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番外編~
巨人は、異国の民に振り回される2
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巨大な竜が王都を襲った、前代未聞の大事件。
誰が死んでもおかしくないような状況の中、ガストンは艶々と輝く髪が風によって舞い上がるのを見た。
漆黒の隙間から、朱色の瞳が爛々と輝いていて。ドラゴンと戦えるのが、楽しくて堪らないといった竜胆の姿に、ガストンは見惚れてしまったのだった。
結局ドラゴンは倒せなかったけれど、なんとか死人を出さずに追い払うことは出来て……
「アンタ、強いんだね。今度一緒に飛竜狩りにでも行かないかい?」
……その後から、竜胆はガストンに話しかけてくる様になっていった。
どうやらガストンの強さを気に入ったらしい。
「狩り損ねた竜の再戦、したいだろう?」
なんて、勝気な顔で「ニッ」と笑って、竜胆は度々ガストンのことを冒険に誘った。
冒険者は引退したと言っても聞かない竜胆に、ガストンは開いていたイチゴ飴の屋台を休みにして、何度か冒険者の仕事に付き合った。
例えば飛竜の住処に。ゴブリンの駆除依頼に。希少な植物の採取依頼に……
◇ ◆ ◇
「……チームを組まない冒険者は、他の人より死亡率が高い」
竜胆との冒険が、楽しくなかったかと言えばそうでは無い。
それでもガストンがそう言ったのは、自分がもう、冒険者からは引退してしまっていたからだった。
その日は確か、満月の夜にしか咲かない、土竜の背中に生える花を摘んできて欲しいという依頼受けていた。
土竜の住処が見える丘の上。火をおこしたガストンは、焚火の側に座った竜胆に向かって告げた。
「アタシが魔物に負けるとでも?」
竜胆はゆっくりと瞬きをして、それからいつものように、笑って見せた。
「……お前は、強い」
「ああ、そうだよ。アタシが魔物なんかに負ける筈がないだろう」
「……それでも何かがあった時、一人で死んだら何も残せない」
「誰に? 誰もアタシの生死なんて、興味もないさ」
いつものように。しかし、どこか寂しそうに。
――そうだ、竜胆は他国の人間だった。
ガストンはあまり気にもしないが、他の冒険者は違うのだろう。
竜胆は……他国出身の冒険者である彼女は、ガストンが行かないと首を横に振れば、一人で魔物と戦うしかないのだろう。
冒険者ギルドで、他国の人間だからと絡まれていた様子を見て、少し考えればわかる様な事だったのに。
それに気が付かないまま、迂闊な事を言ってしまったと気付いた時には遅かった。
「まぁ、気楽なモンだよ。アタシが死んだところで、悲しむヤツだって居ないからね」
申し訳なさそうに身を縮めたガストンに気が付いて、竜胆は敢えて明るい口調でそう言った。
「大丈夫だから、気にしないで欲しい」と伝えるように、カラリと笑った竜胆の姿が、けれどガストンには、どこか寂しそうに映ってしまった。
伏せられた瞼が、その下から覗く赤い瞳が、どうしたって寂しそうに映って見えて……
「…………」
……けれど不器用なガストンは、そんな竜胆にどんな言葉を掛けて良いのか分からなかった。
結局黙ってしまったガストンの視線の先、眠っていた土竜の背中に生えた小さな花が、ゆっくりと蕾を開いていった。
「お、咲いたね」
竜胆も目的だった花が咲いた事に気が付いて、立ち上がる。
いつかのように、綺麗な黒い髪がさらりと流れて揺れていた。
「さぁ、仕事だよ!」
先ほどまでの重い空気を払拭するかのように、竜胆は大きな声でそう言った。
土竜が起きてしまうと慌てるガストンに、竜胆は赤い瞳を悪戯気に細めて……
「へぇ……アンタ、ここまで来て土竜を狩らないつもりかい? 随分弱腰だね」
……風魔法を、土竜に向かって打ちはなった。
竜胆の得意とする<風刀>という魔法は、狙いたがわず土竜の背に生えていた花を切り落として。それからもう一撃、土竜本体も切り裂いた。
「……絶対、余計なことをしない方が良かった」
「この方が楽しいだろ?」
竜胆の攻撃によって目覚めた土竜が、怒り狂った様子で暴れている。
