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番外編~
元攻略対象その5の多忙な一日
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ノルディアの一日は忙しい。
第一王子のの護衛騎士という、名誉ある仕事に就いている故に多少は仕方の無い事ではあるのだが、それでも忙しいものは忙しい。
「今日はルーファス先生に、冒険者ギルドのお仕事を手伝って欲しいと頼まれたので、行ってくるのです」
「おう。気をつけろよ」
「はいですの!多分ノルディア様より早く帰って来れるのです」
ユナとの生活を始めた新居で、朝早くから支度をしていたノルディアは、ふと手を止めてユナを見た。
「そういやぁ……ユナはいつまで“様”付けで呼ぶんだ?」
「ノルディア様はノルディア様ですの」
「いい加減、ノルディアで良くねェか?」
「ノルディア様を“様”無しで呼ぶなんて、恐れ多くて出来ないのです」
「恐れ多いのか……」
「ですの」
……とまぁ、朝から真面目な顔をしたユナと冗談のような会話を交わした後、ノルディアは王城へと向かっていく。
ちなみに、騎士独身寮は王城と街の外壁の丁度中央付近に建てられている。有事の際に、王城へも外へも駆けつけやすいようにするためだ。
ノルディアの家は、どちらかと言えば外壁よりは、王城の方が近い。以前よりも短時間の通勤で到着した王城で、ノルディアが一番にする事は……
「……であるからして、やはり騎士団にも魔導具の普及をするべきだと思いますが、如何でしょうか?」
「検討しておくよ」
「ええ、ええ!是非とも!それで、私のおすすめの魔導具ですが……」
「おはようございます、フェリス殿下」
……何やら魔導具の話をさせられているノルディアの護衛対象、フェリス・ユーフォルビアを救出することである。
「おはよう、ノルディア」
「そろそろ職務の時間ですが、少し遅らせますか?」
「おお!もうそんな時間でしたか。いやぁ、殿下のお時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
押しの強そうな男だったが、ノルディアが言外に告げた「殿下の予定を遅らせるつもりか」という圧には気が付いたらしい。
慌てて去っていく背中が見えなくなった瞬間、フェリスは浮かべていた笑みを消して、「話が、長すぎる」と呟いた。
「適当に話を聞いたら、途中で切り上げればいいじゃねェか」
「そういう訳にもいかないよ。話が長いのは困るけど、彼はユーフォルビアにとって必要な事だと考えているから、僕に話してくれているんだ。そういった話をちゃんと聞くのが、僕の仕事だから」
相も変わらず甘いフェリスに、ノルディアは「そんなんだから毎回捕まるんだ」と揶揄った。
「僕だって分かっているさ」
「そこがフィーの良いところだけどよ。まぁ、また捕まってたら、適当な所で助けてやるから、フィーは好きなように動けば良い」
「……ノルディア、多分ユナが騒ぎ出すのはそういう所だぞ」
「は?」
不意に違う方向に転がった話に、ノルディアは怪訝な顔をして振り返って、フェリスを見つめた。
同性から見ても恰好良いノルディアだが、ノルディアの妻になった、フェリスの友人でもあるユナは、ノルディアの言動が格好いい時にも騒ぎだす。
今の台詞は、フェリスでも若干心を揺さぶられたのだから、ユナが聞いていたら……
「ノルディア様、恰好良すぎるのです……!!」
……なんて言葉が今にも聞こえるようで……いや、ちょっと待て。今、本当に聞こえていたな。
「ユナァァァァアア!!おま、お前一応ここは王城だぞ!!!僕以外の人間に見つかったら、本当に捕まるからな!!!」
スパァン!と近くの窓を開けたフェリスは、窓の外からノルディアの事をストーカしていたらしいユナを見つけて突っ込んだ。
一応フェリスが今いるのは、王城の三階で。窓の外に人の立つ場所なんて無いのだが、当たり前のようにユナは魔法を使って空に浮かんでいた。高度な魔法技術の無駄使いだ。
「失礼ですの。見つかるような失敗なんてしないのです!いざとなったら、ちゃんと<幻影>で姿を消すのです」
「そういう意味じゃない!!!」
妙な所で怒り出したユナだが、そうではない。フェリスが心配しているのは、ユナが犯罪すれすれの行為をしていることだ。
―――ユナが万が一にでも騎士に捕まってみろ!ホワイトリーフ公爵家の報復やらで、王城が破壊されるだろう!
