上 下
28 / 50
第五章 北国レインガルドへ

1 レインガルドへ

しおりを挟む
 アレムがネイバリーに来てから気づけば四ヶ月ほどの月日が経っていた。アレムのいたカガニアは雨季と乾季はあるが年間を通して高温多湿である。対するネイバリーは季節による温度差は多少あるものの、年間を通して過ごしやすい気候が続く。今は比較的暖かい時期であり、アレムは快適に過ごしていた。つい先日起こった襲撃事件は犯人グループが検挙されたものの、プランド教との繋がりの確証は未だ得られていないということだった。しかし事件以降護衛達はアレムを見るとビシッと背筋を伸ばし、恭しく振る舞うようになった。視線からこれまでの太々しさは消え、アレムの一挙一動を見逃すまいとしているようだった。アレムはこれまでと変わらずネイバリー語を勉強し、本を読んだり散歩をしたりして過ごしていた。ウィルエルはというと、就寝時に途中でいなくなることが無くなった。アレムを抱きしめて眠ると、朝までそのまま一緒にいるようだった。そうなってからまだ数日しか経っていないので、アレムはそういう時期もあるのだろうと思っていた。
 ある日の午後のティータイムに、アレムが部屋で果物の入ったお茶を飲んでいるとウィルエルがやってきた。ウィルエルは基本的に日中は国内の行政に関する仕事をしているそうだ。朝出かけると夕方まで戻らない。いきなり扉が開いてウィルエルが現れたのでアレムは驚き、飲んでいたお茶がむせて咳き込んでしまった。ウィルエルがアレムの背中を撫でている間に、一緒にやって来たオドリックが筒状になっていた大きな紙をテーブルに広げた。アレムはその紙に視線を向けた。
 アレムが両手を広げたくらいのサイズのその用紙は地図のようだった。まだ“地図”というネイバリー語を覚えていないアレムはそれが地図かどうか尋ねることができず口篭った。するとウィルエルが図の中心に近い一点を指して「ネイバリー」と言った。やはりこれは地図のようだ。そしてその指はまっすぐと上へ向かい、地図の端まで辿り着くとようやく止まった。ウィルエルはトントンとその地点を叩き「レインガルド」とはっきり発音した。そしてオドリックから細長い赤い布を受け取りアレムの首に一周巻きつけた。それは厚みがあり柔らかで、何よりとても暖かかった。アレムの顔は顎まですっぽりと覆われている。
「レインガルドに行きます。向こうは寒いのでそれを身に着けて欲しい」
 ゆっくりとウィルエルが発音してくれたおかげでアレムは理解することができた。
「もう一つ、プレゼント」
 ウィルエルはそう言うと懐から一通の手紙を取り出しアレムに手渡した。封筒の宛名を見てアレムは驚いた。そこにはアレムの名前が書かれているのだが、カガニア語のスペルで書いてあるのだ。カガニアからの悪い知らせかとアレムは一瞬身構えたが、封を開き中身に目を通すと全く予想していなかった内容が現れた。
『カガニア国のアレム・シャミーレ王子殿
 突然お手紙を差し上げる無礼をお許しください。私はネイバリー国レインガルド領に住む言語学者のマクレーニーと申します。この度はウィルエル王子とのご婚約誠におめでとうございます。すぐにでも駆けつけたい所存でしたが、高齢のため中々体が言うことを聞かず病で伏せておりました。私は今から十年ほど前まで、言語の教育係としてネイバリー城に二十三年間勤めておりました。今は故郷のレインガルドに戻り、レインガルド大学の顧問を勤めております。私はカガニア語の知識が多少あるため、婚約の話を聞いた時からアレム様のお力になりたいと思っておりました。しかし生憎私にはネイバリーまで生きて辿りつける体力がありません。自分の老いが恨めしくてなりません。アレム様が言葉の面でご不便を感じていらっしゃるのではと大変心苦しく思っております。王宮から打診頂いていた通訳の仕事は引き受けることが叶いませんでしたが、ようやく容体が落ち着いたためこうして手紙をしたためることができました。ウィルエル様からはアレム様と共にレインガルドを訪れる予定と伺っております。大変喜ばしく、名誉なことです。言葉の壁でお困りのことがあれば、ご来訪の際何なりとお申し付けください。誠心誠意対応致します。アレム様とお会いできる日を心待ちにしております。
 ツイル・マクレーニー』
 流暢なカガニア語で書かれた手紙を読み終え、アレムが顔を上げるとウィルエルがにっこりと微笑んでいた。
 「マクレーニー博士に会いに行こう」
 その提案にアレムは何度も頷き、数日後北国レインガルドへ出発することが決まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

誕生日会終了5分で義兄にハメられました。

天災
BL
 誕生日会の後のえっちなお話。

巨根王宮騎士(アルファ)に食べられた僕(オメガ)!

天災
BL
 巨根王宮騎士は恐ろしい!

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

処理中です...