキさんは言葉の途中で、ノルディア様の格好に気が付いたようでした。
 ノルディア様が身に纏うのは白い騎士学校の制服。マントは私が借りてしまっていますが、マントがない状態でも十分に騎士関係の服装だとわかります。

「まさか、本当に騎士になったのか?」

 ホオズキさんも、そんなノルディア様の格好を見て、ノルディア様が騎士になったのだと勘違いをしたようです。驚き半分、信じられないといった気持ち半分といった様子で、ノルディア様に尋ねました。

「いや、まだ騎士学校の生徒だ。見習いにもなれてねェよ」
「騎士学校? 王都にある騎士学校のことか?」
「おう」
「嘘だろ……俺はてっきり、騎士は諦めて冒険者にでもなってるんだと……魔法はどうしたんだ? 村を出てから、使えるようになったのか?」
「魔法は無理だ。王都で一回調べてもらったが、俺はもともと魔力が一切ない体質らしい」
「そうだったのか……」

 盛り上がる会話を横目に、青藍がノルディア様と同じようにヨルの背中から飛び降りました。空中でくるんと一回転をして、軽く着地をする身軽さは流石さすがです。
 私も同じように飛び降りようとしたのですが、青藍に止められてしまいました。

「危ないですから。ユナ様は飛び降りないでくださいね」
「青藍は飛び降りたのです」
「私は獣人で、体も丈夫ですから」

 むぅと頬を膨らませて抗議をしてみますが、青藍は「駄目ですよ」と譲ってくれません。

「オイラに任せテ」

 そうこうしている内に、ヨルが痺れを切らしたのか、鳥型にしていた体をどろりと溶かしました。足場を失って落下しかけた私の体を、霧状に変わったヨルの体が包み込みます。
 ふわりと浮かせて、ゆっくりと地面に導きます。無事に私の足が地面についたのを確認したヨルは再び体の形を変えて、いつもの黒猫の姿になりました。

「ヨル。運んでくれて、ありがとうですの」
「オイラ、ユナの役に立っタ?」
「もちろんですの」
「エへへ」

 照れたように笑いながら、ヨルは私の腕の中に飛び込んできます。
 その体を受け止めて抱えたのですが……何か、視線を感じます。

「メイド服の獣人に……鳥? いや、猫? それにこの子供は……??」

 感じた視線の先に居たのは、ポカンとした様子のホオズキさんでした。
 青藍を見て、ヨルを見て、それから私を見て、呆然としています。


「ノルディア、この方たちとはどういったご関係だ? ……貴族の子供だよな?」

 こっそりとノルディア様に何かを耳打ちして、ノルディア様が少しだけ考え込むような表情をしました。こちらに視線を向けたノルディア様、私と目が合って……ふいっと逸らされてしまいました!? どうしてですか!?

「全員知り合いだ。青藍さんと、闇の精霊のヨルと、その……婚約者のユナだ」

 ガーンとショックを受けていると、ノルディア様が私たちを紹介してくれました。
「婚約者」という言葉を口にする前に、一瞬だけ詰まったノルディア様の耳は、こんなに寒い場所なのに少し赤くなっていました。ノルディア様が……照れています……!!
 私を婚約者として紹介してくれるのも、もちろんとっても嬉しいのですが、私を紹介するための「婚約者」という言葉に照れているノルディア様の姿も最高です!

「はぁ、なるほど。青藍さんに、闇の精霊のヨルさんに、婚約者のユナさん。よろしくお願いします。僕はノルディアの幼馴染のホオズキです。……って、闇の精霊!? それに婚約者!?」
「初めまして、ノルディア様の婚約者のユナですの!」
「あ、これはご丁寧にどうも。まだ小さいのにご立派ですね。……じゃなくて! 貴族のお子さんと、どうしてそんなことになってるんだ!?」
「オイラは闇の精霊のヨルだゾ」
「喋った!?」

 途中までニコニコとしていたホオズキさんですが、どんどん顔色が悪くなってしまいます。

「ノルディア、お前は王都でいったい何をしてるんだ……?」
「まぁ、いろいろあってな」

 ホオズキさんは驚き過ぎて疲れたのか、最初に見た時よりもげっそりとした表情になりながら、「王都には何でもあるとは聞いていたが、こんなこともあるんだな……」と呟きました。
 王都の中でも闇の精霊ヨルの存在はとっても稀少だと思うのですが……まぁ、わざわざ説明することでもないでしょう。

「俺の家はまだ残ってるか? 二年間雪かきもできなかったし、潰れたか?」
「いや、あるよ。室内の掃除も雪かきも時々やってるから、ちゃんと綺麗に残ってる」
「助かったよ。ありがとうな」
「ああ、気にしないでくれ」

 お礼を言ったノルディア様は「それにしても……」と呟いて、周囲を見渡しました。
 そびえ立つ雪山を見て、その脇を通る、隣国キュラスとの国境付近へと続く道を見つめて、ノルディア様の表情はどんどん険しくなっていきます。
「これは……」とノルディア様は何かを言いかけて、けれど結局、言葉を呑み込みました。

「いや、こんな所で話しててもしかたねェな。とりあえず家に向かうか」
「あ、ああ。そう……だな……」

「行こうぜ」と歩き出したノルディア様の背中を、ホオズキさんは立ち止まって見つめていました。その額には、こんなに寒い場所なのに汗が滲んでいます。

「……行こうか」

 私の視線に気が付いたホオズキさんは、慌てて歩き始めました。

「ユナァ、行かないのカ?」

 腕の中のヨルにせっつかれて、私もノルディア様の後を追いかけます。

「それにしても、この周辺は本当に雪がすごいですね」

 私の背後にぴったりとくっついて歩く青藍が、感心したような口調で辺りを見渡しています。
「王都だと雪なんて滅多に降らないのに……」と言いながら、青藍は珍しいものを見るように、雪の結晶を手のひらで受け止めて眺めていました。

