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第1話 俺は悪の組織の女幹部

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 「あーーーっはっはっはっ!! 他愛も無いわねヒカリオン!!」

 高笑いをするのは全身を黒と紫の妖艶な装束に身を包んだ悪の組織【ダークマター】の女幹部ヤミージョだ。
 銀髪のシャギーヘアに山羊のように鋭い二本の角が生えた兜を被っている。
 手に持った乗馬用の鞭によく似た武器に舌なめずりをし蔑みの表情を浮かべる。

「くっ、ヤミージョめ……ここまでの実力とは……」

 赤、青、黄、桃色、緑……色とりどりの戦闘スーツにヘルメット姿の五人の戦士たちが地面にひれ伏しているが、ゆっくりと立ち上がっていく。
 皆ヤミージョの攻撃のダメージが残っているらしく、各々身体のあちこちを手で押さえている。

「今まで散々あたしたちの邪魔をしてくれた報いを受けてもらうわ、ここで死になさい!!」

「俺たちは絶対に諦めない!! この世界に光を取り戻すまでは!!」

 赤い戦闘スーツの男、ヒカリレッドが力強く拳を握り空に向かって突き上げる。
 それに呼応するかのように他の四人も戦闘態勢を取った。

「小癪な!! お前たち!! やっておしまい!!」

 ヤミージョが鞭を前方に突き出すとそれを合図に組織の戦闘員ダークマンたちが一斉にヒカリオンたちに襲い掛かった。

「はっ!! ふっ!! やーーーっ!!」

 鮮やかな体術で次々とダークマンたちを蹴散らすヒカリオンたち。
 全てのダークマンを倒すまでにそんなに時間は掛からなかった。

「なっ、何故だ!? あたしがあれだけ痛めつけたいうのにその力はどこから湧いてくるのだ!?」

 ヤミージョが激しく動揺し頭を抱える。

「闇の力に溺れる貴様には分かるまい!! これが光の、正義の力だーーー!!」

 暑苦しいくらいの迫力でレッドがヤミージョに向けて啖呵を切った。

「はい、カーーーーーーット!!」

 ここでメガホンを持った中年男性の大声が響き渡る。
 それを合図にヒカリオンもダークマスターも一斉に力が抜ける。
 カットの声を掛けた中年男性は名を永田と言い【光学戦隊ヒカリオン】の監督だ。
 年齢通りの中年太り、つば付きの帽子を前後逆に被り、迷彩柄のベストを着ている。

「ぷはっ……」

 俺は頭から角の付いた兜を取る、その際頭から水を被ったかのように汗が飛び散った。
 
「良かったよーーーみんな!! 特にヤミージョ蜂須賀君、今日も絶好調だね!!」

「……褒められるのは嬉しいですが複雑な気持ちです……」

 俺は恨めしそうに永田監督を見つめる。

「まあまあそう言わない、君の男だてらに小柄で華奢な身体は逆に武器なんだよ? 君がヤミージョ役を受けてくれたおかげで顔出し女幹部の派手なアクションが可能になったんだからね」

 監督はポンと俺の肩を叩く。
 そう、俺は子供の頃から身体が小さくてひょろひょろだった。
 そのせいでよく周りから揶揄われたりいじめられたりしたものだ。
 そして永田監督が言う通り女役もメイクさえすれば顔出しで撮影に挑めるほどの女顔でもある。
 もちろん声だけは女性声優さんに当ててもらっているが。
 これは俺の子供の頃からのコンプレックスで、それは今も変わらない。
 監督にも俺はヒーロー役をやりたいと常々直訴しているのだが受け入れてもらえない。
 ネットなどでは俺の事を【特撮女形とくさつおやま】などと面白おかしく紹介している奴らもいるが正直迷惑とさえ感じている。

「じゃあ午後からは旧採石場でのロケだから頑張って」

 そう言い残し永田監督は去っていった、人の気も知らないで。

 だけど俺はこの特撮の現場が、スーツアクターという仕事が大好きだから辞めるという選択肢は無い。
 取りあえずは役がもらえるだけありがたいと思って今は耐えるしかない。