……と、今日もフェリスが頭を抱える横で、ユナとノルディアはほのぼのと会話をし始める。
「今日は冒険者ギルドの手伝いだって言ってただろ?こんな所で油売ってて良いのか?」
「そうでしたの!早くいかないと、ノルディア様のためのハンバーグを作るお肉が無くなってしまうのです!」
「ハンバーグ?」
「今日の依頼は討伐系ですの!狩ったお肉を、夜ご飯にするのです!」
「おう、気をつけてな」
ユナは出掛けるついでにノルディアの姿を見に来ただけなのだろう。
―――いや、出掛けるついでに王城へ忍び込んだ挙句、一緒に暮らしている筈の人間を見に来るって何なんだ。
嵐のように去っていったユナの背中に、フェリスは一瞬考えかけた疑問を、あまり考えないようにした。どうせユナのことなんて理解できないのだから、考えても無駄だ。
諦めたフェリスは、今日の仕事である書類の山へ向かっていった。
シーラス付近の海域が以前、魔王ハルジオンの配下のシーサーペントとの戦ったせいで荒れているらしい。
それにより、昨年よりも獲れる魚の数が減っているという報告書を読みながら、フェリスは解決策を考える。
水関連の事なら、冒険者ギルドのマスターであるルーファスが最適だが、最近は繁殖期を迎えた魔物の活性化で頭を悩ませているとの報告も上がってきている。忙しいルーファスを使うのではなく、別の解決策をどうにか考えなければならない。
「不漁の原因が海底なら、岩魔法でどうにかなるか。海の生物が傷ついているのなら、光魔法……いや、魔法薬を薄めて海に流せば良いな。あと、そうか。海藻などが流れてしまった可能性もあるのか。その場合はオリヴィアの木魔法に頼むしかないか……」
「シーラスの町に、ガストン……王都の菓子職人だが、そいつが行ってるらしい。俺の師匠が認める程の岩魔法の使い手だ。海底の整備なら、多分頼めばやってくれると思うぞ?」
「本当か?なら魔法薬の輸送と同時に依頼を出そう。断られたとしても、現地の冒険者に頼めば大丈夫だな」
ノルディアの助力も借りて、何とか解決の糸口を掴んだフェリスは、対策方法を紙に書き記してサインをする。その書類を国王であるフェリスの父、イヴァンが最終承認をすれば、フェリスの仕事の一つが片付いた事になる。
「とりあえず一つ、か」
次の書類を手に取ったフェリスは、「騎士団への魔導具普及の要望について」という、どこかで聞いた内容の書類を読みながら、ふとノルディアに尋ねた。
「そういえば明日……」
「明日?」
「その、フ、フリージアの所に行くんだが……」
「ご令嬢の名前を呼ぶのに、緊張し過ぎじゃねェか?」
「最近フリージア嬢から変えたから、緊張するんだ……じゃなくて、フリージアの所に行く時に、何か贈り物を持っていくべきだろうか」
ノルディアも、騎士団の剣技訓練のスケジュール作成という仕事を護衛仕事の傍らでしていたのだが、その書類から顔を上げてフェリスを見た。
フリージアがフェリスの婚約者になったのは、学園の卒業のすぐ後で。大体今から三カ月程前のことだった。
その三か月の間にも、フェリスは何度かフリージアと会っている筈なのだが……。
「……前回会う時も、同じ事で悩んでなかったか?」
「……僕は自分でも知らなかったが、婚約者への気遣いと言うものが勉強不足らしい」
どんよりと落ち込むフェリスに、ノルディアは「なるほど」と呟いて、頬を掻いた。
ノルディア自身も、そういった色恋事が得意という訳ではないのだが、困っているフェリスを放っておくことも出来ない。
