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第102話 女神の無茶振り
しおりを挟む十五年前……エターニア城。
「おめでとうございます!! 玉のような男の子ですよ!!」
この日エターニア王家に一人の赤子が生を受けた。
「ああ、なんと可愛いらしいのでしょう……」
身体を拭かれた後、ベッドの上で柔らかな布に包まれた赤子を抱き感涙に咽ぶエリザベート。
「ああ!! お前に似て美しく育つぞこの子は!!」
シャルル王も顔をくしゃくしゃにして滝のような涙を流す。
「ですが、この子は……」
喜んだのも束の間エリザベートの表情が曇る。
それはこの赤子の性別に起因する。
「王家に伝わる伝承通り魔王復活の十六年前に本来エターニア王家には生まれるはずのない男の子が生まれてしまったな……」
「申し訳ありません、私が至らないばかりに……」
「何を言う、こればかりはお前であろうと誰であろうとどうする事も出来ない事だ、自分を責めるな……今はただ我が子の誕生を喜ぼうではないか」
「うっ……ううっ……あなた……」
二人は肩を寄せ合い、シャルルはエリザベートの頭を優しく撫でる。
エターニア王家は代々女勇者の血を受け継ぐ一族だ。
それ故必ず直系の子孫は女性が生まれるという奇跡が起きていた。
それは何故か……未来に起こるであろう魔王の復活に備えるためだ。
代々エターニア王家には三種の神器と呼ばれる伝説の武具が受け継がれてきた。
【過去の鎧】、【現在の盾】、【未来の剣】がそれだ。
そしてこの三種の神器は女勇者の血族しか扱う事が出来ず、本来の力を最も引き出すことが出来るのは血族の最も若い末裔である女性だけなのだ。
つまり今生まれたばかりの赤子がそれに該当するはずだったのだが、本来あるはずのない男として生まれてしまったのだ、それを悲劇と呼ばずにはいられまい。
原因は二千年前、魔王が息絶える直前に女勇者ダイアナに対して放った呪いであり、その事は先ほどシャルルが言った通り王家の伝承として語り継がれてきたのだ。
しかし万に一つの可能性、エリザベートは自分の子供が女として生を受けることを期待して望みを繋いでいたのだが願いは叶わなかった。
「三魔導士をここへ」
部屋にデネブ、ベガ、アルタイルが呼び出された。
「伝承通り我が子は男としてこの世に生を受けた……お前たちはこれからどうするのが最善だと思う? 率直な意見を述べてくれ」
王の呼び掛けに真っ先に口を開いたのは若き日のアルタイルであった。
「伝承は王家だけに伝わる預言、国民は知りません……いっその事王女様が生まれたと公表してはいかがでしょう? そうすれば国民は安心するでしょう?」
「これ、事態はそんな簡単なものではない……申し訳ありません、不詳の弟子が浅はかな事を申しました」
「ちょっ……お師様……」
デネブがアルタイルの頭を抑えつけて一緒に頭を下げる。
「よい、かく言う私もそう考えていた」
シャルルが裏からある物を取り出す……それはピンクの女児用のドレスであった。
「王……様?」
三魔導士はそれぞれ微妙な表情をする。
「この子が生まれる前に既に用意してあったのだ、見ろ我が子のこの女の子と見紛うほどの愛くるしさを……ほ~~~らパパでちゅよ~~~」
エリザベートが抱きかかえている赤子に赤ちゃん言葉で話しかけるシャルルの顔を完全に緩んでいて正体を無くしていた。
それを見て苦笑いを浮かべる三魔導士。
「ですが真実を隠し続けるのは困難を極めます、仮に性別を欺いても幼い時は良いでしょうが成長するにつれ体格も、そしてそれ以上にご本人様が己の性に違和感を覚えましょう」
深々とお辞儀をしながらベガが進言する。
「ウムム、やはりそうなるか……ならばどうする?」
「あなた、この際隠し事は抜きになさいませんか?」
「エリザベート?」
今まで傍観を決め込んでいたエリザベートが発言する。
「我が王家は永きに亘って女性が世継ぎに生まれることは国民も周知の事実、しかしその事の意味を知る国民はいません……ならばこのままこの子は王子としてお披露目するのが宜しいかと」
「確かにそれはそうなのだが……」
「シャルル様には申し訳ないのですが儂はエリザベート様に賛成ですじゃ」
「デネブまでそう申すか……」
「隠し事はいずれ時が来れば発覚します、その時に隠し立てしたのは何故かと国民から不満が噴出する事でしょう……それはお国にとって好ましい事とは思えませぬ」
「ウムムム……」
シャルルは名残惜しそうに手に持つドレスを見つめる。
「あい分かった、我が子はこのまま王子として発表する……それでよいな?」
「はい、賢明なご判断かと」
それからいくつかの取り決めごとを話し合った後、解散となった。
「まさか伝承が現実に起こってしまうなんて……」
「外れてくれればどれだけ良かったろうね」
帰りの廊下でアルタイルとベガが語り合う。
「しかし起こってしまった事は覆らん、此度の事によって十六年後の魔王復活の予言も信ぴょう性が出て来たと言うものじゃ……これからはそれを見越した準備が必要になる」
「はい、お師様」
二人はデネブに対してお辞儀をし、その場を去っていった。
「……しかしこれは一大事だのう……女勇者の力無しに蘇った魔王にどう対抗すればよいのやら……」
弱音を吐いたその時、窓の外の中庭に光り輝く球が浮かんでいるのが見えた。
「何じゃぁ、あれは?」
近くの扉から中庭に入るデネブ、近付こうとするが光の球は彼から遠ざかる様にゆっくりと移動していく。
しかしそのまま飛んでいくでもなく暫くするとまた停止した。
