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第13話 リベンジマッチ
しおりを挟むライアンとの戦闘に危機感を覚えたギランデルは自らの本陣へと撤退していた。
自室の棘々しい装飾の椅子にドカッと腰かけてる。
「ハハハハッ!! 愉快愉快!! 手応えのある奴にやっと会えたわ!!」
ドカッと自分専用の大きな椅子に腰を下ろす。
「ギランデル様、申し上げます」
大きなグラスで葡萄酒をあおっているギランデルの前に伝令係の頭が羊の獣人が膝まづく。
「うん? 何だ?」
「ここより北西のマルロゥ村が女勇者により人間共に奪還された模様です……その際、四天王であらせられたガランドゥ様が討ち死にしたとの事」
「何だと!?」
ギランデルはグラスを床に投げ捨て勢いよく立ち上がる。
「女勇者というのは先ほど俺が戦った女で間違いないんだな!?」
鼻息荒く伝令に詰め寄る。
「申し訳ありません、私は情報収集のさ中でしたのでその女とやらを見ておりません、ですが女勇者はその後こちらへ向かったとの事、恐らくはそうかと」
ギランデルは周りにいる側近のモンスターを見回すと、一様に首を縦に振っている。
「ほう、あの女がねぇ、面白くなって来たじゃねぇか」
『面白くなってきた、面白くなってきた』
ギランデルの両肩の獅子と虎も繰り返す。
どかどかと足音を立てギランデルが一辺の部屋の壁に近付きドアノブ状の突起に触れると正面の壁が左右に開く。
中は武器庫になっており夥しい数の武器がずらりと棚に掛かっていた。
「あの棍棒はお気に入りだったのだがな……うむ、次はこいつで行くか」
武器棚から取り出したのは長い持ち手の付いた大型の鎚だった、先端の鎚部分だけで人の丈ほどの大きさがありかなりの重量だ。
それなのにギランデルは軽々と振り回して見せる。
「ヨシ!! 今度は目にもの見せてやる、待っていろライアン!!」
一人シニカルな笑みを浮かべるギランデル。
『あ~盛り上がっている所悪いんだけどさ、その武器じゃ駄目だね』
「ムッ? 誰だ?」
ギランデルの背後から幼い子供の様な声がする。
首だけで後ろを一瞥するとそこには人間の女らしき人物が立っている。
頭から膝辺りまであるローブを着ており目元が隠れて表情が分からない。
『やあ、四天王魔獣戦鬼ギランデルさんだよね?』
声は女では無くその左腕に装備されている円形の盾から聞こえている。
「如何にも、俺がギランデルだが……お前は?」
『初めまして、僕は四元徳の生きている装備、正義だよ』
「四元徳? 生きている装備? 何の事だ?」
『おや、あなたほどのお人がご存じない? じゃあ僕があの女勇者ライアンが持っている剣や鎧と同じ存在だとしたらどう思う?』
正義の言葉にギランデルの顔つきが変わる。
一転して険しい目付きになった。
「何ィ!? まさかお前はこの俺を倒しに来たと言うのか!?」
鎚を両手で構え戦闘態勢に入るギランデル。
『待った待った、勘違いしないで欲しいなぁ、僕は君にアドバイスをしてあげようと思ってここに来たのに』
「アドバイスだぁ? 敵か味方かも分からない奴の言う事を聞くと思うのか?」
『同じ四元徳だからってみんながみんな人間の味方だと思ったら大間違いだよ、僕は僕の信じる正義のまま行動をするんだよ』
「フン、正義の名が聞いて呆れる」
『君こそ正義の意味をはき違えているよ、正義とは必ずしも善とイコールじゃない、自分の信じた道を進むことが正義なのさ』
「お前が俺に手を貸すのがお前の正義だというのか?」
『そういう事、分かって来たみたいだね』
「何を企んでいるのか知らんがまあいい、言いたいことがあるなら聞いてやろうではないか」
『そう来なくっちゃ、じゃあ早速……今君の持っている大きなハンマー、仮にそれでライアンに挑んでもさっきの棍棒と同様あの剣に切り刻まれて終わりだね』
「何だと!? この暗黒物質を鍛えて造られたこのハンマーがか!?」
