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第五章 北国レインガルドへ
5 数学の授業
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食事を済ませると大学の中を見学させてもらうことになった。長年教授を務めていたマクレーニー博士はもう引退しているが、研究室は残されており体調が良いときには時々訪問しているそうだ。学生達には今日の訪問は伝えていないので、こっそりと見て回ることになっている。
学内で一番広い講義室の後ろのドアをそっと開くと、百人以上の学生が講義を受けている後ろ姿が見えた。前方の三分の二くらいの席が埋まっている。従者達は廊下に待機し、アレムとウィルエル、博士は一番後ろの席に静かに着いた。講義室は後方から前方に向かって下がる段差が付いている。数学の講義ということで一番前で教授が黒板に数式を書き殴っていた。学生達は必死にノートを書き、ときどき手を挙げて質問している。アレムはこれだけの人数が集まり熱心に勉強している姿に感銘を受けた。アレムにとって勉強は、図書館の片隅で一人見つからないように行うものだった。分からない所があっても誰にも聞けず、ひたすら他の本で調べる孤独な日々だった。数字の現し方はカガニアとネイバリーで共通なので、アレムは黒板の内容が大体理解できた。アレムは板書を必死に読み解いた。途中ウィルエルに話しかけられていることに全く気が付かなかった。トントンと肩を叩かれ、驚いて横を見るとウィルエルが「まだ聞きたい?」と小声で尋ねてきた。アレムはまだまだ聞きたかったが、廊下に皆を待たせていることを思い出した。苦渋の表情で「もう出ます……」と答え席を立とうとすると、ウィルエルに腕を掴まれ再び座らされた。アレムが驚いていると「せっかくだから最後まで聞いていこう」と言ってくれた。マクレーニー博士も笑顔で頷いてくれた。待たせている皆には悪いが、アレムは教授の言葉を聞き逃したくなくてすぐに授業に没頭してしまった。アレムが図書館の本で勉強したことがある内容と似ていた。その時はどうしても解けない問題があったのを思い出した。言葉はところどころしか分からないので板書を食い入るように見て記憶した。ノートが無いのが悔やまれた。講義は一時間ほどで終わった。
三人は学生達から気づかれる前に後ろから退室した。アレムの頬は紅潮していた。
「授業がお気に召しましたか?」
マクレーニー博士がアレムに尋ねた。
「はい、とても……」
「それは良かったです。カガニアでも数学を専攻されていたのですか?」
そう尋ねられたアレムは答えに窮した。まさか王族の人間が学校にも行かず、家庭教師も付けず、まともな教育を受けたことがないなどと言えるはずがない。
「ええと……、数学が好きで自分で勉強しました」
アレムは当たり障りのない回答をした。
「それは素晴らしい!」
屈託のない博士の笑顔にアレムは気まずくなった。
「私にはさっぱり分からなかったよ。でもアレムが好きなものをまたひとつ知れて嬉しい」
ウィルエルは微笑みながらそう言ってくれたので少し気が紛れた。
その後一行はいくつかの授業を覗き見たり、学内の施設を見て回った。あちこちで学生達が軽食を取ったり談笑したり課題をしている。大学はアレムにとって天国のように思えた。
あっという間に夕暮れ時になり、アレム達は大学を去る時間になった。博士は体調の都合で夕食は同行できないということだった。博士は非常に残念がっていたが、アレムは日中時間を割いてくれただけでも非常に感謝していた。去り際、博士は少し席を外すとアレムに一冊の本を持って来てくれた。それは今日聴講した数学の教本だった。アレムはぱっと目を輝かせてお礼を伝えた。
「ははは、学生でもそんなに喜ぶ人はいませんよ」
と博士はカガニア語で言っていた。
学内で一番広い講義室の後ろのドアをそっと開くと、百人以上の学生が講義を受けている後ろ姿が見えた。前方の三分の二くらいの席が埋まっている。従者達は廊下に待機し、アレムとウィルエル、博士は一番後ろの席に静かに着いた。講義室は後方から前方に向かって下がる段差が付いている。数学の講義ということで一番前で教授が黒板に数式を書き殴っていた。学生達は必死にノートを書き、ときどき手を挙げて質問している。アレムはこれだけの人数が集まり熱心に勉強している姿に感銘を受けた。アレムにとって勉強は、図書館の片隅で一人見つからないように行うものだった。分からない所があっても誰にも聞けず、ひたすら他の本で調べる孤独な日々だった。数字の現し方はカガニアとネイバリーで共通なので、アレムは黒板の内容が大体理解できた。アレムは板書を必死に読み解いた。途中ウィルエルに話しかけられていることに全く気が付かなかった。トントンと肩を叩かれ、驚いて横を見るとウィルエルが「まだ聞きたい?」と小声で尋ねてきた。アレムはまだまだ聞きたかったが、廊下に皆を待たせていることを思い出した。苦渋の表情で「もう出ます……」と答え席を立とうとすると、ウィルエルに腕を掴まれ再び座らされた。アレムが驚いていると「せっかくだから最後まで聞いていこう」と言ってくれた。マクレーニー博士も笑顔で頷いてくれた。待たせている皆には悪いが、アレムは教授の言葉を聞き逃したくなくてすぐに授業に没頭してしまった。アレムが図書館の本で勉強したことがある内容と似ていた。その時はどうしても解けない問題があったのを思い出した。言葉はところどころしか分からないので板書を食い入るように見て記憶した。ノートが無いのが悔やまれた。講義は一時間ほどで終わった。
三人は学生達から気づかれる前に後ろから退室した。アレムの頬は紅潮していた。
「授業がお気に召しましたか?」
マクレーニー博士がアレムに尋ねた。
「はい、とても……」
「それは良かったです。カガニアでも数学を専攻されていたのですか?」
そう尋ねられたアレムは答えに窮した。まさか王族の人間が学校にも行かず、家庭教師も付けず、まともな教育を受けたことがないなどと言えるはずがない。
「ええと……、数学が好きで自分で勉強しました」
アレムは当たり障りのない回答をした。
「それは素晴らしい!」
屈託のない博士の笑顔にアレムは気まずくなった。
「私にはさっぱり分からなかったよ。でもアレムが好きなものをまたひとつ知れて嬉しい」
ウィルエルは微笑みながらそう言ってくれたので少し気が紛れた。
その後一行はいくつかの授業を覗き見たり、学内の施設を見て回った。あちこちで学生達が軽食を取ったり談笑したり課題をしている。大学はアレムにとって天国のように思えた。
あっという間に夕暮れ時になり、アレム達は大学を去る時間になった。博士は体調の都合で夕食は同行できないということだった。博士は非常に残念がっていたが、アレムは日中時間を割いてくれただけでも非常に感謝していた。去り際、博士は少し席を外すとアレムに一冊の本を持って来てくれた。それは今日聴講した数学の教本だった。アレムはぱっと目を輝かせてお礼を伝えた。
「ははは、学生でもそんなに喜ぶ人はいませんよ」
と博士はカガニア語で言っていた。
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