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1巻

1-2

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「お前、なんでこの場所が‼」
人攫ひとさらいの現場から付いてきたに決まってんだろ。ンなこともわかんねェのかよ」
「クソッ! 風魔法〈風の矢ウィンドアロウ〉!」

 張り詰めた空気の中、最初に動いたのは兄貴さんでした。
 手馴れているのか、魔法の発動にかかるまでの時間は短く、風で作られた不可視の矢がノルディア様に向かって行きます。
 対するノルディア様が手に持つのは、ただの木刀一本だけ。その耳元にも、ゲーム開始時にはあった結界発動の魔道具はまだありません。一発でも当たってしまえば、怪我どころでは済まないでしょう‼

「ノルディア様、危ないですの! 土魔法〈岩の盾ロックシー……」

 突然のノルディア様の登場に混乱しながらも、その身を守るための防御魔法を発動させようとしましたが。

「舐めんじゃねェ!」

 私が防御魔法を発動させるより、〈風の矢ウィンドアロウ〉が見えているかのような迷いのなさで、ノルディア様が地面を蹴りつける方が先でした。
 身を屈めながら、扉の外にいたはずのノルディア様が、魔法を放ったまま立ち尽くす兄貴さんの元まで駆けてきたのは一瞬。その身に向かっていたはずの魔法の矢は、一つもノルディア様の体を捉えることができず、建物の壁を壊しただけで終わりました。
 ノルディア様の体に傷が付かなくてよかったです!
 ノルディア様は駆けてきた勢いを殺さずに、兄貴さんに木刀を叩きつけようとし……

「風魔法〈風の盾ウィンドシールド〉ォオ‼」

 ……もう少しで木刀が当たるという瞬間に、兄貴さんの魔法によって防がれてしまいました。

「……チッ」

 悔しそうに舌打ちをするノルディア様に、優勢を悟りニヤリと笑う兄貴さん。
 けれど、ノルディア様の瞳は諦めていません。

「テメェら魔法使いは……単純すぎんだよ!」

 ノルディア様は木刀を魔法のバリアから引き離し、兄貴さんの後ろに素早く回り込むと、木刀を振り下ろし……あっという間に兄貴さんをのしてしまいました! か、格好良いです‼

「ヒッ!」

 残された最後の人攫ひとさらいさん……ペジットAさんが、ノルディア様の強さに短い悲鳴をあげて、ノルディア様に見惚れていた私を人質にしようと手を伸ばしますが……

「嬢ちゃん、動くんじゃねェぞ‼」

 ……ペジットAさんの手が私に届くよりも、ノルディア様の声が響く方が先でした。

「はいですの!」

 指示に従ってピタリと動きを止めれば、ノルディア様が木刀を振りかぶって投げ飛ばします。
 木刀は私のすぐ傍まで来ていたペジットAさんの頭に見事命中し、私に伸びていた手は、何も掴むことなく、地面に落ちていきました。
 最後に、カランカランと木刀が乾いた音を立てて床に落ち、気が付けば人攫ひとさらい三人組は、全員ノルディア様に倒されてしまいました。
 室内を鋭い視線で見渡したノルディア様は、人攫ひとさらいの仲間が他にいないことを確認すると「ふぅ」と体の力を抜くように息を吐きました。

「怪我してねェか?」

 気遣うように聞いてくれる言葉も優しくて……あれ、もしかして、私はノルディア様のことを助けたいと思って魔法を練習していたのに、何もできませんでした……⁉

「怪我は……していないのです……」

 まさか……少しの手助けもできないばかりか、ノルディア様の手をわずらわせてしまうなんて……‼
 ノルディア様に見られていなければ、膝から崩れ落ちていました‼

「なら良い」

 何もできなかったという事実に震えていれば、ノルディア様は私から視線を逸らして黙々と人攫ひとさらいさん達を縛り始めました。
 初対面から、ノルディア様に面倒な奴だと嫌われてしまったら、生きていけません‼

