49 / 53
第七章 カガニアへ
6 父である国王
しおりを挟む
翌日、アレムとウィルエルは病床の国王を見舞った。国王は様々な病を併発し、高齢のためもう助からないとクトゥフから聞いていた。ベッドに横たわる国王は髭も髪も真っ白で痩せ細っていた。アレムは幼い頃はあんなに大きく見えた父親を随分と小さく感じた。部屋の空気は重苦しく、窓からは明るい日が差しているにも関わらず、どんよりとした雰囲気だった。毛布からはみ出した手は骨と皮だけで、皺と青黒いシミに覆われていた。死を目前に控えた人間を目の前にして、アレムは小さく身震いした。
しかしアレムとよく似た国王の紫の瞳は未だ威厳を保っていた。国王はアレムを見ると目を見開き、しばらくじっと見つめていた。
「父上、ご無沙汰しております」
「……うむ」
アレムの挨拶に国王は掠れた声で返事をした。
「ネイバリーからきました。ウィルエルともうします」
ウィルエルのカガニア語での挨拶に、国王は無言で頷いた。
「アレム」
「はい」
「お前に……話したいことがある」
「……はい」
国王はたまにアレムを呼びつけるとアレムの母アミナとの思い出話をよくしてくれた。どこに連れて行ったとか、何をあげたとか、そんな話ばかりだった。しかし、母からは父のそういった話を聞いたことがなかった。父の話には母がどんな反応だったかという内容は無く、父の自己満足だったのではとアレムは思っていた。きっとまた母の話を聞かされるのだろう、アレムはそう思い耳を傾けた。
「アミナは……」
やっぱりな、と思いつつアレムは続きを待った。
「……私のことを……嫌いではないが……許せないと言っていた」
「え……?」
「アミナに惚れ込み……無理矢理結婚したのは私だ……。彼女の全ての……自由を……奪った。それに……結婚後も、王宮内でのアミナに対する嫌がらせを……辞めさせることが出来なかった……」
国王はゆっくりと息継ぎをしながら語った。父が自身に対する否定的な意見を口にするのを聞いたのは初めてだった。父は常に自分が正しいと信じて疑わない、そういう人だとアレムは思っていた。
「恨まれて当然……。しかし……、アレム……」
「はい」
「アミナは……お前を授かったことは……、人生最大の幸福だと……そう、言っていた……」
許せない存在である父との子、けれど母は自分を愛してくれていた。生前の母の行動からもそれは十分に伝わっていたが、アレムは改めて母の想いを知り胸が熱くなった。
「お前は……アミナの幸福そのものだ……。幸せになりなさい……」
父はアレムにそう言った後、ウィルエルに視線を移し、またアレムを見つめた。
「あれを……渡しなさい」
父は側近の壮年男性に向かって命ずると側近はすぐに傍の椅子に置いてあった紺色の布の包みをアレムに手渡した。アレムが両手で受け取ると、側近は包みを開いて中を見せた。それは何かの衣装のようだった。白地に金色の刺繍で細かな透明の石がびっしりと縫い付けてある。
「アミナ様の婚礼衣装でございます」
この服を着た母を肖像画で見たことがあるのをアレムは思い出した。
「アミナ様は婚礼に乗り気ではありませんでしたが、もう決まったことと割り切っていらっしゃいました。ですのでこの衣装はアミナ様がご自分の好きなようにオーダーして作られたのですよ」
アレムはまじまじと衣装を見つめた。与えられた境遇で逞しく生きた母が、この衣装のように眩しく感じた。
「持っていきなさい……」
国王が細い指で衣装を指していた。
「あ、ありがとうございます……」
アレムは衣装をそっと抱きしめた。
「アレムを……頼む……」
そう呟くと、国王は目を閉じた。ウィルエルはそれに応じるようにアレムの肩に手を置いた。
「かなりお疲れのようです。申し訳ありませんがそろそろお引き取りお願いいたします」
側近に促され、アレムとウィルエルは部屋を出た。
「会えてよかった」
ウィルエルはそう口にした。アレムは「ついてきてくれてありがとうございます」とネイバリー語で感謝を伝えた。
しかしアレムとよく似た国王の紫の瞳は未だ威厳を保っていた。国王はアレムを見ると目を見開き、しばらくじっと見つめていた。
「父上、ご無沙汰しております」
「……うむ」
アレムの挨拶に国王は掠れた声で返事をした。
「ネイバリーからきました。ウィルエルともうします」
ウィルエルのカガニア語での挨拶に、国王は無言で頷いた。
「アレム」
「はい」
「お前に……話したいことがある」
「……はい」