「特別な記念日って訳じゃねェなら、そんな豪華なモンはいらねェだろ。ユナもだが、グリーンベルご令嬢も、高価な物を好む訳でもねェ。なら花とか、菓子とか……たまには装飾品とか。ああ、グリーンベル公爵家なら火の魔石を使った装飾品なら喜ばれそうだな。グリーンベル公爵家の火魔法は見事だからな」
なんとか考えたノルディアの言葉に、フェリスは「おお!」と感心したような声を上げた。
「凄いな。ノルディアはそういった事を考えないと思っていた。いや、馬鹿にする訳じゃないんだが」
「まぁ、俺も柄じゃねェけどよ……惚れた女は喜ばせてやりてェだろ?」
ニヤリと笑うノルディアに、フェリスは本日二度目の「ノルディア、そういう所だぞ」と呟いた。
今度はユナの「素敵ですの……」という呟きが聞こえないから、きっと近くには潜んでいないだろう。
「それでノルディア……」
「ん?」
「フリージアへの贈り物を、仕事終わりに買いに行きたいのだが……」
言い辛そうにフェリスが言ったのは、フェリス自身が贈り物を選びに行くということは、ノルディアも一緒に行かなくてはならないという事で。仕事終わりに買いものということは、ノルディアの仕事の時間も伸びると言う事だからだろう。
「その代わりと言ってはなんだが、明日は休みで良いから」
「遠慮しねェで普通に頼めば良いだろ。明日も普通に来るから……」
「いや、明日は来なくていい。じゃなくて、来ないでくれ。フリージアの家に、ノルディアの事を恰好良いと言っているメイドが居るらしい。僕も婚約者の家に破壊神を招きたくないんだ。お願いだから休んでくれ」
「……一応聞くが、その破壊神ってのは、ユナの事か?」
「他に誰が居ると言うんだ?」
「……」
「……??」
一応(まだ結婚式は上げていないが……)新婚の嫁を、破壊神と言われたノルディアは微妙な顔をするが、フェリスは不思議そうにノルディアを見ていた。
結局ノルディアの仕事が終了したのは、陽も沈み切った夜の事だった。
だが、花と焼き菓子を買う事が出来たフェリスは安心した顔で。その表情を見れば、残業をしてでも付き合って良かったと思えた。
「ただいま」
家に帰ったノルディアを出迎えたのは、いつものようにこの世で一番幸せと言った顔をしたユナ……ではなく、その契約精霊のヨルだった。
「おかえリ」
黒猫の姿をしたヨルが「ユナ、寝てるヨ」と教えてくれる。
「ノルディアが帰ってきたラ、絶対に起こしてって言われてるけド……」
腰に差していた剣を、玄関のソードラックに置きながらノルディアは「寝かしておいてやれ」と苦笑しながら返す。
「冒険者ギルドの依頼を手伝ってきたんだろ。疲れてるだろうし、そのままで良いだろ」
「ウン!分かっタ!」
ヨルも本当は、ユナを起こしたくなかったのだろう。嬉しそうに返事をした。
リビングに入れば、ソファに座ったままの状態でユナが寝ていて。キッチンには、作り終わって温めるだけになっいるハンバーグがあった。
どうやら無事に、討伐の依頼はこなせたらしい。
ノルディアは、ユナを起こさないようにゆっくりと抱え上げて、ベッドのある寝室へと運んだ。
「……ん、ノルディア様……」
途中、ユナが身じろぎをして、ノルディアの名前を呼んだ。
「ユナ?」
起こしてしまったかと思ったノルディアは、その顔を覗き込んだ。しかし、ユナの瞳は閉じられたままで。どうやら寝言だったらしい。
夢の中でもノルディアの事を呼ぶユナに、ノルディアは小さく笑って。
「お休み」
ベッドにユナの体を入れて、ノルディアはその額に小さく口づけた。
「ヨル。ユナの作ってくれたハンバーグ、温めるけど食うか?」
「食べル!ユナ、パンも買ってタ!」
「お、良いな」
「オイラが切ル!任せロ!」
それから、深夜のキッチンでヨルと一緒に夜ご飯を食べて。ノルディアの多忙な一日は終わりを迎える。
