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第21話 究極の二択
しおりを挟む「やめてーーーーーーー!!」
今にも三つ首ドグラゴンに握り潰されそうなルシアンを視界に捉えながらも足元のアイスバーンに足を取られたライアンは立ち上がる事もままならなくなっていた。
ただ最愛の人の惨劇を目の前に叫ぶことしか出来ないでいた。
『……ライアン、力を貸しましょう』
ライアンの背後に純白のマントが拡がった。
「えっ、その声はテンパランス!? もう大丈夫なの!?」
『……そうも言ってられないでしょう、ルシアンもジャスティスも失う訳には行きませんからね』
節制はそう言うも言葉には力が無い。
『無理するでねぇ!! お前さんもただでは済まねぇど!!』
『……大丈夫ですよカリッジ、私が滅びても大魔王討伐に支障が出ますからね、その辺は弁えているつもりです』
当然節制のマントに顔がある訳では無いがライアンには彼が力なく微笑んでいる気がした。
「ご免なさいテンパランス!! お願い!!」
『賜りました』
節制の能力で宙に浮くライアンの身体、当然地面のアイスバーンにはもう影響を受けない。
『行きます』
節制の掛け声で急加速するライアン、高速で上昇し勇気の剣を振りかぶった。
「やああああああっ……!!」
ルシアンを握り締めている三つ首ドグラゴンの指目がけて剣を斬り付ける。
『ぬうっ……』
三つ首ドグラゴンの三本の指の一本が切り落とされ落下する。
その事で空いた隙間から露になったルシアンにしがみ付くとライアンは三つ首ドグラゴンの手を蹴飛ばし彼女の身体ごと飛び立った。
「ルシアン!! 大丈夫!?」
『ううっ……』
ライアンの呼び掛けにルシアンは反応せずただ呻き声をあげるだけだ。
すぐさま着地してルシアンを地面に寝かせた。
『……これはいけません、すぐに治療しないと』
「テンパランス、お願いできる!?」
『……やってみましょう』
『無理するなよ!?』
『分かっていますウィズダム、あなたが私を心配するなんて珍しいですね』
『お前、こんな時に馬鹿言ってるんじゃない!!』
『……フフッ、失礼しました』
ライアンは自分の肩から節制のマントを外すとルシアンに毛布の様に被せた。
すぐさまマントは温かな光を放ちルシアンに回復を始める。
『おっと、俺様たちが居るのを忘れるなよ!!』
濃緑のドラゴンがライアンたち目がけて突進してくる。
「邪魔をしないで!!」
振り向き様に物凄い形相でライアンは濃緑のドラゴンを睨みつける、すると勇気の剣から炎のようなオーラが立ち昇った。
そしてその状態のままの勇気の剣を濃緑のドラゴン目掛け振り下ろしたのだ。
『何ッ!? グワアアアアアアアッ!!』
勇気の剣は見事に濃緑のドラゴンの頭部を縦に一閃、真っ二つにした。
しかもそれだけでは止まらず傷口から発火し火だるまになった。
激しく地面を転がりもがき苦しむ。
『緑の!!』
大慌てで濃緑のドラゴンの火を消そうと青のドラゴンが鉄砲水を放つため口を開く。
しかしこの僅かな間に彼女はすでに動いていた。
ライアンは青のドラゴンのすぐ傍まで移動していたのだ。
『いつの間に!?』
青のドラゴンはそれ以上の言葉を発することは許されなかった、既に彼の首は根元からライアンによって切り落とされていたからだ。
地面に落下しのたうつ長い首。
濃緑のドラゴンももがくのを止めており身体は灰と化していた。
『ああ……二人が……』
黄の竜頭がこれまでのような強気な態度が鳴りを潜め只々脅え切っている。
『赤の、すぐに私が二人の蘇生を……』
『駄目だ桃の、我らでは今のライアンには敵うまい、それに我らにはもう二人分の蘇生を行う程の魔力的余裕はない……済まぬ判断を誤ったのは我だ、分離した時点で勝負を決めきれなかった、分離状態では極端に防御力が落ちるというのにな……』
悲痛な面持ちで深い溜息を吐く赤の竜頭。
足元には鬼の形相のライアンが緑の返り血を浴びたまま仁王立ちしている。
『さあ女勇者よ、我らを討ち取るがよい』
両腕を身体の外側へと開き胸をさらけ出すドグラゴン。
こんな状況だというのにどこか安堵した表情へと変わっていく。