「よっ!! お疲れさん!!」

「ああ芳乃、お疲れ!!」

 俺の背中を多少強めに叩いてきたのはグリーンの戦闘スーツに身を包んだ少女、ヒカリグリーン役の瀬川芳乃せがわよしのだ。
 今はヘルメットを外し、小脇に抱えている。
 グリーンの中の人はショートカットが似合う女の子だ。

「ホント、君のヤミージョは色っぽいよね……どうしたらそんなに女性的な演技が出来るんだい?」

 大きな瞳を輝かせながら俺を見つめる芳乃。

「芳乃の方が分かるだろう? 本物の女なんだから」

 嫌味か? いや芳乃に限ってはそういう事を言うやつではない。
 俺と芳乃はスーツアクターのスクールの同期生で付き合いも長い。
 お互い大体の性格は把握している、こいつは裏表がなく明るいのが取り柄なのだ。
 しかも女性アクターが直接変身後の顔が出ない役を演じるのは逆に珍しい事で、それだけ芳乃が優秀だという事が分かってもらえると思う。

「いやいや、そうでもないんよ、女だからって私らが無意識に演じても女らしさは出ないんよ……何て言うのかな、君の立ち居振る舞いには女以上に女を感じるんよ、ほら歌舞伎の女形さん、あれもそうでしょう?」

 語尾に(~んよ)と付けるのが芳乃の口癖だ。
 正直ちょっとうざったい。

「そうだな~~~ほら、世間の一般的な女性の仕草のイメージってあるだろう? 例えば上半身は脇を閉めたり手首を外側に向けたり……下半身は脚を内股気味にしたり、腰の振りを意識して歩いてみたり……あとはしなやかに柔らかい動きを意識すればそれっぽく見えるんじゃないかな」

 改めて口に出してみて俺自身もハッとなった……そういえば俺、これらの事を特に意識しないでやっていたな、女なんだからこうだろうと漠然とは思いながら演技をしていたのは間違い無いが、そこまで熟考していた訳でもなかった。

「はぁ、そうか分かった、私には無理だわ……それ、君が男だから出来ているんだね」

 芳乃は肩をすくめて溜息を吐く。

「どういう事?」

「やっぱり君は女役の天才だって事……いま君が言った事は男目線の、男が女に求めている理想なんよ、君が演じているのは男にとって魅力的な女なんよね」

「はっ? 急に難しい事を……」

 何だ? 何かの禅問答か? 

「女って好き嫌いにかかわらず男の前では無意識に身だしなみも気にする、魅力的に見えるように化粧もするし着飾りもする、でもそれは必要最低限だったりするんよね、目の前にいる男が本命でもない限りは」

「うん」

「君は男だから最も男が求める女性像が分かっている、だから君の演じる女役は女以上に女なんよ」

「そう言うもんなのか?」

「そう言うものなんよ」

 う~~~ん、イマイチ分からない。

「あっと、おしゃべりし過ぎたね……早くお昼ご飯食べないとロケバスの出発時間に間に合わんよ!! じゃあまた後でね!!」

 芳乃は俺に向かって手を振り、控室のあるプレハブ小屋に走っていった。
 さてと、俺も昼飯にするか。
 芳乃が走っていった方とは逆方向に男性陣の控室のあるプレハブがある。

「入りまーーーす」

 俺が入り口のサッシを開けると中には五人のアクターが既に休んでいた。
 上半身をはだけさせ、皆でちゃぶ台を囲んで弁当を食べている。
 うわっ……プレハブの中はいつもながらの汗臭い雄の体臭が充満している。

「うわっ!? 何だひろみか……てっきり女の子が入って来たのかと思ったぜ」

 ムキムキの鍛え上げられた肉体を手で隠しているのはヒカリイエロー役、先輩スーツアクターの岩城さんだ。
 ボディビルダー顔負けの出来上がった身体は貧相な身体の俺にとっては羨望と嫉妬の対象である。
 俺に岩城さんの半分でも筋肉があれば夢を叶えられただろうに。

