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第8話 『20』

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「ウフフ…いい眺め…こうして夜景を見下ろしているとまるで街の支配者にでもなった気分だわ…」

人の丈より大きなガラス窓から眼下を見下ろし目を細めるマイア。
街は既に夜の帳が下り宝石箱をひっくり返した様な美しい光が瞬いている。
ここは高級ホテルの一室、この街では最も高い30階建てのビルの最上階のスイートルームだ。
普通に宿泊すれば一泊数十万円は下らない部屋だがそこは魔女…ドラクロアが従業員を催眠魔法で操り実質タダでチェックインしているのだ。

「ワシもここが気に入ったぞい…このベッドの寝心地の良さと言ったら…極楽じゃ…」

キングサイズベッドに大の字に寝転がるドラクロア。
布の面積が極端に少ないビキニ風のコスチュームなのもあり
青少年には実に目の毒である。

「………ふぅ…」

間仕切り越しにそのだらしのない姿をさらにだらしない顔で盗み見る好郎。

「…コホン…好郎様!!」

ビクゥ…!!

「うおっ…!!何だ秘女ひめか…いきなり後ろから声を掛けるなよ…」

いきなり後ろから声を掛けられ軽く飛び跳ねてしまった好郎が秘女の方を見ると、彼女からこれ以上ないと言った軽蔑の眼差しを向けられた。
だがこれは酷な話だ…異性に興味のある年頃の健全な男子に於いて、グラマーなお姉さん方に囲まれておきながらその艶めかしい熟れ熟れボディを見ないだなんて選択肢は有りはしないのだ!!(断言)。

「…本当に仕方が無い人ですね…まあいいでしょう、ではこれからの話をしましょうか…ほらマイアにドラクロアもこちらへいらっしゃい」

「何よ…偉そうに!!」

「何じゃ…ワシに命令するでない」

全く協調性の無い姉陣営だ。
ヤレヤレと首をすくめ秘女の方がドラクロアが横になっているベッドに腰掛けた。
好郎とマイアも近くの長いソファに腰かけるとそれを見計らって神妙な面持ちの秘女が語り出す。

「ではいいですか…?さっきの妹魔道書軍との戦いを振り返りますよ…
あの妹背愛志と言う敵の因子所有者ファクター…私は少し侮っていた様です…」

「…そうじゃな…ワシもファイアボールを爆発させた時点で勝ちを疑わなかったがまさかあの土壇場で状況にあった的確な召喚をして見せるとは…」

上体を起こしドラクロアも苦々しい顔で振り返る。

「え~そうかしら…?私は只のまぐれだと思うけど…」

マイアが肩をすくめる。
ただ先程愛志が妹召喚に失敗しかけた事実を彼女たちは知らない。
メタ的な視点で言えばマイアの憶測はあながち間違ってはいないのだ。
もしかすると愛志は追い詰められないと力が発揮出来ないのかもしれない。

「なあ…一つ物凄く基本的な事を聞きたいんだけど…」

遠慮がちに好郎が姉たちの会話に割って入って来た。

「どうぞ?」

「オレは殆どなし崩し的にこの戦いに参加してしまったけど…
これって…どうすれば勝ちなんだ?」

「あっ…そうね…」

「うむ…」

マイアとドラクロアが首を捻る。
暫しの沈黙…。
実はここに居るほとんどの者が目的を理解していない。
ただ一人を除いて…。

「…申し訳ありません…時間が取れなかったので説明していませんでしたね…丁度時間もありますし今の内に説明をさせて頂きます」

おもむろに口を開く秘女、一同は彼女に注目する。

「魔導書発見の経緯は契約時に済ませたので省略させてもらいますが…
そもそもこの『姉妹戦争しまいせんそう』は私の雇い主である『アクドレイク卿』が姉と妹二冊の魔導書を手中に収めようとして始めた事です」

姉妹戦争しまいせんそう』…いい得て妙ではあるが今の現状をこれ程的確に表す言葉も無いであろう。
秘女はさらに続ける。

「当初から私が持っていた『姉魔導書』は有りましたから、後は私の妹…密が所有していた『妹魔導書』を奪い取ってそれでおしまいの筈でした…
でもカンの良い密はそれに気付きシステシアから逃走してしまったのです
私はマイアと密を追いかけ人間界まで着ましたが、密はあろう事か魔導書の因子所有者ファクターを見付け契約、反撃して来ました…
そして今に至る訳です」

「…ああ…そしてマイアにさらわれた俺も因子所有者ファクターだったもんだからアンタ達と契約してここにいる訳だしな…」

好郎の言葉に黙って頷く。

「ここからが本題ですが…我らにとっての勝利は…
『妹魔導書』を彼らから奪い取る事です!!」

突然立ち上がり高らかに宣言する秘女。

「…なら別に正面から勝負を挑む必要は無いのじゃな…?」

ベッドに仰向けに寝転がったまま片目だけを開けドラクロワが語り掛ける。

「勿論…力での完全勝利にこだわる必要はありません
直接魔道書を盗み出してもいいし、魔導書を無効にするためには所有者か因子所有者ファクターを殺すのも有りでしょう…」