諦めただろうかそれとも……。
「やああああああっ……!!」
ライアンは大きく跳躍するとドグラゴンの鳩尾に勇気の剣を突き刺した。
全ての剣先がドグラゴンの肉に刺さり切った後、蹴る事で勢いよく剣を引き抜くと身体を翻し着地する。
『……それで良い、強かったぞ女勇者』
そう言い放つとドグラゴンは体勢を崩しゆっくりと後方へと倒れた。
赤の竜頭の目には既に光が失われていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ライアンは赤の竜頭の言葉に応える訳でもなくただ大きく目を見開き血濡れの顔のままを大きく上下させ荒く呼吸をしている。
『消える前に一言言わせて頂戴……』
黄の竜頭にはまだ意識があった。
『あんたもそうなんだろうけど私達も被害者なのよ……いきなり異世界に呼び寄せられたかと思ったら兄弟全員の身体を合体させられて戦わされていい迷惑だわ』
「………」
ライアンは無言で話を聞いている。
『負けたことは癪だけどこんな酷い状況から救い出してくれた事には礼を言うわ……』
そう言い残し黄の竜頭も息絶えた。
『……続けてごめんなさいね、最後に私からもお話しがあります』
ピンクの竜頭が首をもたげて話しかけて来た。
『……大魔王ゾンダイクには気を付けなさい、彼には配下の四天王にすら何かを隠しています、きっとこの後もあなた達を苦しめることになるでしょう……』
「……言われなくても分かるわよそんな事」
荒い息の中、声を絞り出すライアン。
『気に障ったのならご免なさいね、更にあなたの気を逆撫でるかもしれないけれど……』
一度語りを止めるとピンクの竜頭は喉を鳴らし口から薄紅色の美しい宝玉を吐き出した。
「それは?」
手のひら大の宝玉を拾い上げじっと見つめると蜜でも掛かっているかのような滑らかな光沢を放っている。
『生命の宝玉よ……私の能力は生命の蘇生や回復、でももうその力は限りなく失われたわ……でも私の残りの魔法力と生命力をその宝玉に込めたの、何かの役に立つかもしれない、受け取ってくれないかしら?』
「何故これを私に?」
『……罪滅ぼし、と言ってしまうと恩着せがましくなってしまいますが私たちがあなたの大切な人を傷つけてしまった事への贖罪……になるのかしらね』
「あっ……」
ライアンはハッとなった、それを言うならば自分も同じだと、竜の兄弟を殺してしまった、このピンクの竜頭の兄弟竜たちを殺してしまった事については自分も同じ罪を犯したのだと気付いたのだ。
「……ごめんなさい」
うな垂れながら謝罪をする。
『いいのよ、どちらかが死ななければこの戦いは終わらなかったのですから……では御武運を……』
ピンクの竜頭はゆっくりと首を地面に横たえるとそのまま静かに息を引き取った。
「………」
怒りと悲しみが絡み合った言いようのない感情を抱えてライアンは歯を食いしばった。
『皆さん!! こちらに来てください!! ジャスティスとルシアンさんが……!!』
「えっ……?」
背後から節制が声を張り上げる。
ライアンはすぐにルシアンの元へと駆け寄る。
「どうしたの、テンパランス!?」
『このままでは二人が……!!』
見るとルシアンの身体が小刻みに震えている、その震えの早さは尋常では無くこれではまるで……。
「ルシアン!! しっかりして!!」
ライアンはルシアンの傍らに膝を付くと彼女の手を握りしめた。
「……あなたは……ブライアン……?」
「えっ……? ルシアン、君には俺の元の姿が分かるのかい!?」
虚ろな目でライアンを見上げるルシアンは弱々しく微笑む。
「……いやね、見間違えるわけないじゃない……世界一好きな人の事を……」
「ルシアン……」
額を握った手に押し付けたライアンの瞳から大粒の涙がぽろぽろと止めどなく零れ落ちる。
『ルシアンはどうやら正気に戻ったみたいだな、死の間際になって大魔王の洗脳が解けたんだ』
『ちょっとウィズダム』
『あ、済まない失言だった……』
節制に窘められ配慮に欠けた言動を謝罪する知恵。
だが知恵でなくてもこの状況からルシアンがもう手遅れなのは一目瞭然であった。