ガストンにしては珍しく冷ややかな目をしたのだが、竜胆は気にも留めなかった。
「狩ったら山分けだからね! 行くよ!」
「……はぁ」
破天荒な竜胆にため息を吐いて、しかしガストンは彼女のことが嫌いではなかった。
ガストンの事を……怖がられることの多い、巨人族の血を引く大男の事を、怖がらずに接してくれる人は少ないから。
◇ ◆ ◇
ガストンから見た竜胆は、自由で。どこまでも自由で。
なのに、ふとした瞬間に寂しそうな表情をする人だった。
「死んでも悲しむ人が居ない」と言う竜胆は、何時か本当に、ふらっと居なくなってしまうのではないかと思っていた。
「……アタシ、ちょっと国に戻るから。もしかしたら、しばらく帰って来ないかもしれない」
だから、竜胆が態々ガストンの店にまで来て、不在になる事を告げてきた時、ガストンは少し驚いた。
竜胆はある日に突然無言で居なくなって、気が付いたら帰ってくるような、そんな自由奔放な性格だと思っていたから。
「あーあ、ここの甘味も食い止めか」
ガストンの売っているイチゴ飴を食べながら、竜胆は名残惜し気に呟いた。
「……また、帰ってきたら食べて」
「…………おう!」
ガストンの言葉に、竜胆は一瞬言葉に詰まるような表情をした。地面に落ちた視線が、ゆらゆらと揺れる。
それは一瞬で、ガストンの気のせいだったかもしれないけれど。
「じゃあ、アタシは行くから……」
「……俺は、竜胆さんが死んだら悲しい」
ふとガストンは、ずっと考えていたことを口にした。
あの日……竜胆とガストンが、月夜の下で花が咲くのを待った日に、告げることが出来なかった言葉だった。
ずっと考えて、やっと言葉になったガストンの本心に、竜胆は驚いたように目を見開いた。
「アタシが死んだら、悲しいのかい?」
「……ああ」
「アタシがまた、この国に来ても、嫌じゃないかい?」
「……もちろん」
「……そうか」
竜胆はもう一度「そうか」と、噛みしめる様に呟いて。それから嬉しそうに口元を緩めた。
どこか寂しそうな、いつもの笑顔とは違う、満面の笑みだった。
「そうしたら、また戻って来ないといけないね」
「……ああ」
「イチゴ飴も、食べに来ないといけないからね」
「……ああ」
普段から言葉数の多くないガストンは、気の利いたことなんて言えなかった。
今度こそ竜胆は「じゃあ」と、ガストンに背を向けて立ち去ろうとした。
竜胆の黒い髪が、ふわりと舞って……
いつかのように、ガストンは「洞窟の最奥の、しんと静まった暗闇の様だ」と思った。
ガストンは洞窟という場所が、嫌いではなかった。
巨人族の血が混ざっているお陰で、常人よりも大きな体。顔も厳つく、目が合っただけで怯えられる。
そんなガストンの外見も、洞窟の暗闇の中なら、気にならないことが多かったから。
「……竜胆! ……その、また!」
「ああ、また!」
大きな声で、そう言って。去っていく竜胆の事を、どうしてか引き留めてしまいたかった。
「死んでしまったら悲しい」どころでは無い。ただ国から出て行くと、それだけの事なのに。どうしてかガストンの心は、悲しいのだと叫んでいて……
「……???」
……色恋に疎いガストンが、竜胆のことが好きだったのだと気が付くのは、それから数カ月も先の事だった。
◇ ◆ ◇
「よ、久しぶりだね!」
「……久しぶり」
故郷の国に帰った筈の竜胆に、久しぶりに会ったガストンは、驚いて言葉が出てこなくて……
……いや、ガストンの口から言葉が出てきたことの方が少ないけれど。
「なんだい、魔鳥が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「……いや」
「ふふ。びっくりさせようとは思ったが、期待以上だったね」
最近になってようやく気が付いたガストンの想いなんて、竜胆は全くもって知らなくて。
「甘味を食べさせてもらえると約束しただろう?」
ぐいぐいと近付いて来る竜胆に、ガストンはどうしたって振り回されてしまうのだ。
「……竜胆、お帰り」
「おう、ただいま!」
けれど、まあ。
久しぶりに見た竜胆の満面の笑みに、それも悪くないかと、巨人は笑った。
~異国の民は、巨人の笑みを見ることの出来る、唯一の人~
「へぇ、アンタ。そんな風に笑うことが出来るんだね」
