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第七章 カガニアへ

1 目覚めたウィルエル

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 ウィルエルは城のすぐ近くの病院へ運ばれた。治療が行われる部屋の前でアレムは必死に無事を祈っていた。手が血塗れだったので、ロイやオドリックが治療をしてくれと言ってきたがアレムはその場を動かなかった。仕方なくロイがその場に医師を呼び、アレムは包帯を巻いてもらった。数時間後、治療室から医師が出てきた。
「なんとか一命は取り留めたので、あとは意識が戻るのを待つだけです」
 アレムは泣きながらウィルエルの元に駆け寄った。
「ごめんなさい……僕のせいで……」
 カガニア後で呟きながら嗚咽した。ロイが背中をさすってくれていた。アレムは一晩中ウィルエルの側を離れなかった。その間オドリックやロイが必死にアレムに「ウィルエル様も私達も決してあなたを裏切るようなことはしない。ウィルエル様を信じて」とアレムに語りかけた。アレムが持ち出したはずのマクレーニー博士の辞書はなぜかロイが持っていた。それを使ってネイバリー語とカガニア語を交え二人は説明してくれた。事件を手引きした者達は既に捕まって尋問されていることも教えてくれた。アンの裏切りは悲しかったが、それよりも今はウィルエルの容態の方が気になった。アレムは自分の行動に強く責任を感じ、ウィルエルが目覚めたら今後は何があっても離れないと胸に誓った。
 翌朝、アレムは椅子に座ったままベッドにもたれかかって眠ってしまっていた。気がつくとふわふわと頭を何かが撫でる感覚があった。うっすらと目を開けると、ウィルエルがアレムの頭を撫でていた。
「ウィルエル様!!」
 アレムは一気に眠気が吹き飛び、ウィルエルに抱きついた。
「アレム、無事か?」
「わたしはだいじょうぶです!! わたしのせいで……ごめんなさい……」
 泣くまいと歯を食いしばったが、優しく微笑むウィルエルを見ると涙が溢れでた。
「あなたのせいではない」
 ウィルエルは真面目な顔付きでそう言った。どこまでも優しいウィルエルの言葉に、アレムは涙が止まらなかった。
「あ……、はやくみんなにつたえないと……」
 ウィルエルが意識を取り戻したことを伝えなければと、アレムはウィルエルから離れようとした。するとウィルエルはアレムを強く抱きしめて離そうとしなかった。
「もう少し、このままで」
 アレムは一瞬戸惑ったがすぐに大人しくなった。触れ合ったところからじんわりと熱が伝わってくるようだった。
「おはよーございます!」
 二人抱き合っていると、突然ドアが開きロイが現れた。
「え……? 起きてる……?」
 驚いて飛び退こうとするアレムをウィルエルは離さなかったが、ロイはそれよりもウィルエルが目覚めたことに喜んでいるようだった。
「よかった……! アレム様がどれだけ心配したと思ってるんですか……」
 ロイの目に微かに光るものが見えた。その後はオドリック始め続々と城の人々が訪れた。ウィルエルがアレムの手をしっかりと握っていたため、アレムはその場を離れることができなかった。しかし、訪れる人たちは誰一人としてアレムを責めたりしなかった。ウィルエルは医師による診察も終えて、あとは安静に過ごすのみということだった。
 人々の訪問がひと段落すると、部屋にはウィルエル、アレム、ロイ、オドリックが残された。ウィルエルがアレムの手を握ったまま話を切り出した。
「アレム、カガニアとネイバリーの関係に特に変化はない。何か誤解があって城を出たようだけど、詳しく教えてくれないか?」
 アレムは辞書を使いながら、あの日受け取った手紙と新聞記事の内容を説明した。自分には価値がなく、それどころか邪魔な存在になると思って城を出たことを正直に伝えた。
 ウィルエルは深刻な顔で話を聞いていたが、アレムが話し終えると優しく抱きしめてくれた。
