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第三章 言葉と心の壁

1 体を這う手

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 肖像画紛失騒動の日の夜、アレムは流石に今日は夜の営みは無いだろうと思っていた。そして実際無かったのだが、アレムにとっては非常に恥ずかしい出来事が代わりに行われた。
「あっ……ん……」
 アレムは寝室のベッドでうつ伏せに寝かされていた。一糸纏わぬ姿で、臀部には大判の柔らかい綿の布が掛けられていた。
 ウィルエルの手がアレムの背中を這う。ウィルエルは左手にティーカップ程の大きさの薬壺を持ち、その中の薬をアレムの傷痕に塗り込んでいた。決していやらしい行為では無いはずだが、ウィルエルの手はアレムの腰や肩甲骨を何度もなぞり、変な声が出てしまう。アレムは必死に抑えているが、時々漏れ出てしまっていた。背中側が終わると今度は仰向けに寝かされた。ウィルエルは再び薬壺から白いクリーム状の薬をたっぷり指に取った。アレムの体はほぼ全身が痣と噛み痕だらけなので、まんべんなく薬を塗られる。ウィルエルの指がアレムの胸の先端を少し掠めた。
「んっ……」
 アレムは小さく唸るとピクンと体が跳ねてしまった。羞恥で顔が赤く染まる。アレムは両腕で顔を隠した。ウィルエルはアレムの胸に手のひらを当て、胸の先端を押し潰すように薬を塗り広げた。
「んぅ……」
 アレムの桃色の先端は刺激を受けてぷくりと主張し、ウィルエルの指が何度もそこを往復する。その度に体がジンと疼いてしまう。わざとやっているのではと思ったが、そうではなくただ薬を塗っているだけだとしたらかなり恥ずかしい勘違いである。アレムの乳首の周りには激しい噛み跡があるのだ。きっとその傷を治すための仕方ない行為なのだ。ウィルエルはアレムの左右の乳首の周りをくりくりと指でなぞった。アレムの息が荒くなる。下半身に血が集まりそうで太腿を擦り合わせた。するとウィルエルはアレムの両脚をぐいっと開いてしまった。
「あっ……」
 ウィルエルは今度は薬を太腿の内側に塗り始めた。ここも噛み痕が酷い箇所だ。布がかかってはいるが、薄手のその生地はアレムの下半身の形をはっきり伝えてしまう。必死に気を紛らわしても、アレムの性器は緩く立ち上がりそうになっていた。ウィルエルの手が足の付け根までゆっくりと近づいては離れる。両腕で目を覆い、短く息を吐いてアレムは耐えた。
「◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎」
 ウィルエルは何か言うとアレムから手を離した。腕をどけてウィルエルを見ると薬壺の蓋を閉めている。どうやらようやく終わったらしい。アレムは大きく息を吐いた。髪は乱れ涙目になってしまっていた。ウィルエルは頬にキスするとアレムにローブを着せた。そして蝋燭を消すと「◼︎◼︎◼︎◼︎」と言って部屋から出て行った。
 アレムは夜の相手から外されたのだろう。他人の噛み痕だらけの婚約者など、誰が抱きたいと思うだろうか。しかしこれでは婚約者としての務めを果たしていない。アレムは横になったまま丸くなり膝を抱きしめた。
 眠れずに過ごしていると、数時間後にウィルエルが帰ってきた音がした。寝室に入ってくるとベッドのアレムを覗き込んでいるような気配がした。
 ウィルエルは誰かの香水の香りを纏っていた。
 アレムがじっとしているとウィルエルは部屋から出て風呂場に行ったようだった。
 自分が相手にならないので他の人と寝てきたのだろう。
「はぁ……」
 大きな溜息は枕に吸い込まれていった。他の人と関係するのは予想していたしウィルエルの自由だとアレムは思っている。しかし性行為がないまま結婚まで持ち込むのは難しいのではないだろうか。かと言って捨てられないよう抱いて欲しいと思うなんて卑しい……。
 アレムは暗闇の中自嘲した。
 しばらくすると風呂上がりのウィルエルがベッドに潜り込んできた。アレムは寝たふりを続けた。ウィルエルはアレムを後ろから包み込むように抱きしめて眠りについた。
 もしかして、弟やペットのように思われているかもしれない。嫌われていないようなのは一安心だが、このままで結婚に漕ぎ着けられるだろうか……。
 悩んでいるうちに、ウィルエルの体温に吸い込まれるように眠りに落ちていた。
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