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第10話 異世界の祭り
しおりを挟む「うお……おおおおおっ……!?」
チャリオットに跨りペダルを漕ぎ出すもフラフラと左右に大きくバランスを崩し地面に倒れ込んでしまった。
俺は盛大に尻もちをつく。
「やはりフレームが歪んでいるな、真っすぐ走るのもままならないとは……」
崖から滑り落ちた時チャリオットは幸い木の枝に引っ掛かって最悪の事態は免れていたが高所からの落下の衝撃を完全に抑えるまでにはいかなかったようだ。
俺はカガミたちと城下町の観光に行く前にチャリオットの所に寄らせてもらっていた。
折角だしチャリオットにも町の中を見せてやりたかったから一緒にって言うのもあるけど何よりチャリオットの状態が気になっていたからだ。
『済まない相棒、こんなんじゃこの先お前の役に立てそうにない……何なら見捨て……』
「馬鹿野郎!! 俺にそんな事が出来ると思うのか!? チャリオット、お前は常に私生活も仕事も苦楽を共にした、一緒にやって来た相棒じゃないか!!」
『相棒……』
チャリオットの声が震えていた。
この世界に一緒にやって来た時チャリオットはしゃべる事、感情を表現出来る術を得た。
思えば家族以上に一緒に居たかもしれない存在、最初は物凄く驚いたが同時にコイツと会話が出来るという事がとても嬉しくこの数日は困難もあったけど心は満たされていたんだ。
いきなりこんな訳の分からない状況に放り込まれた中メンタルを平穏に保てたのもコイツがいてくれたからだ。
自転車の本懐は人が乗りいつまでもどこまでも風を切って走り続ける事だ、横たわって放置される事じゃない。
「待ってろ、俺が必ずお前を元の様に走れるようにしてやる、必ずだ!!」
俺はチャリオットに向けて右手の親指を立ててウインクして見せた。
『相棒……ううっ……済まねぇ……』
自転車であるチャリオットには目も鼻も口も無いがきっと顔をグシャグシャにして大泣きしている事だろう。
「あの、どうかしたの?」
背後から声を掛けられてハッとなる。
振り返るとキョトンとした表情で前屈みになり俺の顔を覗き込んで来るカガミの姿があった。
さらに奥の樹木の影から覗くツルギとタマも見て取れる、あれで隠れているつもりなのだろうか姿が丸見えだ。
そうだった、カガミにはナーガスの城下町の案内を頼んでいた事をすっかり忘れていた。
「地面に座り込んで何かあったのかしら?」
どうやらチャリオットの所に行ったまま中々戻って来ない俺を心配して追いかけて来たのだろう。
「いや何でもない、そろそろ行こうか?」
俺は立ち上がって尻の土埃を手で払うと何事も無かったかのように振舞い歩き出す。
「お待ちなさい、せめてこのハンカチで手を拭いて」
カガミが和洋折衷の衣装の振袖部分からハンカチを取り出し俺に差し出す。
四隅にディフォルメされたドラゴンが刺繍されたカラフルで可愛らしいハンカチだ。
「いやいやそんな綺麗なハンカチを俺の汚い手を拭くのに使うのは勿体ないって」
「何を言っているの、ハンカチは手を拭ったり涙を拭ったり汚れるのは当たり前、それが目的で存在しているものなのよ、遠慮なんかせずにお使いなさいな」
一度は拒否した俺だったがずっと目の前に差し出されているハンカチを受け取るしか選択肢が無く仕方なくそれを手に取った。
ハンカチは手や涙を拭うか、うん? 涙? 何でカガミはこのタイミングでわざわざそんな事を?