「助けてくれてありがとうございましたですの。あと……迷惑をかけてしまい、ごめんなさいなのです」

 嫌われると想像しただけで涙が出そうになりながらノルディア様を見れば、何とも不思議そうな顔をしています。

「…………怖がらせた訳じゃあねェのか」

 ポツリと呟いたノルディア様は、ガリガリと頭を掻きながら私の元に歩いてきて。

「たまたまさらわれている子供を見つけたから助けた、それだけだ。嬢ちゃんは何も悪くねェよ。むしろ、最後よく動かないでいてくれた」

 私の頭を撫でてくれたのです。子供の頭を撫でるという行動に慣れていないのか、その頬は恥ずかしそうにうっすらと赤くなっています。
 モシャモシャと髪の毛をかき混ぜる手と、至近距離にあるノルディア様の格好良すぎる顔に……

「ここが天国だったのです……」
「嬢ちゃん⁉ どっか痛ェのか⁉」

 気が付いたらずっと堪えていた涙が溢れ、ノルディア様を困らせてしまいました。


 ……その後、ノルディア様の尊さによって溢れた涙を、なんとか落ち着けることができました。
 私が泣き出してしまったことに焦ったノルディア様が、どうにか泣き止ませようと色々してくれたおかげで、その尊さは増し、しばらく涙が止まらなかったのです。
 困り顔で「高い高い」をしてくれたノルディア様のことは一生忘れません。……というか、なんで私は映像保存魔法を覚えていないのです⁉
 あの「高い高い」の映像を取って置けたら、一生の宝物になっていたのに! この反省点は次回までにどうにかします!

「俺は一回街まで戻って、こいつらのことを騎士団に報告するが、嬢ちゃんは……」
「うう……街までの道がわからないですの」
「仕方ねェな、連れてってやる」

 先導するように歩き出したノルディア様でしたが、足の長さの違いであっという間に置いて行かれてしまいます! ノルディア様のスタイルが良すぎるのです‼
 慌てて走りましたが、ノルディア様がピタリと止まったので、その足にぶつかってしまいました。

「……嬢ちゃん、歩くのが速いなら言え。迷惑だなんて思わねェからよ」

 そう言ってノルディア様は私の手を取って、歩幅を合わせるようにゆっくりと歩き始めてくれました。

「あ、ありがとうですの!」
「ガキが遠慮してんじゃねェよ。そういや嬢ちゃん、騎士学校の近くでウロウロしてたが、どっか行く場所でもあったのか?」
「ノ……」

 ……ルディア様に会いに、とは言えないのです!

「実は街を見てみたくて、おうちを抜け出して来たのです。騎士学校も見てみたかったのです」
「初めての街で誘拐か。そりゃ災難だったな」

 ノルディア様はしばらく考えてから、「次に一人で街に来るときは最初に騎士学校に寄れ。護衛ついでに街を案内してやる」と言ってくれました。

「いいのですか⁉」
「本当は家を抜け出すなんて危険なことはすんなって言わなきゃいけねェんだが……俺もやってたから、怒る訳にもいかねェ」

「特別な」と笑うノルディア様があまりにも眩しすぎて、そのお顔を鑑賞しながら歩いていたら、あっという間に街に戻ってしまいました。ノルディア様との時間が終わってしまいます。

「報告するまで少し待っててくれれば、嬢ちゃんの家まで送るぞ?」

 ノルディア様の優しさは本当に嬉しいですが、帰り道は空を飛ばないとわからないです‼
 自分以外も一緒に浮かせることができるのかは、試したことがないので、ノルディア様を危険な目にあわせる訳にはいきません!
 泣く泣く断れば、ノルディア様もそれ以上強くは言ってきませんでした。

「今日はありがとうですの! 今度は騎士学校に、本当の本当に行ってしまいますの!」
「おう、来い。嬢ちゃん一人で街中をフラフラさせる方が怖ェ。普段は学校の鍛錬たんれん場にいるから……誰かにノルディア・カモミツレに会いに来たって言や、どうにかなる」
「絶対ノルディア様に会いに行きますの! その時は……嬢ちゃんではなく、ユナと呼んでほしいのです!」


   ◆ ◇ ◆


 ぼく、リージア・ホワイトリーフの妹は、少し普通と違う。
 そう言うと、大抵の人は「女の子は外と内では性格が変わるものだ」と言う。妹がいる友人には「妹なんて兄には強いものだよ」と言われたこともあるけれど、そうではない。
 僕の妹……ユナ・ホワイトリーフは、大抵の人が言うように、外と内で性格が変わったりはしない。兄である僕に我儘を言ったり、叱らなければならないことをしたりもしない。
 ただ…………