さらりと言ってのける秘女。
だが彼女の言う所有者とは他ならぬ実妹の密である。
手段の為なら家族すら手に掛ける事も厭わない…
秘女の心の闇は限りなく深かった…

「…いいねそれ…
じゃあさ好郎、次は暗殺者かくのいちを呼び出しなよ」

悪辣な笑みを浮かべながらマイアが提案する。
するといきなりドラクロアがベッドから跳ね起きる!!

「ぬっ…!?皆の物侵入者だ!!何者かがこの部屋を探っておるぞ!!」

周囲の警戒の為にドラクロアが前もって探知の結界を部屋に張り巡らせていたのだ。
マイアが俊敏な動きで移動、玄関ホールに繋がる引き戸を開ける。
すると廊下の曲がり角を物凄い勢いで白い布が通っていったのが見えた。
低めの位置からして恐らく白いスカートの裾ではないかと推測される。

「…まさか奴らの方から仕掛けてくるなんてね…意外だったわ」

「感心している場合では無くってよマイア…あなたはすぐに侵入者を追いかけて!!では…好郎さん、さっそく一人召喚して下さらない?」

「えっ…!?いいい一体誰を!?」

いきなり話を振られて慌てふためく好郎。

「追っ手ですよ…確実に侵入者に追いつき命を奪う者に決まってるじゃないですか…」

好郎の背筋に冷たい物が走る。
口から発せられた言葉は淡々としていたが
秘女の表情は好郎の十数年の人生で今まで見た事が無い程冷徹な物であった。

さっそく召喚の準備に取り掛かる好郎。
リビングの隣の部屋は家具が一つも無い八畳間程の広さがある部屋だ。
この部屋はここに潜伏した当初から召喚の間として使う為に宛がった場所である。
実は今やろうとしている召喚で初めて使う事になる。

「来たれアサッシンよ!!サモン!!マイビッグシスター!!」

お馴染みの円が二つ連なった魔法陣が出現、片方の陣には好郎、空いている方の陣に人型の光が現れ具現化していく。
そこに現れたのは漆黒のノースリーブワンピースを着た女性が現れた。

「………」

無言の女性。
ショートボブに切り揃えられた黒髪、これまた真っ黒なバンダナが眼帯宜しく左目を隠す様に頭に巻かれていた。
そして裸足…これはデジャビュか…
しかし驚いた事にその女性は確かに目の前に存在し見えているのに
恐ろしく存在感が希薄で、まるで絵画と向かい合っているかの様だった。

「…クッ…!!」

契約完了の為にはキスをしなければならないのだが、何故だか好郎は身体が動かせないでいた。
存在感の希薄さと裏腹に彼女からは近づきがたい見えざる力が発せられているとしか思えない。
それでも勇気を振り絞り一歩を踏み出そうと足を上げると…

「坊や…止まれ…。それ以上近付いたらお主、死ぬぞ…」

ドラクロアが好郎の肩に手を掛け後ろに引っ張る。
彼女もまた黒い女からある物を感じ取った。
それは…静かなる殺意…。

「バインド!!」

ドラクロワが呪文を唱えると
黒い女をいくつもの金属製のリングが締め付ける。
拘束具でも付けられたみたいに雁字搦めだ。

「今ぞ坊や、契約の接吻を!!」

ドラクロアに促され、まるで中世ユーロッパの拷問器具、アイアンメイデンから顔だけ出している様な状態の女性に近付き頬に口づけた。

途端、身体の金属が飛び散り黒い女が解放される。
彼女は即座に膝ま付き

「マスター…ご命令を…」

全く感情の籠っていない抑揚のない声で黒い女そう言った。

「え~と名前は?」

「トゥエニィと言います…」

「…トゥエニィ…20《にじゅう》かい?」

「はい…同義です…では次の命令は…」

全く余計な事を話さないトゥエニィと名乗った黒い女。

「…ああっと…そうだな…この部屋を探っていた白い服の女を追いかけて始末して来い!!」

妙な緊張感に晒され続けていたせいで好郎も興奮状態になっていた。
つい過激な命令をトゥエニィに出してしまったのだ。

「…イエス…マスター…」

トゥエニィはそう言うが早いか見た目から想像できない程の俊敏さで部屋を出て行った。

彼女が出て行くと張りつめていた部屋の空気が幾分か和らいだ。
安堵して一呼吸吐く一同。

「あのコ…一体何者だ?」

本当に彼女を呼び出して良かったのだろうかと何故だか無性に不安になる好郎だった。
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