「それは驚かせて悪うございました」

 俺はわざと棒台詞で言葉を返す、このやり取りは既に日常茶飯事となっていた。

「ていうかさ、お前もコスチュームを脱げばいいじゃないか、汗びっしょりなんだろう?」

「このヤミージョのコスは脱いだり来たり時間が掛かるんすよ、弁当食べたらすぐに出発なんだからそれは無理ですって」

「そうか、大変なんだな」

 バツが悪そうに座り直し再び弁当を書き込む岩城さん。
 そう、今言った通りこの女性キャラクターの衣装はとても厄介で、普通の怪人の着ぐるみならば背中のジッパーを下げれば着脱が可能だが、女性キャラの場合は胸や尻にタオルやスポンジと言った物を中に詰めて女性らしいボディラインを出しているのだ。
 これを無暗に脱いでしまうと元に状態に戻すのが死ぬ程大変なのだ。
 おまけにこのヤミージョのスーツに関しては黒いエナメル素材のボンテージである上にハイレグで胸がはだけていて、肌色の胸の谷間が露出している。
 この乳房は特殊メイクなどに使われるシリコン素材で作られており、俺の胸の皮膚に強力な接着剤で張り付けられているのでそう簡単に剥がす事が出来ない。
 剥がすにも専用のリムーバーが必要で、無理に引き剥がそうものなら皮膚の方が剥がれてしまうと言われるほど厄介な代物だ。
 そう言った理由もあり、撮影が完全に終わるまでは俺は常にヤミージョ様でいなければならないのであった。
 俺も食事を始めよう、自分の荷物の所に置いてある水筒を取り寄せストローで中のスポーツドリンクを吸い込む。

「くぅーーーーーっ……生き返る!!」

 身体の隅々まで水分が行き渡るのを感じる、まるで砂漠に水を垂らすかのように。
 そして棒状に固められたスナック状の栄養食品をむさぼる。
 これに口内の水分を奪われるので再びストローに吸い付く。

「なあ、そんなんでいいのか? 腹の足しにならないだろう」

 次に俺に話しかけてきたのはこれまた先輩スーツアクターの青葉さん、神経質そうに尖った顎、少し細身ながらも逞しい身体、腰には上半身を脱いだ時に下げられたブルーのコスチュームが見える。
 彼はヒカリブルー役を演じている、性格は温厚だがどこか影が薄い所がある。
 本人曰く名前のせいなのか何故か青葉さんは青いキャラクターを演じることが多いそうだ。

「仕方ないんですよ、汁のある物や口の周りが汚れる物を食べたらメイクが落ちてしまうので」

 いま俺が食べている物なら最悪リップの塗り直しだけで済むので時間の短縮になる。

「そうか、悪かったね余計な事を言って……でも無理はしないでよ? 僕らは身体が資本なんだから」

 青葉さんは申し訳なさそうな顔をして自分の後頭部をぴしゃりと叩いた。

「いえ、気にしないでください、心配してくれてありがとうございました」

 今作は顔出しの敵女幹部という事で俺はメイクをして撮影に挑んでいる。
 大体は女性にアクションを演じさせるのが危険という事で顔を仮面で隠しているデザインが多いのだが、俺がヤミージョ役に選ばれたことでデザインが変更になったらしい。
 恐らくあの永田監督の差し金だろう。

「ひろみちゃ~~~ん、そんなにスタッフに気を使う事は無いのよ~~~ん?
 メイク直しくらい待たせればいいのよ」

「ひっ!! 止めてくださいよ日比野さん!!」

 俺の右肩の後ろから顎を乗せてくるのは日比野さん、ヒカリピンクのスーツアクターだ。
 日比野さんも俺の先輩なのだが、言動からお察しの通りオネエである。
 男性だてらにサラサラの髪質でショートのシャギーヘアだ。
 顔の輪郭も多少顎が張っているが、実際にこんなお姉さんがいても不思議ではないと思わせる整った顔立ちをしている。
 そして俺とは逆に自ら好んで女性キャラクターを演じたがるのである。
 彼も上半身をはだけているのだが、胸にはブラジャーが付けられておりカップの中には丸めたタオルが詰め込まれている。