「〈火の球ファイヤーボール〉! 〈火の球ファイヤーボール〉! 〈火の球ファイヤーボール〉!」

 延々と繰り出される火魔法の〈火の球ファイヤーボール〉が宙を舞うのは、朝から何回……いや、何十回目だろう? まだ五歳の妹の小さな手から、大人でもコントロールするのが難しそうな、大きな炎が次々と生み出されては空に向かって放たれる光景は、異様としか言いようがない。

「ユナ、ユナ……ユナ~‼」

 ユナの呪文をかき消すくらいに大きな声を出せば、僕の存在に気が付いたユナは、ぱあっと笑みを浮かべて振り返る。

「リー兄! おはようなのです!」
「うん、おはよう。今日も朝から魔法の練習?」
「はい! 少しでもうまく魔法を使えるようになって、ノルディア様と同じ空間に立っても恥ずかしくない人間になりたいのです!」

「そっかぁ」とにこやかに微笑みながら、僕は内心で頭を抱えた。
 可愛い妹が、朝から特大の〈火の球ファイヤーボール〉を連発したり、新しい魔法の開発といって庭を水浸しにしたり、風魔法の威力の調節を失敗して体ごと飛んで行ってしまったりするのには慣れた。悲しいことに慣れてしまった。
 普通、〈火の球ファイヤーボール〉と言えば、手の平と同じくらいの炎を出すだけの魔法だというのに、どうしてあんなに大きな炎になってしまうのか。
 新しい魔法の開発なんて、本当に優秀な魔法使いの一部がすることなのに、どうして五歳の妹が挑戦しているのか。
 風魔法で体を浮かすなんて、膨大な魔力がなければできないはずなのに、妹の体が吹き飛ぶくらいの威力がどうして出せるのかなんて、考えるだけ無駄なのだ。
 だって僕の妹は、少し普通と違うのだから。
 しかし「ノルディア様」、そう、「ノルディア様」だ。「ノルディア様」だけは慣れない。
 誰なんだ、「ノルディア様」。
 物心ついた時から妹は口を開けばノルディア様、ノルディア様とうるさかった気がする。……「ノルディア」なんて名前の人物なんて、どこにもいなかったにもかかわらず、である。
 どうしても気になって、妹の交友関係を調べたことがあるけれど、ノルディアなんて名前の人はいなかった。
 気になりすぎて動物の名前や、辺りの地名、さらには建物や植物の名前まで調べたけれど、ノルディアと付くものは一つもなかった。
 …………怖すぎる。
 一度だけ、「ノルディア様ってどんな人?」と妹に聞いてしまったら、怒涛どとうの勢いでノルディア様とやらの魅力を語りつくされてしまい、それ以来聞くことができなくなってしまった。
 …………怖すぎる。
 もしかしたら僕の妹には、僕には見えないノルディア様が見えているのかもしれない。
 …………怖すぎる。

「リー兄は今日、何をしているのですか?」
「今日はね、歴史についての勉強をする予定だったけど、父様に頼んで人の目に見えない物が見えるようになる魔道具がないか、探してもらうことに今決めたよ」
「リー兄は魔道具が大好きなのですね」
「うん、最近は必要に迫られて探すことが多いけどね」
「人の目に見えない物が見えるようになる魔道具が、ですの?」
「人の目に見えない物が見えるようになる魔道具が、ね」

「そうですの……」と呟いた妹にふと違和感を覚えた。なんだか、心ここにあらずといった様子でぼんやりとする姿なんて、今まで僕は見たことがない。何時だって「ノルディア様が‼」と騒がしいのに、どうしたのだろう?

「何か、悲しいことでもあった?」

 尋ねてみれば、ユナは小さく首を振った。それでもやっぱり、ユナの元気がないような気がする。

「ちょっと待っていて」

 ユナの元気を出すための物を持って来ようと、僕は屋敷の中に入って行った。


「あら?」

 リージアと入れ違いで庭にやって来た母親のリディナは、ポツンとたたずむユナの姿に思わず首を傾げてしまう。

「どうしたのかしら?」

 普段は空にユナが放つ魔法が飛び交う時間なのに、今日の空は静かなまま。不思議に思ったリディナはユナの傍までやって来て、娘の顔をのぞき込んだ。


   ◆ ◇ ◆


「ふふ、ユナちゃんが魔法の練習もしないで、何かを考え込むなんて珍しいですね」

 ぼうっと宙を眺めるユナちゃんは、いつもより一層可愛く見えます。
 もしかしてですが……?

