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最終話 発つドラゴン、後を濁さず
しおりを挟む『てっきり知っているものだと思ったから今迄敢えて言わなかったのだけれど…』
何だ? ドラミの奴、随分と勿体着けた言い方をするな…そんなにその話は地脈についての知識としては常識なのか?
『所有権を有したドラゴンは地脈に他のドラゴンが入って来れない様に結界を張る事が出来るのよ』
『いや、それは何度かやってみようと思ったんだが、消費魔力が尋常じゃ無くてな…』
竜滅隊が攻めて来た時、探知の魔法は使ったが、侵入を防ぐ魔法を使わなかったのは今言った通りその魔法を維持するのに莫大な魔法力を必要とするからだ。
それを常に維持し続けるというのは俺の基本魔法能力的には無理だったのだ。
『やっぱり…』
ドラミがあきれ顔で俺を見つめている…俗に言うジト目って奴だ。
『何だよ…?』
『本当に知らないんだと思って…』
『仕方ないだろう…リューノスから旅立ってこっち、すぐにここの地脈の持ち主からこの土地を奪って、そのまま所帯を持って定住しちゃったんだから…』
『はぁ、まあいいわ…その不可侵の結界って言うのは自分の魔法力じゃなくて、地脈そのものの魔法力を使うのよ…ドラゴン界隈ではそれの事を『地脈力』って呼んでるわ…』
ぐっ…ドラゴン界隈ときたか…一応俺もドラゴンなんですが…。
『じゃあ、その『地脈力』とやらを使った結界はどうやって張るんだよ…』
俺はちょっぴりいじけ気味にドラミに問いかける。
『地脈には必ずその土地の『地脈力』を司る『地核』が存在するのよ…そこを見つけ出し支配下に置く事で初めて地脈を管理した事になるのよ』
『初耳だ…って事は俺ってもしかしてこの地脈を自分の物に出来て無いんじゃなかろうか?』
『…もしかしてじゃなくその通りよ…』
なんて事だ…俺は今迄一体何をしていたんだ?…ただここに居座って地脈を支配した気になっていただけなのか…。
『落ち込んでいる所悪いんだけど続けるね…その『地核』を支配下に置いてから結界を張る事で『地脈力』を使った自律型の結界が完成するの…これで所有者が地脈を留守にしても自動的に地脈を守り続ける訳…』
『成程な…』
これでドラミやリュウイチが冒険者として地脈を留守にしている事への説明が付く…だがそれと同時に新たな疑問も湧いてくる訳で…。
『じゃあさ…所有者が留守中にその結界を誰かが強引に破壊して中に入った場合…地脈はそいつに奪われちまうんじゃないのか?』
我ながら当然の疑問だろう…折角結界を張ってもそれでは全く意味が無い。
『それに関しては僕が説明してあげよう…』
ほう、今度はリュウイチが講師って訳だ。
『リュウジ…君もこの地脈を持っている以上、ここの元の持ち主を倒したんだよね?』
『ああ…ライデンと言って、物凄い電撃魔法を使う老いたドラゴンをな…』
『へぇ…私以外の雷属性魔法の使い手だったんだ?』
『ドラミの電撃なんてくすぐり程度に感じる程凄まじかったぜ?』
『ふ~ん…何なら今、私の電撃と比べてもらおうかしら?』
ドラミの身体の周りをパチパチと電気が弾ける。
『遠慮しておきます…』
何だよドラミの奴、ムキになって…軽い冗談じゃないか…。
『説明を続けたいんだけどいいかな…?』
『ああ、悪い…』
『地脈の入手方法は主にふたつ…一つは君がやった様に所有者を倒す事…もう一つは所有者から譲渡してもらう事だよ』
『ほう、譲ってもらう事も出来るんだな…』
『そうなんだけど、折角手に入れた地脈を自ら手放すドラゴンはそうそういないだろうね…基本的にドラゴンは独善的で好戦的だから…』
『まあ、そうだよな…』
俺達の弟のドラゴの様に複数の地脈を入手している強欲な奴もいる…自身の強さを増強させる手段なら尚更だ。
『それを踏まえて聞いてもらうと、君の疑問もおのずと答えが出るんじゃないかな?』
