遊び人王子と捨てられ王子が通じ合うまで

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第六章 離ればなれ

2 アレム、倒れる

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 夜になるとアレムはパーティー会場にいた。アレムの正装は毎回わざわざネイバリー側であつらえてくれるのだが、いつもカガニア風の衣装を作ってくれる。今回は暗い紫色に金糸で刺繍が施された上下揃いの服に、金色の柔らかな布を肩から腰にかけて巻いていた。ウィルエルはアレムを見ると満足げに抱きしめて手の甲にキスをしてくれた。アレムは頭がふらふらしていたがなんとか誤魔化した。ウィルエルも揃いの生地で、こちらは肩章や金ボタンが施されていた。ウィルエルの腕にはいつも通り白い石の嵌め込まれた腕輪を着けている。
 ヒュートや他の客人達はすでに来ており、会場は騒ついていた。いよいよ立ちくらみがしてきたので、アレムはこれ以上誤魔化せないと判断して「すこしきゅうけいします」とウィルエルに伝えた。
「どうかしたのか? 具合が悪いのか?」
 とウィルエルが心配そうに言ってくれたが、アレムは笑って首を振った。
「だいじょうぶです。すこしすわりたいだけです。わたしのことはきにしないでください」
 ウィルエルはアレムに付いてこようとしたが、ヒュートが近づいてきてウィルエルに声をかけた。アレムはそれを見てさっとその場から離れた。ウィルエルがこちらに向かって何か声をかけた気がしたが、アレムはくらくらしていたので振り返らなかった。会場の端の方にある椅子に座り、ウィルエルを見ていた。ロイはずっとアレムの傍を離れなかった。
「アレム様、具合が悪いですか?」
 ロイがアレムが聞き取れるようゆっくり、はっきりと尋ねてきた。
「いいえ、もんだいないです。ひとがおおいのがにがてなだけです」
 アレムはそう言ったが、体が熱いのに寒気を感じる。パーティーが終わるまで持つか心配になった。アレムは座ってじっとしていた。
 途中、ヒュートがアレムに挨拶にやって来た。ウィルエルは少し離れたところで婦人達と話をしていた。ヒュートはアレムの隣の椅子に腰掛けた。
「こんにちわ。なんだか具合が悪そうですが大丈夫ですか?」
 ヒュートが唐突にアレムの額に手を置いたので、驚いて体を後ろに倒した。
「もんだいありません。こういうばしょになれてないだけです」
「無理しないでくださいね。ところでウィルエルは来るもの拒まずだから心配になりませんか?」
 ヒュートはにこやかに聞いて来た。
「かれは、みんなにすかれるのは、とうぜんです。わたしは、そのなかのひとりです」
 アレムはウィルエルの方を見ながら答えた。
「健気だなあ……。寂しくなったらいつでも私が相手をしますからね」
 ヒュートはアレムの手を取り、手の甲に口付けをした。そのときウィルエルがこちらを向いた。婦人達を置いてずんずんと近づいてくる。ヒュートはさっと手を離した。
「失礼。私は戻りますね」
 ヒュートはウィルエルの方に向かって行った。ウィルエルはこちらに来ようとしていたが、またすぐに人々に絡まれてしまっていた。
 その後ウィルエルはヒュートと並んで立っていた。二人はずっと入れ替わり立ち替わりゲスト達に取り囲まれている。遠目に見ても二人はお似合いだ。ヒュートは当然ネイバリー語を話せるし、美しく、周囲に人気があるようだ。アレムにも優しく接してくれた。今までは他の誰かがウィルエルと話しているのを見ても何とも思わなかったが、今はヒュートとウィルエルが親しそうに話しているのを見ると、自分も同じようにウィルエルと話したいと思ってしまう。するとヒュートが何かをウィルエルに耳打ちしている姿が目に入った。二人でくすくすと笑っている。アレムはあんな風にウィルエルとお喋りして笑い合うことはできない。ネイバリー語はある程度聞き取れるようになってきたが、それは相手が気を遣ってゆっくり話してくれる時だけだ。パーティー会場の喧騒はアレムには雑音のようにしか聞こえなかった。百名以上はいそうな会場の中、アレムは孤独を感じた。
 遠くのウィルエルをぼーっと眺めていたが、どんどん眩暈が酷くなってきた。これ以上は無理だ、そう思いアレムは立ち上がった。しかし立った瞬間景色がぐにゃりと曲がって力が抜けていった。
「アレム様!!」
 ロイの声が聞こえる。ざわざわとした喧騒が耳から遠のいていく。
「アレム!!」
 誰かが力強くアレムの体を抱き抱えた。遠のいていく意識の中、ウィルエルの顔が見えた気がした。
 
 アレムが目が覚ますと、寝室のベッドの上だった。
「アレム様……!」
 声がする方に目をやるとロイがタオルを持っていた。
「気分はいかがですか? 医師によると疲労と風邪、ということでした……」
 いつも元気なロイが落ち込んだ様子でそう言った。
「すみません……、もうだいじょうぶです。パーティーはおわりましたか?」
 ロイが目を丸くしたのでアレムは不思議に思った。
「アレム様……、実はあれから二日経っています」
 気を遣った様子でロイがそう言った。
「え!? ふつか!?」
 アレムは驚いてはっきりと目が覚めた。
「あの……、大変申し上げにくいのですが……、ウィルエル様は急にドーイ地方へ行くことになり昨日出発してしまいました」
 アレムは呆然とした。自分がパーティーで倒れるという失態を犯した間にウィルエルはヒュートの所へ行ってしまったのだ。愛想を尽かされたのかもしれない。アレムは毛布をギュッと握りしめた。
「手紙を預かっていますので読んでください!」
 ロイが慌てた様子でアレムに手紙を手渡した。アレムはなんとか気持ちを落ち着かせ手紙を開いた。
『愛するアレムへ
 体調は回復しただろうか? 医師から命に別状は無いと聞いているが、無理せずゆっくり過ごしてくれ。それから、急いでいたのでネイバリー語で書く事を許してほしい。
 ドーイ地方でプランド教過激派の反乱が起こっていると連絡があった。アレムに危険が及ぶ前に治めて来るから安心してくれ。
 アレムが目覚める前に旅立つことは心苦しいが、すぐに戻る。困った事があればロイに言うように。
 心はいつもあなたの傍にある。
 ウィルエル』
 ときどき分からない単語が出てくるとロイに説明してもらったり、博士の辞書を参照した。
「……ヒュートさまもいっしょですか?」
「はい、お二人は一緒にドーイ地方へ向かいました」
「そうですか……」
 自分はウィルエルにとって、ネイバリーにとっても迷惑な存在では無いだろうか。アレムは手紙を置いて俯いた。
「ドーイちほうはあぶないですか?」
「プランド教の反乱はよくあることなので大丈夫と思いますよ。ウィルエル様が危険な目に遭うことは無いはずです。ヒュート様もいますし」
 それを聞いて少し安心した。しかし体調はまだ全快とは言えず、気分も全く優れなかった。その晩アレムは広いベッドで一人で眠った。そうしている間、ウィルエルはヒュートと過ごしているのかと思うとモヤモヤとしたものが胸の内に広がった。ベッドからウィルエルが描いた海辺の絵を見て落ち着こうと思ったが涙が滲んできた。一人で眠る事がこんなにも寂しくなってしまった。孤独にまた慣れなければ、と自分に言い聞かせた。
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