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先見の聖女は、たった一つを願う
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王城の中に閉じ込められながら、ケイトは誰にも知られずにコーダを助け続けた。
ケイトの目は、どんなに遠くのことでもよく見えるから……
「あの、コーダ様」
「どうしたの?」
「この戦いが終わったら……魔王を倒して世界が平和になったら、伝えたいことがあります」
「今で良かったら聞くよ? 魔除けの結界も張ったからね」
「いえ! 戦いの後で……ちゃんと魔王を倒して、それから伝えたいのです」
「うん、分かった。魔王を倒したら、必ず聞くから」
遠い魔国の地で、聖女の一人がコーダに想いを募らせる様子も、ケイトにはその場に居るかのように、よく見えた。
「先見の聖女はちゃんと使えているか?」
「ええ。先見の聖女の村の男を用意した途端、驚くほど従順になりました」
「儂に逆らっても無駄と、ようやっと気付いたか」
「ええ、ええ。そうですとも」
王城の一角で、ケイトの大嫌いな国王と騎士団長が話す様子も。
けれど、それでも。
それでも良いと、ケイトは思っていた。
例え報われないことだとしても……
大嫌いな国王に良いように使われていると知っても……
「コーダが幸せに生きてくれるなら、私はもうそれ以上は望まないもの」
コーダの幸せに繋がるのなら、ケイトはそれだけで良かったから。
一人きりの部屋の中、テーブルに体を伏せたケイトの足元からシャラリと音が鳴る。
たった一本の細い鎖だけで、部屋から出ることも出来なくなってしまうケイトには、もうそれだけを願うことしか出来なかったから。
「だからコーダ、早く魔王を倒して。それで、あの小さな村に帰ってよ」
ケイトは静かに目を瞑った。
瞼の裏には、懐かしい村の光景が見える気がした。
◇ ◆ ◇
盾の聖女、ルナ・マーク。
彼女は、勇者コーダに恋をしていた。
――魔物の大量発生だ! 早く! 早く逃げろ!!
ずっと昔、ルナの故郷が魔物の群れに潰されそうになった時。
まだ「勇者」とも呼ばれていなかったコーダに、命を助けてもらった瞬間から。
――大丈夫、俺が絶対に守るから。もう、誰の大切な人も失いたくないんだ。
魔物に囲まれて、もう駄目だと思っていたルナの手を掴んだコーダの姿に、ルナはすっかり安心してしまって。
それからずっと、ルナはコーダに恋をしていた。
小さな村の「英雄、コーダ」だった時も、「勇者、コーダ」になった時も。
「あの、コーダ様」
「どうしたの、ルナ」
「この戦いが終わったら、コーダ様に伝えたいことがあります」
ルナの恋心は、他の仲間も周知の事実だった。
ルナの言葉に「ついにルナが言う気になったのだ」と、ルナの隣に居た癒しの聖女、リリアナの瞳が色めき立つ。
リリアナは自国の王子に恋をしていて、ルナがコーダと結ばれるのを望んでいた。
「うん? 今で良かったら聞くよ? スズリハが魔祓いの結界を張ってくれたから」
ルナの好意に気が付いていないのは、張本人であるコーダただ一人。
祓いの聖女、スズリハの作った魔祓いの結界の中で、コーダは不思議そうな表情を浮かべていた。
「い、いえ! 今は……」
「良いの?」
「はい。ちゃんと魔王を倒して、それから伝えたいのです」
「うん、分かった。魔王を倒したら、必ず聞くから」
ルナは本当にコーダが好きだった。
どんな人にだって等しく救いの手を差し伸べる、誠実で優しいコーダの事が大好きだった。
「コーダ様。願うことなら、魔王を倒して世界に平和が訪れた後、あなた様の隣に立つのが私でありますように」
コーダに聞こえないよう、ルナは小さな声で祈りを唱えた。
そんな平和な望みを考える余裕がある程、魔王討伐は順調だったから。
長年の眠りについていた聖剣の封印を解いて……
数年に一度しか現れない魔王城への道を見つけて……
強い力を持った聖女も次々に仲間になって……
魔王ですら、呆気ないほど簡単に倒してしまった。
いっそ、不自然なほどに順調だった。
何もかもが仕組まれているかのように、どこか不気味で。
しかし誰もそれを可笑しい事だとは思っていなかった。
コーダは勇者で、その仲間は優秀な聖女ばかり。長年不可能だった魔王討伐だって、このメンバーなら可能だと信じていたから。
「魔王の討伐の功績を称え、褒美を授けよう。勇者、コーダよ。其方は何を望む?」
魔王討伐の功績を称えられて、国王から直々に褒美を与えられる。
その場でルナは、コーダに想いを告げようと思っていた。
「もしもコーダ様が嫌でなければ、私をコーダ様のお嫁さんにして下さい」と。
「……何でも、良いのでしょうか?」
「うむ、何でも言うが良い。我に叶えられるものならば、何でも叶えてやろう」
「…………なら」
コーダは一度、言葉を止めた。
その声が強張っている気がして、ルナは少しだけ可笑しいと思った。
魔王を相手にしても飄々としていたコーダでも、国王を相手では気圧されるのだと思って……