「テンパランス、回復は!? 回復はどうなっているの!?」
『……申し訳ありません、私の今の回復能力ではここまでのダメージを受けたルシアンさんを回復する事は出来ませんでした……』
「そんな!? どうして!?」
『ルシアンさんは全身の骨という骨が砕け複数の内臓が破裂しています……今生きているのが不思議なくらいに……』
「そ、そんな……」
絶望のどん底に叩き落されるライアン、あまりのショック顎の震えが止まらない。
「……悲しまないでブライアン……私、ずっとあなたに謝りたかったのよ……」
「ダメだよルシアン!! 喋っちゃ!!」
震える声で語り掛けてくるルシアン。
「あなたが行方不明になってしまった時、探し出せなくて……ずっと後悔していた……ぐっ……!!」
「ルシアン!!」
痛みに耐えかねて呻き声を上げる。
ルシアンのその姿にライアンはいたたまれない気持ちでいっぱいだった。
「いいんだよそんな事は!! 俺こそ君の傍から離れて守ってやれなかったのが悔しいよ!!」
「……ブライアン」
微かにルシアンがほほ笑んだ。
『ねえ……僕の事も気に掛けてくれないかな?』
正義の声がする。
見ると正義の盾には端から端迄達する程の大きな亀裂が入っていた。
『ひでえ傷だなや』
『そうだよ、このままでは正義の盾が割れてしまって僕の意識も失われてしまう、助けてよ』
『助けてってお前、どうすればいいんだよ、俺たちにお前を治す術はないよ』
『そんな!! ウィズダム、君は僕を見捨てるっていうのかい!? 僕が居なかったら大魔王には勝てないよ!? 頼むよ!! 同じ生きている装備じゃあないか!!』
正義の言い草にその場の空気が固まり沈黙が当たりを支配した。
『呆れたね……お前さ、どの口が言ってる訳?』
正義のあまりの厚顔無恥ぶりに知恵は心底呆れ果てた。
『頼むよぅ……このままでは本当に……』
正義の声が弱まっていく、本当に窮地に陥っているのだ。
『ウィズダム、気持ちは分からなくもないですが私たちは正義の盾を失う訳にはいきません、どうにかしないといけませんよ』
『分かってるよそんな事は……でもオレ達には手段が……』
そう言いかけて知恵はある事を思い出す。
『そうだライアン、さっきの宝玉を見せてくれ』
「えっ? これの事?」
『そうだ、ちょっと鑑定させてくれないか?』
「鑑定?」
『んだぁ、ウィズダムにはアイテムの鑑定の能力もあるだよ』
『カリッジ、何でお前が言うかな』
早速ライアンは生命の宝玉を両手に持ち胸元に据える。
『……ほう、成程ね……この宝玉には魂を一つ分出し入れする性質があるようだな』
「えっ、それって?」
『言った通りだ、例えば死に直面して肉体が滅びかけている生物から魂を抜き出しそれを宝玉の中に保存するとか……』
「本当かい!?」
それを聞きライアンは歓喜の大声を上げる。
『おう!! どうしたライアン、大声をあげて!?』
「ゴメン!! でもそれが本当ならルシアンの魂をこの宝玉に一時的に入れておく事は出来ないかなって!!」
途端にテンションが上がるライアン、鼻息も荒い。
『……真に申し上げにくいのですがそれなら私はジャスティスの魂をその宝玉に入れることを提案します』
「えっ!? どうしてよ!?」
『聞いてくださいライアン、我々には大魔王を倒すための四つの生きている装備が必要不可欠なのです、ならば優先すべきはジャスティスの魂だと思ったのです』
「何を言ってるの!? ジャスティスは幾度となくあたしたちの邪魔をして来たのよ!? あたしの本心から言って彼を助ける気にはならない!!」
『聞いてくださいライアン、仮にルシアンさんを助けたとして我々が大魔王に負けてしまえば世界は滅び折角助けた彼女の命も無駄になってしまうんですよ?』
「うっ……」
節制の意見にライアンは返す言葉が無い。
確かに正義はライアンたちを手駒にしたり命の危機に陥らせたりした相容れぬ存在だ、しかし世界を救うという視点では彼の存在は無くてはならないものだ。
一を助け百を捨てるか百を捨て一を助けるか……彼らは究極の二択を迫られるのだった。
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