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最終話 それから……

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 「いいよいいよひろみちゃん!! 次はこっちに目線頂戴!!」

 ここはとあるフォトスタジオ、私は秋物のレディースファッションに身を包みカメラのフラッシュを浴びている。
 私は蜂須賀ひろみ、なぜ一人称が私なのかと言うと……。

 半年前……永田が造り出した特撮の世界から脱出した時の事。
 
「ここは……?」

 目に前に広がる世界は至って普通の街並み、普通の世界であった。
 何もかもが元の世界と同じに見える。
 だが油断できない、本当に元の世界に戻ってきた保証はどこにも無いからだ。
 取り合えず今すぐ命の危険がある状況ではないのが救いではある。
 それよりも俺より先にこちらへ来ている筈のみんなはどこに居るのだろう?
 辺りを見回してもそれらしい人物は確認できない。
 もしかしたらそれぞれこちらであるべき立場と状況下に振り分けられたのかもしれないな。
 建物の外壁についている時計を見ると今は午後二時四十分……本来のこの世界の俺が何をしているべき時間なのかは分からない。
 まずは家に、あの安アパートに戻ってみるか。
 そう思い立ちガラス張りのショーウインドウがあるブティックの前を通り過ぎたその時だった。
 ガラスに映った自分の姿に俺は目を疑った。

「何じゃこりゃあ!?」

 人目も憚らずにガラスに手を付き自身の姿を確認する。
 なんと俺は頭の先からつま先まで女物のファッション、所謂ゆるふわコーデに身を包んでいるではないか。

「可愛い……いやいやそうじゃないだろう!!」

 危うく自分の姿に見とれる所であった、いかんいかん。
 まさか俺、身体はまだ女のままなのか?
 慌ててコンビニを探し出し、運よく一発目で多機能トイレのある店に来ることが出来た。
 女装している以上男性用に入る訳にもいかず、かといって男だった場合女性用に入るのはまずいと判断したからだ。
 人目を気にしつつ個室に入る。

「ゴクリ……」

 緊張の一瞬……俺は恐る恐る股間に手をやる。

「あった……」

 俺の身体を生物学上男性と分別するモノが股間についていた。
 ほっとすると同時になぜ俺が女物を着ているのか疑問に思う。
 やはりこれは一刻も早く家に戻らなければ……今は少しでも状況を確認するための情報が欲しい。
 それからというもの往来ではやたら人目が気になった。
 まるで街の人々は俺が女装しているのを見破っていて、内心俺を嘲笑したり蔑んだりしているのではないかと被害妄想が頭の中を巡っている。
 ふと幼少の頃、公園でいじめっ子に女装を馬鹿にされた時の事が思い出された。

 なんとかアパートに到着する、まずは自室の表札を確認しなければ。
 特撮の世界でここを訪れた時は空き部屋になっていた事があったから、名前を確認するまではまだ安心できない。

「蜂須賀ひろみ、瀬川芳乃……」

 俺は顔に手を当てて軽く困惑する……これはあの第三の世界と同じ設定なのではないか? あちらでは俺は女で芳乃と同居していた。
 俺と芳乃は確かに仲は良かった、男女の境界も関係なしに友達としてやって来た。
 だがこの世界では俺は男のまま芳乃と同居、いや同棲していることになっている。
 ここに立ち尽くしてもしょうがない、まずは家の中に入ろう。
 いつもの鍵の隠し場所、ポストの裏に手を突っ込む……あった、鍵だ。
 こういうところはしっかり俺の癖も再現されているんだな。
 鍵を開けて中に入る。
 内装は第三の世界で見た配置と同じだな。
 特撮の世界のせいで妙に女装に馴染んでしまっているがこれは俺の本意ではない。
 取り合えず男物は無いのか箪笥やクローゼットの中を物色してみる。

「無い……パンツ一枚男物が無い……」

 それとなく予想はしていた事だが、どうやらこの世界では俺は女物を着て生活しているらしい。
 一体どういう事なんだ?
 訳が分からず立ち尽くしていると玄関で物音がする、誰か入って来たようだ。

