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第6話 マタタビーズハイ
しおりを挟むJK達がマタタビを干し始めてから四日経った。
細かく薄く切って干したマタタビの実は良い感じに乾燥していた。
「これを石ですり潰せばいいんだな?」
「はい、お願いします」
レモンの指示の元、林檎は大きく天面が平らな石の上に実を置き、上から別の石で押さえつける。
そして前後に何度も往復させた。
「おおっ!! 段々粉になって来た!!」
石と石の間から少しづつ白い粉がさらさらと溢れてきた。
粉が地面に落ちない様に周りに敷いてある葉の上に溜まっていく。
「その意気です、どんどん行きましょう!!」
「はいよ!! うおおおおおおおっ!!」
今度は石の上に置く実を先程より増やし、すり潰す速度も速くした。
ワサワサと湧き出る白い粉、今日の林檎は気合が入っていた。
「林檎さん、そんなに張り切ったら後が持ちませんよ」
「だけどこのマタタビの粉末は大量に必要なんだろう? ちんたらやってたら間に合わないよ」
新たに干し始めた生の実に視線を移す、それでも林檎の作業の手が止まる事は無い。
「そうですね、結果が出るのが早ければ助かるのですが、こればかりは何とも言えなくて………ごめんなさい」
レモンが暗い表情で視線を落とす。
「ほらほら謝らないの、アタイは納得してやってるんだから気にするんじゃないよ」
「はい、ごめんなさい」
(やれやれ、言ってる側からこれだ………)
そう心の中で思いながら、あからさまなあきれ顔をレモンに向ける。
だがそれ以上この話題を続けるのを林檎は止めた。
このレモンの誤り癖は幼少の頃よりの周りの人間からのいじめが原因であることを林檎は知っていたから。
しかし林檎もみかんも彼女と三人で行動を共にする様になってからでもその辺りを特別扱いする事は無かった。
腫れ物に触る様な扱いは友達のする事ではないし、お互いの為にならない。
そんなのは息苦しいだけだ。
ただレモンには少しだけその卑屈になってしまった性格を改善して欲しいとも思っている、いつまでも自分たちがレモンの側に居て守ってあげられる訳では無いからだ。
遜った態度は一見、人当たりは良いかも知れないが、心無い者に付け入る隙を与えてしまう事になりかねない。
だがこればかりは他人が強制的に直させたところで上手くいくものでは無い。
自主的に変わろうと思わなければ意味が無い。
この分ではまだまだ時間がかかるだろうと林檎は思った。
「お~~~~い!! 戻ったよ~~~!!」
みかんが駆け足で戻って来た、件の平原の偵察から戻って来たところだ。
「おう、お帰り」
「お疲れ様、みかんさん」
レモンから竹筒のコップを受け取り水を一気に煽る。
「今日はこの前より白猫チームの数が少なかったよ………」
「そうですか、ミルク女王も頑張っていますね」
ホワイトキャット女王国の兵隊の減少は明らかにミルク王女の国内への終戦交渉の成果だ。
女王の考えに賛同した猫兵士が戦闘に参加していないから頭数が減っているのだ。
少しづつだが良い方に結果が出始めている。
しかしそれを手放しで喜んではいられない、以前はほぼ同等だった兵士の数がホワイトキャット女王国だけが減るとなれば均衡が崩れシャノワール国王の一方的な有利に繋がる。
あの平原の防衛線をシャノワール国王が突破するような事があれば、戦争はJKたちの望まない優しくない結果になってしまう。
「今日のところは何とかなってたみたいだけど、次も白猫チームの数が減ったらもう駄目かも~~~」
「分かりました、次の合戦まであと二日………それまでに準備を終わらせましょう」
「分かった、うおおおおおおおっ!!」
林檎のマタタビ粉の生産スピードが上がった。
まさに吹き出す様に粉が溢れ出す。
「みかんさん、お疲れの所悪いのですが、少し休んだら採って来てほしいものがあるんですけど」
「うんいいよ!! 何々!?」