「まさか、儂を誘っているのか?」
デネブは何かしらの敵性存在の罠の可能性も考えた、しかしその光の球からは不思議とそう言った邪悪な気配が全く感じられない。
何かあった時の為に細心の注意を払い、とにかく後を付けることにした。
「どこまで行くんじゃ……」
光の球は城内からは出ようとしない、しかし城の敷地内をあっちにウロウロこっちにウロウロし、一体どこへ自分を連れて行こうとしているのかと不安になってきたデネブ。
暫くしてやっと止まったのは三方向を石壁で囲われた井戸のある区画だった。
『そうね、ここならいいかな?』
光の球から少女の声が聞こえ、次第に大きくなっていく……そして光が人型になると徐々に発光が収まっていく。
姿を現したのは白い布地を身体に纏った幼い外見の少女だった。
「あたしの誘いに乗ってくれて感謝するわお爺ちゃん、あたしは『モイライ』が一人、未来を司る者スクードよ」
スクードは右目に横向きのチョキにした手を宛がいウインクした、その際に目元から星が飛び散る。
「モイライですと!? あなた様は女神なのですか!?」
「そうよ、驚いたかしら?」
デネブもこの世に生を受けてかなりいい歳ではあるが、女神に直接会ったのはこれが初めて出会った。
「それでその女神がこの老いぼれにどういったご用件でしょうか?」
「え~~~っとそうね、しいて言うならこの世界を救うためのヒントを与える為とでも言っておきましょうか」
「それは一体どういう事でしょう?」
「ズバリ言っちゃうけどこの世界、十六年後に滅びるわ……それも存在そのものがこの世から消滅してね」
「なっ、何ですと!?」
「しっ……声が大きいわ」
スクードが口に人差し指を当て、デネブが口を押える。
「信じられないかもしれないけれどこれは決定してしまった未来なの……あたしも伊達に未来の女神とは呼ばれていないのよ」
デネブは開いた口が塞がらなかった……しかしそうなってしまうのには心当たりがある。
「もしや、エターニア王家に男が生まれたから……ですかな? 男には代々王家に伝わる三種の神器を使う事が出来ない訳ですしな」
「正解よ、察しがいいおじいちゃんね……このままでは十六年後に復活した魔王に対抗する力の無いこの世界の人間は成す術なく蹂躙され滅びの一途を辿るわ」
分かっていた事ではあった、しかし改めて、しかも未来を知っている女神にそう言われてしまうと何ともやるせない気持ちになる。
しかしここでデネブにはある疑問が思い浮かんだ。
「一つ宜しいか? 女神よ」
「どうぞ」
「あなた様は何故その事をわざわざ私にお教えくださったのでしょう? 世界が滅ぶのが確定している未来ならどうやってもその運命から逃れられないのではないでしょうか?」
「核心を突くわね、素晴らしいわ!!」
スクードは手を叩く。
「そう、あなたの言う通り教えようが教えまいがこの世界が滅ぶのは変わらない……実際あたしのお姉さま方はこの世界に見切りをつけ次の機会に二ぞ身を繋ぐ為に準備を始めているわ」
「ならば何故?」
「実を言うとね、あたしとお爺ちゃんが過ごしている今のこの世界も時間も何度もあたしたちがやり直してきた内の一回なのよ」
「何ですと!?」
「言ってしまえば今回も失敗よ、だからあたし達はまたやり直しを敢行することに決めた……でもあたしはもうウンザリなのよ、魔王の呪いによりどうやっても魔王復活と戦うための世代の女勇者の血族に男が生まれてしまうのは変えられなかった……もう何度も何度も試しても覆らなかった……その度に辿った歴史を無かったことにして始めからやり直す……それはそこに生きていた人間たちの営みを無かったことにしてしまうのよ? そう、何度も何度もね……」
ふと淋しそうな表情を見せるスクード。
「次に立ち上げ直す世界では生まれた男の子をお姫様として育てさせるつもりよ、魔王が蘇る伝承も伏せて……それにあたし達モイライの祝福を与えるという干渉ギリギリの出血サービスよ……本来は神が直接人間の営みに干渉してはいけないのだけれど、もう手段を選んではいられない」
「ですが次の世界で魔王打倒が叶おうともこの世界は滅ぶのですよね? 儂らにとっては何の意味もない」
「そうね、それに次のやり直した世界が必ずしも成功するとは決まっていない……だからあたしは保険を掛けることにしたの」
「保険?」
イマイチ要領を得ないスクードの語り、一体彼女は何を考え何をなそうとしているのだろう? デネブは首を捻る。
「あたしはこの世界と次の世界を繋いで協力させることで正解を導き出そうと画策しているのよ、これはあたしの独断、お姉さま達には内緒でね……私に言わせればお姉様たちは一度のやり直し内で全てを終わらせようと完璧を求めすぎるのよ、これからはもっと革新的な事をやらないと現状を打破できないとあたしは考えるわ」
「そういう事でしたか……ですが二つの世界を繋ぐとは一体どうなさるおつもりで? 髪の御業でもお使いになるのですか?」
「さっき言ったけど過度の人間への干渉は神々の取り決めで禁止されているのよ、だからあなたにお願いするわ……この世界と次の世界を繋ぐ方法を見つけて頂戴、なるべく他人には口外しないでね」
「何ですと!?」
「十六年弱しか期間がないけど人間であるあなたにそれをやって欲しいのよ……成功すればこの世界も滅ばなくてよくなるかもしれない……どう? 悪い話しではないでしょう?」
デネブはとんでもない仕事を女神スクードから賜ってしまったのだった。
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