ユナの寝ているベッドに、起こさないようにそっと入ったノルディアとヨルは、ユナを挟んで三人で眠りについた。
「ノルディア、ノルディア?寝ちゃっタ?」
「何だ?」
「オイラ、ノルディアとユナと一緒に寝るノ、すごいホワホワすル」
「そうだな」
「ノルディアもホワホワすル?」
「ああ」
「一緒だナ」
幸せそうな声で話すヨルは、だんだん眠たくなってきたのか。小さな声になっていって、最後は「すぅすぅ」という寝息へと変わった。
幸せそうな顔で眠るヨルと、安心しきった顔のユナ。その光景を見つめるノルディアの表情は、ユナとヨル以外は見た事が無い程、優しいものになっていた。
************
次回告知
「ノルディア様!!昨日はごめんなさいですの!!帰りを待っていた筈が、すっかり寝てしまったのです!!」
「いや、疲れてたんだろ。気にすんな」
「うう……ノルディア様の帰宅のお迎えをしたかったのです……」
「ハンバーグ、作って置いてくれてありがとうな。美味かった」
「本当ですの!?ちょっと作るのが大変でしたが、絶対にまた作るのです!!」
……この会話が、後のフェリスの心労に繋がるなど、今は誰にも分からなかった。
(小説を読もうの方で、短編を見て下さった方は知っているかもしれない、あの話のリメイクを更新します!)
(予定では、来週の土曜日です!)
第一王子のの護衛騎士という、名誉ある仕事に就いている故に多少は仕方の無い事ではあるのだが、それでも忙しいものは忙しい。
「今日はルーファス先生に、冒険者ギルドのお仕事を手伝って欲しいと頼まれたので、行ってくるのです」
「おう。気をつけろよ」
「はいですの!多分ノルディア様より早く帰って来れるのです」
ユナとの生活を始めた新居で、朝早くから支度をしていたノルディアは、ふと手を止めてユナを見た。
「そういやぁ……ユナはいつまで“様”付けで呼ぶんだ?」
「ノルディア様はノルディア様ですの」
「いい加減、ノルディアで良くねェか?」
「ノルディア様を“様”無しで呼ぶなんて、恐れ多くて出来ないのです」
「恐れ多いのか……」
「ですの」
……とまぁ、朝から真面目な顔をしたユナと冗談のような会話を交わした後、ノルディアは王城へと向かっていく。
ちなみに、騎士独身寮は王城と街の外壁の丁度中央付近に建てられている。有事の際に、王城へも外へも駆けつけやすいようにするためだ。
ノルディアの家は、どちらかと言えば外壁よりは、王城の方が近い。以前よりも短時間の通勤で到着した王城で、ノルディアが一番にする事は……
「……であるからして、やはり騎士団にも魔導具の普及をするべきだと思いますが、如何でしょうか?」
「検討しておくよ」
「ええ、ええ!是非とも!それで、私のおすすめの魔導具ですが……」
「おはようございます、フェリス殿下」
……何やら魔導具の話をさせられているノルディアの護衛対象、フェリス・ユーフォルビアを救出することである。
「おはよう、ノルディア」
「そろそろ職務の時間ですが、少し遅らせますか?」
「おお!もうそんな時間でしたか。いやぁ、殿下のお時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
押しの強そうな男だったが、ノルディアが言外に告げた「殿下の予定を遅らせるつもりか」という圧には気が付いたらしい。
慌てて去っていく背中が見えなくなった瞬間、フェリスは浮かべていた笑みを消して、「話が、長すぎる」と呟いた。
「適当に話を聞いたら、途中で切り上げればいいじゃねェか」
