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番外編~
氷の精霊は終わりを望む ~溶かされていく心~
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「氷の精霊様、お越しいただいたお礼をさせて下さい」
氷の精霊の手を掴んだまま、男は言った。
振りほどこうとすれば簡単に逃げられるようなものだったけれど、どうしてか氷の精霊には出来なかった。
男に連れられるまま、氷の精霊は枯れ山を下って……
「……どうして、このような事態になったのじゃ?」
……そこで見た光景は、悲惨なものだった。
水分不足でひび割れた地面に、枯れた井戸。折れそうな木々には葉が残っていない。
男が案内した「村」と言うそこは、死んだ大地と表現するのが正しいような、そんな場所だった。
「魔王の配下の魔物が、この村の近くで暴れたのです。勇者様がやっつけてくれましたが、村の水は干上がってしまいました」
「だから、水の精霊を?」
「はい。どうにか飲み水を恵んで頂きたくて」
男の視線の先には、今にも倒れそうな家の前で座り込む人間の子供の姿があった。
唇はひび割れてしまって、ヒュウヒュウと苦しそうな呼吸をしていた。
乾いた砂が喉に入ってしまったのだろう。
「大丈夫か!?」
男は氷の精霊の手をパッと離して、子供の元へ駆けて行った。
男は懐から筒を取り出して、子供の口元へ持って行く。
筒の中には水が入っていたのだろう。入っているではなく、入っていた。
男が子供の口に当てた筒からは、数滴の雫が垂れただけだった。
「喉、かわいたよ」
「そうだよな。すまない、もう水が無いんだ」
「苦しい、苦しいよ」
苦しそうに、悲しそうに。今にも泣きだしそうな表情で謝る男の元へ、氷の精霊は近付いた。
足音もせずに背後にやって来た氷の精霊を、男は影が落ちてくるまで気が付かなかった。
なんのつもりだろうと、男は氷の精霊を見上げた。
真っ白い肌と白い髪。シルバーグレーの瞳を持つ、人とは思えない程に美しい女性……正確には、本当に人ではないのだが。人ならざる氷の精霊は、男の視線に気が付かないようで、指先まで芸術品のように美しい手をゆっくりと上げた。
「<氷の花>」
氷の精霊が唱えた呪文は小さくて透明な氷花となって、子供の手の中へと落ちていった。
触れれば折れてしまう程に繊細な氷花は、子供の手の熱で溶けて水へと変わる。
「飲んでも、いいの?」
「……良い」
期待を込めて見つめる子供の瞳に、氷の精霊はたじろぎながら頷いた。
「美味しい……美味しいよ……」
コクリと氷の精霊の作った氷……これが溶けて出来た水を飲んで、子供の小さな瞳に涙が浮かんだ。
喜びに満ち溢れた嬉し涙だった。
「精霊様、どうか私にも……」
「お恵みを……」
「氷の精霊様……」
どこからか村の人々がやって来て、氷の精霊を囲んでいた。
氷の精霊は困惑した。冷たい、辛いと寄り付かれない氷の精霊の魔法は、誰かに望まれる事なんて無いと思っていたから。
「……<氷の花>」
求められるまま、氷の精霊が作り出した<氷の花>は村中に降り注いだ。
キラキラと幾つも落ちてくる透明の氷花に、それがもたらす水の恩恵に、村の人々は喜んだ。
「氷の精霊様!」
何よりも喜んだのは、氷の精霊を呼んだ男だった。
ボロボロと涙を流しながら、男は氷の精霊を抱きしめた。
「ありがとうございます! 呼びかけに応じて頂いただけでなく、まさか村の窮地まで救って頂けるなんて!」
氷の精霊は何が何だか分からなかった。
人の体には辛いはずの冷たい氷を、誰も彼もが喜んでいた。
自分を抱きしめる男の体が熱くて、溶けてしまいそうで。
「……そうか、これが熱というものか」
氷の精霊はぽつりと呟いた。
ずっと一人きりだった氷の精霊は、生まれて初めて温もりというものに触れた。
氷の精霊にとって、熱というものは氷の精霊を溶かしてしまう、辛くて熱いだけのものだと思っていた。
けれど、男の体から感じる熱は、なんと柔らかく心地いいものか。
じわりと体の端が溶ける。氷の精霊の体は氷の魔力で出来ているから、それは仕方のないことだ。
しかしそれすら……体を溶かす熱ですら、氷の精霊には心地よくて……
「溶けても良いから、熱を感じていたいと思ったのは初めてじゃ」
……もしかしたらその瞬間、溶かされたのは氷の精霊の心だったのかもしれない。
ポカポカと胸が暖かくて。氷の精霊は熱なんて感じないはずなのに。