「この辺りは昔から、雪が降り続ける場所として有名なんだ。確かあの山が雪を降らせているって言い伝えがあるんだが……何だったかな……」

 村の隣にそびえ立つ雪山を眺めながら、ノルディア様は首を傾げています。

「まさかお前、覚えていないのか?」

 ホオズキさんはそんなノルディア様に、呆れたような視線を向けました。

「あの山には昔から氷の精霊様が住み着いていて、そのこの村には雪が降り続けるって言い伝えだろ? 年の終わりに捕った一番大きい獲物や、村のみんなの魔力を氷精ひょうせい様に捧げたりしてたのに、何で覚えていないんだ?」
「ああ、あれって年越しの祭りじゃなかったのか」
「そういえばお前は、そういう奴だった。細かいことを気にしないというか、なんというか……」

 私はそんな二人の会話を聞いて、一つの疑問が浮かびました。

氷精ひょうせいとはどういう意味ですの? まるで、雪が降った方が良いみたいな言葉ですの」
「あー……確か、昔は昔で何かあったんだよな……」

 ノルディア様が考えていましたが、思い出せそうな様子はありません。
 ノルディア様の視線が、助けを求めるようにホオズキさんへ向いて、ホオズキさんが答えかけたその時……

「お、本当に綺麗に残ってるな」

 ……ノルディア様のお家に着いてしまい、何となく話が流れてしまいました。
 精霊のお話に興味があったので少し残念ですが……それよりも今は、ノルディア様のお家です!!

「こ、これがノルディア様のご実家ですの」

 ノルディア様のお家は木造で、三角の屋根が可愛らしい外観でした。
 長いこと人が住んでいないせいでしょう。屋根から出ている煙突は、上部が木で塞がれてしまっているようですが、それ以外は本当に綺麗な状態でした。

「騎士になるまでは、帰って来ないつもりだったんだがな……」

 ノルディア様はポリポリと頭を掻きながら、「待ってる奴もいねェからな」と呟きます。
 ……確か、『君紡乙女ゲーム』の設定では、ノルディア様はご両親を早くに亡くされていました。
 もし私がもっと早くにノルディア様を探しに来ていたら、ノルディア様のご両親を救うことができたのでしょうか?

「ユナ、そんな顔すんな」

 少しだけ落ち込んでしまった私の様子に気が付いたのは、ノルディア様でした。
 私の頭にポンと手を置いて、「もうずっと前のことだ」と私を慰めるような言葉をかけてくれました。それから……

「お前に落ち込まれると、どうにかしてやりたくなって困る」

 ……そんな言葉を残して、ノルディア様は家の屋根に乗っている雪を下ろそうとしていたホオズキさんの元へ向かわれました。

「ノ、ノルディア様が格好良すぎて、心臓が止まってしまうかと思ったのです……!」

 元々ノルディア様の格好良さは飛びぬけていますが、婚約者となってからのノルディア様は甘さが足されたような感じで、一緒に居ると溶かされてしまいそうなくらい格好良いです!!

「さっき雪下ろしをしたのにもう積もってるなぁ……魔力、足りるかな……」
「ホオズキ、代わる」
「え?」

 ノルディア様の格好良さにもだえる私の視線の先。魔法で雪を溶かそうとしていたホオズキさんの隣で、ノルディア様は腰に下げていた木刀を抜きます。
「魔法は使えないんだろう?」と心配するホオズキさんに、ノルディア様は「問題ねェ」と返して、木刀を振りかぶって……
 ――一閃。
 かつて、私がプレゼントした木刀で、ノルディア様は宙を飛ぶ斬撃を放ちました。
 耐久に性能を振り切った木刀から放たれた斬撃は、屋根の上にあった雪を簡単に一掃します。

「……は?」

 それを見ていたホオズキさんはポカンと口を開いて、何が起こったのかわからないといった表情です。
 ノルディア様は「魔法は使えないが、魔法以外でできることは増えたんだ」とだけ言って、家の方へと歩き出しました。
 私はノルディア様の後を追いかけたのですが……

「なんだよ、それ」

 ……背後から聞こえたホオズキさんの声が、何となく苦しそうに聞こえて、立ち止まりました。

「そんなの、魔法よりよほどすごいじゃないか」

 振り返って見えたのは、雪の中で俯くホオズキさんの姿。その表情は、振り続ける雪の白色で、あまり良く見えませんでした。
 見えなかったのですが……どうしてか、泣いているような気がしました。

「ユナ? ホオズキ? 入らねェのか?」
「え、ああ。入ろうか」

 ノルディア様の声に、ハッと顔を上げたホオズキさんの瞳は濡れていなかったのですけれど……それでも私には、悲しんでいるように見えました。


「キュラス王国側の山道に潜んで、村の様子を窺う奴らが何人も居たな。一体どうなってやがる」

 家の中に入ってすぐ、ノルディア様が切り出します。

「私も気が付きました。歩きながらの確認なので、あまり正確ではないかもしれませんが、五名は居たかと思います」

 ノルディア様に続いて告げるのは青藍です。
 私は全く気が付いていなかったので、ただただびっくりするばかりです。
 そういえば道中、青藍はキョロキョロと周囲を見渡していました。雪がそんなに珍しいのかと思っていたのですが、そんな意図があったなんて……!

「ヨ、ヨルも気が付いていたのです?」
「雪山の中デ、魔力が動いていたのは知ってたヨ」


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