「そういう訳にもいかないよ。話が長いのは困るけど、彼はユーフォルビアにとって必要な事だと考えているから、僕に話してくれているんだ。そういった話をちゃんと聞くのが、僕の仕事だから」
相も変わらず甘いフェリスに、ノルディアは「そんなんだから毎回捕まるんだ」と揶揄った。
「僕だって分かっているさ」
「そこがフィーの良いところだけどよ。まぁ、また捕まってたら、適当な所で助けてやるから、フィーは好きなように動けば良い」
「……ノルディア、多分ユナが騒ぎ出すのはそういう所だぞ」
「は?」
不意に違う方向に転がった話に、ノルディアは怪訝な顔をして振り返って、フェリスを見つめた。
同性から見ても恰好良いノルディアだが、ノルディアの妻になった、フェリスの友人でもあるユナは、ノルディアの言動が格好いい時にも騒ぎだす。
今の台詞は、フェリスでも若干心を揺さぶられたのだから、ユナが聞いていたら……
「ノルディア様、恰好良すぎるのです……!!」
……なんて言葉が今にも聞こえるようで……いや、ちょっと待て。今、本当に聞こえていたな。
「ユナァァァァアア!!おま、お前一応ここは王城だぞ!!!僕以外の人間に見つかったら、本当に捕まるからな!!!」
スパァン!と近くの窓を開けたフェリスは、窓の外からノルディアの事をストーカしていたらしいユナを見つけて突っ込んだ。
一応フェリスが今いるのは、王城の三階で。窓の外に人の立つ場所なんて無いのだが、当たり前のようにユナは魔法を使って空に浮かんでいた。高度な魔法技術の無駄使いだ。
「失礼ですの。見つかるような失敗なんてしないのです!いざとなったら、ちゃんと<幻影>で姿を消すのです」
「そういう意味じゃない!!!」
妙な所で怒り出したユナだが、そうではない。フェリスが心配しているのは、ユナが犯罪すれすれの行為をしていることだ。
―――ユナが万が一にでも騎士に捕まってみろ!ホワイトリーフ公爵家の報復やらで、王城が破壊されるだろう!
……と、今日もフェリスが頭を抱える横で、ユナとノルディアはほのぼのと会話をし始める。
「今日は冒険者ギルドの手伝いだって言ってただろ?こんな所で油売ってて良いのか?」
「そうでしたの!早くいかないと、ノルディア様のためのハンバーグを作るお肉が無くなってしまうのです!」
「ハンバーグ?」
「今日の依頼は討伐系ですの!狩ったお肉を、夜ご飯にするのです!」
「おう、気をつけてな」
ユナは出掛けるついでにノルディアの姿を見に来ただけなのだろう。
―――いや、出掛けるついでに王城へ忍び込んだ挙句、一緒に暮らしている筈の人間を見に来るって何なんだ。
嵐のように去っていったユナの背中に、フェリスは一瞬考えかけた疑問を、あまり考えないようにした。どうせユナのことなんて理解できないのだから、考えても無駄だ。
諦めたフェリスは、今日の仕事である書類の山へ向かっていった。
シーラス付近の海域が以前、魔王ハルジオンの配下のシーサーペントとの戦ったせいで荒れているらしい。
それにより、昨年よりも獲れる魚の数が減っているという報告書を読みながら、フェリスは解決策を考える。
水関連の事なら、冒険者ギルドのマスターであるルーファスが最適だが、最近は繁殖期を迎えた魔物の活性化で頭を悩ませているとの報告も上がってきている。忙しいルーファスを使うのではなく、別の解決策をどうにか考えなければならない。
「不漁の原因が海底なら、岩魔法でどうにかなるか。海の生物が傷ついているのなら、光魔法……いや、魔法薬を薄めて海に流せば良いな。あと、そうか。海藻などが流れてしまった可能性もあるのか。その場合はオリヴィアの木魔法に頼むしかないか……」