ギランデルが厳つい顔に驚愕の表情を浮かべる。
『うん、ライアンの持っているあの剣は勇気の剣といってその固有の特殊能力、身勝手な剣で実体のある物を好きに切ったり刺したり出来るんだよ』
「ムゥ、成程……それで俺の棍棒に剣が刺さったまま微動だにしなかったり、逆に簡単に切り裂かれたりした訳か……」
『そういう事だね、だから君の選ぶべき武器は実態があってはダメなんだ』
「そうかい、なら力で相手を完膚無きまでに叩き潰すって言う俺の主義に反するから使わなかったアレの出番って訳だ」
手近にあった武器棚を全て手で薙ぎ払い、最奥にある鍵付き鎖で雁字搦めにされた宝箱を引っ張り出した。
「……こいつはあまりにも危険だって言うんで封印していたんだ、何せこの俺でも扱いきれないほど凶暴な奴だからな」
『何だい? 何だい? 面白そうじゃないか!!』
正義が大はしゃぎで色目き立つ。
「今から鎖を取って箱を開けるが喰われない様に気を付けろよ? ムンッ!!」
ギランデルが両腕に力を籠めると筋肉が隆起し、鎖に掴み掛ると一気に引き千切った。
箱の蓋が僅かにずれている、その隙間からは黒い霧のようなものが微かに噴き出している……これは暗黒瘴気だ。
「こいつが俺の手持ちでライアンに対抗できる唯一の得物、暗黒物質の剣だ」
箱に手を入れ取り出されたものは大剣の様に見える。
しかし刃の部分が漆黒でゆらゆらと揺らめいている。
『へぇ、暗黒瘴気を秘術か何かで限りなく固形に保っているんだね、しかもこの暗黒瘴気はそんじょそこらの代物とは訳が違うね』
「ほぅ分かるかい、この暗黒瘴気は魔王ゾンダイク様の御身から分けて頂いたものだ、四天王就任の祝い品としてな」
『そうなんだ、でもこれでライアンは君に手も足も出ないだろうね』
「そうか? あの暗黒瘴気の塊であるガランドゥを倒したと聞いたが」
『あんな行き当たりばったりの手段は二度と使えないよ、彼女の装備、僕以外の生きている装備に暗黒瘴気の浄化の力は無いからね』
「………」
ギランデルが急に押し黙る。
『あれ? どうしたの?』
「いや、何でもない……」
(こいつ、暗黒物質の剣が自分に被害を及ばせないのが分かっていて俺にこの剣を引っ張り出させたって訳だ、仮に暗黒物質の剣が暴走したところで喰われるのは俺だけだからな、何とも信用ならない奴だ……)
結局の所、正義を信用していないギランデルであった。
一方ライアンはというと……。
「さあさあ女勇者様!! 感謝の宴をご用意いたしました!! どうぞお寛ぎください!!」
「……いいえ、あたしは……」
村長らしき老人に酒宴に誘われるも両手で突っぱね拒否するライアン。
「女勇者様ーーー!!」
「一緒に遊ぼーーー!!」
「えーーーっと……」
子供たちが彼女の周りを囲んでもみくちゃにしてくる。
『おいライアン、何をもたもたしている、さっさとこの場を離れるぞ』
(そうは言ってもねぇ……)
ライアンはほとほと困り果てていた。
このライアンに対する村人たちの扱いは勿論村を救ってくれた感謝から来る行動だ。
寧ろありがたい事だが普段こういった熱烈な歓迎などを受けた事が無いライアンことブライアンにとっては困惑する以外の何物でもなかった。
そもそもこんな所で立ち止まっている暇など無いのである。
「皆さんのご厚意はありがたいのですがあたしはすぐにでも魔王討伐の旅に出なくてはならないので……」
「まあそう言わずに、腹が減っては戦は出来ぬと申しますし少しでもたべていってくださいな!!」
村の女たちが手塩にかけて作ったと思われる美味しそうな料理がテーブルの上の皿一杯に盛り付けられている。
(あたしはお腹減らないんだよね……)
ライアンは今、知恵の鎧の効果で身体の時間経過が止まっているので腹が減る事は無い。
もっと言えば風呂にも入らなくていいし睡眠も必要ない。
『仕方ない、何かつまんで食べて見せろ、そうすれば周りも納得するだろう』
(えっ、物を食べても大丈夫なの?)