「……!?」
「良いじゃないか。笑っているほうが、案外可愛く見えるよ」
「……かわ……??」
誰が死んでもおかしくないような状況の中、ガストンは艶々と輝く髪が風によって舞い上がるのを見た。
漆黒の隙間から、朱色の瞳が爛々と輝いていて。ドラゴンと戦えるのが、楽しくて堪らないといった竜胆の姿に、ガストンは見惚れてしまったのだった。
結局ドラゴンは倒せなかったけれど、なんとか死人を出さずに追い払うことは出来て……
「アンタ、強いんだね。今度一緒に飛竜狩りにでも行かないかい?」
……その後から、竜胆はガストンに話しかけてくる様になっていった。
どうやらガストンの強さを気に入ったらしい。
「狩り損ねた竜の再戦、したいだろう?」
なんて、勝気な顔で「ニッ」と笑って、竜胆は度々ガストンのことを冒険に誘った。
冒険者は引退したと言っても聞かない竜胆に、ガストンは開いていたイチゴ飴の屋台を休みにして、何度か冒険者の仕事に付き合った。
例えば飛竜の住処に。ゴブリンの駆除依頼に。希少な植物の採取依頼に……
◇ ◆ ◇
「……チームを組まない冒険者は、他の人より死亡率が高い」
竜胆との冒険が、楽しくなかったかと言えばそうでは無い。
それでもガストンがそう言ったのは、自分がもう、冒険者からは引退してしまっていたからだった。
その日は確か、満月の夜にしか咲かない、土竜の背中に生える花を摘んできて欲しいという依頼受けていた。
土竜の住処が見える丘の上。火をおこしたガストンは、焚火の側に座った竜胆に向かって告げた。
「アタシが魔物に負けるとでも?」
竜胆はゆっくりと瞬きをして、それからいつものように、笑って見せた。
「……お前は、強い」
「ああ、そうだよ。アタシが魔物なんかに負ける筈がないだろう」
「……それでも何かがあった時、一人で死んだら何も残せない」
「誰に? 誰もアタシの生死なんて、興味もないさ」
いつものように。しかし、どこか寂しそうに。
――そうだ、竜胆は他国の人間だった。
ガストンはあまり気にもしないが、他の冒険者は違うのだろう。
竜胆は……他国出身の冒険者である彼女は、ガストンが行かないと首を横に振れば、一人で魔物と戦うしかないのだろう。
冒険者ギルドで、他国の人間だからと絡まれていた様子を見て、少し考えればわかる様な事だったのに。
それに気が付かないまま、迂闊な事を言ってしまったと気付いた時には遅かった。
「まぁ、気楽なモンだよ。アタシが死んだところで、悲しむヤツだって居ないからね」
申し訳なさそうに身を縮めたガストンに気が付いて、竜胆は敢えて明るい口調でそう言った。
「大丈夫だから、気にしないで欲しい」と伝えるように、カラリと笑った竜胆の姿が、けれどガストンには、どこか寂しそうに映ってしまった。
伏せられた瞼が、その下から覗く赤い瞳が、どうしたって寂しそうに映って見えて……
「…………」
……けれど不器用なガストンは、そんな竜胆にどんな言葉を掛けて良いのか分からなかった。
結局黙ってしまったガストンの視線の先、眠っていた土竜の背中に生えた小さな花が、ゆっくりと蕾を開いていった。
「お、咲いたね」
竜胆も目的だった花が咲いた事に気が付いて、立ち上がる。
いつかのように、綺麗な黒い髪がさらりと流れて揺れていた。
「さぁ、仕事だよ!」
先ほどまでの重い空気を払拭するかのように、竜胆は大きな声でそう言った。
土竜が起きてしまうと慌てるガストンに、竜胆は赤い瞳を悪戯気に細めて……
「へぇ……アンタ、ここまで来て土竜を狩らないつもりかい? 随分弱腰だね」
……風魔法を、土竜に向かって打ちはなった。
竜胆の得意とする<風刀>という魔法は、狙いたがわず土竜の背に生えていた花を切り落として。それからもう一撃、土竜本体も切り裂いた。
「……絶対、余計なことをしない方が良かった」
「この方が楽しいだろ?」
竜胆の攻撃によって目覚めた土竜が、怒り狂った様子で暴れている。
ガストンにしては珍しく冷ややかな目をしたのだが、竜胆は気にも留めなかった。
「狩ったら山分けだからね! 行くよ!」
「……はぁ」
破天荒な竜胆にため息を吐いて、しかしガストンは彼女のことが嫌いではなかった。
