遊び人王子と捨てられ王子が通じ合うまで

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第五章 北国レインガルドへ

9 ウィルエルとマクレーニー博士

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 レインガルド滞在中、ウィルエルは一度だけマクレーニー博士と二人で話をした。ネイバリー語の講義が一息着いたタイミングでウィルエルが博士に声をかけ、二人は別の講義室へ移った。アレムはその間数学の問題を解いてもらうことにした。博士が問題を渡すとアレムは楽しそうにしていたのでウィルエルはほっとした。
 部屋で二人きりになるとウィルエルが口を開いた。
「初日に話したアレムの怪我の件だが……」
「それは私も気になっていました……」
 博士は神妙な顔でウィルエルの言葉の続きを待った。
「アレムがネイバリーに到着してすぐ、体中に暴行の跡があった。……噛み跡もあった。婚約させようという王族がそんな目に遭って、そのまま送り出すものだろうか」
 博士はしばらく絶句していたが、ようやく口を開くと話し始めた。
「少なくとも私がいた頃のカガニアの王族は……滅多に国民の近くに姿を現しませんでした。王宮の警備は特に厳重で、侵入者は即殺されます。例え港までの道中で事件に遭ったとしても、普通ならば王宮に戻り犯人を捕らえるまで王子を外に出さないでしょう……つまり……」
 博士は言い淀んだ。
「犯人は王宮内である程度身分が高い人物だと想定しているが、博士もそう思うか?」
 ウィルエルが続けた言葉に、ゴクリと博士が唾を飲む音が聞こえた。
「……状況から判断するとそうなりますね。近年のカガニアの情報は私もなかなか入手することができず、現在の王族の力関係などは分かりません。しかしアレム様は庶子の子ということで肩身が狭かったことは容易に想像できます」
「うむ。それについては今調査をしているところだ……。彼にはしがらみなくネイバリーで過ごして欲しい。笑っていてほしいんだ。アレムは本当に不思議な人だ。か弱いかと思えば武術の達人だし数学まで得意ときた。細いがよく食べるし、オドオドしているかと思えば誰にも分け隔てなく接する。それに……、私の絵を見て……、欲しい言葉をくれた」
 博士は聞きながら静かに微笑んだ。ウィルエルは言葉を続ける。
「私は彼じゃないと嫌なんだ。だけど彼は私ではなくてもいいのかもしれない。彼にも私を選んで欲しい」
「奔放なウィルエルさまがそこまで仰るとは、アレム様のことが本当に気になるのですね」
「そうだな……、こんな気持ちは初めてだ」
 マクレーニーは子どもの頃教師として勉強を教えてくれていた。博士はとても博識で落ち着いており、ウィルエルはよく話を聞いてもらっていた。今はまるでその頃に戻ったようだった。
「ウィルエル様もカガニア語を覚えないといけませんね」
「そうだな。ここに来て強くそう思ったよ。アレムにだけ負担させるわけにいかない。アレムが何に驚き何に笑い、悲しみ怒るかを知りたい。寄り添いたいんだ」
 正直、最初はアレムに早くネイバリー語を覚えて欲しいとばかり思っていた。しかしレインガルドでアレムが必死に努力する姿や博士の辞書を見て、自分がカガニア語に触れてみて、自分自身も歩み寄る努力を怠ってはいけないと強く感じた。
「ありがとう。やるべき事が見えてきたよ」
「それは良かったです。そのお気持ちがあれば、きっと通じ合えますよ」
 二人はお互いの肩をポンと叩き合い、アレムの待つ部屋に戻った。
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