先見の聖女は、聖女であることを望まない。~幸せを願った幼馴染が、勇者になるのだけは想定外~

千 遊雲

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先見の聖女は、聖女をやめた

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「ケイト!!!」

ケイトの名前を呼ぶコーダの声は、離れた塔の上にまで届いた。
ビリビリと、唯一塔の中に作られた窓ガラスが震えた気がした。
ケイトが呆然とそんなことを思った次の瞬間には、その窓の枠に人影が降り立った。

高い塔の上、人影なんて出来るはずがないのに。なのに、その影は確かに現れて、ケイトの足元の地面を黒く塗りつぶした。
ケイトはゆっくりと顔を上げて、その人影の主を視界にいれた。

まるで光を集めたかのように輝く白色の髪。キラキラと綺麗な金色の瞳。
真っ青な空の下で、ケイトのことをまっすぐに見つめるのは、ケイトが見間違えるはずなど無いコーダの姿だった。
見間違えるはずなんてない。だってケイトは、いつもその姿を見ていたから。ケイトの閉じ込められていた塔の上から、遠く離れた場所に居るコーダの姿を。ずっと、ずっと見つめていたのだから。

コーダの金色の瞳はケイトを見つめて、くしゃりと綺麗なアーモンド型を歪ませた。
まるで泣き出す寸前みたいねと、ケイトはどこか遠いところから見ているような気持ちでそう思った。
ずっとケイトは傍観者にしかなれなかったから、今更コーダが目の前に居るのだと思っても、どこか実感が湧かなかった。

「やっと、見つけた」

掠れた声で、コーダはケイトの名前を呼んだ。
「ケイト」と、そう呼ばれたのは随分久しぶりのことだった。塔の中ここでは、みんな「先見の聖女様」としか呼ばなかったから。
それでもケイトは、未だ夢の中のような気分にしかなれなかった。だってもう、誰かが助けてくれるなんて、そんな期待はとっくの昔に捨ててしまっていたから。

「ケイト、帰ろう」

だから、コーダにそう言われても、ケイトには何が何だか分からなくて……

「どこへ?」

……そう尋ねたのは、塔から出たくなかったからではなかった。
ケイトにはもう、自分の帰る場所なんて、帰ることが許される場所があるなんて、そんなことも思いつけなかっただけだった。

「あの村に」

コーダの言葉で、ケイトの脳裏に思い出がよみがえる。優しくて、ただただ幸せだった子供時代のことが。

「どうして……?」

ケイトは呆然と呟いた。
ケイトだって、帰れるものなら帰りたかった。あの穏やかで平和な村に。
けれど、けれどケイトは「先見の聖女」だから。
ケイトが村に帰ってしまったら、また他の人が傷つけられてしまうかもしれなくて。「先見の聖女」なんて、厄介な力を持ってしまったケイトなんて、ただの厄介ものにしかならない筈で……

……なのに、どうしてコーダはケイトに「帰ろう」なんて、言うのだろうか?

そんなこと、ケイト本人だって、諦めているのに。

「ずっと、後悔をしていたんだ」

コーダは眉間の間に皺を作ったままそう言った。
怒っているのか、泣きそうなのか、ケイトには分からなかった。

「あの時、ケイトのことを守れなかったことを。ケイトを犠牲にして助けてもらったことを。後悔し続けていたんだ」

コーダの言葉に、ケイトは「あ」と短く言葉を漏らした。
コーダは気が付いていたのだ。ケイトが、望んで騎士に着いて行ったのではないということを。コーダを守るために、騎士にその身を差し出したのだと、とうに知っていたのだ。

「今度こそ守るから。何が敵になっても、俺が絶対に守ってみせるから」

真っ直ぐにそう告げられて、コーダの手がケイトに向かって伸ばされた。
ごつごつとしていて、幾つもの傷跡の残った手の平は、コーダのこれまでの努力を示すかのようで。

「でも、コーダは勇者なのに。皆から慕われる勇者なのに。先見の聖女わたしを連れて行ったら、コーダまで悪者になっちゃうのに……」

コーダの手を掴むことができないケイトの姿を前に、とうとうコーダの瞳から涙が落ちていった。

「ケイトが居ないと、俺が幸せになんてなれないんだよ」

コーダの瞳から流れ落ちる涙はまるで金色の瞳が溶け出していくようで、ケイトは初めて見るコーダの涙にどうしようもなく動揺した。

「俺はケイトが思うような人じゃないよ。強くなったのはケイトを取り戻すため、勇者になったのはケイトを探すため。だから、ケイトを犠牲に得る平和も、その平和にしがみついて手放せない国もクソ喰らえだ」

コーダは言葉を紡ぎながらケイトに近付いてくる。
ケイトの目の前で座り込んだコーダは、ケイトの瞳を真正面から見つめ、手を握りしめた。

「俺は万人を救うことができる勇者よりも、たった一人を救う悪者ヒーローがいいよ」

その瞳の優しさに、掌の温かさに、ケイトは仕舞い込んでいた言葉をつぶやいてしまった。

「……助けてって、言っても良いの?」
「俺、ケイトが居ないと駄目なんだよ。俺がケイトを守るから、ケイトが俺を守ってくれよ」

カシャンと、軽い音を立てて鎖が切り裂かれる。
簡単に外れて無くなった拘束に、ケイトはゆっくりと立ち上がった。
それから、恐る恐るコーダの手を握り返して……

「コーダ、あのね……私ね、本当は聖女になんてなりたくなかったの。ただのケイトで良いから、ずっとコーダに会いたかったの」

……ようやくケイトは、「先見の聖女」から、ただのケイトに戻ることが出来たのだ。



   ◆  ◇  ◆  



――昔々、一人の男が聖剣に認められて、勇者になりました。

勇者の名前はコーダ。
城下町では「白銀の勇者・コーダ様」と呼ばれ、その明るい性格と人柄の良さで親しまれておりました。
綺麗な白銀色の髪と金色の瞳の端正な顔を持つ彼に憧れを抱く人も少なくはなく、誰もが理想の勇者様だと口にしていました。

勇者コーダは町を襲う魔物の群れを退け、人を食らうドラゴンを従わせ、魔物の王を倒しました。
しかし、勇者は平和になった世界で魔の黒を纏う魔女に唆され、国を裏切ってしまいます。

国は勇者を救うため、兵を出しましたが、魔女に操られた勇者に返り討ちにされてしまいます。
国は諦めずに何度も兵を出しますが、何度やっても結果は同じです。

国は、勇者を奪った魔女を恨みました。



……けれど何故でしょう?

国を裏切った筈の勇者が、心底幸せそうな顔で暮しているのは。
未だ、聖剣に見放されていないのは。
真実を知らないのは、勇者の生まれた国の国民達だけ。

本当は勇者は、国に囚われていたお姫様を助けただけ。

勇者とお姫様は、遠く離れた別の国でいつまでも幸せに暮らしました。



めでたしめでたし
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