「あらあら、ユナちゃん。もしかして恋でもしましたか?」
「お母様、どうしてわかるのですか⁉」

 まん丸に目を見開いた私の天使の可愛いこと。

「わかりますわ。私はユナちゃんの母ですから」

 そう言って微笑めば、ユナちゃんは悩んでいたことを打ち明けてくれました。

「お母様、実は……」

 「つまりユナちゃんは、助けてくれた男の子を好きになってしまったのですね」

「い、いえ! 元々好きでしたの! ただ、憧れに近くて。それが助けていただいて、もっと好きになってしまいましたの。お話もできて……その……私にもチャンスがあるのかもしれないと、つい思ってしまったのです」
「あらあら、青春ですね」
「ノ、ノルディア様と私が青春ですの⁉」

 好きな子はノルディア様という名前ですか。真っ赤になって照れているユナちゃんも可愛いです。
 そういえばつい最近、ユナちゃんがお洒落しゃれをしていました。あれはきっと、好きな人のためでしたのね。

「そ、それでお母様、助けていただいたお礼に何かをプレゼントしたいのです。何を渡せば喜んでもらえるのでしょうか……」
「あら、でしたら私にとっておきのアイディアがあります」
「なんですの⁉」
「まず、ケーキを作ります」
「手作りお菓子!」
「はい。それに、母特性……男性がメロメロになってしまう魔法のお薬を仕込みます」
「お薬を仕込みますの⁉」
「これで一撃です」
「いちげき……ですの?」

 ドレスのポケットからピンク色の瓶を出して確認すると、まだまだ量は残っていました。
 ユナちゃんに渡せば、小さな手の平の上に瓶を載せて考え込んでしまいます。
 そんなに悩まなくても中毒性はないので大丈夫です。
 しかし……

「私は……たとえ恋が実らないとしても、ノルディア様の意思を尊重したいのです」

 ユナちゃんは、渡したお薬を使わないことにしたようです。

「あらあら、さすが私の天使ちゃんです」

 嬉しくなってしまって私と同じ白銀の髪を撫でようとすれば、「ノルディア様に撫でてもらえたところなので、しばらくはだめですの!」と言われてしまいました。
 私の天使ちゃんをここまでとりこにするノルディア様がどんな人か、少しだけ気になります。

「お母様、相談に乗っていただき、ありがとうございます! お礼は……もう少し考えてみるのです!」
「はい。ユナちゃんが選んだものなら、きっと喜んでもらえますよ。喜んでもらえなかったら教えてください。相手の方を、夢見が悪くなる魔法のお薬で懲らしめてあげますから」
「ノルディア様にはやっちゃダメですの!」
「あらあら、余計なお世話でした。では、私は屋敷に戻りますから、朝食の時間には戻ってください」
「はいですの!」


 室内に戻った私は、まだ外で考え込んでいるユナちゃんを幸せな気持ちで眺めていた。
 五歳にしてはしっかりしていると思っていた娘も恋する乙女で、私を頼りにしてくれたことが嬉しかった。
 けれど私は気付かなかった。
 ……屋敷から出ていないはずのユナちゃんが、誰に恋をしたのか。誰に助けられたのか、なんて。

「うふふ、旦那様にもユナちゃんが恋をしたって教えてあげましょう」

 結婚する前は、私にも、幾つもの新薬を開発してまで自分のものにしたい男性ひとがいた。
 けれど結局、私も娘と同じように、愛する人に服薬させることはできなかった。
 薬を呑ませる前に、その人が私に告白したから。
 最愛の旦那様の元に向かうため、私は上機嫌で廊下を歩いていく。


   ◆ ◇ ◆


「ユナ、お待たせ! これ、つい最近手に入れた魔道具なんだけど……」

 屋敷から戻ってきた僕リージアが目にしたのは、庭の木々が凍り付いている光景だった。足元に咲いた花や、遠くに植えられた木々まで凍り付いて、風が吹いても葉っぱのさざめき一つ聞こえてこない。

「何だ……これ……」

 呟く吐息すら、冷気から白く濁っている。つい先ほどまではではなく、暖かい日差しが辺りを包んでいたのだから、これは魔法か何かの仕業だとわかる。……だけど、どれほどの魔力があれば、公爵家の広い庭を丸ごと凍り付かせることができると言うのか。