「はぁ、少しは隠したらどうなんです? 恥ずかしくは無いんですか?」

「あら、やーーーねーーー、見せ付けてるのよ周りの男どもにね」

 日比野さんはわざと腋が見えるように両手を頭の後ろで組んで身体をくねらす。
 とどめのウインク、それを受け他の三人の顔が引きつっているのが見える。
 どうやら迷惑だと思っている様だ。
 日比野さんはオネエという事で心は女性のはずなのだがどこか大雑把な所がある。
 しかしいざ撮影が始まるとまるで本物の女性と見紛う程の演技力を発揮するのだ。
 悔しいけど俺はまだ日比野さんの領域には到底達していない。
 悔しい? そんな訳は無い、俺は別に女役を極めたいと思っている訳では無いのだから。

「なあひろみ、お前のそういう生真面目な所は嫌いじゃないぜ、周りに気遣いが出来るのはいい事じゃないか」

英徳ひでのりさん、ありがとうございます!!」

 この人は英徳さん、俺がこの世界に飛び込む切っ掛けを与えてくれた業界では知らぬ者が無い伝説の人だ。
 英徳という芸名は下の名前らしいがみんな彼をそう呼ぶし、俺なんかにもそう呼んでいいと言ってくれているのでお言葉に甘えている。
 英徳さんが昔演じていた【マスクドライバー】を子供の頃テレビで見てそのカッコよさに憧れて俺はスーツアクターになったのだ。
 均整の取れた無駄のない身体、そのシルエットそのものが既にヒーローの風格を醸し出している。
 既に両手で数え切れないほどの主役を演じて来ており、積み上げてきた実績は相当なものだ。

「だけどなひろみ、主役を張りたいなら身体造りも忘れては駄目だぞ、もっと食ってもっと鍛えるんだ、そして大きくなれ!!」

「はい、ありがとうございます!!」

「あら~~~、アタシの時とは態度が違い過ぎじゃない~~~? ひろみちゅあ~~~ん」

 日比野さんがまた俺に纏わりついてくる。

「そりゃあそうですよ、英徳さんは俺の目標ですから」

「まあ、失礼しちゃうわ」

 どっと周りに笑い声が沸き立つ。
 しかし一人だけ会話の輪に加わろうとしない人がいた。
 一人だけ別のテーブルで食事をしているその人物は佐次さんさんだ。
 彼が演じるのは俺と同じ悪役であるダークマターの幹部の一人、暗黒剣士タソガレ役だ。
 午前の撮影では出番が無かったが、午後から訪れる旧採石場での撮影ではむしろ主役だ、ヒカリオンたち相手に一人で大立ち回りを繰り広げる脚本になっている。

「午後の撮影、頑張りましょうね佐次さん」

「……ああ」

 こちらに背を向けたまま佐次さんは返事をする。
 佐次さんは無口だ、いやそれを通り越してコミュニケーション下手である。
 でも監督や演出の言う事はしっかり聞くし、演技もNGを一度も出したことがない程完璧なので誰も彼を悪く言う人はいなかった。
 あまり話しかけたら佐次さんが気を悪くするかもしれないのでそれ以上は声を掛けなかった。

「おい、あれを見ろよ!!」

 岩城さんがブラインドの隙間から窓の外を覗き見て一人舞い上がっている。
 それに釣られ俺と青葉さんと日比野さんも同様にブラインドを指で下げ外を見た。
 明らかに芸能人オーラを放った可愛らしい少女が二人、永田監督の案内で撮影所内を歩いている。

「あっ、あれは全力坂49の百瀬麻実ももせまみちゃんと若葉葵《わかばあおい》ちゃんじゃないか!!」

 全力坂49とは今人気の女性アイドルグループで、百瀬麻実と若葉葵と言えば同グループ内で人気を二分する美少女たちだ。
 百瀬麻実は所謂清純派アイドルで、輝くサラサラのロングヘアー、大人しめな印象。
 一方若葉葵は黒髪のツインテールでまさに今どきの女子高生と言った感じにキャピキャピとはしゃいでいる。
 実は彼女たちはそれぞれヒカリピンクとヒカリグリーンの変身前の姿を演じているのであった。
 しかし彼女らが変身前、俺たちが変身後という事もあって両者の撮影での絡みは今まで殆ど無かったのである。
 そういえば今日は変身前のグリーン、ピンクと俺が演じるヤミージョの絡みがあったんだっけ……これは彼女らとお近づきになれるチャンスかもしれない。
 なんて俺が頭の中で想っている隙に、英徳さん、岩城さん、青葉さん、日比野さんはスーツを素早く着直し既に外へと出ているではないか。

