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第七章 カガニアへ

6 父である国王

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 翌日、アレムとウィルエルは病床の国王を見舞った。国王は様々な病を併発し、高齢のためもう助からないとクトゥフから聞いていた。ベッドに横たわる国王は髭も髪も真っ白で痩せ細っていた。アレムは幼い頃はあんなに大きく見えた父親を随分と小さく感じた。部屋の空気は重苦しく、窓からは明るい日が差しているにも関わらず、どんよりとした雰囲気だった。毛布からはみ出した手は骨と皮だけで、皺と青黒いシミに覆われていた。死を目前に控えた人間を目の前にして、アレムは小さく身震いした。
 しかしアレムとよく似た国王の紫の瞳は未だ威厳を保っていた。国王はアレムを見ると目を見開き、しばらくじっと見つめていた。
「父上、ご無沙汰しております」
「……うむ」
 アレムの挨拶に国王は掠れた声で返事をした。
「ネイバリーからきました。ウィルエルともうします」
 ウィルエルのカガニア語での挨拶に、国王は無言で頷いた。
「アレム」
「はい」
「お前に……話したいことがある」
「……はい」
 国王はたまにアレムを呼びつけるとアレムの母アミナとの思い出話をよくしてくれた。どこに連れて行ったとか、何をあげたとか、そんな話ばかりだった。しかし、母からは父のそういった話を聞いたことがなかった。父の話には母がどんな反応だったかという内容は無く、父の自己満足だったのではとアレムは思っていた。きっとまた母の話を聞かされるのだろう、アレムはそう思い耳を傾けた。
「アミナは……」
 やっぱりな、と思いつつアレムは続きを待った。
「……私のことを……嫌いではないが……許せないと言っていた」
「え……?」
「アミナに惚れ込み……無理矢理結婚したのは私だ……。彼女の全ての……自由を……奪った。それに……結婚後も、王宮内でのアミナに対する嫌がらせを……辞めさせることが出来なかった……」
 国王はゆっくりと息継ぎをしながら語った。父が自身に対する否定的な意見を口にするのを聞いたのは初めてだった。父は常に自分が正しいと信じて疑わない、そういう人だとアレムは思っていた。
「恨まれて当然……。しかし……、アレム……」
「はい」
「アミナは……お前を授かったことは……、人生最大の幸福だと……そう、言っていた……」
 許せない存在である父との子、けれど母は自分を愛してくれていた。生前の母の行動からもそれは十分に伝わっていたが、アレムは改めて母の想いを知り胸が熱くなった。
「お前は……アミナの幸福そのものだ……。幸せになりなさい……」
 父はアレムにそう言った後、ウィルエルに視線を移し、またアレムを見つめた。
「あれを……渡しなさい」
 父は側近の壮年男性に向かって命ずると側近はすぐに傍の椅子に置いてあった紺色の布の包みをアレムに手渡した。アレムが両手で受け取ると、側近は包みを開いて中を見せた。それは何かの衣装のようだった。白地に金色の刺繍で細かな透明の石がびっしりと縫い付けてある。
「アミナ様の婚礼衣装でございます」
 この服を着た母を肖像画で見たことがあるのをアレムは思い出した。
「アミナ様は婚礼に乗り気ではありませんでしたが、もう決まったことと割り切っていらっしゃいました。ですのでこの衣装はアミナ様がご自分の好きなようにオーダーして作られたのですよ」
 アレムはまじまじと衣装を見つめた。与えられた境遇で逞しく生きた母が、この衣装のように眩しく感じた。
「持っていきなさい……」
 国王が細い指で衣装を指していた。
「あ、ありがとうございます……」
 アレムは衣装をそっと抱きしめた。
「アレムを……頼む……」
 そう呟くと、国王は目を閉じた。ウィルエルはそれに応じるようにアレムの肩に手を置いた。
「かなりお疲れのようです。申し訳ありませんがそろそろお引き取りお願いいたします」
 側近に促され、アレムとウィルエルは部屋を出た。
「会えてよかった」
 ウィルエルはそう口にした。アレムは「ついてきてくれてありがとうございます」とネイバリー語で感謝を伝えた。
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