「良かった……ひろみ、ここに居たんだ……」

「芳乃……」

 芳乃が無事だった、それが確認できた途端、俺の目じりに涙が溜まっていく。
 彼女も同様で目を涙で滲ませながら俺の方へと駆け寄り抱き着いてきた。

「私が着いたところにひろみが居なかったからこちらの世界に来ていないのかと思って心配したんよ?」

「俺もさ、でも会えて良かったよ」

「ところでひろみのその恰好は何?」

「そっ、それが分からないんだよ」

 それから二人で相談し、まずは一緒に脱出した特撮仲間である他のみんなとスマホで連絡を取ることになった。

 青葉さんと岩城さん、佐次さんとはすぐに連絡が付いた、彼らは特に変わった事は無いらしい。
 アイドルである麻実ちゃん、葵ちゃんとは連絡先の交換はしていなかったのでSNSの彼女たちのアカウントにダイレクトメールを送ってみた。
 どうやら彼女たちも無事で、境遇にも今の所以前との違いは無いと返事が来た。
 問題は英徳さんと日比野さんだ、彼らとは連絡が取れなかったのだ。
 これは俺の推測なのだが、英徳さんも日比野さんも身体が特撮の世界に置きざりになってしまった関係でこちらに来られなかったのではないか。
 日比野さんに至っては精神もあちらの世界に留まっていたからこちらの世界では存在しない人物になっているのかもしれない。
 そうなると身体は違えど精神はこちらに来たと思われる英徳さんは今どこでどうなっているのだろうか。
 そして一番気に掛かるのはのは永田の存在だ。
 さっき俺が立てた推測に当てはめるならば永田も元々存在しない人物扱いになっているはず。
 俺は連絡が付いたみんなに一斉にメールを送信、東画の撮影所に集まる事にした。



