1 / 7
昔々、魔法使いが魔物と呼ばれていた頃の…
しおりを挟む「あぁ、月が綺麗ね」
暗くじめっとした牢獄の中、ぴちゃんぴちゃんと垂れ落ちるのは昨晩降り注いだ雨か。
生まれてこれまで着たことなどないような簡素で粗悪な服を身にまとったセルディナ・マクバーレンは寒さに身を震わせ、細腕を擦り合わせてから小さくため息をついた。
彼女はアルクレト王国と呼ばれる国に貴族として生まれ公爵家令嬢として国に仕えてきた、貴族からも手本とされるような出来の良い娘だった。
しかし、彼女は誰もが予想もしなかったことをやってのけた。…いや、やらかしてしまった。
彼女は前国王が崩御したその時を狙い王城を占拠し、その地下にあった国中に効果が広がる“魔物支配の契約書”を破壊してしまったのだ。
アルクレト王国が魔物から襲われないよう、遥か昔に幾人もの犠牲を払いながらも成功させた古の契約を、彼女はたった一日で壊してしまった。
それによりセルディナは捕まってしまったが、彼女自身それに後悔はなかった。
それよりも頭を占めるのは見事な金色の髪を持つ、セルディナの所有する奴隷でもあり、想い人でもあり、魔物の彼。
「…ロキ」
彼はちゃんと仲間と合流できただろうか。ご飯を食べれているだろうか。…セルディナの命を…違えないだろうか。
綺麗なストレートだった茶色の髪は湿気でボサボサだ。お腹も減った。
けれどもセルディナはそんなこと、気にもならなかった。
「裏切らないでよね、ロキ」
「しかし裏切らないでというセルディナ・マクバーレンの望みは叶わず、彼女は処刑されてしまいました。…はい、今日の絵本はこれで終わり。さっさと寝な。」
「はぁい。でもお母さん、なんでセルディナ様は殺されたの?セルディナ様は魔法使いを助けた人なんでしょう?」
「セルディナは魔法使いに自由を与えた英雄だけど…あの頃の魔法使いは“魔物”だったからな。」
「魔物って?」
「…良くないもんだよ。だから…魔力があるなら奴隷にされるしかなかったんだ。」
「ふぅん?」
「魔物を…良くないものを解き放いたセルディナは処刑されるしかなかった。」
「でもお母さん、この絵本のセルディナ様は笑ってるよ?何で?」
「当事者だけが知ってればいいんだ。…真実は絵本で物語るには重すぎるからな。」
「ふぅん。」
「…ほら、もう寝ろ。」
子供を寝かしつけたダリアは部屋から出た。
ワインレッドの絨毯がひかれた廊下を歩いてリビングへ入る。
大きな木のテーブルに真っ白のテーブルクロス、パチパチと音を立てる暖炉に薪をくべれば部屋の暖かさは増した。
―――昔なら考えられない。
ダリアは昔…自分が“魔物”と呼ばれていた時のことを思い出した。
魔力があるからと捕らえられた。
人ではないと虐げられた。
何時だって寒さを感じていた。何時だって空腹を感じていた。何時だって痛みを感じていた。
鉄格子の間から、首に繋がれた鎖を引かれながら見た世界は何時だって暗くて、その鎖を解いたのはセルディナだった。
『私はセルディナ、セナって呼んで頂戴』
金や銀なんて派手な色では無かったけれど、それでも絹のように流れる茶色の髪を美しいと思っていた。
真っ白な肌はまるで作り物みたいで、今なら陶器のような肌なんて言葉も出てくるけどあの頃はただただ綺麗だと思っていた。
自信に溢れた笑顔を見せるセルディナが連れ行ってくれる未来は皆が笑顔になれるものだと思っていた。
「セナ、未来っていうのは思い通りにならないもんだな。」
呟いた言葉は闇に吸い込まれる。
頬を伝うのは涙なんかじゃない。
だってこれは…ハッピーエンドだから。
11
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説
モブに転生したはずが、推しに熱烈に愛されています
奈織
BL
腐男子だった僕は、大好きだったBLゲームの世界に転生した。
生まれ変わったのは『王子ルートの悪役令嬢の取り巻き、の婚約者』
ゲームでは名前すら登場しない、明らかなモブである。
顔も地味な僕が主人公たちに関わることはないだろうと思ってたのに、なぜか推しだった公爵子息から熱烈に愛されてしまって…?
自分は地味モブだと思い込んでる上品お色気お兄さん(攻)×クーデレで隠れМな武闘派後輩(受)のお話。
※エロは後半です
※ムーンライトノベルにも掲載しています
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
ハッピーエンド保証!
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。
※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。
自衛お願いします。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
真実の愛ならこれくらいできますわよね?
かぜかおる
ファンタジー
フレデリクなら最後は正しい判断をすると信じていたの
でもそれは裏切られてしまったわ・・・
夜会でフレデリク第一王子は男爵令嬢サラとの真実の愛を見つけたとそう言ってわたくしとの婚約解消を宣言したの。
ねえ、真実の愛で結ばれたお二人、覚悟があるというのなら、これくらいできますわよね?
白紙にする約束だった婚約を破棄されました
あお
恋愛
幼い頃に王族の婚約者となり、人生を捧げされていたアマーリエは、白紙にすると約束されていた婚約が、婚姻予定の半年前になっても白紙にならないことに焦りを覚えていた。
その矢先、学園の卒業パーティで婚約者である第一王子から婚約破棄を宣言される。
破棄だの解消だの白紙だのは後の話し合いでどうにでもなる。まずは婚約がなくなることが先だと婚約破棄を了承したら、王子の浮気相手を虐めた罪で捕まりそうになるところを華麗に躱すアマーリエ。
恩を仇で返した第一王子には、自分の立場をよおく分かって貰わないといけないわね。
魔がさした? 私も魔をさしますのでよろしく。
ユユ
恋愛
幼い頃から築いてきた彼との関係は
愛だと思っていた。
何度も“好き”と言われ
次第に心を寄せるようになった。
だけど 彼の浮気を知ってしまった。
私の頭の中にあった愛の城は
完全に崩壊した。
彼の口にする“愛”は偽物だった。
* 作り話です
* 短編で終わらせたいです
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる