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もう、いいのです
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「あ…」
どれ程酷いことをしたのか、フィルは今更、痛いほど知ってしまった。
思わず声を漏らしたフィルに、クレアは真仁田のたまった瞳を向けた。
その瞳に宿る悲しみの大きさを感じ、後悔をしてしまうけれど、そんなことはもう、とうに遅くて。
謝ろうとしたフィルに、クレアは首を振ることでそれを拒絶した。
「それを言われても、指輪はもう戻ってはきません。そして謝られた所で、私はそれを許すことができません。ならせめて、謝らずに恨ませてください」
そう言われてしまえば、フィルに言えることなんて何も残ってはいなかった。
俯くフィルを前に、クレアはドレスの下に入れていたネックレスを取り出した。
そこに通していた王家の紋章が入った婚約指輪を取り、フィルの前に置く。
それは、クレアの決別だった。
フィルとの、王家との、国との。
それがフィルには、分かってしまった。
「この国を、出るのか?」
思わず問えば、クレアは困ったような顔をした。
「この国は、あの人との思い出に満ちすぎていますから」
城の窓から町並みを見つめたクレアの瞳には、勇者との思い出が写っているのかもしれない。
幼い頃にフィルが一度だけ見た、思い出すこともできない勇者の姿が。
何も言うとこなどできないフィルに、クレアは黙って背を向けた。
ここで引き止めなければもう二度とクレアを見ることはできない、そう思うのに、言葉は一向に出なくて。
『愛し子、私の愛し子』
代わりに引き止めたのは女神だった。
心配そうに呼びかける女神に、クレアは笑みを作った。
「女神様、大丈夫です。私はあの人のいない世界でも、もう死を望んだりしません」
それはつまり、生に執着しないように見えた彼女は、死を望んでいたことがあったのだろう。
そんなこと、勇者が死んだあとにクレアに出会ったフィルは全く知らなかった。
『旅立つ我が愛し子に、餞別を』
女神は手を伸ばして、クレアに何かを渡した。
それは銀色の、赤い宝石の入った指輪のようで。
クレアの顔がパアと輝いた。
満面の笑みを浮かべるクレアの顔なんて、フィルには見たことがなかった。
薬指にはめられた指輪に、首からかけられた指輪。
死してなお笑顔を作らせる勇者に、泣かせることしかできなかった自分。
勝敗は最初から決まっていたのだ。
そして、敵わないと今更になって彼女への恋心を悟ってしまったフィルには、最初から勝ち目なんてなかったのだ。
クレアは出ていこうとし、それから項垂れるフィルを振り返った。
クレアは笑みを浮かべながら、フィルに告げる。
「私はあの人が生きていてくれるなら、この国も世界も、滅んでしまって良かったと考える酷い女です。…だからフィル王子、私を選ばなかったあなたは、きっと人を見る目があります」
クレアは貴族がするには安物すぎる、古びた指輪を大事そうに薬指にはめ直し、振り返らずに部屋を出て行った。
残されたのは、後悔しかないフィルと女神の二人だけ。
『我が愛し子を死なせ、そしてその愛し子にどうかくれぐれもと頼まれていた少女を傷つけた。この私の怒りをそなたは、わかっているな?』
クレアの去った扉を眺め続けながら、女神が言う。
きっとこの国は、長年の女神の加護を失うことになる。
フィルはそれをわかったうえで、頷いた。
「愚かな私に、相応しい罰を」
どれ程酷いことをしたのか、フィルは今更、痛いほど知ってしまった。
思わず声を漏らしたフィルに、クレアは真仁田のたまった瞳を向けた。
その瞳に宿る悲しみの大きさを感じ、後悔をしてしまうけれど、そんなことはもう、とうに遅くて。
謝ろうとしたフィルに、クレアは首を振ることでそれを拒絶した。
「それを言われても、指輪はもう戻ってはきません。そして謝られた所で、私はそれを許すことができません。ならせめて、謝らずに恨ませてください」
そう言われてしまえば、フィルに言えることなんて何も残ってはいなかった。
俯くフィルを前に、クレアはドレスの下に入れていたネックレスを取り出した。
そこに通していた王家の紋章が入った婚約指輪を取り、フィルの前に置く。
それは、クレアの決別だった。
フィルとの、王家との、国との。
それがフィルには、分かってしまった。
「この国を、出るのか?」
思わず問えば、クレアは困ったような顔をした。
「この国は、あの人との思い出に満ちすぎていますから」
城の窓から町並みを見つめたクレアの瞳には、勇者との思い出が写っているのかもしれない。
幼い頃にフィルが一度だけ見た、思い出すこともできない勇者の姿が。
何も言うとこなどできないフィルに、クレアは黙って背を向けた。
ここで引き止めなければもう二度とクレアを見ることはできない、そう思うのに、言葉は一向に出なくて。
『愛し子、私の愛し子』
代わりに引き止めたのは女神だった。
心配そうに呼びかける女神に、クレアは笑みを作った。
「女神様、大丈夫です。私はあの人のいない世界でも、もう死を望んだりしません」
それはつまり、生に執着しないように見えた彼女は、死を望んでいたことがあったのだろう。
そんなこと、勇者が死んだあとにクレアに出会ったフィルは全く知らなかった。
『旅立つ我が愛し子に、餞別を』
女神は手を伸ばして、クレアに何かを渡した。
それは銀色の、赤い宝石の入った指輪のようで。
クレアの顔がパアと輝いた。
満面の笑みを浮かべるクレアの顔なんて、フィルには見たことがなかった。
薬指にはめられた指輪に、首からかけられた指輪。
死してなお笑顔を作らせる勇者に、泣かせることしかできなかった自分。
勝敗は最初から決まっていたのだ。
そして、敵わないと今更になって彼女への恋心を悟ってしまったフィルには、最初から勝ち目なんてなかったのだ。
クレアは出ていこうとし、それから項垂れるフィルを振り返った。
クレアは笑みを浮かべながら、フィルに告げる。
「私はあの人が生きていてくれるなら、この国も世界も、滅んでしまって良かったと考える酷い女です。…だからフィル王子、私を選ばなかったあなたは、きっと人を見る目があります」
クレアは貴族がするには安物すぎる、古びた指輪を大事そうに薬指にはめ直し、振り返らずに部屋を出て行った。
残されたのは、後悔しかないフィルと女神の二人だけ。
『我が愛し子を死なせ、そしてその愛し子にどうかくれぐれもと頼まれていた少女を傷つけた。この私の怒りをそなたは、わかっているな?』
クレアの去った扉を眺め続けながら、女神が言う。
きっとこの国は、長年の女神の加護を失うことになる。
フィルはそれをわかったうえで、頷いた。
「愚かな私に、相応しい罰を」
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