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第101話 新生、虹色騎士団

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 「デネブ……君はマウイマウイで亡くなったはずでは……」

 シャルロットの前にはデネブが立っていた……彼女の声が震える。
 着衣こそ違うが、その年季と皺の入った顔とロマンスグレーの髪と髭は見紛うはずがない。

「恐らくはそうでしょうな」

「何を他人事のように……ここに君がいるという事は生きていたって事じゃないか!!」

 デネブのとぼけた反応に思わずシャルロットは声を荒げる。

「ええ、他人事ですな……いや正確には自分の事でありながら他人事なんですじゃ」

「はっ!? 言っていることが分からないよ!!」

「まあ落ち着いてくだされ、私は今あなた様にお会いして挨拶は『初めまして』と申しました、私はシャルロット様、あなた様に会うのはこれが初めてですじゃ」

「そんな……まさかそれじゃあ君は……こちらの世界の……!?」

 混乱しながらもシャルロットは一つの結論を出す……それはこちらの世界に居るであろうもう一人のデネブの存在。

「ご明察です、流石は幾多の苦難を乗り越えてきただけの事はございますなぁ……
 その通り、私はこの世界でエターニア王家に使えていた魔導士デネブですじゃ」

「やっぱりそうなんだ……ううっ……ぐすっ……」

 シャルロットは両手で顔を覆い涙を流す。
 無理もない、マウイマウイでのデネブの死を直接確認出来なかった彼の生死をこちらのデネブの返答は彼女のよく知る方のデネブの死を確定させてしまったのだから。

「悲しむことはありませんぞ、それとご自分を責めるのも無しです……もう一人の自分もそんなことは望んではおりませぬ、なにせ同一人物ですからな、分かるのです」

「そうよ、もう自分を責めるのはおよしなさいなシャル様」

 デネブに続いて声を掛けたのは車椅子に乗ったベガであった。
 車椅子を押しているのはエイハブだ。

「姫様、よくぞお目覚めになられました、再びあなた様とお会いできて自分はとても嬉しいです」

「エイハブ……」

 エイハブは嬉し涙を流さない様に必死にこらえているが周りにはバレバレであった。

「どう? 椅子に車輪を付けてみたの、画期的でしょう?」

「そんな事よりベガ!! どうしたのその身体……!?」

「こう見えてもアタシはいい年なのよ……ここの所のハードワークが祟ってねぇ、この有様だわ」

 明らかな異常事態にも拘らず平常運転のベガにシャルロットは唖然とした。

「ゴメン……僕がみんなを引っ張りまわしたから……」

「だから~~~あなたの所為じゃないって言ってるでしょう?
 国政をほったらかして風来坊をしていたツケがいま回って来ただけなんだからこれはアタシの自業自得よ」

 そう言ってベガは苦笑する。

「あら、こちらのパパとは初めましてね……アタシが分かるかしら?」

「お前さんはベガか? いつから女になったのじゃ?」

「そうよ、でも驚いたわこちらのアタシはオネエじゃないのね? こんな恰好をしてるけど残念ながら身体は男のままよ」

「姫様、お加減はどうですか?」

 そこへアルタイルが花籠をもってひょっこり現れた。
 そして目の前の刃部とを見るなり見る見る目が見開かれていく。

「お師匠様!! 何故ここにいるんですか!?」

「久しぶりじゃな我が弟子よ」

 アルタイルの取り乱し様に反比例してデネブは数日しか会っていない様な軽い反応だ。

「一体今までどこにいらしたのです!?」

「それは後で説明する、それよりもここは姫様の病室ぞ、騒がしくするでない」

「はっ、済みません」

 アルタイルが頭を下げる。

「よう姫様、元気かい?」

「イワンたら、ここには王様も王妃様もいらっしゃるのよ? 無礼だわ」

「騒がしい、これだから人間は……」

「イワンにティーナ、それとどちら様?」

 イワンとティーナが陽気に登場、フランクも後ろに続く……がシャルロットとフランクは面識がないのであった。

「シャルロット様、お目覚めですか?」

「うん、心配かけたねサファイア」

 次々と仲間たちが病室に押しかけ、部屋は超密集状態になってしまった。



「ふぅ、儂が城を開けていた間に何があったのじゃ……」

 ひとしきり皆のお見舞いが落ち着いた頃、デネブがため息交じりに呟く。
 無理もない、彼は十五年も国を開けていたのだ、状況が変わっていない訳がない。

「それはこちらが聞きたいわね、ちょうどいい機会だわここで一旦お互いの情報を吐き出しましょう……そうすればこれから先の戦略が練られるかも知れない……いいかしらシャルちゃん?」