「シーラスの町に、ガストン……王都の菓子職人だが、そいつが行ってるらしい。俺の師匠が認める程の岩魔法の使い手だ。海底の整備なら、多分頼めばやってくれると思うぞ?」
「本当か?なら魔法薬の輸送と同時に依頼を出そう。断られたとしても、現地の冒険者に頼めば大丈夫だな」
ノルディアの助力も借りて、何とか解決の糸口を掴んだフェリスは、対策方法を紙に書き記してサインをする。その書類を国王であるフェリスの父、イヴァンが最終承認をすれば、フェリスの仕事の一つが片付いた事になる。
「とりあえず一つ、か」
次の書類を手に取ったフェリスは、「騎士団への魔導具普及の要望について」という、どこかで聞いた内容の書類を読みながら、ふとノルディアに尋ねた。
「そういえば明日……」
「明日?」
「その、フ、フリージアの所に行くんだが……」
「ご令嬢の名前を呼ぶのに、緊張し過ぎじゃねェか?」
「最近フリージア嬢から変えたから、緊張するんだ……じゃなくて、フリージアの所に行く時に、何か贈り物を持っていくべきだろうか」
ノルディアも、騎士団の剣技訓練のスケジュール作成という仕事を護衛仕事の傍らでしていたのだが、その書類から顔を上げてフェリスを見た。
フリージアがフェリスの婚約者になったのは、学園の卒業のすぐ後で。大体今から三カ月程前のことだった。
その三か月の間にも、フェリスは何度かフリージアと会っている筈なのだが……。
「……前回会う時も、同じ事で悩んでなかったか?」
「……僕は自分でも知らなかったが、婚約者への気遣いと言うものが勉強不足らしい」
どんよりと落ち込むフェリスに、ノルディアは「なるほど」と呟いて、頬を掻いた。
ノルディア自身も、そういった色恋事が得意という訳ではないのだが、困っているフェリスを放っておくことも出来ない。
「特別な記念日って訳じゃねェなら、そんな豪華なモンはいらねェだろ。ユナもだが、グリーンベルご令嬢も、高価な物を好む訳でもねェ。なら花とか、菓子とか……たまには装飾品とか。ああ、グリーンベル公爵家なら火の魔石を使った装飾品なら喜ばれそうだな。グリーンベル公爵家の火魔法は見事だからな」
なんとか考えたノルディアの言葉に、フェリスは「おお!」と感心したような声を上げた。
「凄いな。ノルディアはそういった事を考えないと思っていた。いや、馬鹿にする訳じゃないんだが」
「まぁ、俺も柄じゃねェけどよ……惚れた女は喜ばせてやりてェだろ?」
ニヤリと笑うノルディアに、フェリスは本日二度目の「ノルディア、そういう所だぞ」と呟いた。
今度はユナの「素敵ですの……」という呟きが聞こえないから、きっと近くには潜んでいないだろう。
「それでノルディア……」
「ん?」
「フリージアへの贈り物を、仕事終わりに買いに行きたいのだが……」
言い辛そうにフェリスが言ったのは、フェリス自身が贈り物を選びに行くということは、ノルディアも一緒に行かなくてはならないという事で。仕事終わりに買いものということは、ノルディアの仕事の時間も伸びると言う事だからだろう。
「その代わりと言ってはなんだが、明日は休みで良いから」
「遠慮しねェで普通に頼めば良いだろ。明日も普通に来るから……」
「いや、明日は来なくていい。じゃなくて、来ないでくれ。フリージアの家に、ノルディアの事を恰好良いと言っているメイドが居るらしい。僕も婚約者の家に破壊神を招きたくないんだ。お願いだから休んでくれ」
「……一応聞くが、その破壊神ってのは、ユナの事か?」
「他に誰が居ると言うんだ?」
「……」
「……??」
一応(まだ結婚式は上げていないが……)新婚の嫁を、破壊神と言われたノルディアは微妙な顔をするが、フェリスは不思議そうにノルディアを見ていた。
