遊び人王子と捨てられ王子が通じ合うまで

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第七章 カガニアへ

5 ミシュアルと対面

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 そこからはウィルエルの言葉はアレムがカガニア語へ翻訳し、クトゥフの言葉はジャドがネイバリー語に翻訳した。時折ジャドの言葉に不足があればアレムが補足した。こうして両国の間で濃密な会議を行うことができたのだった。
 その夜は晩餐会が催された。王族と貴族が招かれ、総勢百名程度の人々が集っていた、アレムとウィルエルは揃いの紺色の麻を使った服を着ていた。アレムは首元が開いたデザイン、ウィルエルは襟が高いデザインになっている。カガニアの気候に合わせた風通しの良い素材だ。ズボンは二人とも白で、アレムはくるぶしに向かって細くなる九分丈、ウィルエルはストレートの十分丈と違いがある。他にも刺繍やアクセサリー、靴は各々に合わせて選ばれていた。
 アレムはウィルエルの隣でグラスに注がれた果実入りの甘い水をちびちびと飲んでいた。ウィルエルやロイ達は固まって立っているが、カガニアの人達はなかなか話しかけてこない。ネイバリーのパーティーとは正反対だ。皆遠巻きにこちらを見てヒソヒソと話をしている。アレムはその方が気が楽だった。しかし、ミシュアルは確実にこの場に来るはずである。アレムはミシュアルが話しかけてこないことを祈った。
 アレムはウィルエルに豆とスパイスをすり潰して揚げた料理を勧めようとした。カガニアの伝統料理だ。皿に手を伸ばしたその時、背後からふてぶてしい声が聞こえた。
「よお、いいご身分じゃねえか」
 アレムはぴたりと手を止めゆっくりと振り返った。そこには予想通り、アレムが最も会いたくない男がいた。アレムとどことなく似た顔つきだが、くっきりとした目は少し吊り上がっている。アレムより長身だが、ウィルエルよりは若干背が低く筋肉質だ。銀色の短髪はウェーブしておりうなじは刈り上げてある。その男、ミシュアルは苦々しい顔でアレムを睨んでいた。
「随分可愛がられてるみたいだが、体を使ってたらし込んだのか? それしか出来ねえもんな」
 ミシュアルはウィルエルには一瞥もくれずアレムに言い放った。ウィルエルは氷のような目つきでミシュアルを見ていた。アレムの体から血の気が引く。この男に体をいいようになぶられた記憶が蘇った。ミシュアルの声を聞くだけで、アレムは体が硬くなり、息苦しくなる。
「よくこんな傷だらけの中古品を可愛がれるな。ソイツはそういう趣味か?」
 ロイとオドリックはテーブルにあった食事用のナイフを握りしめていた。
「ハッ! のこのこ戻ってきやがって。そんなに俺に会いたかったのかよ」
 ミシュアルはアレムに近づくと肩に手を乗せてきた。声、態度、匂い、手のひらの温度。目の前にいるミシュアルの全てがアレムには苦痛だった。気分が悪く逃げ出したい。するとウィルエルが横からアレムの腰を抱き引き寄せた。ミシュアルの手が肩から滑り落ちる。ミシュアルはウィルエルを睨みつけた。
「躾がなっていないようだが、どこの子どもが紛れ込んだんだ?」
 ウィルエルはネイバリー語でそう言った。ミシュアルは不快なことを言われたと感じ取ったようだ。
「……ほざけ。こんなお古で満足してくれるなら安上がりなもんだな。せいぜいカガニアの役に立てよ」
 ミシュアルはウィルエルを睨んだまま、アレムの耳元で囁いた。遠巻きの人々は皆こちらの様子を伺っていた。アレムはこの場で喧嘩が始まったらどうしようかと思ったが、ミシュアルはウィルエルを一瞥するとその場を去っていった。不思議に思い周囲を見渡すと、クトゥフがミシュアルを睨みつけていた。日頃からミシュアルは問題行動が多いが、国民人気が高いため見逃されている部分がある。しかし国賓に失礼な態度を取るのは流石にクトゥフも見逃せないのだろう。ミシュアルが去るのに合わせて周囲もまたヒソヒソと雑談を再開した。
 アレムはほっと小さく溜息をついた。ウィルエルを見ると、とても怒ったような顔つきでアレムを見ていたので驚いた。
「も、もうしわけありません! さっきのおとこはミシュアルといいます。おうぞく、です。わたしとは、ははおやちがいです。かれは……じゆうで、とてもしつれい……、もうしわけありませんでした」
 必死にネイバリー語で説明を試みたが、アレムの口をウィルエルは手のひらで抑えた。
「アレムが謝る必要は無い。アレム、ひとつ聞きたいことがある」
 ウィルエルはアレムの顔を覗き込むと手を退けた。アレムは何を聞かれるのかとどきりとした。
「アレムはあの男のことが好きか?」
 一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。憎むことはあっても、好意など微塵もない。アレムは必死に頭を振って否定した。
「ない……ないです! えーと……きら…………にがてです!」
 流石に異母兄妹を嫌いと言い切るのは気が引けたので咄嗟に言い換えた。アレムがそう返事をすると、ウィルエルはにっこりと満面の笑みを浮かべた。アレムは困惑した。
「そうか、分かった」
 先ほどまでの不機嫌さは全く感じない。アレムはウィルエルの怒りが治ったようでとりあえず安心した。
 その後ミシュアルは姿を見せず、パーティーは周囲の人と当たり障りのない話をして終了した。
 カガニアには二泊三日の滞在予定となっている。ウィルエルの予定があることと、カガニア側のあまり長居させたくない、という雰囲気を感じ取った結果だった。これは予め旅の前に鳥を使った往復書簡で決まっていた。
 その日の夜はカガニア王宮内の客間に泊まった。アレムとウィルエルは同じ部屋だった。今日与えられた部屋はアレムが住んでいた納屋よりも遥かに立派だった。母がいなくなってから、カガニアでこのような立派な部屋で眠るのは初めてだった。けれど実際にベッドで横になると、アレムは全く寝付けなかった。湿った空気がじっとりとまとわりつき、久しぶりに会ったミシュアルの存在が脳裏から離れない。手を掴まれ、痣だらけになりながら襲われる自分の姿を思い浮かべてしまう。嫌な記憶がアレムの心を殴り続けた。
「…………レム……! ……アレム!」
 声が聞こえてハッと目覚めると目の前にウィルエルの顔があった。
「大丈夫か? うなされていたけど……」
「だ……だいじょうぶです」
 アレムはそう言ったが、ウィルエルは水を持ってきて飲ませてくれた。そして一緒に横になるとアレムの背中を撫でた。
「心配ない。ずっと私がそばにいるよ」
 アレムの目からじわりと涙が溢れでた。それはアレムがずっと求めていたものだった。カガニアの小屋で一人ずっと耐え忍んだ夜。今、同じカガニアにいながらアレムはウィルエルの胸の中にいる。アレムの中の暗い記憶がウィルエルの胸に吸い取られていくようだった。目の前の人が大切で堪らない気持ちになった。アレムは啜り泣きながらウィルエルの胸にしがみついた。ウィルエルは何も言わず、ただ背中を撫で続けてくれた。
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