「か、考えごとをしながら魔法を使っていたら、間違えてしまったのです‼」

 だが、その冷気の中心にいる人物……ユナは自分のしたことの凄さがわかっていないのか、辺りを見渡しては顔を青ざめさせるだけで。

「リ、リー兄。やっぱり、怒られてしまうのです?」

 しょんぼりと肩を落としながら、助けを求めるように僕を見つめるユナの姿に、「仕方ないなぁ」と苦笑いを浮かべた。

「おいで、一緒に謝ってあげるから」

 握ってあげたユナの小さな手は冷え切っていた。包み込んで体温を分けてあげれば、ユナは「リー兄大好きですの!」と飛びついてくる。

「ほら、とっておきの魔道具を見せてあげるから、元気を出して。このハンドルを回すと……」
「ガラスの中で氷の花ができているのです! 綺麗ですの!」

 普通とは程遠いユナだけど、僕にとっては可愛い妹なのだから。ついうっかり甘やかしてしまうのは仕方がないだろう。


   ◆ ノルディアサイド 妖精の子との出会い ◆


 ついこの間、俺、ノルディア・カモミツレはさらわれそうになっていた妖精の子供を助けた。
 ……っておい、別に頭を打ったわけじゃねェ‼
 たまたま剣の練習をするために木刀を持って中庭に出ていた時、学校の目の前で人攫ひとさらいの瞬間を目撃した。
 男に抱えられた小さな少女は、ろくに騒ぎもしねェで大人しく連れ去られてしまう。

「クソッ!」

 近くには見回りをする騎士の姿はなく、その時は慌てて人攫ひとさらいの後を見つからないよう、後をつけるしか選択肢はなかった。
 引き離されないよう必死で追いかけて、アジトらしき小屋に踏み入り、何とか人攫ひとさらいを倒した時、俺が助けたのは妖精の子供だったと知った。

「助けてくれてありがとうございましたですの。あと……迷惑をかけてしまい、ごめんなさいなのです」

 ボロボロと涙を流す子供は、特に子供好きという訳ではない俺でも、可愛い部類に入るのだろうと思う容姿をしていて。
「あっ、これは白葉ホワイトリーフ妖精姫おくがたの子供だ」と、あまり情報にさとい訳でもない俺でも、一瞬で気付いた。
 ホワイトリーフ家はこの国ではわりと有名な公爵家だ。アルセイユ・ホワイトリーフ公爵はこの国随一の権力を持つ貴族。
 その奥方のリディナ・ホワイトリーフは、妖精姫と呼ばれる程の美貌を持ちながら、ホワイトリーフ公爵にべた惚れで、長年の片想いの末に妻の座を勝ち取ったと言われている。ホワイトリーフ公爵に色目を使う女性は〝なぜか〟、皆何かしらの不幸に遭う。
 第一子のリージア・ホワイトリーフは、妖精姫の美貌を受け継いだ美男子だが……毎日何かの魔道具を探しては収集する、重度の魔道具コレクターだという。つい最近も『人の目に見えない物が見えるようになる魔道具』を探していたらしい。
 そして、第二子のユナ・ホワイトリーフもまた、妖精姫の美貌を受け継いだ少女だと聞いたことがあった。
 自ら発光してんじゃねェかと思うほど、キラキラと輝く白銀の髪。涙で揺らぐ緑の瞳に、ほっそいまつ毛に引っかかる涙の粒。可愛いという言葉よりは、美しいという言葉のほうが合いそうな。その姿はまさに妖精姫と言ってもおかしくはない。
 ……と思ってたんだが。


「ノルディア様ー! 会いに来てしまいましたのー‼」

 騎士学校の廊下、かなり離れた場所から走って来たのは、この前の妖精……妖精? ……妖精のように美しく見えていた少女だった。

「ノルディア様! この前はありがとうございましたの! 少しでも早く会いに来たかったのですが、お礼の品が用意できなくて遅くなってしまいましたの! あのあの……私のことを覚えていますか?」

 妖精ではなく、ブンブンと振られる犬の尻尾の幻覚が見える気がする。

「おう、ユナ。ちゃんと覚えてるに決まってんだろ」
「~ッ!」
「わ、悪ィ! ユナじゃなかったか?」
「いえ! 名前呼びの威力が思っていた以上に強かっただけなので、お気になさらずですの!」
「……そうか」


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