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公爵夫人はほくそ笑む

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 公爵夫人は、血の繋がらない子供の事が苦手だった。苦手……という言葉は正しくないかもしれない。
 正直に言うと、グラシアはセルディナの事が嫌いだった。





 グラシアは、セルディナが生まれるずっと前から、セシルに想いを寄せていた。

 ―――セシル様と結ばれたい。
 ――――――いつかきっと、セシル様は私を選んでくれる筈……!

 そんな淡い期待は、グラシアよりも三つ年下の女が、セシルと結婚をしてしまった時に打ち砕かれてしまったのだけれど。
 ……けれどその女が死んで、グラシアとの再婚の話が来た時、やはり運命はあったのだとグラシアは喜んだ。
 一も二も無く再婚の話を受け入れて、マクバーレン公爵に話をするためにやって来た公爵家の中で、グラシアは初めてセルディナを見た。

「はじめまして、セルディナ・マクバーレンと申します。お父様とのご結婚、心よりお祝い申し上げます」

 僅か六歳とは信じられない程に完璧なマナーで、丁寧な言葉使いをしたセルディナの姿は、グラシアからセシルを奪ったによく似ていた。

「え、ええ。ありがとう」

 なんとか言葉を返して……グラシアはその時からずっとセルディナの存在に……否、セルディナに残る、セシルの愛した女の面影に恐怖していた。





 だってセルディナは、セシルが選んだ女にそっくりで、聡明で。グラシアは結局、一度は別の人に負けた女で。
 いつかグラシアに子供が出来たとしても、セシルはセルディナを選ぶのではないかと、グラシアはそう思ってしまったのだ。





 最初は……出来心だった。
 セシルの子供をお腹に授かり、グラシアは我が子を抱くのを楽しみにしていて……

「セルディナ、たまには外へ出かけるか」
「お父様、仕事は良いのですか?」
「ああ。何処か行きたいところはあるか?」
「ええっと……」

 ……セルディナとセシルの、仲睦まじい様子を見たグラシアは「このまま子供を産んでも、セルディナには勝てない」と思ってしまったのだ。

 その日の夜、グラシアはセルディナの食事に、こっそりと毒を盛った。
 もしかしたら、セルディナは毒を食べないかもしれないから。毒と言っても、本当に死んでしまうかは分からないから。そんな言い訳を心の中で呟きながら、グラシアは毒を仕込んだ。
 次の日、寝込んだセルディナの姿に、グラシアは自分でしでかした事だったが、動揺をした。

 ―――この事が露見したら、旦那セシル様に捨てられてしまうかも……!!

 それは、後悔や懺悔なんかでは無かったけれど、その時のグラシアは確かに動揺をしていたのだ。
 しかし、セシルはグラシアの毒殺未遂したことに気が付かなかった。

「セルディナが熱を出したそうだな。大丈夫そうか?」
「え、ええ。お医者様に診て頂いたので…じきに良くなると言っていました」
「そうか、なら良かった」

 忙しい仕事の合間にセシルから問いかけられて、誤魔化せたことにホッとして。それと同時に、セシルに心配をされるセルディナへ嫉妬をした。

 ―――やっぱり、セシル様はセルディナが……あの女の子供が大切なのね。
 ――――――あと一回だけ。これで最後だから……。

 そんな言葉を何度も唱えて、グラシアはセルディナに毒を与え続けた。
 セルディナはどんな毒にも、驚くほどあっけなく引っかかっては、倒れて寝込んだ。
 「いつかバレてしまうかも」なんて恐怖は、いつの間にか消えてしまって。グラシアの毒薬コレクションは増え続けた。






「ふふ、ふふふふふ!あのセルディナが、またどこからか、おかしな従者を連れてきたんですって」

 そうして、未だにセルディナへの歪な感情を抱え続けているグラシアは、セルディナがどこからか拾ってきた子を従者にしたと聞いて、自室の中でほくそ笑む。

「これでセシル様も、あの子の事を見限るでしょう」

 クスクスと笑うグラシアの事を、セシルへ報告をする使用人は居なかった。
 屋敷の管理を任されているグラシアは、セルディナを庇う素振りを見せた使用人を次々に解雇したのだから。
 今のマクバーレン公爵家に残っているのは、グラシアの味方をして、決して逆らわなかった者だけ。

「……けれど、セシル様はどうしてあの子に殿下との婚約なんて決めたのかしら」

 ……セルディナとアルシアの婚約それは、アルシアからの望みであり、セシルから働きかけたものでは無い。だが、グラシアにはその事実を知らなかった。

「…………やっぱり、セシル様はまだ、あの子が大事なのね」

 歪んだグラシアはそんな風に考えて、毒を隠した戸棚を開く。小瓶に詰められた紫色の液体を手にして……

「やっぱり、あの子が居るのが悪いのよ」

 ……いつものように、セルディナに毒を盛ろうと考えたグラシアは知らなかった。
 セルディナが新しく雇った従者というのが、ただの人間ではなく、魔物だという事を。
 その新しい従者が、セルディナに恩を感じていて……尚且つ、スラム暮らしだったダリアとギナン二人に、普通の常識なんて無いことを。

「セルディナちゃんに、この茶葉で淹れたお茶を持って行ってあげて」
「はい、奥様」

メイドの一人に、毒をしみ込ませた茶葉を持たせたグラシアは、何一つとして知らなかった。


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