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第四章 ウィルエルの本音

3 怒り

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 それは初めての夜での出来事だった。
 暗がりの中、アレムの肌は滑らかで心地よく体は敏感で、キスをすると悶える姿はウィルエルを大いに刺激した。
 しかし寝台の上でアレムの体に異変を感じ、ウィルエルは蝋燭の炎でその裸体を照らした。
 闇に浮かび上がった褐色の体には、無数の痣と噛み痕があった。継続的に暴行を受けていただろうということは一目見て明らかだった。カガニア出国後に出来たような傷ではない。
 ウィルエルはその傷を目にした瞬間息を飲んだ。それから体の中から湧き上がってきたのは強い不快感だった。
 こんなに美しい体にこのような仕打ちができる人間がいるのか。なぜ、なんのために、誰が――。次々と疑問が浮かぶ。ウィルエルはこのように傷ついた人を相手にするのは初めてだった。
 可哀想に。カガニアでは大切にされていなかったのか。自分が優しくしてあげなければ。
 アレムは縮こまって青ざめていた。
「痛い?」
 何度も聞いたが言葉がわからないのだろう。アレムは震えるばかりで、泣きそうになりながらカガニア語で何か呟いていた。パーティーからここまで痛そうな素振りは無かったし、傷は新しいものではなさそうなので痛みはそこまで無いようだ。医者に診せるのは明日で良いだろう。その日は震えるアレムを抱えて眠った。ウィルエルはベッドで相手に手を出さなかったのはこれが初めてだった。傷が綺麗に治って、怯えなく受け入れてくれるまで待とう、ウィルエルはアレムのか細い体を抱きしめながらそう決意した。その後夜中にアレムが腕から抜け出すのを感じて目が覚めた。戻ってくるかと待っていたが一向にその気配がない。ウィルエルは部屋の外にいる兵にロイとオドリックを呼んで来させた。二人が到着するまでの間に居室を隅から探していると、アレムが自室に座り込んで眠っているのを見つけた。頬には涙の跡が残っていた。
 祖国で暴行を受け、言葉の通じない国に一人連れてこられた王子。辛いに決まっているだろう。せめてネイバリーではのびのびと過ごして欲しい。ウィルエルはそっとアレムを抱き抱えた。アレムの体はとても軽かった。
 寝室へ戻ろうとするとオドリックとロイが部屋にやって来た。アレムをベッドに寝かせ、居間で二人に事情を話した。
「暴行の痕……!?」
 オドリックは顔を青くした。ロイも驚いている。
「さっさと犯人を晒し首にしましょう」
「本人が傷を隠していると言うことは、公に出来ない相手なのかもしれない……」
 ロイの言葉にオドリックが口を挟んだ。
「偉い人ってこと?」
 ロイの疑問にウィルエルが「おそらくな」と答えた。
「傷を見るにカガニアで暴行を受けたと思うのが妥当だ。カガニア王家でのアレムの扱いは分かるか?」
「カガニアの情報は元々入手が難しいのですが、とりわけアレム様ご自身に関してはとにかく情報が無いのです」
 オドリックが声をひそめて答えた。
「まるでいない者として扱われてるというか……」
「探れるか?」
 ウィルエルはオドリックに鋭い視線を向けた。
「承知致しました。カガニアに人を送ります」
 王子の体が傷だらけになっているなど、一大スキャンダルだ。それに犯人はアレムが婚約パーティーに行くことを知っていてあれだけの傷を付けたとすれば、明らかに喧嘩を売られている。ウィルエルは腹の底が熱くなるのを感じた。ふとロイの視線を感じてそちらを向くと、神妙な顔をしていた。
「なんだ?」
「いや……、なんだか珍しいですね。怒っています?」
「…………そうかもしれない」
 二人の臣下は顔を見合わせていた。しかしオドリックはすぐに切り替えて、明朝医師を手配する段取りをしてくれた。
 話を終え、ウィルエルは寝室の戸を開けた。三人で覗き込むとアレムは眠っているようだった。
「いっぱい食べて遊んで幸せになって欲しいです」
 ロイの呟きにウィルエルは微笑んだ。
「ネイバリーで傷を癒してもらいましょう」
 今度はオドリックが囁いた。
「そうだな……」
 二人が出て行った後、ウィルエルはアレムを優しく抱きしめて眠った。
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