『そうか!! 地脈に踏み入られただけでは奪われないのか!! その所有者が倒されるか所有権を譲らない限り!!』
『そういう事…ただ侵入者が勝手に土地の資源を使ったり奪ったりといったリスクはあるけどね』
そうか、大体理解した…じゃあ次に俺がやる事は一つだ。
『それじゃあ早速、その『地核』とやらを探してみるよ』
『ここまで説明した手前、僕らも最後まで見守らせてもらおうか』
『うん、そうだね…きっとリュウジ兄さんはやり方が分からないだろうし』
『言ってろ…』
こうして俺達の『地核』探しが始まった…と言ってもそんなに大層な事は無く、森のほぼ中心…俺達家族が住処としている岩場の洞窟のすぐ真裏にそれはあったのだ。
地面に如何にもな魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと文字盤が回転していた。
葉の大きな野草に隠れていて気付かなかったとは我ながら情けない。
『灯台下暗しとは昔の人はよく言ったものだ…』
『うん? 何か言った?』
『いんや…こっちの話…』
『リュウジ兄さんて時々不思議な事を口走るよね…』
『まぁ気にするな…』
言っても文化の違いで説明が難しい場合があるからな…だが詮索されると面倒ではある…以後気を付けよう。
『ではリュウジ、この上に立って魔力を集中するんだ…』
『おう!!』
リュウイチに言われるまま魔法陣の上に立ち、精神を集中させる…すると地面の魔法陣から俺に向かって蔓の様に魔法力が伸び、絡みつく。
成程、これは…俺とこの土地が一体になっていく…地脈内の樹々や岩、川の水や底に転がる石ころに至るまでがまるで自分の身体の一部であると錯覚してしまう程の感覚を覚えた…これが本当の意味で地脈を手に入れるという事か…。
『ふう………』
『地核』との接続が終了し、俺は魔法陣から外に出た。
『お疲れ様、リュウジ』
『ああ、結構疲れるものなんだな…』
『これでリュウジ兄さんも立派な地脈所有者ね』
『恥ずかしながらな』
心なしか自分の魔力が上がった気がする? …いやそんなものじゃないな、確かに根底の魔法力が向上している。
しいて言うならMPのパラメーターの上限値が解放された感じだ。
何で今迄これをしていなかったのだろう…今の魔力量ならこれまでの困難だってもう少しマシに立ち回れたかもしれないのに…まあ今言った所で『後の祭り』なんだけどね。
結界を張ったところでリュウイチ、ドラミとは改めて別れの挨拶を交わし、森には今、俺達家族だけになった。
さっきまでイベント会場の如くドラゴンでギュウギュウだったのが嘘のようだ。
「さあ後片付けは後にして少し休憩しようぜ」
「いまお茶を用意するわ」
「頼む」
俺は人間の姿になり庭先にあるテーブルに着いた。
しかし今日は色々な事があり過ぎた…今も少し興奮しており、頭が追い付いていない。
そんな状態の中、俺にはある欲望が芽生え始めていた。
それは『地脈を出て世界中を旅する』というものだ。
以前、リュウイチとドラミが冒険者として人間に紛れ活動しているという話を聞いて羨ましさを覚えた事がある。
俺は地脈を手に入れてすぐ所帯を持ったため、この土地以外の世界を知らない…一応近隣の村であったゲトーまでは言った事があるが今はご存知の通りである。
所帯を持った事自体に不満も無いし後悔も無い…可愛い娘も生まれた。
しかし折角異世界に転生したというのにその世界をほんの一部しか知らないというのも勿体ない話…それに俺は諦めかけていた『優しい世界』を作るという理想を再び取り戻したのだ…その理想を実現する為には俺には知らない事が多すぎる。
世界各地を周って色々な事を見て聞いて知識を蓄えなければならないのだ。
結界を張り自由に動けるようになった今こそ、旅立ちの時なのではないのだろうか。
「あなたの好きにしたらいいじゃない…」
「えっ…」
俺の前にティーカップを置き、リアンヌが優しく微笑む。