国王はたまにアレムを呼びつけるとアレムの母アミナとの思い出話をよくしてくれた。どこに連れて行ったとか、何をあげたとか、そんな話ばかりだった。しかし、母からは父のそういった話を聞いたことがなかった。父の話には母がどんな反応だったかという内容は無く、父の自己満足だったのではとアレムは思っていた。きっとまた母の話を聞かされるのだろう、アレムはそう思い耳を傾けた。
「アミナは……」
やっぱりな、と思いつつアレムは続きを待った。
「……私のことを……嫌いではないが……許せないと言っていた」
「え……?」
「アミナに惚れ込み……無理矢理結婚したのは私だ……。彼女の全ての……自由を……奪った。それに……結婚後も、王宮内でのアミナに対する嫌がらせを……辞めさせることが出来なかった……」
国王はゆっくりと息継ぎをしながら語った。父が自身に対する否定的な意見を口にするのを聞いたのは初めてだった。父は常に自分が正しいと信じて疑わない、そういう人だとアレムは思っていた。
「恨まれて当然……。しかし……、アレム……」
「はい」
「アミナは……お前を授かったことは……、人生最大の幸福だと……そう、言っていた……」
許せない存在である父との子、けれど母は自分を愛してくれていた。生前の母の行動からもそれは十分に伝わっていたが、アレムは改めて母の想いを知り胸が熱くなった。
「お前は……アミナの幸福そのものだ……。幸せになりなさい……」
父はアレムにそう言った後、ウィルエルに視線を移し、またアレムを見つめた。
「あれを……渡しなさい」
父は側近の壮年男性に向かって命ずると側近はすぐに傍の椅子に置いてあった紺色の布の包みをアレムに手渡した。アレムが両手で受け取ると、側近は包みを開いて中を見せた。それは何かの衣装のようだった。白地に金色の刺繍で細かな透明の石がびっしりと縫い付けてある。
「アミナ様の婚礼衣装でございます」
この服を着た母を肖像画で見たことがあるのをアレムは思い出した。
「アミナ様は婚礼に乗り気ではありませんでしたが、もう決まったことと割り切っていらっしゃいました。ですのでこの衣装はアミナ様がご自分の好きなようにオーダーして作られたのですよ」
アレムはまじまじと衣装を見つめた。与えられた境遇で逞しく生きた母が、この衣装のように眩しく感じた。
「持っていきなさい……」
国王が細い指で衣装を指していた。
「あ、ありがとうございます……」
アレムは衣装をそっと抱きしめた。
「アレムを……頼む……」
そう呟くと、国王は目を閉じた。ウィルエルはそれに応じるようにアレムの肩に手を置いた。
「かなりお疲れのようです。申し訳ありませんがそろそろお引き取りお願いいたします」
側近に促され、アレムとウィルエルは部屋を出た。
「会えてよかった」
ウィルエルはそう口にした。アレムは「ついてきてくれてありがとうございます」とネイバリー語で感謝を伝えた。
1
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
処女姫Ωと帝の初夜
切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。
七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。
幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・
『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。
歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。
フツーの日本語で書いています。
薬師は語る、その・・・
香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。
目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、
そして多くの民の怒号。
最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・
私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
ヒリスの最後の願い
志子
BL
気付けば小説の中の傲慢な王の子どもに生まれ変わっていた。
どうせ主人公に殺される運命なんだ。少しぐらいわがままを言ってもいいだろ?
なぁ?神様よ?
BL小説/R-15/流血・暴力・性暴力・欠損表現有
誤字脱字あったらすみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる