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第28話 帝国の女王

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 あれが帝国のキャスリン女王……似ているイングリットに。

 しかしイングリット本人でないのは明白、王国の兵士を馬上から容赦なく切り捨てていくなど彼女は絶対にしない。
 それにイングリットはライムの祠に居るんだ、ここに現れるはずがない。
 そもそも彼女が俺と旅をしている時にキャスリン女王も同時に存在している時点で同一人物のはずが無いのだ。
 それにしても他人の空似とは言え、ここまでそっくりだと妙な気分だ。
 俺もまんまと混乱させられたぜ。
 
 こんな所で女王の顔を拝めたのは収穫だ、しかも宣戦布告後初の軍事侵攻にも遭遇してしまうとは。
 しかしあの女王、少し先行し過ぎだな……後続の騎馬兵からどんどん離れて行ってる……あれでは全くの戦闘の素人だ。
 噂に聞くように芸術を愛する穏健派だったというのは満更嘘ではなかったのかもしれない。
 そうこうしているうちにキャスリン女王は完全に孤立し、王国兵に取り囲まれてしまったではないか。
 何だこの状況は? ここで帝国のトップである女王が討ち取られてしまったら戦争は終わるのか? こんなに簡単に?
 いや、見たところ王国兵は彼女を捉えようとしている様だな……当然だ、その方が帝国との終戦交渉もしやすいだろうし、見せしめとして衆人環視のもとギロチンで斬首も有り得る。

「無礼もの!! 私を誰と心得るか!!」

 王国兵は彼女の剣を叩き落とし、一斉に長い棒を使って女王の身体の自由を奪っていく……遂に女王は落馬し地面に組み敷かれてしまった。

 これはあまりのもお粗末な戦闘行為だ、帝国の兵は何をやっているんだ?
 キャスリンがあまりにも不憫で、俺は彼女が敵国の将だという事を忘れ同情してしまっていた。

「止めろっ……!!」

 知らず知らずのうちに俺の身体が動いており、いつの間にかキャスリンを組み敷いていた棒を全て剣で払っていた。

「何奴だ!?」

 王国兵が驚いている隙にキャスリンを小脇に抱え、その場から駆け出す。
 どうしてしまったんだ俺は? あのまま王国兵に任せておけば遠からず戦争は終わったはずだ。
 それなのに俺は咄嗟にキャスリンを助けてしまった。
 顔がイングリットに生き写しだからか?
 とはいえ俺がとんでもない事をしでかしてしまったことは間違いない。

「待て!!」

 当然王国兵たちは追いかけて来る、このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。

「貴様、私をさらって一体どうしようというのだ!?」

「頼むから暴れないでくれ!! これでもお前を助けようとしているんだぜ!?」

「どうだかな、信じられん」

 こいつ、何て可愛げのない奴だ、状況が分かってないのか?
 こうなれば逃げ込む先は一つ……中立地帯だ。

 しかし中立地帯は周囲をぐるっと塀で囲われている、塀に沿うように逃げているが中に入り込めるような場所は存在しない。

「お兄さんこっち!!」

 ふと前方の足元の塀が開く、そこから一人の少女が顔を出しているではないか。

「さあ入って、早く!!」

「破廉恥な!! どこを触っておるか!!」

「うるせえな黙ってろ!!」

 キャスリンの尻を押し、無理矢理押し込む……俺も続いてその小さな入り口から中へと入った。
 すぐさま少女が塀の蓋を閉め直す。

「一体どこへ消えた!?」

「探せ!! まだ近くに居るはずだ!!」

 塀の外側から兵士たちの声が聞こえる、どうやら俺たちを見失った様だ。

「フゥーーー、助かったよお嬢ちゃん」

「えへへっ、あたしリリアン……お兄さんは?」

「俺はアクセルだ、よろしくな」

 屈託のない笑顔の少女リリアンの頭を撫でる。

「おい貴様!! これは何のつもりなのだ!? 私をこんな辺鄙な所へ連れ込みおって!!」

 地面にへたり込んでいる俺を文字通り見下し、キャスリンが凄んできた。

「はぁ? お前、まずは助けてもらったお礼から言うもんじゃないのか?」

「誰がそんな事を頼んだ!? 貴様が割って入らなくても我が帝国兵があの者どもを蹴散らしていたものを……!!」

 いや、俺はそうは思わない……先ほどの戦闘を見ていたが、キャスリンが軍勢から離れ孤立した一連の行動は明らかに意図的に行われていた。
 どうも腑に落ちない。

「もうよい!! 私は帝国軍に合流する!! そこをどけ!!」

「待て待てちょっと待て!! 今出ていくのは危険だ!!」

 強引に今入って来た隠し扉から出ようとするキャスリンを押しとどめる。

「何故邪魔をする!!」

「だから危険なんだって!! なあお嬢ちゃん、ここには外の様子を伺える設備は無いのか? 例えば見張り台とか……」

「あるよ!! 案内するから付いてきて」

 リリアンはトコトコと走り出し、俺はそれに続こうとする、がキャスリンはここを動く気配はない。

「お前も来い!! 何故いま外に出たら危ないか見せてやる!!」

「お前お前言うな無礼者!! 私を誰と心得る!!」

「帝国のキャスリン王女様だろう? 知ってるよ、お前は有名人だからな」

 そう言いつつ俺も彼女の顔を見たのは今日が初めてなんだがな。

「ぐっ、知っていてその態度とは……貴様が帝国民だったらこの場で切り捨てていたところだぞ!!」

「残念だったな、生憎俺は王国民でね……お前に敬意を払う理由が無い」

「ぐぬぬ……冒険者風情が……」

 耳まで顔を真っ赤にし、下唇を噛みしめ悔しそうなキャスリン……恐らく国内外を問わず平民にここまでコケにされたのは初めてではなかろうか?
 しかしそんな態度を取りつつもキャスリンは俺たちに付いてきた。
 俺の発言の根拠をその目で確認するために渋々というのがはっきり分かる。

「こっちこっち」

 中立地帯の中央にそびえ立つやぐら……高さは建物の五階ほど。
 地面からやぐらに真っ直ぐ伸びた梯子をリリアンは難なく登っていく。
 恐らく普段から登り慣れているのだろう。
 もちろん俺も問題なく昇る事が出来る。

「うん? どうした女王様?」

「急かさないでよ!! 今行くから……」

 そうは言うがキャスリンは中々梯子を登ってこない……それに心なしか震えている気がするんだが。

「女王様、お前……高い所が怖いのか?」

「なっ、そんな訳ないわよ!! 何言っちゃってるのかしらこの平民は!!」

 明らかに動揺しているな、口調が先ほどまでの威厳のあるものから普通の女言葉になっている。

「無理するな、代わりに俺が見て教えてやる」

「無理なんかしてないわ!! 見てなさい!? 今すぐそこへ行ってやるんだから!!」

 全身の震えに抗いつつ少しづつ梯子を登りだす、時間は掛かったが何とか頂上の見張り小屋まで到達した。

「頑張ったじゃないか、見直したぜ、大した負けず嫌いだよお前は」

「帝国の女王を舐めないで……」

 折角の決め台詞もそんな柱にしがみ付いて震えてちゃ恰好が付かないぜ。

 さて、怖がり女王様の所為で遅くなったが俺は見張り小屋からぐるっと周囲を見回した。
 北東には共和国の兵士が居る、あいつらは元々国境を警備していた兵士たちだな……しかし増援を読んだ様子も、国境や俺たちが今いる中立地帯に侵攻する様子は見られない。
 次は南東から南西にかけて、こちらは我が王国領だ……こっちは慌ただしく兵士たちが動いているな、それというのも先ほどキャスリン率いる帝国軍が越境して戦闘行為に突入したせいで犠牲者が出ている……恐らく伝令を飛ばしてお偉いさんの指示を仰いでいるのだろう。
 そして南西から北にかけて、問題の帝国側だが……兵士は一人たりとも見当たらない、これの意味するところは……。

「見えるか王女様」

「なっ、私が取り残されているというのに帝国兵が誰もおらぬだと!?」

 キャスリンが震えている、しかしこの震えは高い所が怖いからではない。

「分かったか? お前は見捨てられたんだよ」

「何故だ!? 何故私が見捨てられなければならぬ!? 私は帝国の王女、最高権力者だぞ!?」

 今までに見せたことが無いほどの剣幕で俺に食って掛かるキャスリン。
 目の前にこれ以上ない証拠を突きつけられても認められないでいるのだ。

「それこそお飾りの……な、どうやらお前を排除して帝国を我が物にしようとしている奴がいるんじゃないのか?」

「まさか……グスタフが……」

「グスタフ? 誰だそれは?」

「私が幼い頃から仕えている側近だ……いや待て、そんな筈は……」

「でもそいつが怪しいんだろう? 何かあるのか?」

「グスタフは私に絵画やヴァイオリンの手ほどきをしてくれた人物だ、穏健派と言われた私の思想は彼から影響を受けたものなのだ」

 確かにキャスリンが戦を好まず、芸術に傾倒しているのは俺も聞いたことがあった。
 それが即位と同時に宣戦布告したと聞いて驚いたものだ。

「ひとつ聞きたい、そんな穏やかだったお前が何故戦争を?」

「これは私の決定した事ではない……グスタフの進言だ……」

 ほう、これは段々おかしな方向に話しが動いているぞ? この話しはアルバトロスが喜びそうだ。

「今さっきグスタフは穏健派だったと言ったよな? それが何故?」

「それは私の方が聞きたい、グスタフは父王がお亡くなりになってから急に人が変わったのだ」

 これはどう判断したらよいだろう、グスタフとやらは強大な権力を持つ先王が無くなるまで本性を隠していたと見るか、それ以外の理由があると見るか……だがそれ以外の理由ってなんだ? 誰かに操られているとかか?

 だがこれではっきりした事がある、今日の出来事は全てキャスリンを亡き者にしようと画策された謀略だという事だ。
 それがグスタフとやらなのか、それ以外の奴なのかは今は分からない。

「これで分かっただろう……お前、帝国に戻ったら殺されるぞ」

「馬鹿な……そんな馬鹿な!!」

 悔しさのあまりポロポロと涙を流すキャスリン……まるでイングリットが泣いている様に錯覚してしまい俺も心苦しい。
 ここまで関わってしまった以上彼女を放っておけない。

 試練のためだけではない、彼女の為に動こうと心に決めた。
 暫くはこの中立地帯は安全だろうが、キャスリンがここにいるのは恐らく王国兵も薄々感づいているはず、いつまでも籠城していられない。
 上からの命令があればすぐにでも押し寄せてくることだろう。

 是が非でもここを脱出しなければ……何かあるはずだ、この窮地を脱する方法が。

 俺はそんなに賢くない頭脳をフル回転させるのだった。
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