結局ノルディアの仕事が終了したのは、陽も沈み切った夜の事だった。
だが、花と焼き菓子を買う事が出来たフェリスは安心した顔で。その表情を見れば、残業をしてでも付き合って良かったと思えた。
「ただいま」
家に帰ったノルディアを出迎えたのは、いつものようにこの世で一番幸せと言った顔をしたユナ……ではなく、その契約精霊のヨルだった。
「おかえリ」
黒猫の姿をしたヨルが「ユナ、寝てるヨ」と教えてくれる。
「ノルディアが帰ってきたラ、絶対に起こしてって言われてるけド……」
腰に差していた剣を、玄関のソードラックに置きながらノルディアは「寝かしておいてやれ」と苦笑しながら返す。
「冒険者ギルドの依頼を手伝ってきたんだろ。疲れてるだろうし、そのままで良いだろ」
「ウン!分かっタ!」
ヨルも本当は、ユナを起こしたくなかったのだろう。嬉しそうに返事をした。
リビングに入れば、ソファに座ったままの状態でユナが寝ていて。キッチンには、作り終わって温めるだけになっいるハンバーグがあった。
どうやら無事に、討伐の依頼はこなせたらしい。
ノルディアは、ユナを起こさないようにゆっくりと抱え上げて、ベッドのある寝室へと運んだ。
「……ん、ノルディア様……」
途中、ユナが身じろぎをして、ノルディアの名前を呼んだ。
「ユナ?」
起こしてしまったかと思ったノルディアは、その顔を覗き込んだ。しかし、ユナの瞳は閉じられたままで。どうやら寝言だったらしい。
夢の中でもノルディアの事を呼ぶユナに、ノルディアは小さく笑って。
「お休み」
ベッドにユナの体を入れて、ノルディアはその額に小さく口づけた。
「ヨル。ユナの作ってくれたハンバーグ、温めるけど食うか?」
「食べル!ユナ、パンも買ってタ!」
「お、良いな」
「オイラが切ル!任せロ!」
それから、深夜のキッチンでヨルと一緒に夜ご飯を食べて。ノルディアの多忙な一日は終わりを迎える。
ユナの寝ているベッドに、起こさないようにそっと入ったノルディアとヨルは、ユナを挟んで三人で眠りについた。
「ノルディア、ノルディア?寝ちゃっタ?」
「何だ?」
「オイラ、ノルディアとユナと一緒に寝るノ、すごいホワホワすル」
「そうだな」
「ノルディアもホワホワすル?」
「ああ」
「一緒だナ」
幸せそうな声で話すヨルは、だんだん眠たくなってきたのか。小さな声になっていって、最後は「すぅすぅ」という寝息へと変わった。
幸せそうな顔で眠るヨルと、安心しきった顔のユナ。その光景を見つめるノルディアの表情は、ユナとヨル以外は見た事が無い程、優しいものになっていた。
************
次回告知
「ノルディア様!!昨日はごめんなさいですの!!帰りを待っていた筈が、すっかり寝てしまったのです!!」
「いや、疲れてたんだろ。気にすんな」
「うう……ノルディア様の帰宅のお迎えをしたかったのです……」
「ハンバーグ、作って置いてくれてありがとうな。美味かった」
「本当ですの!?ちょっと作るのが大変でしたが、絶対にまた作るのです!!」
……この会話が、後のフェリスの心労に繋がるなど、今は誰にも分からなかった。
(小説を読もうの方で、短編を見て下さった方は知っているかもしれない、あの話のリメイクを更新します!)
(予定では、来週の土曜日です!)
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16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
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