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第四章 ウィルエルの本音

7 対等

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 ウィルエルはアレムと婚約した直後から、城の外に外出する計画を練っていた。できれば街に連れて行ってあげたいが、そのためには多くの準備が必要だった。ウィルエルの日程確保や事前のルート確認、露店の安全確認など様々な雑事をオドリックに命じた。結局全ての準備が整い都合がついたのは婚約してから二ヶ月後のことだった。準備を担当したオドリックはすっかりやつれてしまっていた。護衛達は未だアレムを受け入れきれない部分があるようで多少心配していたがアレムは気にしていないようだった。街を見て目を輝かせるアレムの姿はウィルエルを満足させた。街に降り立つといつものようにウィルエルは市民に取り囲まれた。自身に対する賛美の声は慣れたものだったが、アレムの姿を初めて見た市民たちが感嘆の声を上げるのをウィルエルは見逃さなかった。幼少期から美しいと持て囃されてきたウィルエルの隣に並んでも、全く引けを取らないアレムの凛とした佇まいに多くの市民が見惚れていた。当の本人は人混みに驚いたのか固まっていたため、ウィルエルは肩を抱き寄せた。怯えた様子のアレムを元気づけようと、予め用意を頼んでおいた屋台の食べ物を次々にアレムに渡した。断りつつも結局は美味しそうに平らげるアレムの姿をウィルエルは目を細めて眺めていた。
 アレムは何を買い与えても困ったように笑っていた。今までのウィルエルのパートナー達はプレゼントをすると決まって大袈裟なほど喜ぶし、様々なものを強請ってきたものだ。アレムも一国の王子であるし、物には不自由していないのだろうか、しかしアレムの持ち物から察するにかなりの倹約家にもみえる……、そうウィルエルが思案していると、アレムの目があるものに釘付けになっていた。それは老舗の時計店のショーウインドウだった。ウィルエルがアレムの目線を辿ると、その先にあったのは懐中時計だった。その時ウィルエルの頭の中にサービトと竜の一場面が思い浮かんだ。旅に出るサービトが真っ先に鞄に入れた荷物が父親の形見の懐中時計だったというものだ。そのシーンは挿絵もあり、アレムはその挿絵を眺めている時と同じ表情をしていた。これが気になるのかと尋ねるとアレムは何でもないと首を振った。だがウィルエルはそんなアレムを尻目に店内へ入り即座に購入を決めた。店主に名前の刻印はどうするか尋ねられたウィルエルは「もちろん」と即答するとアレムの名前の綴りをさらさらとメモしたのだった。時計を受け取ったアレムは両手でしっかりと受け取り興奮した面持ちだった。そんな様子を見ていると自然とアレムの頭に手が伸びた。艶やかな銀髪を撫でるとアレムははにかみ、ウィルエルの心の中に暖かいものが広がった。
 買い物を終えると一行は教会へと向かった。この聖堂は国内有数の観光名所で荘厳な建築とステンドグラスが有名である。踊りっくオドリックの説明を聞くアレムは感嘆したように頷き、興味深そうに周囲を見渡していた。教会から出るとウィルエルはわずかに異変を感じた。人混みは相変わらずだが、これまでの民衆の好意的な感情とは違う敵意のようなものを感じたのだ。しかし気づいた時にはもう遅かった。一行はあっという間にプランド教と思われる集団に取り囲まれていた。王族へここまで直接的に危害を加えてくることは予想合いだった。プランド今日はネイバリー人の優生思想が強くアレムとの婚約にも強く反対していたためこのような強行手段に出たのかもしれない。このようなことが起こること自体がアレムの評判を落としかねない。護衛達は精鋭揃いではあるが相手の数が多すぎるようだ。相手が棍棒のような武器を使っていることから命まで奪うつもりは無いと思いたいが、狙いはおそらくアレムを傷つけることだろう。壁際で防戦一方となり苦戦している最中、ウィルエルはアレムを背後に庇っていた。護衛の一人の頭上に棍棒が振り下ろされそうになったその時だった。
 アレムがカガニア語で何か叫んだと思うや否や、宙を跳んでいた。それはまさしく“舞う”というのに相応しかった。踊るようにしなやかに、自分より一回り以上大きな男達を薙ぎ倒していく。手足はまるで鞭のようだ。これまでウィルエルが見たアレムの表情は、戸惑ったり困ったり、恥ずかしがったりといったものが多かった。だが今のアレムは獲物を狙う豹のように鋭い目つきをしている。彼が舞うたびに一つに束ねた銀髪が絹のようにしなり、ウィルエルはアレムから目が離せなかった。演舞に見惚れているとあっという間に決着がついていた。顔を上げたアレムはいつものようなあどけない顔に戻っていた。ウィルエルは数秒、その場から動けなかった。謙虚でいつも自信がなさそうなのに護衛達の誰よりも強いアレム。これだけの強さを秘めているのに、ネイバリーに着いた当初傷だらけだったアレム。最低限の質素な荷物だけでたった一人残された海の向こうの王子……。
 これまでウィルエルはアレムのことを「可哀想」だと思って接していた。言葉が不自由な彼を守る対象だと決めつけていた。綺麗で可哀想な王子を癒して“あげる”、傷ついた猫を助けて“あげる”。そんな気持ちが根底にあった。だが目の前で大の男達を薙ぎ倒していくアレムを見て初めて、アレムがか弱い存在ではないということに気がついた。彼はきっとウィルエルの手助けがなくても逞しく生きていけるのだ。彼が日々何を思いどう表現するかを知りたい。帰りの馬車の中でアレムを見つめながらウィルエルは己の浅慮を恥じた。
 城へ到着後、アレムを部屋に送り届けるとウィルエルはオドリックを連れて執務室に戻った。今後の対策を考えねばならないためだ。ウィルエルは帰路からずっとアレムに対する自分の感情に向き合っていた。
「オドリック」
「はい?」
「私は……」
 珍しく深刻な表情で目線を落としたウィルエルが何を言うのかと、オドリックは続く言葉を待った。視線を上げたウィルエルは窓から見える空をまっすぐに見つめていた。
「私はアレムと対等になりたい」
 オドリックははっと息を呑んだ。
「彼の横に堂々と並び立つパートナーになりたい。彼が安心して頼れるような……」
 今度はオドリックを見てそう言った。
「それは……頑張らないといけませんね。誠心誠意サポート致します」
 オドリックがニヤリと微笑むとウィルエルはふっと息を吐いて笑うのだった。
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