と思い俺は咄嗟に頬に手を当ててみた、するとどうだろう頬が湿っているではないか。
そうか、さっきのチャリオットとのやり取りで感極まって自分でも気づかない内に涙が溢れてしまっていたんだな。
さりげなくハンカチを頬に当てカガミには既にバレバレではあるが涙を拭っているの気取られない様に顔全体をハンカチで乱暴に拭った。
「このハンカチは洗って返すから」
「いいえそれは差し上げるわ、タク様が持っていなさい」
優しい笑みを浮かべるカガミ、何だか気を使わせちゃったな。
軽く鼻を啜り気持ちを入れ替える。
「悪い、ちょっと行って来る、終わったらまた来るからな」
『気にするな、折角だし楽しんで来いよ』
チャリオットに声を掛け俺たちはその場を後にした。
長い石造りの坂を降りると急に視界が開けた。
遠くから聞こえていた笛や太鼓のお囃子の様な旋律が徐々に大きくなってきた、喧騒も聞こえてくる。
建物の間からは優し気な暖色系の明かりがこちらの路地にまで差し込んでいる。
「へぇ、こりゃ凄い……」
恐らく街の大通りに当たる広い通りの両脇にはずらっと色とりどりの露店が並んでいる、それも最奥は霞んで見えない程だ。
所謂縁日と言うヤツだな、子供の頃は夏祭りと言うと友達と連れだって何週も縁日を往復して楽しんだものだが、大人になると中々足が向かなくなる、特にお一人様なら尚更だ……って放っておいてくれ。
「どう? ナーガスのお祭りは?」
カガミが俺に微笑みかける。
「俺の居た国の祭りによく似ているよ、何だかホッとする」
「そう」
「ところでこれは何の祭りなんだい?」
「ナーガス王国がここゼスティアに転移したのが十年前の今日、それを祝う祭りよ……祝うと言ってもドラゴニア時代からナーガスに住んでいる民草にはまだ割り切れていない者も居るとは思うのだけれどね……」
「そうだろうなぁ……」
分かるよその気持ち、俺はまだゼスティアに来て数日でこんなにモヤモヤしてるんだ、十年もそんな思いを募らせてしまったら俺ならどう思うだろうか。
逆に年月によって諦めの境地にまで達すると何も感じなくなってしまうのかも知れないな。
「ごめんなさいこんな話、上に立つ立場の私がこんな事では駄目ね」
淋し気に苦笑いを浮かべるカガミ。
「そんな事は無いと思うぜ、折角祭りに来たんだし楽しもうぜ!!」
「そうね」
やっぱりカガミには笑顔が似合う。
取り合えず手近にある露店に飛び込む。
ソースや肉の焼ける香ばしい香りが漂って来る、日本人の俺にとっては馴染のそれでいて懐かしい香りだ。
まさか異世界に来て日本の縁日にお目に掛かれるとは思ってもいなかった。
これもひとえに転生者であるナーガス王国先代国王リュウジの影響に他ならない。
「てんたくる焼き……?」
露店の看板に書かれている文字に俺は言葉を失う。
店先で提供されているのはどう見てもたこ焼きそっくりなのだが……。
「てんたくる焼きを御存じないの? あなたはおじいさまと同郷なのでしょう?」
木の皮を紙程の薄さにスライスした物で船型に組んだ容器に入ったてんたくる焼きを俺の目の前に差し出すカガミ。
間近で見てもやっぱりたこ焼きだ、匂いだって間違いなく俺の知っているたこ焼きのそれだ。
ご丁寧にソースを塗られたそれに青のり、かつ節も振りかけられている。
「なぁ……この『てんたくる』って何だ?」
「そう、あなたは知らないのね……てんたくる、テンタクルスって言うのは海に生息する足が八本もある巨大で醜悪な魔物の事ですわ」
「魔物……」
俺は思わず喉を鳴らす、これはてんたくる焼きを美味そうと思って鳴らしたのではない、魔物の身を食材に使っている事への違和感と嫌悪感によるものだ。
テンタクルスは知っている、ファンタジー作品においての海の怪物の定番だ。