「分かったよ、僕も自分が眠っていた間に何があったのか知りたい……一時間後に虹色騎士団の会議室に集合してくれ」

「はい!! って、姫様その虹色何とかっていうのはどういうことでしょう……?」

「あっ、ゴメン!! こちらの世界では僕は騎士団を立ち上げていないんだっけ?」

 困惑しているエイハブに慌てて繕って見せるシャルロット。
 ついうっかり口走ってしまったのだ。

「そうだわシャルちゃん、いっその事こちらでも私達は虹色騎士団を名乗ってはどうかしら?」

「えっ? いいのかな、勝手にそんなことしちゃって……」

「私が許可します……」

「お母様!?」

 エリザベートが話しに乗ってきた。

「もう既にここに居るみなさんはシャルロット、あなたの事を慕って力を貸してくれているのです……どうですか皆さん、シャルロットの騎士団に加入の意思はありますか?」

「勿論です!! こんなに光栄な事がありましょうか!! 自分は騎士団への参加を希望します!!」

 エイハブが威勢よく名乗りを上げる。

「言い出しっぺが参加しない訳にはいかないでしょう? アタシもOKよ」

「この年になって騎士団の旗揚げに立ち会えるとは心が躍るのぅ……儂も一枚噛ませてもらおうかの」

「二人が参加するのに私が参加しないのはあり得ません三大魔導士の力を今こそ集結する時です」

「名前を頂いた以上、私は既にシャルロット様の所有物です、どこまでもお供します」

 ベガが、デネブが、アルタイルが、サファイアが次々と参加を表明する。

「俺が今ここに居てティーナと一緒に居られるのは全て姫さんのお陰だ……そしてその恩をまだ返し終えていない、俺も参加するぜ」

「イワンの言う通りです、私も微力ながらお手伝いいたしましょう」

「俺も一族が世話になっている、それにタダ飯喰らいだとは思われたくないんでね、俺も入るぜ騎士団とやらに」

 イワン、ティーナ、フランクも承諾した。

「みんなありがとう!! ではこれよりシャルロット・エターニアが新・虹色騎士団の設立を宣言します!!」

 シャルロットが弾けんばかりの笑顔を湛え右腕を天に向かって突き上げる。
 同様に皆も右手を上げた。

「会議室は空いている部屋を自由に使いなさい、しっかりやるのよ」

「ありがとうございますお母様……」

 感涙に咽ぶシャルロットの軽く肩を叩きエリザベートとシャルルは病室を出て行った

「では会議室の場所が決まり次第通達しますのでそれまで皆さんは自由にしていてください」

 エイハブの仕切りで一同はそれぞれ病室を出て行った。
 
「では私も自室で準備を……」

 シャルロットもベッドから立ち上がり歩き出すが僅かにふらつく。

「大丈夫かシャルロット?」

「大丈夫ですわお父様、まだ戦いは終わっていません、もう一息なのです、ここで立ち止まっている訳には参りません」

「シャルロット……」

 シャルルの差し出した手にすがる事も無く壁伝いに手をつきながら歩く。

「シャルロットは大丈夫だろうか、エリザベート……」

「大丈夫ですよ、あなたも見たでしょう? 騎士団の立ち上げの宣言をした時のあの子の笑顔を……我が子同然のあの子の事を信じられなくてどうします」

「そっそうだな、済まん……」

 シャルルとエリザベートは痛々しいシャルロットの背中を見守る事しか出来なかった。

「シャルロット様……」

「サファイア、どうしたんだい?」

 病室の外にはサファイアが待っていた。
 彼女の前にはベガが座っていたものと同じ車椅子があり、それにはもう一人少女が座っている。
 そしてその子には足がない……腿の途中から千切れた様になっており、そこから機械的なコードやチューブが見え隠れしている。

「ああ、この子がサファイアの妹さんだね、名前は何ていうの?」

『初めましてシャルロット様、私はY3と申します、以後お見知りおきを』

 Y3は座ったままの状態で頭を下げる。

「実はシャルロット様に折り入ってお願いがあるのですが……」

「なに? 僕にできる事なら何でも言って?」

「ではこの子、Y3に新たな名前を付けてやって欲しいのです」

「名前?」

「私にサファイアと名付けた様にY3にも素敵な名前を付けて頂けないでしょうか?」

 サファイアのこの言動からも彼女自身、余程シャルロットに名前を貰ったのが嬉しかったのだろう、それを妹のY3にもして欲しいというのだ。

「そうだね、そんな記号のような名前は確かに可哀そうだよね……分かったよ」

「ありがとうございます」

 シャルロットの今まで張りつめていた緊張感が薄れ、彼女に僅かながらに笑顔が戻った……もしかするとサファイアは敢えてこのタイミングでシャルロットに声を掛けたのかもしれない。