「エノコログサ、通称猫じゃらしと蕗《ふき》を採って来て欲しいんです、蕗はなるべく葉の大きなものをお願いしたいのですが………」
「分かった!! 行って来るよ!!」
みかんは立ち上がると一目散に森の中へと走って行ってしまった。
「そっ、そんなに急がなくても良かったんですが………」
「いいっていいって、馬鹿は体力が有り余ってるんだから好きにやらせておきなよ」
一時間後。
「レモンちゃんこれで良い!? どれだけ要るか分からなかったからいっぱい採って来たよ~~~!!」
みかんは猫じゃらしと蕗を抱えるだけ抱えて帰って来た。
やはりこの世界の植物は全てがビッグスケール、元の世界より明らかに大きかった。
「ごめんなさい、ここまでは要らなかったんです、具体的な量を指示しなかった私が悪かったです………」
「そっか~~~エヘヘ、採り過ぎちった」
みかんは特に文句を言うでもなくヘラヘラと笑っている。
やはりみかんもレモンに対して林檎と同じスタンスであった。
ただ決定的に違うのは林檎が直に指摘するのに対してみかんは自分にも非があると責任を押し付けない所だ。
「まっ、いいんじゃないの? 蕗はその気になれば生で丸かじり出来るし、猫じゃらしは………あっ、そう言えば猫じゃらしからラーメンを作ってた漫画があったな」
「ラーメン!? あたしも食べたい!!」
「バーーーカ、材料が足りないよ、それにアタイらに作れると思うか?」
「むーーーーっ」
心底残念そうなみかん。
「蕗は茹でましょう、中に虫がいるかも知れませんし」
火は木の棒と溝を掘った木の板を擦り合わせて熾《おこ》した。
マタタビの蔓を巻き付け、弓を引く様に棒を回転させる方式を使った。
例に洩れず竹も人が抱き付くのに丁度よい位の太さの物があり、それを切断して鍋代わりにする事が出来た。
その日の夕食は蕗が大量に入ったスープになった。
そして二日後。
「よし、猫たちよりも先に平原に辿り着いて待ち伏せだ」
蕗の葉を蔓で縫い合わせて作った袋に大量の白い粉を詰めて背中に背負う三人。
それ以外に林檎は両手にも少し小さめの粉入り袋を持ち、
レモンは蕗を葉に長い茎が付いたまま、まるで杖の様に持ち歩いていて、
かたやみかんは猫じゃらしを二本、一本づつ両手に持っていた。
「ゼエゼエ………やっぱりキツイ………みかんお前、よくこの道のりを何度も往復してたな………」
水を頭のてっぺんから被った様に全身汗だくになり林檎は息を切らす。
「エヘヘ~~~凄いでしょう?」
慎ましやかな胸を張ってみかんがドヤ顔を決める。
普段の体育の授業で、へっぽこぶりを披露していたので、てっきりみかんは運動音痴だと思っていた林檎であったが、認識を改めざるを得なかった。
「お前、マラソンの授業とか手を抜いてたろう?」
「エヘヘ、バレたか~~~」
まったく悪びれもせずケラケラと笑うみかん。
「まだ猫たちは来ていない様だね、早く高台の岩場に隠れよう」
「ちょっと待って下さい、粉を巻く以上、私たちは風上に位置しなければなりません」
「おっとそうだった」
レモンは人差し指を舐め、高だかと腕を宙に伸ばした。
濡れた指に風が中る事で風向きが分かるという極めて原始的な方法だ。
「こっちです、行きましょう」
三人は初めて広場の戦いを観戦した岩場に身を隠した。
そしていつでもマタタビ粉を取り出せるように準備し、今か今かと猫たちの現れるのを息を潜めて待った。
数分、数十分待っただろうか………平原の両側から猫たちが集まり始めた。
「見て、白猫チームの数がさらに減ってるよ、二日前の半分くらい」
「本当だ、これは目に見えて少ないな」
「危なかったですね、今日を逃しては手遅れになるところでしたよ」
黒猫4に対して白猫1くらいの比率になっている………兵士個々の能力に大きな差が無い場合、結果は火を見るより明らかだ。
「ウウウウウウ………」
「フギャーーーー!!」
猫兵士たちは睨み合い、おのおの威嚇の唸り声を上げる。