「実はアレムと婚約してからネイバリーからカガニアには使節を送ってある。その者から定期的に手紙で報告を受けているが、カガニアの王女とアイワンの王子との婚約の話は全く聞いていない。新聞記事は捏造されたものだと思う」
 わざわざカガニアまで人を送っていることにアレムは驚いた。アイワンとの話は本当ではないようだが、そこまでしてアレムを追い出そうとする勢力がいることに不安を覚えた。
「背後にいるのはプランド教の可能性が高いが……、それは尋問の結果を待とう。アレム、君には全く非は無いよ」
 そう言ってもらえたが、やはり自分はどこに行っても邪魔者扱いされるのかとうなだれた。しかし、目の前で大切に思ってくれるウィルエル達の存在はアレムにとっての光だ。アレムは気を取り直し顔を上げた。
「あ……、そういえば、どうやって、わたしのいるところ、わかりましたか?」
 アレムが質問をすると、ウィルエルはロイの方に顔を向けた。
「いなくなったことにはすぐ気付いたので、即座に城から出て行った馬車を捜索する手配をしました。目撃情報頼りだったんで、結構時間かかってヒヤヒヤしましたよ……。そして、俺は指示出した後すぐに一晩かけてウィルエル様を呼びに行きました。こう見えて馬乗り一番早いの俺なんで……」
「お前にしてはよくやったな」
 オドリックがロイの方を見てそう言ったが、表情はふてぶてしく全く褒めているとは思えなかった。
「尤も、失踪したのはお前の落ち度だからな」
「……やっぱり?」
 ロイは気まずそうに頭を掻いた。
「いいえ、ロイさん、ありがとうございました」
 アレムは立ち上がり、ロイの手を取ると額をロイの手の甲にくっつけた。ロイは照れくさそうに笑っていた。
「ウィルエル様も、ありがとうございます。あぶないめにあわせてすみませんでした」
 次はウィルエルの隣に座り直し、同じように額をウィルエルの頭に付けた。
「とんでもない……。アレムが安心して過ごすためならなんだってするさ」
 ウィルエルはアレムを両腕で包み込んだ。そしてぎゅっと宝物のように少し力を込めて抱きしめると体を離し、アレムの目を見てこう言った。
「アレム、カガニアに行こう」
 アレムは動きが止まった。
「え、あ……、わたしはカガニアにかえる、ということですか?」
 やっぱり愛想を尽かされたのかと思い、おそるおそるそう口にした。
「もちろん私も一緒に行くよ。事実をその目で見たら、また二人でネイバリーに戻ろう」
「私達も行きますけどね」
 ロイも頷く。ウィルエルとオドリックの言葉に、一人帰国するという勘違いをしていたことに気づいてアレムは赤面した。
「でも、とおいですし、あの……、かんげいされるか、かわりません……」
 アレムがカガニアに行ったところで歓迎などされないだろう。ウィルエルがいたとしても、表面上は来賓として迎え入れるだろうがカガニア王宮の人達が失礼な態度を取らないか心配だった。
「アレム、カガニア国王の容態がよくないそうだ」
 ウィルエルの言葉にアレムは小さく「えっ」と声を漏らした。国王はアレムの父である。アレムは父親に対して複雑な感情を抱いていた。数ヶ月に一度思い出したように呼び出してはアレムをとても可愛がってくれたが、それ以外は全く無関心で、アレムが王宮でどんな扱いを受けているのか知らないようだった。国王に可愛がられる度に嫌がらせが酷くなるのも憂鬱だった。また、アレムの母アミナははっきり言葉にしたことは無いが、望まない結婚だったように思えた。彼女もまた王宮で冷遇されていたのに父は助けてくれなかった。その国王の容態が悪いと聞いて、わざわざ海を越えて会いに行くほどの愛情は持てなかった。しかし、断るとウィルエルが心配しそうだし、もしかしたらカガニアに行ってみたいのかもしれない、と思った。カガニアにはもう戻らない覚悟で出てきたが、ウィルエル達と一緒なら帰ってもいいかもしれない、アレムはそう思い直した。
「カガニアに……いっしょにいってくれるのですか?」
 ウィルエルは「もちろん」と微笑んだ。
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