「じゃあちょっとお顔を見せてね」

『はい』

 改めてシャルロットは腰を落としY3に視線を合わせ、顔をじっと見る。

「姉妹とは言えサファイアによく似ているね、髪と瞳の色以外区別がつかないな」

「はい、私たちは製造時の規格が同じなので造形に違いはほぼありません」

 Y3の髪も瞳も艶のあるはちみつ色をしていた。

「規格って……うん、決めたよ君の名前、トパーズってのはどう?」

 サファイアの時もそうだが、髪と瞳の色を宝石の色に置き換えて命名していた。

『トパーズ……上書き完了しました、私は今からトパーズと名乗ります』

「はい、これからよろしくねトパーズ」

 シャルロットとトパーズはお互いの手を握り合う。
 その様子を見ていたサファイアの口元も微かにほほ笑んでいるように見えた。
 そしてそれは彼女にもう一つの行動を促した。

「実は一つシャルロット様に報告といいますか、もう一つお願いがあるのですが」

「なに?」

 この時のサファイアの願いがシャルロットにある決断をさせることになる。



 一時間後……会議室。

「みんな集まったかな?」

「はい」

 シャルロットが会議室を見回す。
 会議の参加者は返事をしたエイハブを筆頭に、サファイア、車椅子のベガとトパーズ、デネブ、アルタイル、ティーナ、イワン、そしてフランクだ。

「あれ? エイハブ、グラハムが居ない様だけれど……」

「叔父上は帝国領にてベヒモス退治の事後処理をしております」

「そう、仕方ないね僕らだけで話しを進めるよ……まずはデネブ、君からだ、今までどこでどうしていたのかを教えてくれるかい? 出来ればその目的に付いても教えてくれるとありがたいのだけれど」

「はい、元よりそのつもりですじゃ、まず何故儂がこのタイミングで戻って来たのかを話そうと思います……それはズバリ、呼ばれたからです」

「呼ばれた? 誰に?」

「儂自身ですよ、マウイマウイで亡くなったというもう一人の儂です」

 会議室に居る皆にどよめきが広がる。

「それは一体どういう事なんだい?」

「信じてもらえるかは分かりませんが、目の前に現れたのですよ……自分とそっくりな幻影が、しかも話しかけてきおったので大層驚きましたわい」

 そうは言うがデネブの楽しそうな口調からは全く驚いていたように聞こえない、むしろ面白がっていた節が垣間見える。



 二日前……エターニアの北、ヴェルザーク地方にある山岳地帯。

『よう、やっと会えたな儂よ……』

 こちらに元々いるデネブの前にもう一人のデネブが現れた……向こう側の景色が透けて見える上に足先は完全に消えている。

「何じゃお前さんは? 儂にそっくりな見た目をしおって」

『それはそうじゃろう、儂はお前なのじゃから』

「そうか、なら仕方がないのぅ」

『流石儂じゃな、話しが早い』

「で、何用かな? もう一人の儂よ」

『実はな、儂は別の世界線のエターニアからこちらへ来たのじゃが、うっかり死んでしまってのぅ……じゃから今の儂は言ってしまえば幽霊じゃな』

「うっかりじゃないだろう幽霊の儂よ、一体何があったのじゃ?」

 幽霊デネブはこれまでの経緯をデネブに伝えた。

「ほほう、あのチャールズ様が別の世界では姫として育てられていたとは驚きだわい、一度見てみたいものだ」

『では早速そうしてはくれぬか? 先ほどはうっかり死んだようなことを言っておきながらこう言うのもなんだが、彼らには知識を持ったものが必要じゃ……儂に言わせればベガですらまだまだじゃからな』

「あやつも女装しておるのだろう? お前さんの世界は一体どうなっておるのじゃ」

『儂にとっては可愛い娘の様なものなんじゃが……はて、息子じゃったか?』

「まあ良い、丁度儂もそろそろエターニアに帰ろうと思っておった所よ、約束を果たしにな……」



「約束? それは一体?」

 デネブの回想話に疑問をぶつけるシャルロット。

「幽霊の儂に話したことをもう一度言いますが、儂が十五年前にエターニアから姿を消したのには深い訳があるですじゃ」

 これからデネブが語った事に一同は驚愕することになる。
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