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第五章 北国レインガルドへ
1 レインガルドへ
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アレムがネイバリーに来てから気づけば四ヶ月ほどの月日が経っていた。アレムのいたカガニアは雨季と乾季はあるが年間を通して高温多湿である。対するネイバリーは季節による温度差は多少あるものの、年間を通して過ごしやすい気候が続く。今は比較的暖かい時期であり、アレムは快適に過ごしていた。つい先日起こった襲撃事件は犯人グループが検挙されたものの、プランド教との繋がりの確証は未だ得られていないということだった。しかし事件以降護衛達はアレムを見るとビシッと背筋を伸ばし、恭しく振る舞うようになった。視線からこれまでの太々しさは消え、アレムの一挙一動を見逃すまいとしているようだった。アレムはこれまでと変わらずネイバリー語を勉強し、本を読んだり散歩をしたりして過ごしていた。ウィルエルはというと、就寝時に途中でいなくなることが無くなった。アレムを抱きしめて眠ると、朝までそのまま一緒にいるようだった。そうなってからまだ数日しか経っていないので、アレムはそういう時期もあるのだろうと思っていた。
ある日の午後のティータイムに、アレムが部屋で果物の入ったお茶を飲んでいるとウィルエルがやってきた。ウィルエルは基本的に日中は国内の行政に関する仕事をしているそうだ。朝出かけると夕方まで戻らない。いきなり扉が開いてウィルエルが現れたのでアレムは驚き、飲んでいたお茶がむせて咳き込んでしまった。ウィルエルがアレムの背中を撫でている間に、一緒にやって来たオドリックが筒状になっていた大きな紙をテーブルに広げた。アレムはその紙に視線を向けた。
アレムが両手を広げたくらいのサイズのその用紙は地図のようだった。まだ“地図”というネイバリー語を覚えていないアレムはそれが地図かどうか尋ねることができず口篭った。するとウィルエルが図の中心に近い一点を指して「ネイバリー」と言った。やはりこれは地図のようだ。そしてその指はまっすぐと上へ向かい、地図の端まで辿り着くとようやく止まった。ウィルエルはトントンとその地点を叩き「レインガルド」とはっきり発音した。そしてオドリックから細長い赤い布を受け取りアレムの首に一周巻きつけた。それは厚みがあり柔らかで、何よりとても暖かかった。アレムの顔は顎まですっぽりと覆われている。
「レインガルドに行きます。向こうは寒いのでそれを身に着けて欲しい」
ゆっくりとウィルエルが発音してくれたおかげでアレムは理解することができた。
「もう一つ、プレゼント」
ウィルエルはそう言うと懐から一通の手紙を取り出しアレムに手渡した。封筒の宛名を見てアレムは驚いた。そこにはアレムの名前が書かれているのだが、カガニア語のスペルで書いてあるのだ。カガニアからの悪い知らせかとアレムは一瞬身構えたが、封を開き中身に目を通すと全く予想していなかった内容が現れた。
『カガニア国のアレム・シャミーレ王子殿
突然お手紙を差し上げる無礼をお許しください。私はネイバリー国レインガルド領に住む言語学者のマクレーニーと申します。この度はウィルエル王子とのご婚約誠におめでとうございます。すぐにでも駆けつけたい所存でしたが、高齢のため中々体が言うことを聞かず病で伏せておりました。私は今から十年ほど前まで、言語の教育係としてネイバリー城に二十三年間勤めておりました。今は故郷のレインガルドに戻り、レインガルド大学の顧問を勤めております。私はカガニア語の知識が多少あるため、婚約の話を聞いた時からアレム様のお力になりたいと思っておりました。しかし生憎私にはネイバリーまで生きて辿りつける体力がありません。自分の老いが恨めしくてなりません。アレム様が言葉の面でご不便を感じていらっしゃるのではと大変心苦しく思っております。王宮から打診頂いていた通訳の仕事は引き受けることが叶いませんでしたが、ようやく容体が落ち着いたためこうして手紙をしたためることができました。ウィルエル様からはアレム様と共にレインガルドを訪れる予定と伺っております。大変喜ばしく、名誉なことです。言葉の壁でお困りのことがあれば、ご来訪の際何なりとお申し付けください。誠心誠意対応致します。アレム様とお会いできる日を心待ちにしております。
