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第四章 ウィルエルの本音

2 魅力的な王子

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 アレムが婚約者候補を集めたパーティーにやって来た当日、ウィルエルは部屋から双眼鏡で来場客を眺めていた。クスクスと笑い出したウィルエルを見て、室内にいたオドリックはぎょっとした。
「どうしたんですか」
「細身の少年の荷物を案内係が持とうとしたけど、その鞄がびくとも動かないんだよ。青年は断って軽々と持ち上げてる。周りもみんな驚いてるよ……」
 笑いながらウィルエルは説明した。
「褐色の肌に見えるなあ……。髪は銀色だ。珍しいな」
「え? だとしたら恐らくカガニアのアレム様ですよ!」
「やはりそうか! ここからだと顔がよく見えないな。パーティーで会うのが楽しみだ」
 オドリックからはしつこくカガニアのアレムとの婚約を勧められていた。恐らくマイコムと背後にいる父の意向だろう。形式としてパーティーに何人かの候補を集めるが、ネイバリー国の本命はカガニアのアレムだ。ウィルエルは相手にこだわりが無かったので、特に問題なければアレムと婚約するつもりでいた。褐色の王子がどんな人物か、ウィルエルは会うのを楽しみにしていた。
 あと一時すれば会える。ウィルエルは上機嫌で会場へと向かって行った。
 会場に着くとすでに大勢の人で賑わっており、ウィルエルの周囲にはすぐ人だかりができた。まずは見知った顔と挨拶していく。
「アレム殿はどこだ」
 オドリックへ向かって低く呟くと、「奥の窓際のテーブル近くにいますね」と同じトーンで返事が帰ってきた。
 優雅に挨拶を繰り返しながら徐々にアレムとの距離を詰めていく。アレムは人混みに飲まれて慌てているようだった。アレムが流されていく方向を目で追い、先回りして倒れそうになっているところを受け止めた。
 胸元に飛び込んできたアレムと目が合った瞬間、ウィルエルは驚いた。滑らかな褐色の肌にアメジスト色の瞳。その目はくっきりと意志が強そうなのに潤んでいる。小さなピンクの唇は少し震えているようだ。束ねられた銀色の髪は紫色を帯びており神秘的だ。ウィルエルは隣にいたオドリックの方を向いた。
「私は何てラッキーなんだ」
 オドリックはしめたという表情を見せた。
「ものすごくタイプだ」
 ウィルエルは眉を顰めて声を絞り出した。
「それは好都合です」
 間髪入れずオドリックの相槌が返ってきた。ウィルエルはアレムの方に向き直った。
「カガニア国のアレム殿ですか?」
 ネイバリー語が分かるだろうかと思いつつ尋ねると、アレムは戸惑った表情で口をパクパクしている。その動きが可愛くて微笑みながら眺めていると、横から返事が返ってきた。
「そうです。カガニア国から来たアレム王子です」
 通訳と思われる太った男が、少し訛りがあるネイバリー語でそう言った。通訳が現れたので、ウィルエルはアレムに対する称賛を並べ立てた。
「あなたに会えるのを楽しみにしていました。肌、瞳、髪の色全てが美しい。あなたの瞳を一日中見つめていたい。衣装もとてもよくお似合いだ。あなたの周囲が輝いて見える……」
 通訳の男の表情が段々と曇ってきた。流石に早口過ぎたかもしれないとウィルエルは少し話すペースを落とした。アレムはネイバリー語は分からないのだろう。きょとんとしている。
「あなたともっとお話がしたいので、よかったらあちらに行きましょう」
 通訳がようやくアレムに伝え始めたが、どう考えても内容を端折られているように聞こえた。この通訳は当てにならないかもしれないな、と斜めに見下ろしながらウィルエルは考えていた。
 その後場所を移して話をしてみたが、どれだけ質問をしてもアレムより先に通訳が答えを返してくる。菓子を頬張る姿はまるでリスのように愛くるしいが、会話ができないのがもどかしかった。興味があるものや欲しいものが無いか尋ねた時、アレムは少し考えた後何か話していたのだが、通訳の回答は「特に無い」というものだった。とても残念だったが、本当にその回答だったのか、ウィルエルはまた日を改めて聞いてみようと思った。
 その後婚約の話が進み、カガニア側も乗り気だったためすぐに話はまとまった。いつも通り、すんなりと欲しいものが手に入りウィルエルは満足だった。言われた通り婚約したのだから、今まで通り遊び回っても多少目を瞑ってくれるはずだ。ウィルエルにとって婚約は周囲を黙らせる手段に過ぎなかった。
 ――婚約者殿は他国に一人やって来て心細いだろうから、とびきり親切にしてあげよう。いつも浅い付き合いしかしてこなかったが、婚約者となれば話は別だ。家族になるかもしれないので、優しくしておこう。彼は特別なお気に入りだ。
 美しい自分だけの褐色の王子にウィルエルは強い魅力を感じたのだった。
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