主に巨大蛸として描かれる事が多く洋上で船に巻き付いているイラストなども見た事がある。
確かに蛸かもな、でもモンスターなんだよな……そんなものを食べて問題は無いのだろうか?」
「さあ折角ですしてんたくる焼き、食べてみない?」
満面の笑みで俺にてんたくる焼きの容器を俺に勧めてくるカガミ。
流石に嫌とは言えない雰囲気ではある。
この時の俺の顔は確実に引き攣っていたに違いない。
「はい、あーーーん……」
悪戯っぽい小悪魔の様な表情を浮かべカガミがてんたくる焼きを一つ楊枝に刺し俺の口元に近付けてくる。
後方のツルギとタマも鼻息荒く顔を紅潮させ目を見開いてこちらを見ている。
きっと彼女らは同年代の男が身近におらず恋に恋するお年頃なのだろう、だから若い男である俺に疑似的に憧れを抱いているんだと思う。
竜人族の恋愛適齢期が何歳かは知らないが。
ええいままよ、俺は覚悟を決めて口を大きく開いた。
「……頂きます」
パクッ……。
てんたくる焼きが口の中に入ってしまった……舌触りや衣の触感、味は知っているたこ焼きその物……だが問題は入っている具だ、恐る恐る咀嚼を開始する。
うん? これは……。
「美味い!!」
想像通りのたこ焼きの味、いやこれはそれ以上かもしれない。
てんたくるの身はとても弾力があり今まで食べて来た度の蛸とは比較にならない。
しかも噛めば噛む程じわっと旨味が滲みだす。
何て濃厚な味わい、てっきり大味で味気ない物だと思っていたから更に驚いた。
魔物の身だからと勝手に不味いものだという先入観があったがやはり食材や料理は実食してなんぼだなと改めて実感する。
「美味い!! 美味い!! ……」
俺は無心でてんたくる焼きを次々と頬張る。
「あらあらタクったら、まるでリスの様だわ……」
その様子を見たカガミが袖で口元を隠しクスクスと笑いを堪えている。
「仕方ないらろう、こんなに美味いんらし……」
「あははっ、食べるかしゃべるかどちらかにしてくれないかしら?」
口にてんたくる焼きを入れたままモゴモゴしゃべる俺を見てさっきより輪をかけて笑うカガミ。
純粋な子だな、元の世界じゃこんな事で笑う女の子なんて早々いないぜ。
「ご馳走様!!」
空になった船型容器に手と手を合わせ一礼する。
「まあ、あなたの世界にも食前食後の挨拶はあるんですね」
「そうさ、食べ物を食べる時、食べ終わった時はそれを作ってくれた人や食材を育てたり取って来てくれた人にも食材になった生き物にも感謝を込めるのが俺の国の礼儀なんだよ」
「素晴らしいわね敬服します」
そっと目を閉じ伸ばした細くて白い指を胸元に当てるカガミ。
その仕草が神秘的というのか神々しいというのか分からないが俺はハッとさせられた。
やはりカガミからはどこか他の人とは違う気高さの様なものが感じ取れる、やはり一国の王女は違うな。
「ささっ、今度はくらーけんの姿焼きなんていかがです? これもおいしいのですよ?」
次にカガミが指さした屋台は俺の世界で言う謂わば【ポッポ焼き】、烏賊の内臓を足ごと引き抜き割りばしに刺してたれを塗りながら焼くお祭りでは定番の焼きものだ。
だが大きく違うところがある、それはサイズだ。
「これは……」
物凄く大きい、元の世界の烏賊の三倍はあろうかという大きさだ。
「これはクラーケンの子を焼いたものなんですよ、これ以上成長したら大き過ぎるし固くて食べられないので……」
そう言いながらカガミは先ほど同様俺に向けくらーけん焼きを差し出してくる。
「あのカガミさん? 俺さっきのてんたくる焼きでもう腹いっぱいなんだけど……」
「まあまあそう言わずに……」
「~~~~~~~~~!!」
くらーけん焼きを口に押し当てられ悶絶する俺であった。
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