ツイル・マクレーニー』
流暢なカガニア語で書かれた手紙を読み終え、アレムが顔を上げるとウィルエルがにっこりと微笑んでいた。
「マクレーニー博士に会いに行こう」
その提案にアレムは何度も頷き、数日後北国レインガルドへ出発することが決まった。
ある日の午後のティータイムに、アレムが部屋で果物の入ったお茶を飲んでいるとウィルエルがやってきた。ウィルエルは基本的に日中は国内の行政に関する仕事をしているそうだ。朝出かけると夕方まで戻らない。いきなり扉が開いてウィルエルが現れたのでアレムは驚き、飲んでいたお茶がむせて咳き込んでしまった。ウィルエルがアレムの背中を撫でている間に、一緒にやって来たオドリックが筒状になっていた大きな紙をテーブルに広げた。アレムはその紙に視線を向けた。
アレムが両手を広げたくらいのサイズのその用紙は地図のようだった。まだ“地図”というネイバリー語を覚えていないアレムはそれが地図かどうか尋ねることができず口篭った。するとウィルエルが図の中心に近い一点を指して「ネイバリー」と言った。やはりこれは地図のようだ。そしてその指はまっすぐと上へ向かい、地図の端まで辿り着くとようやく止まった。ウィルエルはトントンとその地点を叩き「レインガルド」とはっきり発音した。そしてオドリックから細長い赤い布を受け取りアレムの首に一周巻きつけた。それは厚みがあり柔らかで、何よりとても暖かかった。アレムの顔は顎まですっぽりと覆われている。
「レインガルドに行きます。向こうは寒いのでそれを身に着けて欲しい」
ゆっくりとウィルエルが発音してくれたおかげでアレムは理解することができた。
「もう一つ、プレゼント」
ウィルエルはそう言うと懐から一通の手紙を取り出しアレムに手渡した。封筒の宛名を見てアレムは驚いた。そこにはアレムの名前が書かれているのだが、カガニア語のスペルで書いてあるのだ。カガニアからの悪い知らせかとアレムは一瞬身構えたが、封を開き中身に目を通すと全く予想していなかった内容が現れた。
『カガニア国のアレム・シャミーレ王子殿
突然お手紙を差し上げる無礼をお許しください。私はネイバリー国レインガルド領に住む言語学者のマクレーニーと申します。この度はウィルエル王子とのご婚約誠におめでとうございます。すぐにでも駆けつけたい所存でしたが、高齢のため中々体が言うことを聞かず病で伏せておりました。私は今から十年ほど前まで、言語の教育係としてネイバリー城に二十三年間勤めておりました。今は故郷のレインガルドに戻り、レインガルド大学の顧問を勤めております。私はカガニア語の知識が多少あるため、婚約の話を聞いた時からアレム様のお力になりたいと思っておりました。しかし生憎私にはネイバリーまで生きて辿りつける体力がありません。自分の老いが恨めしくてなりません。アレム様が言葉の面でご不便を感じていらっしゃるのではと大変心苦しく思っております。王宮から打診頂いていた通訳の仕事は引き受けることが叶いませんでしたが、ようやく容体が落ち着いたためこうして手紙をしたためることができました。ウィルエル様からはアレム様と共にレインガルドを訪れる予定と伺っております。大変喜ばしく、名誉なことです。言葉の壁でお困りのことがあれば、ご来訪の際何なりとお申し付けください。誠心誠意対応致します。アレム様とお会いできる日を心待ちにしております。
ツイル・マクレーニー』
流暢なカガニア語で書かれた手紙を読み終え、アレムが顔を上げるとウィルエルがにっこりと微笑んでいた。
「マクレーニー博士に会いに行こう」
その提案にアレムは何度も頷き、数日後北国レインガルドへ出発することが決まった。
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