「初めまして!! 俺、麻実ちゃんのファンです!! 握手してください!!」

 岩城さんは完全にアイドルの握手会に言ったファンと同様になっていた。

「葵殿~~~、拙者お会いできて光栄でござる~~~」

 青葉さんは完全にキャラが崩壊していた……後で聞いた話だが、若葉葵ファンはこういう古風な日本語で会話するのが掟なのだそうな、何だかなぁ。

「ありがとうございます!! 私、今日の撮影、すごく楽しみにしていたんです!!」

 麻実ちゃん純真無垢な満面の笑顔、これを見せられたらそれは世の男も骨抜きにされてしまうだろう。
 これは使える、俺も習得するとしよう……って何を考えているんだ俺は?

「これはかたじけない、死して屍拾うものなしでござるな!!」

 葵ちゃん、言っている意味が分からない、こっちは不思議ちゃんか? まあ憶えていて損は無いか、何かに使えるかもしれない頭の片隅にでも置いておこう……う~~~完全に職業病だこれ、どうしても女の子の言動や仕草を見ると演技の参考にしようとしてしまう。

「あっ!! ヤミージョ様だ!!」

「ヤミージョ様におかれましてはご機嫌うるわしゅう~~~!!」

 二人が俺の方へと駆けだしてきた……えっ? 何で?

「先週の放送見ましたけど、ヒカリイエローを鞭でしばき倒すところが最高でした!!」

「ヤミージョ様万歳!! ヤミージョ様万歳!!」

 求められ俺は二人と握手をした。
 そうか、今SNSとかで拡散されてヤミージョは悪役でありながら大人気なんだっけ、あのドSで女王様的な言動が。
 放送日の日曜日のツブヤッターでは常にトレンドに登るほどとか。
 何だか複雑な心境だな、中の人である俺が嫌々演じていると知ったら彼女たちはどう思うだろう。

「ああ、ありがとう、今日の撮影頑張りましょうね」

「あれ? ヤミージョは様がこんなに物腰が柔らかいなんて変ですね、それにいつもより声が太いような……どこか体調が悪いんですか?」

「ヤミージョ様、いつもみたいに某を罵ってくだされ!!」

 あっ、この二人……面倒くさいタイプのファンかも知れない……中の人と役を同一視しているんだ。
 でもせっかくの夢を踏みにじるのも気が引ける、ここはファンサービスをしておこうか。

「あーーーっはっはっはっ!! 今のはお前たちを油断させるために一芝居打ったのよ!! 愚民どもが私に触れるなどと思ったか!!」

 俺の出せる限界の裏声を駆使し劇中のイメージで罵声を二人に浴びせた。

「「キャアアアアアアアーーーー!!ヤミージョ様ーーーー!!」」

 二人は失神しそうな勢いで抱き合っている。
 これはこれで何だか得も言われぬ感情が芽生えそうではある。

「顔合わせは済んだかな? それではみんなロケバスに乗り込んで」

 永田監督の差し示した手の先にはマイクロバスが止まっている、あれに乗ってロケ地に行くのだ。

「お待たせしました!!」

 芳乃がスーツをあちこち引っ張りながらバスに乗り込んできた。
 余程慌てていたのだろうスーツが少しずれている。

「そんなに慌てる事無かったのに、どちらかと言うと俺たちの方が早く乗り込んでるんだから」

「な~~~んだ、てっきり私が時間を間違えてるんだと思ったんよ、焦って損した」

「ほら、スーツを直すの手伝ってやるよ、こっちに背中を向けて」

「ゴメン、お願いね」

 何の抵抗も無く芳乃は俺に背中を向けた。
 俺も言ってしまった手前手伝うが、男に身体を触らせるかね。
 もしかして俺って芳乃に男としてみてもらえてないのでは……こんな恰好をしているから尚更に。

 定刻となったのでロケバスが旧採石場に向かって走り始めた。
 まさかこの後の撮影が俺の運命を大きく変えてしまうなんてこの時の俺は思いもしなかったのだ。
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