『食べても問題ない食べ物が胃に入った途端に異空間に転送されるからな』
(一体どういった理屈?)
そう言いながらもカラっと挙げられた鶏のモモ肉は見た目にも実に美味そうである。
ライアンも女勇者に成ってから食事をしていなかったという事もありゴクリと喉が鳴る。
居ても堪らず飾り付けられている足先を手に取り、モモ肉にかぶり付いた。
(……味がしない)
『そうだな、まあ食事という行為を身体が求めるって事もある、たまには食ったり水浴びをしたりするのも精神衛生上はいい事だ』
(その気になったらね……)
こんな事なら暫くは食事をしなくても良さそうだ。
宴の最初こそ女勇者の接待という事もあり村民はライアンにべったりだったが宴もたけなわになるとみんなライアンをそっちのけで酒や料理に夢中になっていく。
「何だよ、あたしは放ったらかしか」
終いにライアンの周りには誰も居なくなった。
『何だ? 淋しいのか?』
「そっ、そんなんじゃない!! きっとみんなこんなに開放的になれたのが久しぶりなんだと思う、今くらいははめを外してもいいよね」
知恵の茶化しについ反応してしまった。
『そうだな、そのためにも早く四天王と魔王を倒さなきゃな』
「そうだね」
『今の内にこの場を離れてはどうです?』
「分かってるよテンパランス、あたしもそう思っていた所」
ライアンは村人たちに気付かれぬようそっとその場を後にしたのだった。
「さて、これからどうするの?」
『確かになぁ、ギランデルも逃げちまったしどないするだ?』
『本当に脳筋だなカリッジ』
『んだとぉ!?』
『ギランデルがこのロローナ村を襲った理由だよ、魔王が侵略が進まない事にしびれを切らして命を受けたギランデルが大軍で押し寄せたんだ!!』
「えっ? 何で知ってるの? 離れていたから会話は聞き取れなかったのに」」
『ギランデルの唇を読んだ、読唇術って奴だな』
「何だ、それならそうと教えてよ」
『それどころじゃなかっただろう、宴だ~何だ~ってよ』
「それもそうか」
『だから村に被害が及ばない様にオレたちは村はずれに目立つように突っ立っていればいい、そうすれば勝手に向こうからやって来るぜ』
「そういうものなの?」
何とも拍子抜けする話だが知恵がそう言うならそうなのだろう、それくらいの彼への信頼感はライアンにはある。
するとライアンの眼前に何か巨大な物が降ってきた。
物凄い振動と土埃をまき散らして現れたのは四天王ギランデルだ。
「よう、待たせたな」
『待たせたな待たせたな』
晴れた土埃の中、不敵な笑みを浮かべるギランデル。
『おやおや、お早いお付きで』
「デートで女を待たせる訳にはいかないだろう?」
ライアンに向かってギランデルが慣れないウインクをして見せた。
「オエッ!! やめてよね!! あんたなんかあたしの好みじゃないわ!!」
ライアンはギランデルを睨みつけ心底嫌そうな顔をする。
「そう言うなよ、待ってたんだぜお前にまた会える時をよぉ、一刻も早くお前をぶっ壊したくってなぁ!! アハハハハッ!!」
対照的にとても晴れやかな顔で高笑いするギランデル。
『気を付けて下さい、私には何か嫌な予感がします』
『んだな、オラもそんな気がするで』
「大丈夫、油断はしないわ」
節制、勇気の不安にそう答え、ライアンは勇気の剣を構えこれから始まる戦闘に備えるのだった。
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