「みんな!!」

 俺と芳乃以外は既に撮影所の門前に集まっていた。

「おう、ひろみ」

 岩城さんが手を挙げて迎えてくれた。

「良かったみんな無事だった」

「ひろみ、何でお前女装してんの?」

「それがよく分からないんですよ」

 急いでいたせいもあり、結局そのままここに来てしまった。

「可愛い可愛い!! いっその事このまま生活したらいいじゃないですか!!」

「流石!! 特撮女形の二つ名は伊達ではないでござるな!!」

 麻実ちゃんも葵ちゃんも他人事だと思って面白がっているな。

「もしかしたらお前だけ永田監督に設定をいじられたんじゃないか? やり込められた腹いせに」

「止めてくださいよ青葉さん、それじゃあまるで俺が呪われてるみたいじゃないですか」

 だが青葉さんの言った事は大いに可能性があると思う。
 なにせ大きく前の世界と状況が変わっているのは今のところ俺だけなのだから。

「こんな所で立っていても仕方がない……中に行こう」

 佐次さんが以前よりしゃべる様になっている。
 彼に促され撮影所前の警備室の前を通る。
 大体この手の施設には部外者が入らない様にこういった警備施設がある。

「お疲れ様です」

「はい、確認しました」

 皆は身分証と顔を見せるだけで簡単に撮影所に入っていった、残るは俺だが……。

「おっお疲れ様です……」
 
 恐る恐る身分証を差し出す。

「ちょっと待ってください」

 呼び止められてしまった、写真は男の状態で映っているから当然か。

「蜂須賀ひろみさんですよね!? 娘がファンなんですよ!! サインいただけますか!?」

「えっ……?」

 俺は一瞬戸惑った。
 だが以前、ネットやSNSで見た事がある……俺を特撮女形と揶揄しているのとは逆にそれを讃え持て囃してくれる人々もいる事を。

「ありがとうございます!! どうぞお通りください!!」

 その後は難なく通り抜けることが出来た。
 建物の中に入ってから俺たちは手分けをして情報を集めた。
 一旦集まって情報交換をすると驚くべき事実が判明した。

「どうやら特撮番組光学戦隊ヒカリオンは撮影上の事故で撮影中止になっている様だ」

「その事故とは旧採石場の落盤事故で複数の死者と行方不明者が出たって話だ」

「行方不明者の中には永田監督、英徳さん、日比野さんもいたらしい……」

 岩城さん、青葉さん、佐次さんが次々に報告を上げる。
 ここまではヒカリオンという番組に対しての情報だ。
 だがここからの情報に俺は頭を抱えることになる。

「ひろみは常に女装で撮影所に通っていて通称『特撮女装家』って呼ばれてるらしいんよ」

「しかもヤミージョ様役で人気に火が着いて女性モデルとしても活躍しているみたい」

「ひろみ殿は次の女児向け特撮番組でヒロインを演じる事が決定しているらしいですぞ」

「……なっ……何じゃそりゃーーー!?」

 女性陣の報告に思わず声を荒げてしまった俺。

「何だよそれおかしいだろう!? どうして俺が女性モデルなんてやってるんだ!?」

「知らないわよ、でもこちらの世界ではそう言う事になってるんだもの仕方ないんよ」

 文句を言われてふくれっ面の芳乃、確かにお前に当たっても仕方がない事なのは分かってるんだが納得がいかない。

「まあまあ、暫くはこの世界の流れに身を任せるしかないだろうな……本当に嫌なら辞めれば済むことだ」

「確かにそうですけど……」

 岩城さんがポンと俺の肩を叩く。

「えーーー!? 辞めちゃうんですか!? 折角可愛いのに!!」

「そうでござるぞ!! その美貌を生かさないのは宝の持ち腐れでござる!!」

「君ら女の子はそうだろうけど俺は男だぞ!!」

「いやいや、可愛いに男も女も無いんだよ……男でも女として扱えば女になるそうだし」

「青葉さんまで……」

 みんな他人事だと思って好き勝手言いやがって。

「あっいたいた、ひろみちゃん、撮影の時間だから急いで」

「えっ? 撮影?」
 
 俺たちがいる応接室にひょっこりとカメラマンが現れた。
 しかも撮影? 何のことだ? 

「あれ? 忘れてるのかい? 特撮専門誌のグラビア撮影と対談だよ、すぐにメイク室に行って準備して」

「あっ、はい」

 いつもの調子で返事をしてしまった。

「いいんじゃない仕事なら、結局はこの世界で暮らしていかなきゃならないなら早めに馴染まないと」

「それはそうだけど……」

 芳乃はそういうが不安しかない、この俺に女性モデルが務まるか?

「じゃあ今日はここで解散だな、何かあったらまた連絡を取り合おうぜ」

「ああ……」

「ちょっと!! 待ってくれ!!」

 岩城さんの仕切りで俺を残しみんなはゾロゾロと部屋を出て行った。
 何て薄情な連中だ。
 ちくしょうやってやる!! こうなったら自棄だ!!
 俺はメイク室でメイクのお姉さんにとびっきりの美少女に化けさせられ対談があるという撮影所に足を運んだ。

「どうも……」

 俺は蚊の鳴く様な声で恐る恐る部屋へと入った。
 緊張で今にも心臓が張り裂けそうだ。

「あっ、蜂須賀ひろみさんですね!? お会いしたかったーーー!!」

「えっ?」

 あれ? こんな入ってすぐの所に鏡が置いてあるなんて危ないな……いや鏡じゃない、顔は同じだが服装が違う。

「初めまして、わたし梨月ももこと言います!! 噂には聞いていましたけど本当に私達って似てますよね!! びっくりしちゃいました!!」

「まさか……」

 まさかまさかの梨月ももこさん本人ですか!?
 対談の相手って彼女だったのか……俺も話には聞いていたが本当に俺たちはよく似ている。

「挨拶は済んだ? それじゃあ二人ともそこのソファに座って」

 雑誌記者らしき男に指示を受けた。

「はい、行きましょうひろみさん」

 ももこさんはごく自然に俺の手を握りソファまで誘導してくれた。
 柔らかくて滑らかな肌、そして冷たい……これが女の子の手。
 ももこさんと向かい合って座り、目が合うと彼女は屈託なく笑った。
 ドキン……撮影の緊張ではない別の感覚が俺の心臓の鼓動を早くする。

「じゃあ君たちがダブル主演を務めることになった『ゾディアックガールズ』についてお聞きします」

 それから何を聞かれて何を話したのか俺には記憶が無かった。



 その女児向け特撮番組撮影開始まで少し期間があった。
 それまでに女性モデルの仕事も沢山熟した関係で俺は常に女言葉を使う事となり、いつの間にか一人称が私に固定されてしまい、日常でもそうなってしまったのだ。
 期せずして永田の思い通りになってしまったという訳、これを永田の呪いと呼ばずして何と呼ぶ。

