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昔々、魔法使いが魔物と呼ばれていた頃の…
しおりを挟む「あぁ、月が綺麗ね」
暗くじめっとした牢獄の中、ぴちゃんぴちゃんと垂れ落ちるのは昨晩降り注いだ雨か。
生まれてこれまで着たことなどないような簡素で粗悪な服を身にまとったセルディナ・マクバーレンは寒さに身を震わせ、細腕を擦り合わせてから小さくため息をついた。
彼女はアルクレト王国と呼ばれる国に貴族として生まれ公爵家令嬢として国に仕えてきた、貴族からも手本とされるような出来の良い娘だった。
しかし、彼女は誰もが予想もしなかったことをやってのけた。…いや、やらかしてしまった。
彼女は前国王が崩御したその時を狙い王城を占拠し、その地下にあった国中に効果が広がる“魔物支配の契約書”を破壊してしまったのだ。
アルクレト王国が魔物から襲われないよう、遥か昔に幾人もの犠牲を払いながらも成功させた古の契約を、彼女はたった一日で壊してしまった。
それによりセルディナは捕まってしまったが、彼女自身それに後悔はなかった。
それよりも頭を占めるのは見事な金色の髪を持つ、セルディナの所有する奴隷でもあり、想い人でもあり、魔物の彼。
「…ロキ」
彼はちゃんと仲間と合流できただろうか。ご飯を食べれているだろうか。…セルディナの命を…違えないだろうか。
綺麗なストレートだった茶色の髪は湿気でボサボサだ。お腹も減った。
けれどもセルディナはそんなこと、気にもならなかった。
「裏切らないでよね、ロキ」
「しかし裏切らないでというセルディナ・マクバーレンの望みは叶わず、彼女は処刑されてしまいました。…はい、今日の絵本はこれで終わり。さっさと寝な。」
「はぁい。でもお母さん、なんでセルディナ様は殺されたの?セルディナ様は魔法使いを助けた人なんでしょう?」
「セルディナは魔法使いに自由を与えた英雄だけど…あの頃の魔法使いは“魔物”だったからな。」
「魔物って?」
「…良くないもんだよ。だから…魔力があるなら奴隷にされるしかなかったんだ。」
「ふぅん?」
「魔物を…良くないものを解き放いたセルディナは処刑されるしかなかった。」
「でもお母さん、この絵本のセルディナ様は笑ってるよ?何で?」
「当事者だけが知ってればいいんだ。…真実は絵本で物語るには重すぎるからな。」
「ふぅん。」
「…ほら、もう寝ろ。」
子供を寝かしつけたダリアは部屋から出た。
ワインレッドの絨毯がひかれた廊下を歩いてリビングへ入る。
大きな木のテーブルに真っ白のテーブルクロス、パチパチと音を立てる暖炉に薪をくべれば部屋の暖かさは増した。
―――昔なら考えられない。
ダリアは昔…自分が“魔物”と呼ばれていた時のことを思い出した。
魔力があるからと捕らえられた。
人ではないと虐げられた。
何時だって寒さを感じていた。何時だって空腹を感じていた。何時だって痛みを感じていた。
鉄格子の間から、首に繋がれた鎖を引かれながら見た世界は何時だって暗くて、その鎖を解いたのはセルディナだった。
『私はセルディナ、セナって呼んで頂戴』
金や銀なんて派手な色では無かったけれど、それでも絹のように流れる茶色の髪を美しいと思っていた。
真っ白な肌はまるで作り物みたいで、今なら陶器のような肌なんて言葉も出てくるけどあの頃はただただ綺麗だと思っていた。
自信に溢れた笑顔を見せるセルディナが連れ行ってくれる未来は皆が笑顔になれるものだと思っていた。
「セナ、未来っていうのは思い通りにならないもんだな。」
呟いた言葉は闇に吸い込まれる。
頬を伝うのは涙なんかじゃない。
だってこれは…ハッピーエンドだから。
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