もう、いいのです。

千 遊雲

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だから、ごめん

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彼が勇者に選ばれたのは、今から三ヶ月ほど前のことだった。

三ヶ月前、勇者はただの人間でしかなく、戦ったことなんて禄に無いただの一貴族の息子であった。

けれど彼は聖剣に選ばれたことで、ただの人間から勇者となった。



『勇者に選ばれるなんて素晴らしい!』



呆然とするしかできなかった勇者に、友人は皆そう言った。











魔王が放った黒い魔力を、聖剣の光が切り裂いた。

2つに別れた魔力は、勇者が立っていた空間を左右に分かれ、大地を削りとる。

土煙がもうもうとあたりを包む。

さぁ、と風が土煙を消し去り、魔王は言った。



「勇者に選ばれるなんて、お前も不憫な」



聖剣を握っているだけにしか見えない、否、本当にただ聖剣を握っているだけなのだろう。

棒立ちで聖剣を掲げていた勇者は、哀れみを含んだ魔王の言葉に困ったような笑みを浮かべた。



「そういうあなたも魔王に選ばれて、大変ですね」











『そなたのおかげで世界がようやく平和になる!』



勇者の国の国王は、勇者にそう言った。

期待に充ちた眼差しで、勇者が魔王を倒すのだと疑いもせず。

勇者が何か、魔王が何かも知らないで。











「勇者は魔王を殺せる聖剣を操ることができる人間で、魔王は世界に溢れる魔力を背負わされただけの人間。あなたには何の罪もない」



掲げていた聖剣を一旦下ろし、勇者は淡々と事実だけを述べる。

あまり知られてはいない事実に、魔王はほんの一瞬困惑の表情となる。

けれど、すぐに聖剣の存在に気付く。

歴代勇者の戦闘を経験として蓄え、次世代の勇者に伝承する厄介な剣ならば、古い知識もまた同じように蓄えていてもおかしくはない。

魔王は困惑を隠すように、意地の悪い笑みを浮かべた。



「だとしたら、お前は俺を生かすのか?」



その問いに、勇者は痛みを堪えるような顔をした。






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