「ならば、ケイトと言う名の少女を返してください」
……続くコーダの言葉に、ルナの口からは「え」と、呆けたような声が漏れた。
ケイトの目は、どんなに遠くのことでもよく見えるから……
「あの、コーダ様」
「どうしたの?」
「この戦いが終わったら……魔王を倒して世界が平和になったら、伝えたいことがあります」
「今で良かったら聞くよ? 魔除けの結界も張ったからね」
「いえ! 戦いの後で……ちゃんと魔王を倒して、それから伝えたいのです」
「うん、分かった。魔王を倒したら、必ず聞くから」
遠い魔国の地で、聖女の一人がコーダに想いを募らせる様子も、ケイトにはその場に居るかのように、よく見えた。
「先見の聖女はちゃんと使えているか?」
「ええ。先見の聖女の村の男を用意した途端、驚くほど従順になりました」
「儂に逆らっても無駄と、ようやっと気付いたか」
「ええ、ええ。そうですとも」
王城の一角で、ケイトの大嫌いな国王と騎士団長が話す様子も。
けれど、それでも。
それでも良いと、ケイトは思っていた。
例え報われないことだとしても……
大嫌いな国王に良いように使われていると知っても……
「コーダが幸せに生きてくれるなら、私はもうそれ以上は望まないもの」
コーダの幸せに繋がるのなら、ケイトはそれだけで良かったから。
一人きりの部屋の中、テーブルに体を伏せたケイトの足元からシャラリと音が鳴る。
たった一本の細い鎖だけで、部屋から出ることも出来なくなってしまうケイトには、もうそれだけを願うことしか出来なかったから。
「だからコーダ、早く魔王を倒して。それで、あの小さな村に帰ってよ」
ケイトは静かに目を瞑った。
瞼の裏には、懐かしい村の光景が見える気がした。
◇ ◆ ◇
盾の聖女、ルナ・マーク。
彼女は、勇者コーダに恋をしていた。
――魔物の大量発生だ! 早く! 早く逃げろ!!
ずっと昔、ルナの故郷が魔物の群れに潰されそうになった時。
まだ「勇者」とも呼ばれていなかったコーダに、命を助けてもらった瞬間から。
――大丈夫、俺が絶対に守るから。もう、誰の大切な人も失いたくないんだ。
魔物に囲まれて、もう駄目だと思っていたルナの手を掴んだコーダの姿に、ルナはすっかり安心してしまって。
それからずっと、ルナはコーダに恋をしていた。
小さな村の「英雄、コーダ」だった時も、「勇者、コーダ」になった時も。
「あの、コーダ様」
「どうしたの、ルナ」
「この戦いが終わったら、コーダ様に伝えたいことがあります」
ルナの恋心は、他の仲間も周知の事実だった。
ルナの言葉に「ついにルナが言う気になったのだ」と、ルナの隣に居た癒しの聖女、リリアナの瞳が色めき立つ。
リリアナは自国の王子に恋をしていて、ルナがコーダと結ばれるのを望んでいた。
「うん? 今で良かったら聞くよ? スズリハが魔祓いの結界を張ってくれたから」
ルナの好意に気が付いていないのは、張本人であるコーダただ一人。
祓いの聖女、スズリハの作った魔祓いの結界の中で、コーダは不思議そうな表情を浮かべていた。
「い、いえ! 今は……」
「良いの?」
「はい。ちゃんと魔王を倒して、それから伝えたいのです」
「うん、分かった。魔王を倒したら、必ず聞くから」
ルナは本当にコーダが好きだった。
どんな人にだって等しく救いの手を差し伸べる、誠実で優しいコーダの事が大好きだった。
「コーダ様。願うことなら、魔王を倒して世界に平和が訪れた後、あなた様の隣に立つのが私でありますように」
コーダに聞こえないよう、ルナは小さな声で祈りを唱えた。
そんな平和な望みを考える余裕がある程、魔王討伐は順調だったから。
長年の眠りについていた聖剣の封印を解いて……
数年に一度しか現れない魔王城への道を見つけて……
強い力を持った聖女も次々に仲間になって……
魔王ですら、呆気ないほど簡単に倒してしまった。
いっそ、不自然なほどに順調だった。
何もかもが仕組まれているかのように、どこか不気味で。
しかし誰もそれを可笑しい事だとは思っていなかった。
コーダは勇者で、その仲間は優秀な聖女ばかり。長年不可能だった魔王討伐だって、このメンバーなら可能だと信じていたから。
「魔王の討伐の功績を称え、褒美を授けよう。勇者、コーダよ。其方は何を望む?」
魔王討伐の功績を称えられて、国王から直々に褒美を与えられる。
その場でルナは、コーダに想いを告げようと思っていた。
「もしもコーダ様が嫌でなければ、私をコーダ様のお嫁さんにして下さい」と。
「……何でも、良いのでしょうか?」
「うむ、何でも言うが良い。我に叶えられるものならば、何でも叶えてやろう」
「…………なら」
コーダは一度、言葉を止めた。
その声が強張っている気がして、ルナは少しだけ可笑しいと思った。
魔王を相手にしても飄々としていたコーダでも、国王を相手では気圧されるのだと思って……
「ならば、ケイトと言う名の少女を返してください」
……続くコーダの言葉に、ルナの口からは「え」と、呆けたような声が漏れた。
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