「はい!! 今です!!」
レモンの合図で三人は一斉に袋の口を開き、中のマタタビ粉を振りまき始めた。
粉はうまい具合に風に乗り、猫たちが対峙する平原に降り注いでいく。
「にゃ、にゃんだこれは?」
「うにゃ、にゃんだかいい匂いがするにゃ」
「身体がムズムズするにゃ」
その粉を吸い込んだ猫兵士たちが次々と地面に寝そべり始める。
ある者は涎を垂らして昏倒し、ある者は悶えるように何度も身体をよじる………
一様に酩酊状態に陥っている様だ。
「よし!! 上手くいった!!」
ガッツポーズをとる林檎。
「いえ、まだです!!」
平原は広い………ばら撒いた粉は全てに行き渡っていた訳では無かったのだ。
効果範囲外にいる猫たちは困惑した表情でその異様な光景を見つめている。
「これはいったい何事にゃ」
「知ってるにゃ、これはマタタビと言う奴にゃ」
「禁止されているあの禁断の実かにゃ?」
「何だ、あいつらマタタビを知っているのか?」
林檎は違和感を覚えた、猫の一匹が言った『禁止されている』という文言に引っかかったのだ。
一体誰に禁止されたのか、猫同士で禁止したという事も考えられるから気にしすぎなのかも知れないが………だが今はそんな事を熟考している場合ではない。
マタタビが効いていない猫たちを何とかするのが先決だ。
「みかんさん、お願いします!!」
「オッケーーーーー!!」
葉っぱのマスクをしたみかんが両手に大きな猫じゃらしを持ち平原に降り立つ。
そして正気の猫たちの前を猫じゃらしを振りながら走り抜けていった。
「あのワサワサはっ!! 何故か追いかけたいという衝動を抑えられないにゃ!!」
「へへ~~~ん!! こっちだよ~~~!!」
「待つにゃ~~~~!!」
猫たちが猫じゃらしに食い付いた、次々とみかんを追いかける猫が増えていく。
「林檎さんお願いします!!」
「よし来た!!」
レモンが残りのマタタビ粉を宙に振りまき林檎が蕗を振り回す。
彼女たちが
持って来た蕗は、竹ひごで補強してありちょっとやそっと振り回したくらいでは折れない様になっていた。
これは今の様な事態の為にうちわとして使う為に用意したものだったのだ。
みかんが通り過ぎた所を目がけて粉を吹き飛ばすと、追いかけて走り込んで来た猫たちに丁度粉が降りかかったのだ。
「うにゃぁ、目がまわるにゃ~~~」
失速して次々と倒れていく猫たち………これでこの平原で起きている猫は一頭もいなくなった。
「イエ~~~~~イ!!」
三人はハイタッチをして作戦の成功を喜んだ。
「でもこれ、猫たちには身体の異常は起こらないのか?」
「大丈夫です、猫に対してのマタタビは身体に後遺症を残さないと言われています
粉末にしてあるから効力も抑えられたいますからね」
「効力を抑えてこの効果か………おっかないな」
「それを証拠に見ててください」
数分後、何事も無かったかのように目覚める猫兵士たち。
「うにゃ? 俺達は何をしていたんだったかにゃ?」
「ファーーーー良く寝たにゃ」
「取り敢えず国に帰るにゃ」
猫たちはそそくさと自分の国の方へと帰っていった。
自分たちがここに戦いに来たのすら忘れて。
これぞみかんが立案し、レモンが計画した双方に被害を出させない解決方法の一段階目であった。
「これは凄いな………これなら本当に戦争を止められるかも」
林檎は目を見開き驚嘆する。
「まだまだ始まったばかりですよ、これを数回繰り返す予定なので」
「そっそうか、そう簡単にはいかないよな」
「まぁのんびりやろうよ林檎ちゃん」
みかんがふざけて林檎の背中に乗っかって来た。
「やめろ、重いんだよ!!」
「ウフフフ………」
二人のふざけ合いを微笑みながら見守るレモンは取り敢えずの作戦成功に安堵していた。
しかし不安が無くなることは無い、この計画が成功するか否かはこれからの両陣営の出方に掛かっているのだから。
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