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第五章 北国レインガルドへ

6 暖かな朝

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 レインガルドの滞在予定は五日間で、博士とは明日も会うことになっている。明日は博士のネイバリー語レッスンの予定だ。また翌日会うのを楽しみに、その日は博士に別れを告げた。
 その晩はレインガルドの重役達との食事会だった。豪華なレストランでご馳走になったが、アレムはウィルエル達と重役達の小難しい話題に付いていけなかった。知らない単語ばかりで早口で話すのを聞き、普段みんながいかにゆっくり易しい言葉で話しかけてくれているかを思い知った。内容が全く分からないのに曖昧に微笑む自分に嫌気がさした。言葉を理解しない自分はまるで空気のように扱われ、カガニアにいた頃を思い出してしまった。
 迷惑をかけたくないし、周囲の人たちが何を考えているか知りたい。アレムはネイバリー語の勉強を頑張ろうと心の中で誓った。
 ウィルエルは重役達ともう一件別の店へ行くと言うので、アレムは先に宿へ帰った。部屋に入るとすぐに博士の辞書を開いた。辞書はずっしりと重く、博士の知識と経験を現しているようだった。びっしりと書き込まれた字を指でなぞり、ひとつひとつ単語を確認した。カガニア語の後ろにネイバリー語で単語の意味が書いてある。発音が分からない部分もあるが構わず読み進めた。途中で一息ついた後、アレムは博士がくれた数学の教本を捲ってみた。そこにはアレムがカガニアの図書館で懸命に勉強していた方程式の解説が書いてあった。組み合わさった複数の関数を解析していく方法を分かりやすく解説してある。アレムはみるみるうちに夢中になり、持って来ていたノートに内容をまとめながら写し取った。ネイバリー語で分からない部分や、数式に対する質問事項もメモを残した。瞬く間に数時間が過ぎ、気がつくとアレムは机に伏せたまま居眠りをしていた。
 カタンと音がしてうっすら目が覚めたが、体が宙に浮いたような感覚と嗅ぎ慣れた薔薇の香り、唇に温かいものを感じた後、再び眠りに落ちていった。
 翌朝目覚めるとアレムはなぜかベッドで眠っていた。目の前に美しいウィルエルの寝顔がある。アレムは驚いて声を出しそうになり、はっと口を押さえた。昨晩居眠りをした後ウィルエルがベッドに運んでくれたに違いない。
「かっこいい……」
 ウィルエルの顔を見つめながらカガニア語でアレムは呟いた。こんな美しい男性と毎晩キスをしているなんて信じられない。アレムは自分の唇を触った。するとウィルエルが薄く目を開いた。
「アレム……」
「あ、お、おはようございます」
 ウィルエルが微笑んで、アレムは慌てて挨拶した。
「唇がどうかした?」
 アレムの指はまだ自分の唇に触れていた。
「えっ!? いや、なんでもないです……」
 アレムはすぐに手を退けて否定した。
「見せて」
 ウィルエルはアレムの顎を掴むと唇をじっくりと観察した。そしてアレムの唇に口付けた。
「んっ!? んむ……」
 驚いたアレムは呻いたが、すぐに舌で封じられた。
「ん……ぅ……」
 温かく濡れた感触が口の中をまさぐると、ちゅっと音を立てて唇が離れた。
「うん、異常なし」
 ウィルエルは赤くなったアレムを見てにっこりと笑った。
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