溶けても良いから、側に居たい。
そう思った氷の精霊は、村に居続けることを選んだ。
氷の精霊の手を掴んだまま、男は言った。
振りほどこうとすれば簡単に逃げられるようなものだったけれど、どうしてか氷の精霊には出来なかった。
男に連れられるまま、氷の精霊は枯れ山を下って……
「……どうして、このような事態になったのじゃ?」
……そこで見た光景は、悲惨なものだった。
水分不足でひび割れた地面に、枯れた井戸。折れそうな木々には葉が残っていない。
男が案内した「村」と言うそこは、死んだ大地と表現するのが正しいような、そんな場所だった。
「魔王の配下の魔物が、この村の近くで暴れたのです。勇者様がやっつけてくれましたが、村の水は干上がってしまいました」
「だから、水の精霊を?」
「はい。どうにか飲み水を恵んで頂きたくて」
男の視線の先には、今にも倒れそうな家の前で座り込む人間の子供の姿があった。
唇はひび割れてしまって、ヒュウヒュウと苦しそうな呼吸をしていた。
乾いた砂が喉に入ってしまったのだろう。
「大丈夫か!?」
男は氷の精霊の手をパッと離して、子供の元へ駆けて行った。
男は懐から筒を取り出して、子供の口元へ持って行く。
筒の中には水が入っていたのだろう。入っているではなく、入っていた。
男が子供の口に当てた筒からは、数滴の雫が垂れただけだった。
「喉、かわいたよ」
「そうだよな。すまない、もう水が無いんだ」
「苦しい、苦しいよ」
苦しそうに、悲しそうに。今にも泣きだしそうな表情で謝る男の元へ、氷の精霊は近付いた。
足音もせずに背後にやって来た氷の精霊を、男は影が落ちてくるまで気が付かなかった。
なんのつもりだろうと、男は氷の精霊を見上げた。
真っ白い肌と白い髪。シルバーグレーの瞳を持つ、人とは思えない程に美しい女性……正確には、本当に人ではないのだが。人ならざる氷の精霊は、男の視線に気が付かないようで、指先まで芸術品のように美しい手をゆっくりと上げた。
「<氷の花>」
氷の精霊が唱えた呪文は小さくて透明な氷花となって、子供の手の中へと落ちていった。
触れれば折れてしまう程に繊細な氷花は、子供の手の熱で溶けて水へと変わる。
「飲んでも、いいの?」
「……良い」
期待を込めて見つめる子供の瞳に、氷の精霊はたじろぎながら頷いた。
「美味しい……美味しいよ……」
コクリと氷の精霊の作った氷……これが溶けて出来た水を飲んで、子供の小さな瞳に涙が浮かんだ。
喜びに満ち溢れた嬉し涙だった。
「精霊様、どうか私にも……」
「お恵みを……」
「氷の精霊様……」
どこからか村の人々がやって来て、氷の精霊を囲んでいた。
氷の精霊は困惑した。冷たい、辛いと寄り付かれない氷の精霊の魔法は、誰かに望まれる事なんて無いと思っていたから。
「……<氷の花>」
求められるまま、氷の精霊が作り出した<氷の花>は村中に降り注いだ。
キラキラと幾つも落ちてくる透明の氷花に、それがもたらす水の恩恵に、村の人々は喜んだ。
「氷の精霊様!」
何よりも喜んだのは、氷の精霊を呼んだ男だった。
ボロボロと涙を流しながら、男は氷の精霊を抱きしめた。
「ありがとうございます! 呼びかけに応じて頂いただけでなく、まさか村の窮地まで救って頂けるなんて!」
氷の精霊は何が何だか分からなかった。
人の体には辛いはずの冷たい氷を、誰も彼もが喜んでいた。
自分を抱きしめる男の体が熱くて、溶けてしまいそうで。
「……そうか、これが熱というものか」
氷の精霊はぽつりと呟いた。
ずっと一人きりだった氷の精霊は、生まれて初めて温もりというものに触れた。
氷の精霊にとって、熱というものは氷の精霊を溶かしてしまう、辛くて熱いだけのものだと思っていた。
けれど、男の体から感じる熱は、なんと柔らかく心地いいものか。
じわりと体の端が溶ける。氷の精霊の体は氷の魔力で出来ているから、それは仕方のないことだ。
しかしそれすら……体を溶かす熱ですら、氷の精霊には心地よくて……
「溶けても良いから、熱を感じていたいと思ったのは初めてじゃ」
……もしかしたらその瞬間、溶かされたのは氷の精霊の心だったのかもしれない。
ポカポカと胸が暖かくて。氷の精霊は熱なんて感じないはずなのに。
溶けても良いから、側に居たい。
そう思った氷の精霊は、村に居続けることを選んだ。
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