ガストンの事を……怖がられることの多い、巨人族の血を引く大男の事を、怖がらずに接してくれる人は少ないから。
◇ ◆ ◇
ガストンから見た竜胆は、自由で。どこまでも自由で。
なのに、ふとした瞬間に寂しそうな表情をする人だった。
「死んでも悲しむ人が居ない」と言う竜胆は、何時か本当に、ふらっと居なくなってしまうのではないかと思っていた。
「……アタシ、ちょっと国に戻るから。もしかしたら、しばらく帰って来ないかもしれない」
だから、竜胆が態々ガストンの店にまで来て、不在になる事を告げてきた時、ガストンは少し驚いた。
竜胆はある日に突然無言で居なくなって、気が付いたら帰ってくるような、そんな自由奔放な性格だと思っていたから。
「あーあ、ここの甘味も食い止めか」
ガストンの売っているイチゴ飴を食べながら、竜胆は名残惜し気に呟いた。
「……また、帰ってきたら食べて」
「…………おう!」
ガストンの言葉に、竜胆は一瞬言葉に詰まるような表情をした。地面に落ちた視線が、ゆらゆらと揺れる。
それは一瞬で、ガストンの気のせいだったかもしれないけれど。
「じゃあ、アタシは行くから……」
「……俺は、竜胆さんが死んだら悲しい」
ふとガストンは、ずっと考えていたことを口にした。
あの日……竜胆とガストンが、月夜の下で花が咲くのを待った日に、告げることが出来なかった言葉だった。
ずっと考えて、やっと言葉になったガストンの本心に、竜胆は驚いたように目を見開いた。
「アタシが死んだら、悲しいのかい?」
「……ああ」
「アタシがまた、この国に来ても、嫌じゃないかい?」
「……もちろん」
「……そうか」
竜胆はもう一度「そうか」と、噛みしめる様に呟いて。それから嬉しそうに口元を緩めた。
どこか寂しそうな、いつもの笑顔とは違う、満面の笑みだった。
「そうしたら、また戻って来ないといけないね」
「……ああ」
「イチゴ飴も、食べに来ないといけないからね」
「……ああ」
普段から言葉数の多くないガストンは、気の利いたことなんて言えなかった。
今度こそ竜胆は「じゃあ」と、ガストンに背を向けて立ち去ろうとした。
竜胆の黒い髪が、ふわりと舞って……
いつかのように、ガストンは「洞窟の最奥の、しんと静まった暗闇の様だ」と思った。
ガストンは洞窟という場所が、嫌いではなかった。
巨人族の血が混ざっているお陰で、常人よりも大きな体。顔も厳つく、目が合っただけで怯えられる。
そんなガストンの外見も、洞窟の暗闇の中なら、気にならないことが多かったから。
「……竜胆! ……その、また!」
「ああ、また!」
大きな声で、そう言って。去っていく竜胆の事を、どうしてか引き留めてしまいたかった。
「死んでしまったら悲しい」どころでは無い。ただ国から出て行くと、それだけの事なのに。どうしてかガストンの心は、悲しいのだと叫んでいて……
「……???」
……色恋に疎いガストンが、竜胆のことが好きだったのだと気が付くのは、それから数カ月も先の事だった。
◇ ◆ ◇
「よ、久しぶりだね!」
「……久しぶり」
故郷の国に帰った筈の竜胆に、久しぶりに会ったガストンは、驚いて言葉が出てこなくて……
……いや、ガストンの口から言葉が出てきたことの方が少ないけれど。
「なんだい、魔鳥が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「……いや」
「ふふ。びっくりさせようとは思ったが、期待以上だったね」
最近になってようやく気が付いたガストンの想いなんて、竜胆は全くもって知らなくて。
「甘味を食べさせてもらえると約束しただろう?」
ぐいぐいと近付いて来る竜胆に、ガストンはどうしたって振り回されてしまうのだ。
「……竜胆、お帰り」
「おう、ただいま!」
けれど、まあ。
久しぶりに見た竜胆の満面の笑みに、それも悪くないかと、巨人は笑った。
~異国の民は、巨人の笑みを見ることの出来る、唯一の人~
「へぇ、アンタ。そんな風に笑うことが出来るんだね」
「……!?」
「良いじゃないか。笑っているほうが、案外可愛く見えるよ」
「……かわ……??」
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