「あなたはすぐに顔に出るから分かりやすいわ…行ってみたいんでしょう? 外の世界へ…」
「なっ…何で俺の考えている事が…?」
「まったく…何年連れ添ってると思ってるの?」
「リアンヌ…お前には敵わないな…ホントに」
てっきり反対されて説得しなければならないかと思っていたが、ここまで言ってくれているのなら話は早い。
「私たちも当然ついて行きますからね? 異論は認めませんから…」
「いいのか? 今迄の様に安定した生活は送れないかもしれないんだぞ?」
「大丈夫だよ!! 私たちがついてるんだから!!」
「マーニャ…」
マーニャが俺の右手にしがみ付いて来た。
「家族が一緒ならどこででもやっていけますよ…」
「ミコトまで…」
ミコトは左手に抱き着いて来た…まるで『両手に花』だな。
「これで決まりね!! あなたが反対しても多数決で私たちの勝ちよ!!」
「リアンヌ…分かった分かった、よし!! みんなで行こうか!!」
「わぁい!!」
はしゃぐ子供たち…ここまで家族みんなの意見が一致しているなら俺が異論をはさむ余地は無い…いつ戻ってこれるか分からないが長めの家族旅行と思えば問題ない。
数日後………。
『よし!! みんな、準備はいいか!?』
「はーーーーい!!」
ドラゴン形態の俺の背中にリアンヌ、マーニャ、ミコトが座っている。
勿論そのまま直にではない…馬で言うところの鞍に当たるもの、いやどちらかと言うと昔テレビで見た象の背中の上に人を乗せる為に付ける客席を想像して欲しい…それにシートベルトを着けられる様に作った物に三人は搭乗している。
今から家族全員で空の旅へとしゃれ込もうって寸法だ。
『本当にいいんだな? トイレには暫くいけないぞ?』
「もう!! パパ、デリカシー無さ過ぎ!!」
ほう、マーニャめ、そんな難しい言葉を覚えたか。
『大変お待たせいたしました…ドラゴンエアライン、只今離陸します…』
「何それ!! パパ面白い!!」
ミコトがクスクス笑う…まあ大方何だか分かっていないだろうな、無理もない。
翼を大きく羽ばたかせてその場で上空に舞い上がる…飛行機と違ってドラゴンは滑走路要らずだ。
「結構高いわね…」
『怖いか?』
「そっ…そんな訳ないじゃない!!」
リアンヌは怖いんだな…子供の手前、あからさまに怖がれないのは母親のプライドか。
『よし、行くぞ!! みんなしっかり捕まってろよ!!』
俺は少しずつ加速していく…やがて車が高速道路を走るくらいまで速度が上がった。
「あははは!! 早ーーーーい!!」
「…………!!」
両手を上げ髪をなびかせ子供たちは喜び、リアンヌは座席にしがみ付き顔を引きつらせる、まるでジェットコースターのリアクションである…空飛ぶ乗り物の存在しない世界だ、彼女らは今、とても貴重な体験をしている事になる。
あっ、そう言えば一足先にライラとメグは経験していたんだったな。
彼女たちの様な人間が居るというのが分かったのも大きな収穫だった。
人間もまだ捨てたものではないと分かったのだから。
異世界に限らず、知的生物が存在する限り色々な文化や風習が存在する。
弱肉強食…強いものが生き残り、弱い者は滅びる…これはある意味生命がより優秀な者を生き残らせる為の普遍の理なのかもしれない。
しかしより高度な精神性と文明を持った生命においてそれのみが適応されるのはナンセンスと言わざるを得ない。
真に皆が平等な優しい世界の構築…。
今は俺自身でもどうすればそんな絵空事を実現できるか分からない…しかしいくら時間が掛かろうとも必ず見つけてみせる…幸いドラゴンの寿命は相当長いらしい。
仮に俺の代で実現できなかったとしても子供たちが意志を継いでくれることだろう…この子達なら、この子達の子孫たちならきっと…。
そんな希望を抱いて俺は今、青空を進む。
そう…こんな風にどこまでも澄んだ一点の曇りの無い世界を目指して………。
完
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