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離縁と再婚編 ~薬学師ですが教師です~

塵になりたい。

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時が止まった気がした。

目の前の彼は今なんと言った?

私の耳がおかしくなったのかしら。


私は、落としそうになったカップをソーサーに戻して、メガネを取ってレンズをレンズ拭きで拭く。
しかし、目の前の彼は涼しい顔で私を見ながら言葉を続けた。



「今の夫と離縁して、私と結婚すれば、貴女は教師を続けられますよ。
不義理で金食い虫の今の夫ではなく、自立し、地位も名声も財産もある私との結婚は、おいしいと思いませんか?」

「……私にとってのメリットがありすぎます。貴方はそのお申し出に、何かメリットはあるのですか?」



頭を切り替えて、メガネをかけ直す。
目の前の彼の申し出は、ぶっちゃけありがたい。
あんな頭が足りない夫、今回の件がなんとかなったとしても、また何かしら起こしそうで傍に置いておく方がデメリットだ。
だが、これにおいそれと乗っていい話じゃない。
彼の真意を探る必要がある。

そんな私に、彼は口元だけ笑った。



「メリットはありますよ。まず、私に言い寄る女性が減る。そして、伴侶に気を使わずに仕事に没頭出来る。私にはそれだけで、十分メリットです。」

「…それだけですか?でしたら、他の女性でもいいのでは?私みたいな背景が難しい女でなくても。」



その質問に彼は、クスッと笑ったかと思うと肩を竦めた。



「元婚約者の彼女と婚約を結んだのは、私の曽祖父の約束の実現でした。
実際婚約をするとき、彼女は次期公爵夫人に必要な教養が薄く、こちらから家庭教師を送っても、すぐに辞めさせられてしまった。
その癖、私には構ってくれだとか、他の女は見るなだとか。
そして、社交界ではそんな女性ばかりで、正直辟易してきた。


でも、貴女は違う気がする。」



そこまで言った彼の瞳は真剣で。でも、甘さはない。強いて言うなら、これは【商談】であり【交渉】。
ならば、私も【交渉】に応じようではないか。
彼の目を見つめる。



「……買い被りすぎでは?貴方と会うのは、今日初めてです。」



私の言葉に、公爵は会話を切り優雅にお茶を一口飲んで喉を潤した。
そして、カップを置きその両手を緩く組んでテーブルに置いた。



「…この三年、学院から卒業した子達の成長は目覚しく、特に今年の卒業生は、優秀と聞く。
私と親交がある貴族はこぞって、彼らを部下に付けたいと必死だ。
それは、貴女が彼らを正しく導いたからだとか。
…第一王子、見違えましたよ。以前王子にお会いした際、貴女を「尊敬してやまない恩師だ」とおっしゃっていました。」

「王子がですか。」



初めて最初から最後まで受け持った生徒。問題児だった彼から、私をそのように他者へ話しているとは、何ともくすぐったい気持ちにさせられる。
それに、1年ないし2年しか面倒を見ることが出来なかった子達までもが、高い評価を受けているとは、なんとも誇らしい。

が、私は、照れて紅茶を含んだ。
そんな私を気に止める事無く、公爵は冷静に話を続けていた。



「私と婚姻を結んで頂けたら、年に数回の夜会への同伴だけ協力して頂けるだけで構いません。
もちろん、長期休みになったら公爵邸へ帰ってきていただいて構いません。
ただ、貴女には伯爵邸とここ別邸も所持されていますし、無理にこちらに帰ってくる必要はありませんけれど。


いかがですか?」



私にとっては物凄くいい提案で、でも裏は調べる必要がありそうだ。
ここは、一応伺っておいて後日返答をしよう。
あ、でも1つ聞きたいことがあるわ。

私はその質問をしようと、口を開いたところで



「ジェーン!!!離縁しないでくれっ!!!あの女とは別れるから!だから、僕の家の援助を切らないでくれ!それと子爵家公爵家への違約金の支払いを肩代わりしてくれ!何でもするからぁ!!!」



無能な夫の叫びが、室内を木霊する。


私は、塵になりたいと思った。





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