 数か月後、いよいよ新番組の撮影が始まった。
 ゾディアックガールズとは地球侵略のため宇宙よりやって来るエイリアンに星の加護を受けた少女たちがその力で変身して立ち向かい地球の平和を守るというストーリーのヒロイックアクションだ。
 女児向けにしては珍しくアクション有りの実写特撮番組である。
 当然顔出しでアクションまでこなせる女性アクターが必要な事もあって私に白羽の矢が立ったらしい。
 しかも私とももこさんはジェミナスガールズという双子の少女戦士を演じることになっている。
 私が姉のミナ、ももこさんが妹のユナだ。
 芳乃も獅子の少女戦士リオ役で、麻実ちゃんと葵ちゃんもそれぞれ乙女の少女戦士ビルゴ、天秤の少女戦士リブラとして番組に参加することになった。
 彼女らも特撮のアクションを自ら演じるべく目下スーツアクター養成所で訓練中だったりする。
 アクションや必殺技時にももこさんと密着する事が多いせいか、傍から見ている芳乃の視線が痛い事がある。

「フフフッ、地球とはなんと豊かで美しい星なのだ、私が支配するに相応しい!!」

 撮影開始、街中に現れた悪役の一人、メテオマン……身体が隕石で出来た怪人がせせら笑う。
 スーツアクターは岩城さんだ。
 敵役の怪人には他に青葉さんや佐次さんもキャスティングされている。
 結局は番組を身内で回しているようなものだ。

「「そんな事は私たちがさせないわ!!」」

 可愛さと格好良さを兼ね備えたお揃いの煌びやかなコスチュームを纏いジェミナスガールズの私とももこさんが立ちはだかる。
 ミニスカートで太ももが露出した恥ずかしいコスチュームに自然と内股になる私。
 ヤミージョの時は肌色ストッキングの上に網タイツだったからまだ我慢できたが今回は生足で演じているので恥ずかしさはそれの比ではない。
 しかもアクションでミニスカートが簡単に翻るので股間の処理は以前より念入りにしなければならない。
 特撮の世界みたいに私が本当の女ならこんな苦労をする事も無かったのにな。
 いやいやあんな世界二度とご免だ、そのはずなのに時々女として過ごした時間が懐かしいと思う時がある。
 三つ子の魂百までという言葉がある通りもしかしたら私の心の深層には永田が言っていたように女性化の願望があるのかもしれない。
 だからって性転換の手術を受ける気は今の私には無い。
 この不思議な生活も慣れてしまうとそう悪いものでもない、女装している私を馬鹿にする人間はもはや殆ど居ないのだから。

「ジェミナスツインキーーーーック!!」

 私とももこさんの一糸乱れぬダブルキックがメテオマン岩城の両肩を蹴り飛ばす。

「グワアアアアッ!!」

 オーバーアクションで派手に吹っ飛ぶメテオマン。
 あれ? ワイヤーアクションで後方に引っ張るにしては随分と自然に飛んでいったな……まるで本当に強靭な力で蹴り飛ばされたように見える。
 いや、やっぱりおかしい、メテオマンがぶつかった建物が本当に破壊されたのだから。

「グウッ……やってくれたなジェミナスガールズ!! これでも喰らえ!!」

 メテオマンが胸を張るとそこからいくつもの炎を纏った岩石が打ち出された。
 それらは周りの建物に中ると次々と車や建物を破壊し炎上、火災が起こった。

「何なのこれ!?」

 ももこさん、困惑するのは分かるよ、これはどう見ても特撮じゃなく実際に起こっている出来事だ。
 でもね、私はこの経験、初めてじゃないんだよ。
 恐る恐る自分の胸と股間に手を伸ばす。

「やっぱり……」

 私の身体は又しても女になっていたのだ。
 それなら私がとる行動は一つ。

「行くよユナ!! とにかくあいつを倒すわ!!」

 ヤミージョの時同様役になり切る。

「わっ分かったよミナお姉ちゃん!!」

 二人でメテオマンに向かって猛然と駆け出していた。
 既にももこさんも役であるユナになり切っていた。
 これは間違いない、誰かがまた世界を改変したのだ。
 一体誰の仕業か知らないが受けて立ってやろうじゃない!!
 そんなに私を女にしたいならやってみなさいよ!!
 全力で立ち向かってやるわ!!

 私は蜂須賀ひろみ、かつて女より女らしい男……特撮女形と呼ばれた男よ!!
 




                                                                         END
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みんなの感想(1件)

十六夜
2020.12.09 十六夜

初めて感想を書き込みさせていただきます。

特撮好きなのもあり、一気に読んでしまいました。
女形でも心は男前な主人公は、いい漢です! トラタイガーを最後までかばって自分が変身する気概、
レッドにふさわしいと思います。

どうかまた、わくわくする素敵な作品でお目にかかれますように。
ありがとうございました!

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